「そうですね、では暫く二人切りにして貰おうかな。イーリン、セシリア、悪いが五分程席を外してくれ」
この言葉に、ザスキア公爵が固まった。珍しい、何時もの余裕が無い。別に二人切りになったからって不純な事をする訳じゃない、彼女にしたって今回の件の裏は対パミュラス様コッペリス殿対策だ。
後宮内の女官と上級侍女の掌握、他に他意は無いだろう。だが僕に善意の隠し事が有るから動揺した、全く借りばかりが増えるのは嫌なんだよ。
だけど分かり易く動揺しているな、これも何かの思考誘導だろうか?困っている淑女には強く言えないし出れない、計算ずくの可能性は高い。
「な、何かしら?リーンハルト様。わざわざ人払い迄する程のお話かしら?」
イーリンとセシリアが退室したのを確認した後、少しだけ緊張気味に質問をされた。因みにイーリン達は扉の直ぐ外に控えている、魔力探索で分かるんだ。
彼女達にすれば、自分達に秘密の情報は知りたいだろう。特にセシリアはローラン公爵に報告する義務が有る、ユーフィン殿との仮初めの婚約は不発だったし……
さて、召喚兵のブレスレットか身体能力upマジックリングにするか。それとも魔法障壁のブレスレットのグレードアップか迷う、安全を考えたら二種類持たせるべきだな。
四属性のレジストリングは外して貰い、魔法障壁のブレスレットのグレードアップは次回に繰り越すか……さて、どうやって話を切り出すかな。
「左手を出して下さい」
「左手?良いけど何かしら?」
向かい側に座っているから手を差し伸べてくれれば触れる、リボンを解いて四属性のレジストリングを外す。回避率35%か、今なら50%も可能だな。
これは後でグレードアップしよう、今は召喚兵のブレスレットを錬金する。真っ白できめ細かい肌だな、若いアーシャよりも更に滑らかだ。
美容には相当の努力と資産を注ぎ込んでいるのだろう、流石は現役公爵。治癒の指輪も若い時期から装備していたんだな。
「ちょ、リーンハルト様?急に手を握られたら恥ずかしいわよ、そんなに真剣な顔をして。お姉さん困るわって、これは……」
両手を包み込む様に握り締めて一気に召喚兵のブレスレットを錬金する、大分慣れたのでスムーズに作れる。意匠も拘った、十二連の球は薔薇の蕾をイメージし、色はパールを模した。
これなら最悪見られても錬金による装飾品と言っても誤魔化せるだろう、実際にそれなりの価値は有る。売りに出せば物珍しさも合わせて金貨五千枚以上、だが本来の価値を知れば値段など付けられないだろう。
転生前も国宝級の逸品、僕の関係者以外ではアウレール王にしか渡していない。勿論だが防御系のマジックアイテムは秘匿が前提条件だ、自慢は出来無い。
「召喚兵のブレスレットです。危険を感じたら構わず引き千切って床にバラ撒いて下さい、レベル50のゴーレムナイトが十二体円陣を組んでザスキア公爵を守ります」
この説明には、流石のザスキア公爵も驚いたみたいだ。伝承しかなく実物が無い伝説級のマジックアイテムだからな、少し詳しい者なら価値が分かるだろう。
「まさか伝説クラスの竜牙兵を模した、いえ凌駕したマジックアイテムを作り出したなんて……この魔法障壁のブレスレットと合わせれば、守りに関しては完璧よね。でもどうして急に私に?」
竜牙兵か、ドラゴンの牙はそれなりに持っているけど僕でも製法は分からないんだ。アレは錬金で作るゴーレムじゃなくて魔法生物っぽい。
ファティ殿から貰った樹呪童(きじゅわらし)の種を調べれば近いモノは作れるかもしれない、だがアレを調べるのは危険だからやりたくない。
魔法生物絡みは禁断の生体錬成に関わってくるから、真っ当な魔術師なら研究などしない。これは人間の魔術師では作る事は不可能だな、確かエルフ謹製だった筈だし……
そして急に国宝級のマジックアイテムを渡した事を疑問に思ったか、確かに優遇はしているが甘えて良い範疇じゃないと考えたな。
普通なら嬉しい有り難うだけじゃなく、何かしらのお願い事が付いて来る。貸し借りの恐ろしさを身に染みて理解している、貴族なら当然だろう。
僕等の仲でも貸し借りは発生し、常に最良の対価を払ってきた。つまり国宝級のマジックアイテムに見合う事をしたか、されたかが分からないんだ。
「御礼です。ザスキア公爵がレジスラル女官長と共に、パミュラス様とコッペリス殿の企てを潰してくれた御礼です。僕に内緒で処理してくれるつもりだったと思いますが、ベルメル殿が教えてくれたのです。有り難う御座いました」
そう言って頭を深く下げる、下げる途中で見たザスキア公爵の顔は困惑と少しの怒りだな。サプライズ的に教えるつもりだったのか、全く内緒にするつもりだったのか……
その思いを第三者にバラされた怒りが僅かながらに表情に出てしまったんだ、恩には恩を直ぐに返す。これが基本だよ、借りっぱなしは性に合わないんだ。
だけどベルメル殿に向かいそうな負の感情は駄目だ、彼女にも教えて貰った恩が有る。本来なら負い目に感じる事を直ぐに恩返しが出来るのは、ベルメル殿のお陰だから……
「ベルメル殿を叱らないで下さい。彼女は僕にザスキア公爵とレジスラル女官長の苦労を知って欲しかった、純粋な善意ですよ」
「全く内緒で処理するつもりがバレてたのね、確かにお馬鹿さん二人の企みは潰したわ。あの女達はリーンハルト様の失脚を狙っていた、パミュラス様は良い様に使われただけみたいね。まぁ私は同情だけはするけど、レジスラル女官長は違うみたいよ」
イーリン達を呼び戻して経緯を教えて貰った、彼女達を同席させたのは情報の共有。つまりセシリア経由でローラン公爵にも流れる、これはニーレンス公爵も噛んでるな。
後宮を仕切る女官長に現役公爵三人が協力したならば、いくらアウレール王の御子様を生んだパミュラス様でも危うい。グンター侯爵の実子で男爵のコッペリス殿も無理だな。
コッペリス殿の評価がガタ落ちだ、手打ちにしたのに馬鹿な仕返しを友人を巻き込んで仕掛けて来る。本当にザスキア公爵に何度か煮え湯を飲ませたのか?怪しい、何かしら秘密が有ると思う。
「コッペリス殿ですが、二流以下の小者臭がします。本人の才覚が前情報と釣り合わない、裏に誰か知恵者が居るのでは?そしてソイツは彼女が後宮に召し上げられた以降は離れた、該当する者を探したいですね」
ザスキア公爵が人差し指を頬に当てて考え始めた、あざといが可愛い仕草だな。たまにするけど、少し視線を上に向けて色々と考えている。
仕草は可愛いが、頭の中では急速に色々と考えている筈だ。確かにコッペリス殿の企みは、僕等に致命傷を与える効果は有る。
成功すればの話で、実際は気付かれて処理された訳だ。僕もパミュラス様に資金援助しているが、度重なる不義理な内容にキレても良いのかな?
それとも引き続き御子様と彼女の面倒を見る?貿易関連で優遇されているから、縁切りは難しいかな。御子様の資金援助に限り引き続き行うのが落とし所かな?
向こうだって僕と敵対はしたく無いだろう、唆されて馬鹿をやっただけでパミュラス様の祖国と敵対するのは面白く無い。エムデン王国側の貴族に誑し込まれたんだ、向こうも言い分は有るだろう。
「確かにそうね……歯応えが無いのよ、前はもっと手強かったのに今は普通より少し上程度。言われてみれば怪しいわね、調べてみるわ」
リゼルみたいな隠し玉が居る可能性も有る、本当の謀略とは遠距離制御で本人がノコノコ前に出て来ない。旧コトプス帝国のリーマ卿が良い見本だな。
奴は一度も姿を表さずに幾つもエムデン王国に謀略を仕掛けて何個かは成功させている、実態を掴ませない策士ほど怖い者は居ない。
コッペリス殿は自分で動き過ぎた、黒幕が分かれば対処は可能だ。だから足元を掬われる小者なんだよ……
「パミュラス様はお里下がり、入れ替えで新しい側室が来るわ。御子様はリズリット王妃が養子にするわ、お互いの祖国絡みでね。コッペリスは内々に処分される、領地に戻り二度と王都には来ないわ。グンター侯爵家も瀬戸際ね、ウルム王国への侵攻が思わしくなければ……」
首を掻き切るゼスチャーをした、つまりは御家断絶取り潰しも辞さない。グンター侯爵とカルステン侯爵は裏切りの疑惑を持たれている、致命的だな。
ウルム王国を併合したら何家か有力な貴族を取り込む必要が有る、勿論だが旧コトプス帝国に繋がりが有る連中は全て処分対象だ。
だが生粋のウルム王国の貴族の中でも有能な者は引き抜く、占領政策において善政を敷いていた者を殺す事は領民に恐怖と不満を抱かせる悪手だ。
栄光有る侯爵七家の入れ替わりが有るかもしれない、血筋と歴史を重んじていたがクリストハルト侯爵の不祥事から碌な事が無い。
貴族院も裏切りが確定なら折れるしかない。なるべく歴史有る大貴族は残したいと思うだろうが、裏切り行為が発覚すれば逆に内々に潰すしかない。
我等貴き血筋の貴族に裏切り者など不要、庇えば自らも逆賊として扱われる。それは彼等には耐えられない、貴族院は大きな力を持つが枷も多い。
「王都は大分焦(きな)臭いですね。戻った後の行動を良く考えないと駄目かな」
「アウレール王に報告の後、私とニーレンス公爵、それにローラン公爵を交えて話し合いよ。既に段取りは済んでいるわ、バセット公爵には悪いけど一人で頑張れば良いのよ」
見惚れる笑顔で僕は公爵三家にガッチリ囲われた事をはっきりと言われた。少し前は各々が距離を置いていた筈だが、今は公爵三家が連携している。
損得勘定を抜きにしてなのか利害調整済みなのか分からないが、善戦ムードと思いきや微妙みたいだな。国内に裏切り者が居る、そうか!
戦力の分散化だな、全力出撃は無理だ。王都や領地にそれなりの兵力を残させられた、敵は戦わずに此方の戦力を減らしている。
「分かりました、今は四人で連携すべきですね。既に後方攪乱要員もエムデン王国領内に潜んでいる可能性が高いでしょう」
全く嫌になる、エムデン王国側もウルム王国領内で何かしら仕掛けているだろう。戦争は表と裏の戦いだ、奇麗事だけでは済まない。
アウレール王は領民に負担を強いる後方攪乱はしないが、周辺諸国を纏めて圧力を掛けている。味方の居ない状況を作り出した、所謂包囲殲滅作戦だ。
ウルム王国の目論見を逆に仕返した感じかな?バーリンゲン王国と挟み撃ちにする予定が、実際は自分達が囲われてしまった。
「複数の傭兵団が怪しい動きをしてるわ、ウルム王国側から来てるのは囮。本命連中も抑えているわよ」
流石だな。戦争とは軍隊同士の直接戦闘だが、後方を攪乱されると士気や補給に問題が有る。穀倉地帯の焼き討ちや、直接的に街や村を襲う。
傭兵団は常套手段だ、彼等は欲望のままに略奪を繰り返す。これはバーリンゲン王国に行く前に、国内の清掃を手伝わないと駄目かな?
エムデン王国より国力が低いウルム王国なら、どんな汚い手も使ってくるだろう。前大戦も不意打ちされたし、色々と嫌らしい謀略を張り巡らせたし……
「楽勝とは言えないですね。早めにバーリンゲン王国を平定し、王都に帰る必要が有ります」
「残念だけど仕方無いわね。全く私とリーンハルト様の邪魔をする連中は、悉(ことごと)く滅べば良いのよ」
今度は怖い笑顔で言われた。だが謀略に強いザスキア公爵と合流出来て良かった、僕に不足している部分を教えてくれるから助かる。
◇◇◇◇◇◇
エムデン王国の国境線、ソレスト荒野の軍事砦に到着してから王都までの行程は順調だ。スプリト伯爵もそうだが、通過する領地の領主が護衛兵を同行させてくれる。
宿泊先も領主の館か街一番の最高級の宿屋だ、バーリンゲン王国領内では野営の方が待遇が良かった事を考えると微妙な気持ちになる。
パゥルム女王は英断だった、バーリンゲン王国に未来は無かったんだ。今後はどう転ぶか分からないが、取り敢えず平定は急ぐ。速攻で殿下三人を倒さなければならなくなった。
王都に一ヶ月は居るつもりだったが、ニーレンス公爵とローラン公爵が纏める第三陣の諸侯軍が出発する前には全てを終わらせて帰っていないと不味いだろう。
第一陣の出発まで約半月、バーナム伯爵とデオドラ男爵達と第二陣が一ヶ月後、第三陣が一ヶ月半後。この辺りが王都の守りが薄くなる、敵が行動を起こすなら一ヶ月半から二ヶ月辺りが危険だ。
エムデン王国領内には、ウルム王国側から何組かの傭兵団が入り込んでいるが所在は掴んでいるらしい。開戦し軍事統制下になれば、問答無用で捕縛だ。
秘密裏に入り込んで来た連中も居る、上手く潜伏しているらしいが既に調べ始めているから一応は安心だな。武装集団の動向は平時であっても調べる事に怠りはない。
だがリーマ卿には何度か煮え湯を飲まされている、オークの繁殖とビーストティマー。それと旧クリストハルト侯爵領の反乱、どちらも僕が後始末に関わった。
今回で最後になるだろう、僕は早めにバーリンゲン王国領内の平定を終わらせて王都に帰る。そして後方攪乱をする連中を潰す、その為にはバーナム伯爵達の力の底上げだ。
幸いだが王都に帰る迄の間に自由な時間が出来た、身体能力upのブレスレットと雷光の量産。それと魔力付加の武器の量産と貸与、これで野獣達は手の着けられない魔獣と化す。
もう自重はしない、出来るだけの事を全力でする。手加減出来る状態じゃないんだ。悪いが完全に潰すつもりで行動するよ、ウルム王国と裏切るならグンター侯爵達も……
僕の幸せの為に滅びてくれ!手加減無しの全力で相手をするぞ、油断も慢心もしない。出来る余裕も無い、だから諦めて滅んでくれ。