古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第591話

 デスバレーでのドラゴン討伐から二回目の文武百官の前で、アウレール王から勲章を授与される。前回は『白銀双剣翼章』だったが、今回は武功勲章の最上級である『黄金双剣翼章』で報奨金は金貨五万枚らしい。

 これって毎年恩給が貰えるんだ、前回の第二級白銀が年間金貨二千枚。今回の第一級の黄金は金貨三千枚、合わせて毎年金貨五千枚の恩給が貰える事になる。老後の生活の足しになるだろう……

 既に告知されている、拝領する領地もだ。此方も最上級の領地であり、元はアウレール王の直轄領なんだよな。恐れ多いっていうか、領地経営で四苦八苦している連中が多いのに優良な領地を賜るか……

 多少の反発は我慢するしかない、有り余るメリットだし断ったり遠慮すればアウレール王の面子を潰す事になる。また僕が断ると、他の連中の報酬にも波及する。

 要は貰えるモノは貰っておけ、断られると他の連中が遠慮がちになる。成果には正しい評価と報酬が付き物、判断を誤らせる行為は控えろかな?

 扉一枚隔てた先には正しく文武百官が待機している、アウレール王が玉座に座った後で僕の名前が呼ばれて宮廷楽団の演奏が始まる。前回と同じだが慣れないから緊張するな。

 しかも扉の前を警護する近衛騎士団員は知り合いだ、生暖かい目で緊張する僕を見詰めている。任務中だから会話は出来ない、だが視線に込めた意味は分かる。

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ伯爵の入場です」

 朗々と響く声で呼ばれた後、近衛騎士団員が両開き扉を開けてくれる。玉座まで真っ直ぐ敷かれた真っ赤な絨毯、左右にエムデン王国の重鎮達が並んでいる。

 距離が有るのに真っ直ぐ僕を見詰める、アウレール王と視線が絡む。ニヤリと笑ったけど、僕を労(ねぎら)う為ですよね?それって悪戯心満載な感じのニヤリですよ!

 荘厳な曲に合わせて真っ赤な絨毯を歩く、手前には僕に敵意を抱いていた文官達だが今は愛想笑いを浮かべている。オリビアの父親が居たので軽く目礼すると、本人以上に周囲が驚いたな。

 次は武官達だ、此処に居るのは中隊長以上の近衛騎士団員や聖騎士団員達、つまり僕の飲み仲間であり模擬戦仲間達だ。故に好意的な視線しかなく、隣の不満そうな文官達を威嚇している。

 最後は爵位持ちで王宮に勤めている権威有る連中だ、伯爵以上の大臣連中と宮廷魔術師達。クリストハルト侯爵を除いた侯爵六家に公爵五家、彼等の表情は様々だな。このクラスだと僕と正面から敵対出来る。

 サリアリス様が誇らしげに微笑んでいるのが珍しいのか周囲が驚いている、永久凍土と呼ばれた気難しい老女は最近少し柔らかくなったと評判だ。

 彼等の列を抜けて王座の前の階段の下まで歩き、此処で片膝を付いて頭を下げる。マントを翻し近付いて来る、アウレール王の気配を感じる。

 視線の先にアウレール王の足元が見えた、随分と近くないかな?謁見の間の時は参列者とは距離を置く筈だけど……

「リーンハルト卿よ、バーリンゲン王国での働き見事であった。開戦の理由探しを命令したが、よもや属国化させる迄追い込むとは大した男だ。更に二つの城塞都市を落とした手腕、周辺諸国への大いなる圧力となったぞ」

 盛り過ぎです!こんなにベタ褒めされるとは思わなかったぞ。左右に視線を這わす、見える範囲にバニシード公爵が居て親の敵みたいに睨んでいる。

 バセット公爵は迷いと弱気さと後悔が混じった複雑な表情だ、僕では内面は察せられないが失脚の危機なのは理解した。当主の迷いは派閥構成貴族に直ぐに伝わる、だからこそ擦り寄る連中が多いんだ。

 有り難う御座いますとも言えないので、更に深く頭を下げて感謝の意を示す。もうこれ以上は持ち上げないで下さい、いっぱいいっぱいです。

「その王命に対する素晴らしい成果に対して、黄金双剣翼章を与える。その他に領地としてスピノ・アクロカント・ティラの三領を与える。我が忠臣リーンハルトよ、精々励めよ」

 その言葉に周囲がどよめいた、破格の報酬だからだ。僕は宮廷魔術師という役職の関係で侯爵待遇だが、これで侯爵家の順位の中間位の領地を賜る事になったんだ。

 漸く全て聞き終えたので応える事が出来る。しかし本当に『黄金双剣翼章』が貰えるとはな、これは過去の大戦で活躍したサリアリス様しか貰ってない。

 軍籍に身を置く者として最上級の栄誉、宮廷魔術師筆頭サリアリス様に少しずつ近付いている。だが気持ち的には未だ届かないと思っている。

「はっ!有り難き幸せ。全身全霊を以てアウレール王の期待に添える様、精進致します」

「ん、期待しているぞ」

 アウレール王の言葉の後、盛大な拍手が巻き起こる。驚いた事に最初に拍手をしたのは、公爵五家筆頭のニーレンス公爵だった。

 そのまま立ち上がり後ろを向く、アウレール王を背に文武百官達を睥睨するみたいな形になったが構わない。もはや遠慮も自重もしない、僕に対して文句が有るなら掛かって来い!

 そう言う意味を込めた態度だ、武官達は皆さん笑っているが文官達は未だ微妙だな。隙あらば反抗するとか?だがそれで構わない、これは僕の意思表明だ。

 宮廷楽団達が演奏を始めた、最初と同じ荘厳な演奏に合わせて堂々と歩く。両側は見ない、真っ直ぐ扉に向かうと歩みにタイミングを合わせて両開き扉を開けてくれた。

 そのまま扉を潜り抜ける、完全に扉が閉まってから漸く息を吐き出す。緊張した、毎回これをやられると身体が保たないが本来は感謝すべき事なんだ。

 王命を達成した事に対する正当な……いや、少し多過ぎる報酬をキチンと与えてくれる。アウレール王には感謝しかない、しかし貰い過ぎだぞ。

◇◇◇◇◇◇

 文武百官達よりも先に執務室に戻る、途中で絡んで来る連中は居ない。イーリン達に出迎えられて仕事に戻る、既に届けられていた報酬の目録を見て偉い豪華だよなと再確認した。

 『黄金双剣翼章』は毎年恩給が金貨三千枚、一緒に貰った報奨金は金貨五万枚。領地も凄い、広大な穀倉地帯のスピノ領、多数の鉱山を擁するアクロカント領。

 此処には幾つかの泉が湧いていて妖狼族の領地の候補地だ、ウルフェル殿に見させて新しい妖狼族の里を決めなければならない。選んだ周辺一帯を妖狼族の領地とし、アクロカント領全体は僕が統治する。同じ様にリゼルにも自分の領地を選んで貰うか……

 最後のティラは四つの街を抱え最大の人口を誇る、この三つの新たな領地にローゼンクロスの領地を含めると……毎月の収入、純利益は凄い事になる。

 目録に新領地の収支報告も有るが、毎月維持費や必要経費を抜いた領主の純利益は金貨五万枚以上。各領地には警備兵が三百人居るし、ティラには冒険者ギルドと魔術師ギルド、盗賊ギルドに商人ギルドの支部まで有る。

 此処からの上納金は別枠だ、税率は領主の裁量で決められる。元は王家直轄領だったし、アウレール王は善政を布いていた。だから税率は変えないし代官等の人選も変える気は無い。

 だが僕の御用商人であるライラック商会は食い込ませる、彼は僕の代行だから。既存の商会との調整は必要だな、元王家直轄領地ならば相応の商会が存在している筈だ。

 目録と報告書を机の上に投げ出す、好待遇過ぎる。年間金貨六十万枚に宮廷魔術師の年金、それに錬金による個人的収入や冒険者として稼ぐ事を合わせれば……

 年間金貨百万枚にはなる、だが高額の収入には相応の出費を強いられるだろう。僕自身は金銭には執着しないが、周囲は違うだろう。先ずは領地に資金を投じて改革だ、最初はスピノ領の農地改革から始めるか。

 旧クリストハルト侯爵領の灌漑事業のノウハウを生かして、お祖父様の領地の農地改革が終わったら引き続き頼む事にする。雇っている土属性魔術師達も引き続き働いて貰い、技術の習熟度を上げる。

 農地改革のプロフェッショナルとなり、何れは他の領地の農地改革を請け負う様にしたい。彼等は戦闘には参加させず、内政部隊として鍛える。

 魔術師ギルド本部で錬金させている連中も、生産職部隊にした方が効率が良さそうだ。戦闘を担う部隊の勧誘も始めよう、内政・生産・戦闘の三部隊を新生バーレイ伯爵家の主軸に据える。

 自分の家臣団を一から揃えなければならない、譜代の家臣が居ないし親族関連も少ない。親族はお祖父様に取り纏めを頼んでいるが、内政関連で手一杯だ。

 幸いだがスピノ領は人口が多い、拝領した領地から人材を募ろう。平民階級でも構わない、地方豪族にも有能な人材は居る筈だ。

 政務の補助は、リゼルに頼める事になった。聞けば内政に強いパゥルム女王の手伝いもしていたらしい、得難い人材だったな。

◇◇◇◇◇◇

 親書の仕分けが終わっただけで昼食の時間だ、仕分けしても直ぐに追加の親書が届けられてくる。終わりが見えない、気持ちが折れそうになる。

 自分の屋敷には三倍以上の親書や祝いの品々が送られているだろう、子爵以下はアシュタルとナナルに任せても一週間じゃ終わらない。

 簡単な礼状にして帰国後に改めて送るしかないな、礼を欠く事は出来ないし親しき人や味方寄りの連中を軽く扱う訳にもいかない。

 仕分けの終わった親書の山を見て深く溜め息を吐く、公爵四家は終わったから次は侯爵七家の内、親書を送ってくれた六家だな。

 明確に敵対していない、グンター侯爵とカルステン侯爵も遅れながらも親書をくれた。曖昧な関係だが最低限の礼節は守る訳だな……

 昼食は後回しにして先に親書を書く。侯爵七家筆頭アヒム侯爵からだが、流石は歴史有る侯爵家筆頭。

 派手じゃない品の良い封筒に香を炊き込めた便箋、内容も季節の挨拶から王命達成の祝いの言葉が簡潔に纏められている。

 お互い忙しいのでと、お茶会や舞踏会の誘いは無し。ウルム王国を倒した後に、戦勝祝いを兼ねて招待させて貰うと締め括られている。

 これは次は断れない。現状は中立だが、これ位の距離感が今は助かる。お互いの負担を減らし次に繋げる、流石だと感心する。

 最上級のレターセットを取り出し同じ様に簡潔に内容を考えて書き始める。ザスキア公爵が調べてくれているが、アヒム侯爵とは出来れば協力関係を築きたい。

 ラデンブルグ侯爵やモリエスティ侯爵も適度な距離を感じる内容だ。ラデンブルグ侯爵はバセット公爵から言われているのか、やんわりと舞踏会のお誘いが有った。

「くぅ、疲れたな。次の伯爵達は六十通以上有る、近衛騎士団員達が一通で纏められていなかったら五割り増しか……」

 二大武闘派の両騎士団だが、近衛騎士団員は飲み会、聖騎士団員は模擬戦。代表が一通に纏めてくれたので助かる、だが昼間と夜の二部構成で一日潰れた。

 敵対派閥からの擦り寄りについては今回は保留、忙しいので対応は厳しいと簡潔に書いた内容で統一した。これで半分は終わるが、同じ内容の手紙を何枚も書くのは辛い。

 気が付けば太陽が大分傾いている、もう夕方だな。残りの親書は味方か中立の子爵と男爵、二十通位だから頑張れば帰る迄に終わるか?

 気を利かせてくれたのか、ザスキア公爵も遊びに来なかった。効率が少し下がった気がするのは間違いじゃない、彼女と雑談しながらの方が捗るんだよ。

 相手の事を色々と聞けるしアドバイスも貰える、専属侍女達も気を使ってか控え室で待機している。いや、寂しい訳じゃないぞ!

 あと三時間、集中すれば何とか終わる。屋敷には今夜帰ると使いの者に言付けは頼んだ、後少し頑張ればイルメラ達に会える。

「もう少しの辛抱と頑張りだ!今日中に終わらせる、終わらせて帰るぞ!」

 ペンを持ち書き続けたから指は痛いし肩は凝っている、座りっぱなしで腰も痛い。思考も鈍ってきているが、後少し頑張れば終わるんだ。

 集中しないと別の事を考えてしまう。駄目だな、効率が悪い。少しだけ気分転換に紅茶でも飲もうと思った時、ロッテが来客だと伝えに来た。

 返事が荒く目つきが悪かったらしく、彼女を怯えさせてしまった事は反省だ。素直に謝罪はしたが、先触れ無しにバセット公爵とラデンブルグ侯爵が来たと伝えられた時には感情を抑えるのが大変だったぞ。

 今更何だと言うんだ?邪魔か?僕とイルメラ達の触れ合いの邪魔をしに来たのか?感情の高ぶりが抑えられないが、何とか了承し執務室に招き入れる。

 くだらない事で時間を潰すなら許さないぞ、例え公爵でも僕は配下じゃない。ああ、思考が完全に敵対寄りだな。気をつけよう、未だ敵対する相手じゃない。

 数回の深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。漸く外交用の笑顔を浮かべる事が出来た、先ずは穏便に話を聞く努力だな……

 




日刊ランキング三位、有難う御座います。

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