古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

585 / 1003
第583話

「ザスキア公爵が王宮内の御姉様方に広めている新しい世界、それってなんですか?」

 この直球の質問に、ザスキア公爵はニヤリと男らしい笑みを浮かべた。後ろに控えるイーリンもセシリアも同じだ。不味いぞ、謎の世界観に全員が毒されているんだ。

 最悪だ、この部屋に味方は居ない。少なくともザスキア公爵と二人の時に聞くべきだった、イーリンとセシリアまで参戦されたら僕に勝ち目は全く無い。

 落ち着け、動揺するな、先ずはワインを飲んで間を外そう。動揺で震えそうな指先に力を入れてワイングラスを持ち一口飲む、温く渋い味が舌を刺激する。

「リーンハルト様は知りたいの?」

 意地の悪い笑みだ、間違い無く何か企んでいますって顔をしている。だが追求する必要が有り逃げる訳にはいかない。

 エムデン王国に近付く程、聞ける機会は少なくなり時間が経つ程不利になる。此処で解決しないと有耶無耶で流されそうだ。

 頑張れ、僕!敵軍を一人で蹴散らすより緊張するって変だよな。

「ええ、その新しい世界観じゃなくて広める意味の方です。間違っても年下の魅力とかは知りたくない、僕は幼女愛好家じゃないので……」

「じゃ建て前だけ教えてあげるわ」

 ザスキア公爵が教えてくれた理由、それは王宮内の女官や上級侍女達の掌握の手段だ。王宮内で働く女性は多い、既婚者も独身者も同じくらい働いている。

 花嫁修行として勤める連中は、早々に見込みの有る男を捕まえたり実家の思惑により結婚する。だが半数近くの淑女は仕事に集中し結婚適齢期を逃す、ベルメル殿やチェナーゼ殿が当てはまる。

 貴族令嬢の結婚適齢期は十五歳から二十歳前後、二十五歳を過ぎれば行き遅れと呼ばれる。だが上級侍女以上は二十歳過ぎが多い、下積み期間の関係だな。

 侍女見習いから侍女へ、そして上級侍女から女官へと昇進する。大抵は侍女となり王宮内で一人前と認められると求婚者が殺到する、稼げる嫁だし王宮内で伝手が持てるから。

 今のユーフィン殿だな、正式に侍女になれば求婚者が殺到するだろう。伯爵令嬢でローラン公爵派閥の重鎮の娘だ、彼女の旦那はローラン公爵派閥の上位貴族の子弟達の誰かだな。

 だが更なる出世を望む淑女達は結婚しないで仕事に励み婚期を逃していく、同世代の男達は爵位が無い連中が多く上級侍女や女官と言う正式な役職を持つ嫁を貰いたがらない。

 貴族社会は男尊女卑が普通だ、嫁より立場が低い事を嫌がる連中は多い。逆に爵位持ちや役職持ちは嫁が働くのを良しとせず、また若い方が良いと結婚相手の候補から外す。

 大抵の場合は実家の思惑で嫁がされるか、稼げるから独身を貫き通す事が多い。リアルな婚姻関係の裏話だな、だが爵位無く役職無い男達も変なプライドが有るから嫁より立場が低いのを嫌がる。

 じゃあ働けよって言うけど、大抵は領地持ちの子弟は長男以外は実家の手伝いで、領地無しの子弟は働かず実家に寄生し政略結婚の駒になる。自立出来る連中は僅かしか居ない。

 結婚を諦め同世代の男達から結婚対象外と思われている二十五歳以上の上級侍女や女官達に、爵位も役職も無くて当然の成人前後の若い貴族子弟を旦那候補として考えさせる妙案が今回の表向きな理由だそうだ。

 彼女達にも働く女性としてのプライドが有り、同世代の爵位も無い役職も無い連中と結婚し威張られるのは嫌だそうだ。政略結婚なら我慢するが、大抵は仕事を優先し王宮で寝泊まりする仮面夫婦となる。

 だが年下である事を飲み込めば爵位が無くても役職がなくても普通、これから育てていけば良い。しかも若いし夫婦としての立場は旦那が下だ、公式な場所では旦那を立てるが家では違う。

 若い少年と結ばれる事は政略結婚では結構有る、嫁の実家と懇意にしたいからだが行き遅れを貰うが夫婦関係が良好かは別問題だ。そこで年下の魅力を覚えて恋愛結婚的に……女性側から交際や結婚を迫る、頼りがいの有る姉さん女房には一定の需要が有るのも事実。

 要は女性側の意識改革だな、年の差婚は政略結婚では普通だ。幼女愛好家は気に入った幼女と結ばれる為に利用する、ヘルカンプ殿下とメルル嬢がそうだな。

 逆パターンだとガルネク伯爵とリンディ嬢、レガーヌ殿とルチア嬢とかだな。年の差婚で幼女愛好家だが、相思相愛だ。文句は言いたいが言えない、本人達が納得しているんだ。実家も納得している恋愛事情に他人が口を挟む事は……

「殿方ばかりが若い嫁を娶る事はないのです、女性だって若い旦那と結ばれたい。ですが今迄は忌むべき避けるべき行為だと思われているけど、その意識を変えたかったのよ」

「納得は出来無いけど理解はしました、確かにそういった風潮は有りますね。年の差婚は若干の抵抗が有りますが、お互い成人していれば問題は無いのでしょう」

 最近会ったレガーヌ殿とルチア嬢だな、僅か七歳の幼女との変態行為を見せ付けられたんだ。目の前で中年と幼女のラブシーンを見せ付けれた気持ちが分かるか?

 何とも微妙な気持ちになった、しかもルチア嬢はノリノリだったし露出癖なんて見せられている方は拷問なんだよ!露出狂の知り合いなんて、カーム殿だけでお腹一杯だ。

 まぁ適齢期を過ぎた淑女が、色々な条件により相手にされない適齢期男性よりも若い少年を結婚相手として選ぶ。地位も名誉も有る淑女達が本気で狙えば、断れない少年も居るだろう。

 需要と供給、適齢期を過ぎた淑女達の事を考えたら有りか?インゴには年上のしっかり者の姉さん女房の方が合うだろうな、父上とエルナ嬢が矯正しているが結果は微妙らしい。

 一度甘い蜜を吸い楽を覚えたから、現状でも僕の恩恵だけでも将来は安泰だと理解してしまっている。確かに馬鹿な行動さえしなければ苦労せず楽に生きられる。

 元々争い事が嫌いな性格だし騎士団員として鍛錬を積み重ねて、エムデン王国の敵と戦う事には消極的だ。父上が何を言っても目を離すとサボって、ニルギ嬢と部屋に籠もってしまうそうだし性欲は僕よりも何倍も強い。

 最近は同居しているグレース嬢を意識し始めたらしい、インゴは生まれる弟か妹が有能だったら廃嫡される事になるのを理解しているのか?家の繁栄の為には兄弟姉妹だってふるいに掛けるんだぞ。

 やはりインゴの本妻はしっかり者の年上の頭が上がらない淑女が良いな、理想的なのは……ザスキア公爵の後ろに控える、イーリンとセシリアを順番に見る。

 有能で腹黒、旦那を尻に敷ける実力有り、容姿も端麗だ。家格は向こうが上だが僕の異母兄弟だからギリギリ大丈夫、彼女達なら理想的だな……

「姉さん女房か、有りだな」

「り、リーンハルト様?」

「わ、私達をですか?」

 だがインゴは新貴族男爵の次男、現状は家を継ぐ事も危うい。彼女達にとって魅力は無い、僕の実弟ってだけで強制的に政略結婚などさせられない。

 政略結婚を否定する僕が、自分の都合で彼女達の結婚相手を強制的に決める。無いな、仮に実家と本人が納得済みで話してきたならば、お互いにメリットが有れば考える。

 残念ながら今のインゴには僕絡み以外の長所は無い、優しい子では有るが意志が弱く流される。今はニルギ嬢に夢中だが、色事には興味が強い。困った弟だよ……

「残念だが無理か、仕方無い他を探すかな」

「諦めないで下さい!」

「他って誰ですか?もっと頑張りましょう、協力しますから」

 確かインゴ宛てに政略結婚を匂わせる親書や、直球の申し込みが来ていたな。前者はインゴを見極めた上で、後者はインゴ本人は関係無く、僕と親戚になりたい連中だ。

 同じ派閥で親戚付き合いをしても双方に支障が無い相手で、年上じゃなくても良いから有能でインゴの尻を叩いて動かせる有能な淑女が居るかな?

 ふむ、父上とエルナ嬢に相談してみよう。序でにグレース嬢にも同様な申し込みが来ていた筈だ、彼女は没落した家の娘だが父上が引き取ったから政略結婚の駒だと思われている。

 同じ様に双方に支障が無い相手で、グレース嬢を普通以上に扱ってくれる相手が居るなら優遇しても良い。新生バーレイ伯爵家の派閥に引き込むメリットが有るなら、此方からお願いしたい位だ。

「忙しくなるな、先ずは候補者選びからだ。我が弟、インゴの尻を叩いて更生させられる有能な年上の淑女を探すぞ」

「え?インゴさんの?」

「更生させる、淑女?え?」

「全くイーリンもセシリアも落ち着きなさいな。リーンハルト様が色事に耽る訳が無いでしょ?貴女達は候補から外したけど、あの兄の恩恵にどっぷり浸かる弟の本妻候補よ。確かに姉さん女房ならば更生も可能かしら?でもそれは私の進める新しい世界とは別物よ」

 全く独り言に一喜一憂して、お可愛い事ねってザスキア公爵が諭しているが、もしかしなくても勘違いさせたのか?それは悪い事をしたな、ニルギ嬢の負担を減らす為にも成人前に直ぐに結婚させたい。

 その相手を早めに決めて家ぐるみで優遇しつつ、インゴの教育をさせないと駄目だと思う。我が弟ながら少し危機感が足りず怠け癖と言うか、諦めが早いと言うか……

 今のままでは父上の跡を継いで聖騎士団員になれるかも怪しい、なれても直ぐに戦死しそうで怖い。いや貴族間の勢力争いに負けて没落一直線だな、優しいし人が良いから騙されやすい。

「インゴさん、の本妻候補ですか?」

「それは候補から外して頂けると嬉しいです。勿論ですが、実家が望めば考えますが……出来れば嫌です」

 ああ、インゴよ。お前の世間的評価は低いぞ、低過ぎるぞ。付加価値として僕が居るのに拒否されるって相当だぞ、調べ尽くされている。

 前科有りでインゴに擦り寄って来た中でも酷い連中は、僕が徹底的に潰したからな。情報は広まる、逆に広めて手出しをしない様に牽制したんだ。

 現状でインゴに擦り寄って来る連中は、僕との関係を模索し双方に良い部分が有るのが前提で来ている。その条件をインゴの矯正に絞れば……

「悪いね、僕も身内には弱い。だが守るだけじゃ駄目なんだ、インゴは一旦は脅して矯正したけど直ぐに楽な方に流される。彼には尻に敷いて引っ張ってくれる位の淑女を正妻にしないと簡単に潰れる、危機感が無いんだ」

「そうよ、最悪はエムデン王国が動くわ。貴方の足を引っ張る親族に慈悲など無い、それが分からない……いえ、分かっていても態度を改めないのは致命的。でも未だ矯正は出来るわ」

 改めて考えさせられる、僕と比較され一旦は暗黒面に落ちたが引っ張り上げた異母兄弟。だが僕の恩恵の凄さに今度は怠惰な日々を送れる事を覚えた、父上の跡を継がなくても一生楽に暮らせる。

 だがそれは最悪な場合だぞ、僕が不出来な親族を社交界から隔離してるとか幽閉してるとか思われる。最悪の場合はイメージダウンに当たるとして処理される、つまり事故死か病死だ。

 サリアリス様の親族達は、その国家の闇を十分に理解しているから宮廷魔術師になれる実力が無いと分かると領地に引き籠もったんだ。王都近郊ではなく地方に隠遁し楽な暮らしを選んだ。たまに王都に来て、サリアリス様に色々とおねだりはしているらしいけどね。

「それはそれとして、建て前は分かりました。僕も理解し、インゴに姉さん女房を探します。では本音の、裏の部分を教えて下さい」

 姿勢を正し、ザスキア公爵の目を見て質問する。多分だが自分の政敵に対する牽制、コッペリス殿への対策準備。此処からが本題だ、彼女の敵は現状の年下好きの悪癖に何かしらのアクションを仕掛けた筈だ。

 その為の新たな策略、しかも王宮内の女官や上級侍女達を巻き込み手懐ける手腕。ザスキア公爵は王宮内の女性達から一目も二目も置かれる存在となった、レジスラル女官長が手を組んだのが証拠だよ。

 後宮を仕切る女官長と現役女性公爵が手を組んだ、パミュラス様もコッペリス殿も押さえ込まれた。もう巻き返しは不可能、コッペリス殿は緩やかに排除され、パミュラス様は御子を生んでも後宮内での権力は握れない。

「内緒よ、私の口を開かせたければ……分かるかしら?」

 ちょ、邪気無き笑顔に小悪魔的な台詞。普通なら煙に巻かれて終わりだ、多分だけど僕がパミュラス様やコッペリス殿の動きを知らないと思っているんだ。

 不純さが全く無い笑顔に態度、普段は見せない彼女の素の表情なのだろう。現役女性公爵に対するプレッシャーは凄い筈だ、彼女は何枚もの仮面を被り戦っている。

 だが恩は返す、例えそれがベルメル殿が善意で漏らした情報を逆手に取って此方の希望内容で恩返しする事になってもだ……

「そうですね、では暫く二人切りにして貰おうかな。イーリン、セシリア、悪いが五分程外してくれ」

 五分じゃ悪さは出来無い、話し合いで終わりだ。本音の裏話は既に知っている、敢えて聞く事も無い。今は恩返しをする事が大切なんだ、後は王宮に戻ってからの動きの再確認かな。

 この言葉に珍しくザスキア公爵が固まった、イーリンとセシリアは苦笑しながら退室してくれたが頑張って下さいって小声で言ったのは……どっちに対してだよ?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。