古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第578話

 グンター侯爵とカルステン侯爵からの衝撃の告白、虚偽の噂話の情報元はバセット公爵からだと言ったわ。その告白の後に、アウレール王から詰問されたバセット公爵の態度はしどろもどろだった。

 怪しい、状況証拠で言えば真っ黒よね、真っ黒だが否定はしていたわ。あくまでも民衆の希望的な噂であり、英雄と言われるリーンハルト様の活躍を望んでいるからだと……

 確かにバセット公爵は第一陣で戦う事の意義は薄い、バニシード公爵みたいに汚名返上・名誉回復など関係無いわ。グンター侯爵やカルステン侯爵みたいに、裏切り者の疑いも掛けられても無い。

「少々不味い流れだな……」

「我等の盤石の体制に、僅かだが歪みが生まれ始めている」

「公爵五家の内、二家が不安要素を抱えているわね。この非常時に困るわ」

 バセット公爵の言い訳に対して、アウレール王は一応の納得はしたが不信感は拭えなかったわ。グンター侯爵とカルステン侯爵と懇親目的の酒の席で零した言葉、大凡(おおよそ)の意味は近いから動揺し言葉に詰まったそうね。

 二人の侯爵に勧められるまま酒を飲み、言質を取られる程の失言をした。バニシード公爵と意気込みが全く違う、その辺の苦労を愚痴として語ってしまったらしいのよ。

 でもそれは、グンター侯爵とカルステン侯爵が誘導したらしい。やはり彼等は怪しいわ、自分達が纏まっても勝てないバセット公爵に罠を仕掛けた。何故、其処まで追い込む必要が有ったのか?

 こうして理由が分からないから、解散した後に私の執務室に集まって話し合いをしている。未だ決定的な証拠は掴めてないけれど、あの二人は既に敵側に寝返っていると考えた方が良いわ。

 侯爵とはいえ血筋の良さと歴史ある家柄が理由で、勢力的には二人合わせてもバセット公爵の半分以下しかないのに、アウレール王の前で貶めた。

 報復を恐れていないの?確かに今は非常時だから内輪揉めなどしてられない。彼等は第一陣として出撃する仲間でもある、でももう友軍として共闘は無理でしょう……

「有る程度の戦力を王都に残していくしかあるまい、二割……いや三割は残さないと不安だぞ」

「それも謀略だな、二方面作戦が可能になったのに、王都に多くの戦力を貼り付けなければならない。ウルム王国にしたら嬉しい事だろう、だが確かに保険は必要だ。俺も三割は残す、予備兵力が無しになるぞ」

「リーンハルト様に話して、アウレール王からお預かりしている第四軍を残すわ。第五軍と合わせれば歩兵四千人よ、私の方も三割の兵力は残す事にするから。妖狼族を配下に出来て本当に良かったわ」

 余裕を持っていた総兵力の三割を保険として王都に残す事になろうとは……予備兵力が無くなったわ、もう補充が利かない。初期兵力だけで運用するしかないわね、それは心に余裕を無くす……

 幸いだけど、戦闘特化民族である妖狼族が丸々傘下に組み込めたわ。三百人を抜き出せれば、人間の軍隊に換算すれば三千人分ね。十分とは言えないけれど、第四軍の代わりにはなるわ。

 リーマ卿絡みの謀略だと思うけど、戦う前から戦力を三割も減らされたわ。しかもバセット公爵はアウレール王から疑われた、公爵二家と侯爵二家に何かしらの問題が生まれたわね。

「ザスキア公爵よ、バーリンゲン王国の平定だが急いでくれ」

「なるべく早く、王都にリーンハルト殿を戻らせるんだ。それで何とかなるだろう、彼には不思議な期待感と安心感が有る」

「悔しいけど、それしか対策は無いわね。じっくりねっとり王都を離れて二人で過ごす予定が駆け足よ、この鬱憤を晴らすにはどうしたら良いの?」

 エムデン王国を離れて見知らぬ国で信頼する男女が二人きり、信頼が愛情に変わる様に時間を掛けて仕向ける予定が台無しだわ!

 もうアレよ、グンター侯爵とカルステン侯爵を追い込んで捕縛するのはどうかしら?駄目だわ、この大事な時期に国内が纏まってないと周辺諸国に知られてしまうわね。

 不干渉だと纏めた外交が崩れる可能性も出てくる、それは未だ早いわ。完全に証拠を掴む迄は泳がせるしかない、証拠さえ掴めば後は内々で処理すれば良いわ。

「名誉の戦死、後継者は此方の息の掛かった連中を押し込むわ。または後継者不在で御家断絶も良いわね、其方の準備も保険として進めておくわ」

「貴族院の根回しは俺がしておく、アウレール王には三人で伺いを立てるか。我等とリーンハルト殿が手を組めば、この国難にも対処出来るだろう」

「アヒム侯爵の態度だが、少し変だったぞ。奴も何かしら絡んでいるのかも知れない、俺の方で少し調べてみる」

 当主のみが売国奴なのか?家族も同じか?派閥も同じなのか?それにより処理の仕方が変わる、慎重に調べるしかないわね。確かにアヒム侯爵も何か隠している感じがしたわ……

 いっそ疑われているのがバレたからって国外逃亡とかしてくれないかしら?それなら後腐れが無く処分出来るけど流石に無理よね。

 宣戦布告はしたけど、未だ開戦前なのに既に戦力は分断されて内部分裂の可能性まで出て来たわ。流石は十年以上潜伏している亡霊共だわ、色々と仕掛けて来て嫌になるわね……

◇◇◇◇◇◇

 空を見上げれば、分厚い雲が何層にも重なった様に真っ黒な雨雲が広がっている。目的地であるフルフの街方面の雨雲の中から稲光が見える、もう直ぐ天候が荒れる。

 不味いな、直ぐに立ち寄れる街は無い。雨宿り出来る場所も見当たらない、周囲は何処までも不毛な荒野だ。少しでも高い場所に野営地を構えないと駄目だな、見回しても大体平らで高低差が無い。

 これだと水溜まりの中で休む事になるぞ、身体が濡れるのは体力を著しく消耗する。馬車の中は濡れないが、馬達が風邪をひいたら帰れなくなる。

「チェナーゼ殿、今日はもう野営の準備をしましょう。雨雲が急速に近付いてきます、フルフの街まで保たないでしょう」

 隊列の先頭を彼女と二人で進んでいたが、前方の雨雲を見て予定を変更する事にした。頬に当たる風は湿り気を帯びているので、直ぐに降り出すだろう。

 時刻は三時前だが、次の滞在地まで雨の中を二時間以上歩かせるのを躊躇う。急ぎの旅だが無理をさせる程じゃない、今日は野営し明日にスメタナの街まで行けば良いんだ。

 雨天時でも警備兵はずぶ濡れで行動しなければならず、馬車を引く馬達の体調にも気を使わないと駄目なんだ。強行する意味は全く無いな……

「もう三十分もしない内に降り出しそうですね……野営に適した場所は無い、街道を少し離れた場所にテントを設置しましょう」

「いえ、僕が野営陣地を構築し錬金で小屋も作ります。平地にテントを張っても床が水浸しですよ……あの先の場所にしましょう」

 比較的に岩や倒木が無い拓けた場所が有る、大型のドーム型の小屋を幾つか錬金しても大丈夫な広さが有るな。

 見通しが良いから周囲の警戒も楽だろう、雨天でも交代で警備兵達は見張りをするが休憩の時は濡れない場所を用意してあげたい。

 それがユエ殿が教えてくれた待遇面は手厚くしてあげる事になるだろう。僕は彼等を死地に送る事も出来る地位にいるのだから、やれる事はやる。

「分かりました。ロンメール様とベルメル殿には私から伝えます、リーンハルト殿は陣地の構築をお願いします」

 そう言って後方の馬車に乗っている、ロンメール様とベルメル殿に説明に行ってくれた。僕は先行し陣地を錬金しよう、時間は殆ど無いかも知れない。

◇◇◇◇◇◇

 街道から100m程離れた場所を野営地に決めた、一人で目的地に歩いて行く。乾燥した大地、大小の岩が転がる開墾に適さない荒れた土地だ。

 余裕が有るならば土属性魔術師による土壌改良を行い、田畑に適した土に錬金して緑豊かな大地に変えたい。此処は昆虫やトカゲ位しか生息しない不毛な大地だ。

 大規模錬金の連続使用は魔法の鍛錬として最適、本来なら鍛錬と同時に領地を豊かに改造出来る一石二鳥な方法だけど……今は考える事じゃないな。

 先ずは地面から土台を少しだけ高くする。同じ高さなら雨が降れば床は水浸しになる、それでは意味が無い。最初にロンメール様用のテントの設置位置を中心にする、20m四方の地面を石に変えて床から50㎝ほど高く盛り上げる。

 そして鉄板で壁と天井を作る、箱形で出入口と換気用の小窓を三ヶ所に設置した簡易小屋だ。この中に本来のテントを設置して貰えば良い、流石に内装に拘る時間は無い。

 この錬金小屋の四方に幅20m長さ40mの錬金小屋を作る、女官用と僕と警備兵用、その他の使用人達用と馬車と馬用だ。その外周に幅1m深さ1mの側溝を掘り雨水の侵入を防ぐ。

 側溝の内側に細いワイヤーを張り巡らせれば完成、側溝を飛び越えれば必ず踏む。触れれば感知出来る、最後の警戒だな。現状、僕等を攻める勢力は周辺には居ない。

 見張り番も立てるが、深夜で雨だと見逃す可能性も有るから用心に越した事は無い。万が一の可能性だが少数精鋭による襲撃、または暗殺なら最適な天候だ。

 錬金小屋の中に全員が入ったと同時に雨が降り出して来た、大粒で風も強い。見渡す先まで真っ黒な雲しか見えない、明日の朝には晴れれば良いのだが……

「ベルメル殿、何か不足は有りますか?」

 急いで錬金したから不具合が多い、窓や入口に雨が吹き込まない様に庇を増設し風呂とトイレを部屋の隅に個室として作った。勿論だが、ロンメール様とキュラリス様専用だ。

 大臣達と交渉団は、バーリンゲン王国に残っている。護衛も交渉団が連れて来た連中に引き継いだ、第四軍は国境付近まで下げた。

 煮炊き用の石窯と煙突と調理台迄は錬金したが、家具類はユーフィン殿が空間創造から取り出して配置している。良く抜け出すので監視付きみたいだ、昇進試験なんだし頑張れ!

「いえ、何も有りません。ロンメール様に完璧な御世話が出来ます、リーンハルト殿が居ると何でも頼ってしまうので困りますわ」

「野営で不便を掛けますから、出来るだけの事はします」

 既に王族用の豪華なテントの準備も出来ている、下働きの手を借りているが女官達が手際良く組み立てているな。

 力仕事などしないと思っていたが、彼女達を少し侮っていたみたいなので反省。ユーフィン殿はテンパっているみたいだ、空間創造から物を取り出すのに四苦八苦している。

 焦りは魔力制御を乱す事になる、少し落ち着かないと品物が取り出せなくなるぞ。何を出したいかは、出したい物を正確に出せなくなるぞ。

「ユーフィン殿、魔力制御が乱れては上手くギフトが使えませんよ。慌てずに、魔術師は常に冷静たれ!ですよ」

「リーンハルト様!しかしですね、色々と言われると何から出して良いのか分からなくなります」

 何でも収納出来る空間創造のギフトだが、収納物の管理方法は個人差が有るらしい。僕は階層別に重要度で分けている、収納した物は思い出そうとすれば一覧が頭に浮かぶ。

 だが人によっては記憶している物しか取り出せなかったり、入れた順番にしか出せないとか結構使い勝手に差が有る。ユーフィン殿はどうなのかな?

 落ち着こうとしているのか深呼吸を始めた、数回した後に頼まれた物を見事に出し始めたから大丈夫だろう。正式に侍女になれば、今後も数少ない空間創造のレアギフト持ちとしての仕事を任されるだろう。

「ユーフィン!未だ仕事は終わってませんよ」

「はい!すみません、直ぐ行きます。リーンハルト様、後で遊びに来て下さい」

 スプルース殿に呼ばれ、パタパタと彼女の元に走り去るユーフィン殿を見ていると、ニマニマした顔のベルメル殿に気付いた。何が楽しいのだろうか?

「サルカフィー殿が失脚した事により、ユーフィンも自由になりましたわ。他国とは言え公爵の子弟に言い寄られて苦労していましたから……」

「レオニード公爵家自体が、パゥルム女王に反発した為に取り潰しです。もうユーフィン殿に言い寄る者は居ません、僕は彼女をサルカフィー殿から守る為に……最悪の場合、自分が彼女の婚約者だと偽る予定だったのです」

 驚いた顔のベルメル殿に、勿論だが仮初めでありローラン公爵とログフィールド伯爵には了承済みだと教えた。

 完全に血縁を切る為の措置であり、ユーフィン殿も納得済みである事。仮に偽りの婚約者として公表にしても、後から婚約は解消する事も教えた。

 何故、僕が珍しくユーフィン殿に優しく対応するのか不思議だったらしく、ベルメル殿も納得してくれたみたいだ。彼女に説明しておけば、他の侍女達が変な話を広めない様に配慮してくれるだろう。

 これでローラン公爵とログフィールド伯爵の依頼も達成だ、レオニード公爵家自体が無くなった事により血縁者に擦り寄られても多大な配慮はしなくて良いだろう。

 有能で見込みの有りそうな連中を引き込むだけで、有象無象は排除出来る。パゥルム女王も自分に協力しなかった貴族達は全員処刑せず、爵位剥奪や追放で済ませた連中も多い。

 流石に自分に逆らえば例外無く一族郎党処刑じゃ、この後の治世に問題を残す。有る程度の慈悲は示さないと、死に物狂いで抵抗するから飴は必要だ。

◇◇◇◇◇◇

 次に訪れたのは警備兵達が詰める錬金小屋だ、既に簡易なテントは組立済みで見張り番連中が雨具を着込んでいる。

 既に大粒の雨が大地に波紋を浮かべている、つまり地面は水浸しだ。水捌けが良さそうだった大地だが、既に雨水を吸い込めずに水溜まりが出来ている。

 僕の存在に気付いたのか、作業を止めて整列してくれた。僅か数十秒で綺麗に整列出来るとは、鍛錬は欠かしていないみたいだな。

「悪い、邪魔するつもりは無かった。何か不具合が有るか聞きたかっただけなんだ」

「いえ、全く有りません。雨天でも我々は外で構わないのに、特別な配慮までして頂き有り難う御座います」

 アドム殿の言葉の後に、合わせた様に一斉に頭を下げられた。思えば彼等の活躍の場が全く無かったな、いや護衛に活躍の場が有った方が問題か?

 基本的に彼等は、ロンメール様とキュラリス様の護衛だ。まさか任務を放棄させて、城塞都市の攻略に連れて行けなかった。気持ち的には同行したかったかも知れないが、彼等の忠誠心を考えれば無いか……

 フルプレートメイルの上から防水性を高めたマントを羽織っている、だが金属は体温を低下させるんだ。外気温の影響をモロに受けるから、夏は熱く冬は冷たくなる。

「焚き火が出来る場所を増やそう、それと各自一本ワインを支給する。任務に支障が無い範囲で飲んでくれ、寒いと寝酒は必要だからね」

 床を四角くくり抜き焚き火がし易い場所を五ヶ所作る、交代で見張り番をする連中が待たずに暖を取れるだろう。

 あと一本銀貨三枚の安物だがフルボトルのワインを百本差し入れる、酒は身体を温めてストレスも解消する万能薬だ。適量ならば問題は無いが、だけど依存は駄目だぞ。

 これはハイゼルン砦攻略の援助物質として信用している相手から貰った物だ、贈答用の酒類は高価過ぎて渡せない。貰った方も困るだろう、一本金貨二百枚以上とか怖くて飲めないよ。

「体調管理には気を使ってくれ、怪我はポーションで治るが病気には効かない。風邪をひかない様に、身体を冷やさないで下さい」

 前列に並ぶ四人が副官二人と……小隊長だったな。アドム殿にワーバッド殿、それとジェクド殿とペシア殿だったかな?

 短期間だが良い連中と知り合えた、ローラン公爵とニーレンス公爵の派閥らしいから今後も絡む事が有るかも知れない。

 ウルム王国との戦争が終われば、周辺諸国との外交も活発になるだろう。僕も護衛として……

「あれ?僕のテントは?」

 他のテントは全て設置済みみたいだけど、多分だが真ん中に設置される筈の僕のテントが無いな。その言葉に、アドム殿達が目を逸らしたぞ。何故だ?

「その、女官達が強制的に回収して行きました。リーンハルト様のテントは、ロンメール様の近くに設置すると……」

「妖狼族の女性達のテントも、女官達のテントと一緒にすると言ってました。あの笑顔には逆らえません、妙な迫力が有りまして」

「我等と一緒だと男臭くなるので、上級貴族たるリーンハルト様には不釣り合いと言うか駄目らしいです」

 え?気楽な男達だけとのテント暮らしに駄目出しされたの?男臭くなるから駄目って何だよ?

 アドム殿達も厳つい連中なのに、女官や侍女達の圧力に負けたのか?まぁ常識的には、僕を最後の守りの要としてロンメール様の側は合っている。

 だが、キュラリス様も御一緒なので、出来れば別が良かった。それに私的な音楽会とか言い出しそうだ、過去にも悪天候の時に王宮内で催したな。

 アドム殿達に頭を下げられたので、気にしてないって言っておいた。しかし今夜は気を使う事になるかも知れないな……

 


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