古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第592話

 山の様な、比喩なく山積みの親書を捌き終えそうだったのに招かねざる客が先触れ無しで訪ねて来た。上級貴族の間では有り得ない非礼だ、因みにザスキア公爵とは親しいから問題無い。

 いや、厳密に言えば大問題だけど、今更感が凄いんだ。お互いが最優の協力者と認めているから良いのだが、対外的には秘密にしている。当然だが僕は断りを入れてから訪ねている、礼儀は必要だ。

 この段階で待たせる訳にもいかず、ロッテに招き入れる様に指示を出し執務机から応接セットに移動する。残りの親書は持ち帰り、今日は夜更かしだな……

「急に訪ねて来て申し訳無いな。俺も忙しくて時間が取れないんだ」

「急を要する話でな、非礼を承知でお邪魔させて貰った」

 挨拶もそこそこに忙しいとか急を要する話とか言われた、それは其方の事情で僕も忙しいんです。話の内容は大体分かる、有耶無耶にされない内に突撃して来たか。

 流石に礼を欠く事はしないと思ったが、なりふり構っていられない。僕からの助力、マジックアイテムが欲しいってか?困ったな、帰国直後から問題事が盛り沢山だよ。

 落ち着いて気を付けないと駄目だな、苛つきで思考が駄目な方向に向かっている。無闇に敵は作らない、彼等との関係は中立だ。助力の願いもやんわりと断る方向で、決して拒絶な態度はしない。

「そうですか?お互い忙しいのですね。僕も王都に居られるのは最大でも一週間、ですが既に予定は埋まってしまいました」

 疲れてますアピールをしながらソファーに座る様に勧める、実際に予定は一杯だ。指先のインク汚れに気付いたみたいで、少しだけ申し訳なそうな表情をした。

 急を要するとは言え迎え入れて接待無しは駄目だ、無所属のオリビアに紅茶を用意させる。公爵家の紐付き侍女だとお互い気を使うから、後は妙な入れ知恵や詮索は無しで!

 二人が口を付けるまで待ち、その後で一口飲む。砂糖を多目に入れた所為か、甘味を感じてお腹の虫が鳴いた。恥ずかしながら昼食抜きだったんだ、空腹なんだよ。

「申し訳無いです。時間が無くて昼食も食べていないのです、今夜も残業しないと仕事が終わらなくて……」

 はははって乾いた笑いで忙しいアピールをする。本来は恥ずかしい事だが、逆に相手に多忙だと教えるネタにした。僕の地位でも昼食抜きで働いている、端から見れば凄い事だろうな。

 実際に三時の休憩時に焼き菓子と果物を食べただけだ、意識しだすと余計に空腹を感じて来た。不味いな、グゥグゥ腹の虫が止まらないのは正直恥ずかしい。

 頬が熱いのは顔が赤くなっているからだ、バセット公爵もラデンブルグ侯爵も流石に申し訳無いと思ったみたいだ。顔を見合わせたのは、今話すか仕切り直すかの確認か?

 空腹を満たす為に紅茶を一気に飲む、流石に菓子や果物を出してバクバク食べる訳にもいかないし困ったな。一人なら空間創造から、イルメラ謹製のナイトバーガーを取り出して食べるんだけどね。

「お互い時間も無さそうですし、御用件を言って下さい」

 早く帰して何か食べたい。お願いですから食欲の無くなる話は止めて下さい、薄々無理だと感じている筈ですよ?実際に無理ですよ。

 要望に対して角が立たない様に断る回答は幾つかシミュレーションしている、正直に現状を話すだけでも忙しくて無理だと分かるだろう。

 協力出来る事には限りが有り、優先順位も有る。友好度の高い方、双方にメリットの有る方を優先する。それがお互いの為だから……

「聞いていると思うが、我等は先発隊として先陣を切る誉を授かった」

「グンター侯爵とカルステン侯爵は信用ならない、奴等は裏切り者だ。バニシード公爵は裏切りこそないが、主導権争いの最中なのだ」

 裏切り者ね……それは自分を裏切ったのか、エムデン王国を裏切るのか?どちらなのかな?確かに他の連中と連携は出来ない、可能性としてはバニシード公爵との条件付きの共闘かな。

 事前に取り決めをしておいて行動する、成果を掠め取らずに早い者勝ち位なら何とか話が付くんじゃないかな?特にバニシード公爵は名誉の回復に必死だ、派閥の貴族達を酷使しても勝利を望むだろう。

 彼が嫌がるのは邪魔をされる事、非協力的な方が調整とかの面倒が無くて良いと割り切っている節が有る。要は黙って見ていろ、手を出すな!かな?

「バニシード公爵からすれば名誉回復、汚名返上のチャンス。敵対中のバセット公爵と協力など出来ない、ですが条件付きの共闘なら可能ではないでしょうか?

侵攻経路を分けるとか色々と考えられます。グンター侯爵とカルステン侯爵については、ザスキア公爵達が調べています。僕は一切関わらない予定です」

「それも一つの選択肢だな」

「だが手柄が分散する。バニシード公爵を追い込むのは我等の目的だった筈だ」

 ふむ、共闘については否定せずに肯定したか。そして当初の目的は僕と公爵四家が協力し、バニシード公爵を追い込む事だった。

 だが節目節目で対価は渡している、現状でもお互いのメリットは十分な筈だぞ。いや、バセット公爵の方が有利な筈だ。

 殆ど自分が動く事無く利益を手にしている。それにヘルクレス伯爵とシアン嬢、ウィドゥ子爵とシュターズ殿の件で借りが有りますよね?

「現状でもお互いのメリットは十分だと認識しています。それにバニシード公爵は後が無い、間接的に圧力を掛けているだけでも十分でしょう。彼の派閥構成貴族も多数擦り寄って来ています、保留にしてますが戦力はズタズタですよ」

 何も武力貢献だけが追い込む方法じゃない、バニシード公爵と派閥を構成する貴族達には各公爵家が常に圧力を掛けている。

 派閥内部が割れている情報だけでも利益になるだろう。彼等は他の公爵家を頼らずに僕に接触して来た、与し易いと考えたか他に思惑が有るのか……

 この言葉の意味が分かったのか、バセット公爵は腕を組んで考え始めた。ラデンブルグ侯爵は目を閉じて考えるのか、二人の思案中に紅茶のお代わりを貰う。

 結構な時間を使い考えている、僕も思考の海に潜ると中々浮上しないから黙って待っている。ラデンブルグ侯爵は既に結論が出たのか、バセット公爵の邪魔をしない様に大人しく紅茶を飲んでいる。

 会話無くティーカップのカチャカチャ当たる音だけが響く、この勿体無い時間に親書の続きを書きたい。時間は有限なんだぞ、もう残業はせずに親書は持ち帰ろう。

「リーンハルト殿の錬金した武器や防具だが譲ってはくれまいか?我が公爵軍の増強をしたい」

 来たな、要望が……しかし武器や防具となると、身体能力up系のマジックアイテムの情報は掴んで無いのか?武器や防具なら簡単に錬金出来る。

 いや、徘徊する鎧兜を狩った時の低レベルな魔力付加武器が未だ百個以上有るな。捨て値で金貨百枚前後、盗賊ギルドのオークション用に残していた物だ。

 全部渡しても金貨一万枚、オークションの落札価格なら火属性のロングソードで金貨百八十枚だったな、合計で金貨一万八千枚か……暴利を貪るつもりはないが、適正価格で売る事が貸し借りを無くす。

 足元を見て高値で売ったとか、色を付けて高値で買ってあげたとかは勘弁だ。困っていた時に適正価格で欲しい物を売った、この評価が理想かな?

 今の僕等では実用では使えないレベルの品だし、贈答品程度に考えていたモノだから譲っても構わない。公爵軍の精鋭に装備させれば、そこそこの活躍は期待出来る。

 多分だが魔力が付加された武器や防具は品薄状態なのだろう、僕はボス狩りで反則的に収集しただけだ。僕が錬金したモノは順番待ち、だが所持している魔法迷宮バンクのドロップ品は売れる。

「自作のモノは厳しいです。アウレール王からも『雷光』の増産を指示されています、消費魔力の関係で出発迄には二本が限度。他の武器や防具を錬金する余裕は有りません」

 国王のオーダーに割り込めはしないだろう、今の僕なら一日五本錬金しても魔力には余裕が有る。だがバセット公爵には分からない、国王の指示を反古にしろと強要も出来ない。

 この返答に困ったのだろう、目を瞑り上を向いたが天に嘆くとかは無しだ。実際には『雷光』の錬金はしなくても自作のモノは渡せない。

 ああ、聖騎士団員達の鎧兜に固定化の魔法を掛ける事を忘れていた。出陣する前に同じ派閥の者達だけには対応しよう、これでまた一日潰れた。

「自作は無理ですが、魔法迷宮バンクで集めた魔力の付加された武器なら百個は有ります。例えば『火属性のロングソード』です、他にも属性が付加された武器が有ります」

 見本として『火属性のロングソード』を空間創造から取り出して渡す、並みのロングソードよりは攻撃力は高い。一番馴染みが有り使い易いだろう、他は……

 風属性のレイピアや土属性のメイス、水属性のショートスピアと多彩だな。使い勝手が悪いモノも有るし、一括なら百個で金貨一万枚。または好きな武器を選んで貰うか?

 しげしげと手に取り確認しているが、バセット公爵ならば普段は目にも留まらない低レベルな品質だ。だが配下の攻撃力の底上げにはなる。

「ふむ、市場に魔力の付加された武器や防具は出回っていない。品薄状態なのに、リーンハルト殿は百個も所持していると?」

「はい、オークションに掛けるのですが一度に三個から五個ですから貯まったのです。ですが属性も種類もバラバラです」

 メイスやショートスピア、ハンドアックスにダガー、使い勝手の悪い鞭とか多種多様な武器を並べていく。低レベル品で気に入らないかと思えば薄く笑った、コレはコレで満足なのか?

 さり気なくラデンブルグ侯爵の様子を窺うが、此方も満足そうに頷いている。つまり戦時中の現状では市場にマジックウェポンは全く出回っていない、入手は困難なのに大量に手に入れられるから低レベル品でも満足なのか?

 何となく話が纏められそうだ。僕は余剰品の処分が出来る、ライラック商会に流せば高値で売れそうだが、今は未だバセット公爵に恩を売った方が良い。

「どうします?」

「勿論買いだ!百個全部譲ってくれ、一個金貨二百枚で頼む」

 間髪入れずに即答した、凄い食い付きだな。

「分かりました、全てお譲りします」

 普段なら適正価格に少し色を付けた値段、品薄状態の今は厳しい価格設定か?だが儲けは度外視、その金額で構わない。合計金額二万枚、十分だな。

 関係が中立に落ちた僕から融資を引き出せただけで満足したのだろうか?最初の意気消沈振りがなくなり、落ち着いて紅茶を飲み出した。

 だが所詮は冒険者で言えば入門編のマジックウェポンだ、マップスでさえ火属性のロングソードは持っている。公爵軍の精鋭には物足りない装備だろう、種類に統一性も無いし……

 納品は少し待たされたが、バセット公爵の配下の連中を呼んで引き渡した。代金は白金貨二百枚を即金で気前良く払って貰った。内訳はロングソードとショートソードレイピア等の剣系が合わせて五十八本、スピア等の槍系が二十本。

 メイスやフレイル、ハンドアックス等の打撃系が十二本。残りのナイフや鞭等の微妙なモノが十個の合計百個、剣系は全て渡した。残りは更にキワモノの吹き矢とか毒針、鎌とか戦場では使い難いモノだ。

 最後に今後の予定を聞いたが三日後に出陣するそうだ、まさにギリギリのタイミングで武器を入手した。バニシード公爵達とは国境付近で合流、最初は団体行動で後は臨機応変にらしい。

 つまり国境を越えたら、連携せずに独自で動くって事だよな?バニシード公爵は単独で突き進むだろう。所謂最初に戦う一番槍は武門の誉(ほまれ)だ、名誉を回復したい彼なら他には譲れない。

 名誉な事だが被害も大きい、基本的に一番槍は正々堂々と戦う事が望ましい。奇襲は微妙で罠等は駄目だ、相応の出血を強いられる。先陣を切れる勇猛な配下が居るのかな?

 ハイゼルン砦攻略の時は温存していた精鋭騎兵隊の連中ならば突破力が有る筈だ、平地での野外戦なら十分に勝機は有る。お抱えの魔術師部隊も居るし、彼等と連携すれば同数以上と戦っても余裕が有る。

 不安要素はウルム王国の宮廷魔術師連中の動きだな、グリルビークス殿を無傷で帰したのは失敗だった。彼クラスでも、戦術が嵌まれば騎士団の精鋭でも苦労する。

 エムデン王国側の第一陣に宮廷魔術師は同行しない、各自のお抱え魔術師達の活躍に期待するしかない。だが元宮廷魔術師第二席マグネグロ殿の配下の宮廷魔術師団員が、バニシード公爵の所に鞍替えしたな。

 彼等を上手く使えば、ウルム王国の宮廷魔術師が一人だったら何とかなる。通例だと初戦で最前線に上位宮廷魔術師は出て来ない、負けは無いと思うが……

 特に追加で何か頼まれる事も無く、バセット公爵とラデンブルグ侯爵は帰って行った。既に窓から見える外は真っ暗、時刻は午後七時を超えている。

 帰りが遅くなり仕事も残ったが、問題視していたバセット公爵の接触と要求が大した事じゃなくて良かった。もっと無理難題を言われて関係が悪化すると思ったけど、実際は在庫処分で済んだ。

 バセット公爵の主力軍の力の底上げにはなったが、決定的な強化にはならない。苦戦を強いられる筈だ、デオドラ男爵達の活躍の場は奪えない。

「中立ですから応援はしてあげます。ですが我が義父や派閥の上位者の猛威は防げないでしょう、狂化……いえ、強化した僕が言うのも何ですが、彼等を止めるのは僕でも無理なんです」

 強化し過ぎたんだ。基本的な能力を底上げしたから、そのまま強化に繋がった。80%増し、つまり基本スペック約二倍。

 今なら模擬戦も引き分けすら厳しい、だが強化を渋る意味は無い。戦争で負ければ全てを失う、だから勝つ為には何でもする必要が有るんだ!

 

 


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