古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第580話

 明け方まで降り続いた雨も上がり爽やかな朝を迎えた、大地に大量に染み込んだ雨水が太陽に照らされて蒸発するから昼間は蒸すだろう。

 皆の体調管理には気を使わねばならない、特に馬車の中は断熱処理を施しても蒸し暑くなる。ロンメール様の馬車には水属性魔術師が同乗し、氷結魔法で室温を下げる。

 他にも風属性魔術師が常に微弱な風を起こすとかも有る、贅沢な魔術師の使い方だな。権力者しか許されない贅沢、因みに僕も隠れ水属性魔術師だから氷結魔法は一応使える。

 こまめに休憩を挟み給水させないと完全装備で鎧兜を着込む連中は脱水症状に陥る、金属は暑さに弱いんだ。直接金属部分に触れると火傷する、故にキルト生地のギャンベゾンを下に着るしマントも羽織るから余計に暑い。

 厳しい鍛錬を積んでいるから暑さには耐えられるだろう、だが有事の際に万全な体調じゃないのはマイナスだ。精神論だけでは無理なんだ、それが分からない脳筋上司が多い。

 自分が耐えられるから他人も耐えられる訳は無いのだが、無理だと言えば惰弱だと叱られるらしい。同じ脳筋でもデオドラ男爵は違う、自分(人外)と他人(一般人)の区別をする。

 配下には待遇面だけでも配慮しようと決めたんだ。ここは多少の時間を掛けても休ませながら行軍しよう。急ぎ旅には違いないが、何時までに帰国しなければならないとは決めて無い。

 時刻は午前九時半、出発して一時間半だが既に太陽の熱で地面に染みた水分が蒸発し蒸し暑い。騎乗している僕でも暑いのに、徒歩の連中は大変だな。

 あの丘を登れば見晴らしが良い、休憩するには最適。見渡す限り荒野だから日影が無い、往路より過酷だが無事に全員帰国させる事が僕の任務だよ。

「チェナーゼ殿、あの先の丘の上で休憩させましょう。思った以上に過酷な環境だ、休憩を多目に取り水分を補給させましょう」

 普段は先導役だが、交代で後ろまで下がり隊列の様子を確認している。僕も先程見回りしたが、体力を消耗している連中は多かった。

 馬車に乗ってるだけの女官や侍女達も、サウナみたいな馬車内に辛そうにしていた。扇子で扇ぐしか涼を取れないからな、きっちりと服を着込んでいる彼女達も辛いだろう。

「確かに、徒歩の連中は辛いでしょう。ですが今夜も野営になりますよ?スメタナの街には昼前に到着するが、次のモレロフの街迄は20㎞も有る」

 見詰める先は荒野ばかりで緑は何も無い、遙か先にスメタナの街が見えるが陽炎みたいに揺らいでいる。

「スメタナの街で一泊するか、更に先に進むかですね。この調子だと午後二時前にスメタナの街を出るとなると、モレロフの街には夜迄には着かないかな?」

 どちらも往路で滞在したが、スメタナの街には嫌な思い出しかない。自作自演の襲撃事件を画策したり、ミッテルト王女から夜這い紛いのハニートラップを仕掛けられたりと最悪だった。

 前回はテレステム伯爵が饗応(きょうおう)役となり宿泊場所の手配をしてくれたが、今から使いを出しても泊まれるかな?結構な準備を事前にしてくれたから待遇面での問題は無かったのだが……

 普段の状態に戻っていたら、とてもじゃないがロンメール様を宿泊させられるレベルじゃない。未だ野営で持参の天幕に泊まった方がマシだろう。

 モレロフの街はバーリンゲン王国の衰退を示す様な更に寂れた街だった、どうしようか悩む。早々に切り上げて休むか、休みながら進んで最後の野営をするか?

 先に進めば明日にはソレスト荒野に着いて夕方にはエムデン王国領内に辿り着く、僕としては早く安全圏にロンメール様達を送りたい。属国とは言え数日前迄は敵地、完全に信用など出来無い。

 スメタナの街に泊まれば、明日はモレロフの街に一泊、明後日にエムデン王国領内に入る。だがどちらもロンメール様を泊めるには問題有りなんだよな……

 下手な場所にロンメール様を泊めると味方側からクレームが入る、敵対派閥の連中は此方の失態を虎視眈々と狙っているから嫌になる。敵は内外に居る、油断は禁物だ。

 王族絡みの批判は諸刃の剣だ。ロンメール様の為と声高々に批判しても、僕に利用価値を見出しているロンメール様は僕を擁護する可能性が高い。

 批判した奴は、王族の意を汲めない愚か者扱いになる。完全な失態にはならないし、帰国が延びるが安全策を取るか……

「伝令を走らせて宿泊可能か確認させましょう。駄目なら先に進み野営しますが、極力泊まる方向で交渉させましょう」

 宿泊先の部屋の件は、ロンメール様の部屋だけ備品を持参品と入れ替えれば良いだろう。宗主国のゴリ押しになるが、無理に行軍するより一泊して貰おう。

 前回泊まった宿屋を借り上げるしかないな、他に宿泊客がいても他に移って貰うしかない。当然だが料金は此方持ち、更に迷惑料を上乗せすれば良い。

 ああ、それと前回同様に護衛兵達は分散して泊まらせる事になるが酒場に行くのも許可しよう。それ位の費用は僕が負担しても良い、息抜きは必要だ。

◇◇◇◇◇◇

 錬金で簡易な壁の無い屋根だけの小屋を作り日影は確保した、無風に近いので暑い。この近くにはオアシスが無いが、飲料水は余分に持って来ている。

 最悪の場合、人間は食べなくても水だけで三日は保つ。戦闘行動をするなら一日だな、それ以上は個人の資質頼り。指揮官は兵士の資質の平均値を採用し予定を組む、今回は女性が多いので更に余裕を持たないと駄目だ。

 半日で休むのは賛否両論が有るだろうが、ロンメール様に進言し許可を貰った。もう直ぐ近くまで来ているから、無理をする必要は無い。ユーフィン殿達に教えたら喜んでくれた、体力的に結構キツかったんだな……

 予定より少し遅く昼過ぎにスメタナの街に到着した、今回は代官と街の有力者達が出迎えてくれた。流石にテレステム伯爵は居ない、パゥルム女王派の重鎮達は王都で忙殺されている。

 帰国する僕等に同行する余裕は無い、そもそも人員が圧倒的に不足している。約半数が敵対か中立、その切り崩しの最中だ。逆にフリーで行動させて貰った方が楽だ、同行されると監視されてるみたいだ。

「前回と同じ宿屋か、配員の割り振りも同じ。代官殿が配慮したようですね」

 リストを貰い説明を聞いたが前回と同じだ、だが前回と違いコックが変わるそうだ。これは仕方無いが、食事担当のシレーヌ殿と六人の女官達が監修する事になる。

 場合によっては用意していた食事を出すか、彼女達が調理するかだ。毒見役も兼ねた女官達だが、普通に王族にも出せる程の料理の腕も持っている。

 ユーフィン殿が各種食材も空間創造に収納しているので、宿屋のコック達の料理が規定値以下なら自分達で用意する。

 因みに僕は何故かロンメール様やキュラリス様と同じ食事が出される、ユエ殿達と同じ食事がしたいとか多少の融通は利くが基本的には一緒だ。

 アドム殿達と同じ食事が食べたいと言った時だが、シレーヌ殿に本気で叱られた。最悪でも上級女官達と同じ食事を提供しないと、彼女達が罰せられるそうだ。

 身分差ってヤツだな、全く自由がドンドン無くなる。自分で選んだ道だから後悔はしないが、堅苦しい食事ばかりだとストレスが溜まる。もう手掴みで食べ歩きとか不可能なのだろう……

「準備万端整えていました感がします、帰りの行程も同じと考えていたのでしょう。人員不足とは言え、その程度の事は伝令を走らせたみたいですね」

 リゼルが答えてくれたが、イーリン達と同じメイド服を着て僕の専属メイドっぽくなっている。もう僕の関係者ですって事にしないと駄目か……

 同行している女官や侍女達、更に警備兵に口止めなど不可能だ。間違い無く各派閥連中に情報は流れる、今更無関係は通じない。

 僕の関係者が王宮内でアウレール王の側に配置される?不味いな、リゼルは僕の遠縁にしようと思ったが工作が間に合わない。

 有能だからバーリンゲン王国から引き抜いた?有能って何がだ?ギフトの件は教えられない、他に有能かって言えば実際に有能だな。

 アウレール王が事前にバーリンゲン王国に忍ばせていた間者で、今回の簒奪を唆せた影の功労者で良いかな?

「いえ、私はリーンハルト様に見出された女ですわ」

 周囲に人が居ない、いや会話が聞こえる範囲には居ないが突っ込んで来るな。エムデン王国内で地位と安全を固めるならば、アウレール王絡みが確実。

 影働きでも公式に王命を達成したとなれば、確固たる立場を得られる。そして僕と事前に打合せていた、功労者として十分に資格が有る。

「折角心を読ませて事の成り行きの説明の手間を省いたんだ、それで良いだろ?リゼル自身にも功績が有る。王命の達成だ、復帰後の地位も固まる」

「其処まで配慮して頂けると嬉しく思いますが、普通はその後で俺の物になれが続きますわ。見返りを求めない親切は無償の愛だけです」

「愛は愛でも友愛の方だな、間違っても愛欲には走らない。それに君を引き抜いた責任も有るし、他に行かせない独占欲も有る」

『もう君は逃がさない、逃げ出しても地の果てまで追い掛けて連れ戻す。僕の幸せに君は必要不可欠なんだ、移籍の自由は無いと諦めてくれ』

 副音声付きで僕の考えを伝えた。アウレール王への願いと言うか希望報酬は、リゼルと妖狼族の件で良いな。かなり無理をさせる事になるが、バーリンゲン王国を落とした対価としては十分だ。

 爵位も地位も限界まで上げて貰った、僕の配下として妖狼族に与える領地だけで十分。リゼルの地位はどうするかな?

「適当な爵位と領地で良いだろ?領地持ち女男爵は前例が有る、コッペリス殿がそうだな……」

『もっとも敵対したから潰す算段は考えているが、ザスキア公爵とレジスラル女官長が手を組んだから僕の出来る事は無いだろうけどね』

「本音と裏事情を一度に教えて貰えるので変な誤解はしませんが、普通は異性から其処まで面倒を見て貰ったら好意を抱きます。リーンハルト様は理解していますか?」

 至極真面目な顔で言われた、確かに裏事情を知らない他人から見れば好きだから面倒を見てると思われるかな?思われるな、確かにそうだ。

 勘違いじゃない、彼女(の持つギフト)を欲しているから色々と配慮する。うん、帰ったらザスキア公爵とジゼル嬢に報告・連絡・相談だ!

 早急にだ、他から変な告げ口が入る前に事実を伝える必要が有る。不味いな、リゼルにユエ殿にフェルリルにサーフィル、誤解に拍車が掛かるぞ。

「ごめんなさい、そう言う意味は無いし友愛なら大丈夫だと思う。あと、ザスキア公爵とジゼル嬢に報告する時は同席してくれると助かる」

「リーンハルト様……言いたくは有りませんが、もう少し毅然とした態度で臨んで下さい。結婚前から尻に敷かれている、この噂は真実だったのですね。甲斐性の有る殿方なのに、戦闘力に関しては一国に単独で挑めるのに……」

 首を左右に振られた後に、深々と溜め息を吐かれた。仕方無いだろ、僕は魔術師としてなら人間族最強って公言しても良い。

 だがその他の事は良くて普通、足りない事の方が多い。その不足分を味方から募ってるんだ、全てに完璧な人間など居ない。

 その不足分を補う期待をリゼルに望んでいる、確かにその意味では僕は君を欲しているんだ!

「最後だけなら情熱的な求愛なのに、女性なら一度は言われたい言葉なのに。願いは叶ったのに、望んだ結果じゃないなんて詐欺です!乙女心が砕けましたわ」

 あーうん、そろそろ止めようか。イーリンにセシリア、チェナーゼ殿やユーフィン殿まで一列に並んで良い笑顔を浮かべている。

 これはザスキア公爵の他にローラン公爵にも情報が流れるな、今晩親書を書いて先に送るか。送らないと、とんでもない誤解が生じそうだ。

 特にユーフィン殿はハンカチの角を咥えている、アレって嫉妬とか憎らしいとかの態度だよな?仮初めの婚約者の私を放置して他の女と……みたいな?

「あら?今日はこの辺で終わりに致しましょう、では皆様」

 優雅に一礼して逃げやがった、この状況で放置か?

「言い訳はしないが弁解は聞いてくれ、間違い無く誤解だ。軽挙妄動は控えてくれると助かる」

◇◇◇◇◇◇

 酷い目に合った、遠巻きに見ていた連中からも修羅場みたいで大変ですね?的な視線を向けられていたし、キュラリス様からも誤解される行動は慎んで下さいと言われた。

 酷い誤解だが状況的には浮気症な殿方に詰め寄る淑女達らしい、僕は非常に難しい立場だから気を付けろとも言われた。

 有力な親族の居ない侯爵待遇で伯爵で領地持ちの宮廷魔術師第二席、何れは宮廷魔術師筆頭になる事が約束された優良物件。

 側室や妾じゃなくても友好的な関係を築けるだけでも実家が利する事になるそうだ、そんな事を言われたら普通に人間不信になる。

 だがリゼルがギフトを使い彼女達の思考を読んだが全て可愛い嫉妬で、実家云々の醜い感情は無かったそうだ。

 普通に恋愛感情で動いていた、その方が異常らしい。好みの異性は優良物件だった、なら頑張ろう的な気持ちで動いているので不純じゃない。

 そんな純粋な気持ちをぶつけられて凄いですねと、綺麗だが目が笑ってない笑みを向けられた。正直背筋が凍った、早く帰りたい。

 リゼルは必要不可欠な女性だが、ザスキア公爵やモリエスティ侯爵夫人に通じるモノが有る。正直侮れ……いや、怖い。

「早く帰ろう、イルメラやウィンディアやアーシャに癒されたい」

 何の気遣いも不要な彼女達の有り難みをヒシヒシと感じる、僕は依存しているな。離れて分かる大切さか、身に染みるよ。

 




明日から12/31までの一ヶ月間、予定通り一年の感謝を込めて連続投稿を行います。
多くの方からの感想・評価・誤字脱字報告、本当に嬉しく思います。有難う御座います。
12/5から12/8の4日間は満4周年記念話を掲載します。

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