古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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連載4周年記念②

 史上最強のドラゴンスレイヤー!百体以上のドラゴンを一ヶ月程度で討伐する、信じられない偉業を成し遂げた私のライバルは王都中の話題を独占している。

 強力な力を持つ宮廷魔術師の存在は国家の威信にも関係する。リーンハルト様は誇張でなく、実際に倒したドラゴン種を提供している。疑う余地が無い、地上最強生物を狩る史上最強の魔術師。

 私も見たが巨大な双頭竜、ツインドラゴンを複数体倒すとか信じられない。また自分との距離が広まる、何とかしないと取り返しがつかない実力差が生まれてしまう。

 でも正直今の私は行き詰まっているのよ、修行も微妙だし教えを請いたい御父様は遠く離れたハイゼルン砦に居る。家庭教師に教わる事は既に何も無く、家に有る魔導書は全て読んでしまったわ。

 教えを請える人が居ないならば、新しい魔導書を手に入れるしかない。そう思い王都でも最大級の商会である、マテリアル商会に頼んでいたが漸く返事が来た。

 何とリーンハルト様が多用する『山嵐』の魔導書を手に入れたと報告が有った。正直に言えばライバル視している相手と同じ魔法を覚える事は微妙だ。

 だけどウルム王国の聖堂騎士団五百騎を壊滅させた魔法、覚えれば実力差が僅かでも、少しでも縮まるかも知れない。でも他にも欲しい相手が居るらしい、早めに手に入れないと駄目なのよ。

◇◇◇◇◇◇

 連絡を貰った日に直ぐにマテリアル商会に向かう準備を執事に指示したが条件が付いた。リーンハルト様の指示なのか、我が家の護衛兵が六人同行する事になったわ。

 コイツ等は私が邪魔だから付いて来るなって言ったのに、リーンハルト卿からの指示なので駄目です!って断られた。貴方達が仕えているのは、リーンハルト様じゃなくて私の御父様でしょ。

 その愛娘である私の言う事が聞けないってなによ、なんなのよ!優先順位が違うでしょ、全くキラキラした目で英雄様から直接頼まれたのですとか知らないわよ、私には関係無いのよ。

 何を言っても無駄だから同行を許した、私の乗る馬車を守る為に前後に三騎ずつ分かれて周囲を警戒しているけれど……

 リーンハルト様が御父様に頼まれたのは、嫌らしい殿方との接触を断つ事で身の回りの警備じゃないと思うのよね。私を物理的に何かしようと思う連中なんて居ないわ。

 過保護、御父様は過保護。私の虫除けの為だけに、エムデン王国宮廷魔術師第二席に話を付けるとか呆れてしまうわ。まぁ御父様の愛情は嬉しい、悔しいけれど効果は抜群だし。

 久し振りの外出、最近は御母様と一緒に誘われたお茶会やら音楽会に同行するだけだったから。今日も御母様は友人に招かれてお茶会に出掛けている。最近は二日と開けずに外出しているけど、羽目を外し過ぎか羽根を伸ばし過ぎよね。

 だから私は御母様の監視の目から離れて、自己判断で一人で自由に出掛けられる。護衛の兵士は煩わしいけど、店の中迄は入って来ない。流石に完全武装した兵士を店内まで同行させるのは駄目だと思う、他の客を刺激してしまうから。

 王都の商業区の一等地に店を構えるマテリアル商会は、エムデン王国でも五指に入る大店(おおだな)だわ。店構えも広く立派で、中年の腰が低い番頭が出迎えてくれた。

 直ぐに商談の為の応接室に通されて、紅茶と季節の果物を振る舞われる。対応は悪くない、だが対応する番頭の卑屈さが嫌だわ。

 確かに私は貴族で御父様は宮廷魔術師、でもそこまで卑屈にならなくても大丈夫なのに……確かに平民達に無理難題を言う貴族は、残念ながら一定数は存在する。

 特に大して爵位の高くない連中に多い。大貴族は下らない差別で優越感になど浸らない、勿論覆せない純然たる身分差は有るが露骨に見下さないスマートさが有る。

「ようこそいらっしゃいました、ウェラー様。従業員一同、ウェラー様を歓迎致します」

 妙にくすぐったい感情が芽生える。そんなに歓待しなくても良いのよ、早く魔導書を売ってくれれば邪魔にならない様に直ぐ帰るわよ!

「ありがと、早速だけど魔導書を見せて貰えるかしら?」

 軽く礼は言う。尊大な態度は未だ子供の私では逆に滑稽だから。周囲の同世代の連中は使用人達に対して横柄だけど、アレは恥ずかしいと思わないのかしら?

 私達が偉い訳じゃないのよ、彼等は私達の両親に仕えているの。でもこの考え方は一般的じゃない、貴種たる我等貴族は!って怒られるから。

 その意味では私とリーンハルト様の考え方は似ているのかも知れないわね。あの人も平民達にも分け隔て無く優しい、爵位有る本人が平民達の為に率先して行動する。

 最年少の伯爵様は他の連中とは何処か違う。でも貴族らしくないかと言えば違う、マナーは完璧だし厳選した舞踏会でのダンスも素晴らしいらしい。

 何よりあのモリエスティ侯爵夫人の主催するサロンに定期的に呼ばれているのが羨ましいのよ、若手貴族の中でも優秀な方よね。悔しいけど、認めてあげるわ。

 私も何時かは参加したい憧れのサロン、リーンハルト様は芸術方面にも明るくバイオリン演奏は、ロンメール様も認める魅せる演奏らしい。

 でも不思議よね、私だって六歳から貴族的なマナーは学んでいるけど全然敵わないなんて!楽器もダンスも魔法も、王宮内での政務も一人前以上って不思議を通り越して不可解よね。

 私だって何れは宮廷魔術師となりエムデン王国の為に働きたいけど、未だ何年も先の話だわ。早くても十八歳以上だから未だ六年以上は有る、でも同レベルに追い付く気がしないのよ。

 今だって毎週三日間ミッチリとマナー教育を受けているけど、正式な社交界デビューもしていない。こんな所でも自分との実力差を感じてしまうの……

「申し訳無いのですが、さる大貴族の方からも魔導書を譲って欲しいと頼まれていまして……マテリアル商会としましても、辛い立場に立たされています」

 は?今日私に連絡を寄越したのに売れないですって!金貨三千枚って相場よりも高い筈だから利益は出るし、もう売ったって言えば済む話じゃない。

 私だって今更後には引けないわよ。自分の実力向上には必要なの、どうしても手に入れなくてはならないのよ。彼等商人が渋るって事は向こうの提示した金額が私より高いんだわ。

 金に煩い商人の扱い方は調べて来た。結局コイツ等は金が全て、更に高い金額を提示すれば折れる。大貴族って言っても伯爵以下なら御父様の方が影響力は強い筈よね。

「なる程ね、なら金貨五千枚ならどうかしら?」

 金貨二千枚の上詰み、普通の二倍以上の金額よ。幾ら上級魔法の魔導書とは言え、写本も可能な物だからそこ迄高くはないわ。

 む、表情を伺っていたけど更に困った顔をしたわ。もしかして未だ足りないって言うの?相場の二倍以上よ、相手は幾らを提示したのよ?

 小刻みに値段を上げていくのも方法だけど、余り渋ると先方に確認しますと交渉を切り上げられる。それは悪手だわ、私はどうしても欲しい、ならば先方が競り合いから降りる金額を提示しないと……

 どうする?金貨六千枚?いや、八千枚なら?でも五千枚で渋ったのよ、僅差じゃない筈だわ。私の予想だと七千枚前後、これなら提示金額が五千枚でも先客だったとしても渋る。

 番頭の曖昧な笑み、私を子供と思い先方を優先させるつもりかしら?いや、流石にそれは無いわよね。確かに私は子供だけれど、実家の影響力を軽んじるとは思えない。

 此処は勝負を掛けるしかないわ。私の自由に出来るのは金貨一万枚、御父様から頂いたお小遣いの全てを使う。そして手に入れてやるんだから!

「金貨一万枚、それで嫌なら私も諦めるわ」

「そ、そうですか!そこ迄御支払い頂けるのでしたら、私共も責任を持って先方には御説明させて頂きます」

 深々と頭を下げたわ。私は賭けに勝った、それが正解だったのよ!私はリーンハルト様と同じ魔法『山嵐』を手に入れたわ、これで少しでも近付ける。

 帰る時の見送りは盛大ね。金貨一万枚の買い物をしたのだから当然なのかもしれないけれど、番頭の嫌らしい笑みが何故か気に掛かるのよね。

 もしかしたら金貨千枚位余分だったのかしら?でも下手な値切りは交渉を長引かせるから悪手の筈、私は間違っていないわ。『山嵐』の魔導書は手に入れられたのだから、多少の事には目を瞑りましょう。

◇◇◇◇◇◇

「おかしいわね、これが山嵐?上級広域殲滅魔法?違うわよね、範囲攻撃魔法とも違う様な気がするのだけれども……」

 念願の『山嵐』の魔法だけれども、噂に聞いたリーンハルト様の山嵐とは随分違うわ。本当にコレで五百騎もの聖堂騎士団を壊滅させたのかしら?

 確かに大地から鉄製の槍を生やして攻撃する、間違いは無いのだけれど殺傷能力が低過ぎないかしら?いや低いわ、低過ぎるわ。

 先ず自分の一部が地面に触れていないと、鉄製の槍を生やす場所に魔力を浸透出来ない。つまり攻撃範囲は自分から精々20m程度、それ以上は制御出来無い。

 次に鉄製の槍を生やす範囲だが、5m四方に均等に五列四本の間隔で合計二十本生やすだけで精一杯だわ。精度を高めても込める魔力総量を増やしても二倍も三倍も増えない。

 五百騎もの聖堂騎士団を倒すのに20mも接近されたら不可能よ、でもリーンハルト様は達成した。私と何が違うの?習熟度?そんな単純なモノじゃないわ。

 分からない、全く分からないわ。私とリーンハルト様の違いが分からない、同じ魔法なのに使い手により何倍もの違いが出るの?そんなに私との距離が有るの?

 そんな馬鹿な事が有る訳ない!でも魔導書の魔力構成ではコレが手一杯、拡張の余地は無いわよ、鉄製の槍の長さ?それとも錬金速度?そんな事じゃない、そんな事位じゃ正規騎士団を壊滅なんて出来やしないわ。

 考えられるのは、リーンハルト様が『山嵐』にオリジナル要素を組み込んでいる事ね。既存の魔法の改良など、相当の知識と技量がなければ可能性すら無いのだけど……

 この魔法じゃ、この『山嵐』じゃ無理だわ。つまり、リーンハルト様は既存の魔法を改良出来る。それは現代での魔術師では殆ど不可能と言われている事、しかも威力倍増なんて無理よ。

「リーンハルト様はおかしい、普通じゃない。幾ら若くして宮廷魔術師第二席になったとしても、優秀過ぎるわ。まるで古代の偉大なる魔術師、ゴーレムマスターであるツアイツ卿の生まれ変わりみたい」

 うふふ、馬鹿な考えは止めましょう。幾らなんでも古代魔術師の生まれ変わりとか荒唐無稽すぎよね、そんな考え方をするなんて疲れているんだわ。

 今日は早く寝たいのに、夕方からトルテル男爵夫人の私的な音楽会に呼ばれているのよね。もう少ししたら、メイド達が準備の為に部屋に押し掛けてくるわ。

 読んでいた『山嵐』の魔導書を閉じて本棚に収める、期待外れだけど同じ魔法をベースに改良すれば良いのよ。諦めないわ、前例が有るんだから私に出来無い訳じゃないのよ。

「諦めない、頑張るわ!」

◇◇◇◇◇◇

 この二週間は最悪だったわ。リーンハルト様が不在だから守りが薄いと思ってか、私に言い寄る馬鹿連中が増えた。御母様はこれも経験だからと静観していたけど、私からしたら最悪よ。

 言い寄る男達は二種類、年の近い連中は子供っぽ過ぎで話にならないわ。何人か魔術師も居たけどレベルが低過ぎで会話にすらならない、魔法について話し合いたいのに直ぐにオペラや乗馬とか遊びの話題を振ってくるのよ。

 話題も稚拙、魔術師は総じて早熟だけれども酷過ぎるわ。最早会話にすらならない、魔法関連で質問しても無言で愛想笑いか分かり易く話題を変えて来る。

 全く無駄な時間だわ、『山嵐』の改良も進んでないのにストレスが溜まる事しかしないってどうなのよ!私が不機嫌になると怯えて逃げる、最低だわ。

 もう一種類の方はもっと最悪、年上の連中は私に欲望塗れの視線を向けてくる。幼女愛好家だっけ?やたらと触ろうとするし、一回り以上も違う御父様と近いオジ様連中など迷惑だって!

 だがそんな連中は使用人がリーンハルト様に逐一報告するらしく、数日の内に丁寧な詫び状が届いて距離を置かれるのよ。流石は英雄様ですわね、虫除け効果が半端無いわ。

 でもその本人は私には会いに来ないのよね。旧クリストハルト領の大規模灌漑事業を終わらせて、今は王都に帰って来ている。これで三件の王命を理想的な形で終わらせた。

 謁見の間で、アウレール王が我が忠臣とまで褒め称えた。既に宮廷魔術師筆頭サリアリス様と共に、アウレール王を補佐しているらしい。魔術師なのに、未成年なのに、国政にまで携わるとか。

 もう馬鹿な嫉妬など出来無い、それは無知な連中がする事よ。避けていたけど、リーンハルト様に直接教えを請うしかないわ。僅かなヒントでも手掛かりになるなら構わない。

「でも今更よね。あれだけライバル視してたのに、掌を返すみたいで嫌だけど……でも足踏みしてちゃ駄目、何とか会える方法を考えなきゃね」

 確か、フレイナル兄様が定期報告の為に王都に戻って来る筈だわ。御父様から頼まれた私への手紙やお土産を持って来る、その時に同行すれば王宮内に連れて行って貰えば良い。

もはや直接、私とリーンハルト様の違いを確かめるしか手段が無いなんて笑えるわ。突撃有るのみ、行動力が膠着した状況を破壊するの!

 


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