古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第564話

 レズンの街を出発する、馬車八台に分乗しているが先頭の馬車に乗るのは僕とユエ殿、それとフェルリル殿にサーフィル殿の四人。

 残りの七台に六人ずつ別れて乗っている、荷物は全て僕の空間創造に収納しているから馬の負担は少ない。

 自前の全錬金馬車と馬ゴーレムだと僕が制御するしかなく、休憩等の効率が悪いので普通の馬車を使用している。

 妖狼族は動物の扱いに長けているので御者の問題は無い、馬を乗り潰す訳には行かないので三時間走り三十分程度の休憩を挟む。

 馬の水やりや体調管理、馬車は僕が固定化の魔法を重ね掛けしたので頑丈だ。足廻りも補強したので荒れ地でも問題無い。

 問題なのは道案内人が居ないので街道の標識を頼りに進んでいる、待ち伏せ等の回避は厳しいが障害物等が有り怪しい場所は魔力探査を行ってから進むので速度が落ちる。

 幸いと言うか障害物の少ない荒野が多く、街道も比較的に整備されているので迷う事は無いだろう。このペースなら三日後の夕方か四日後の朝には着くだろうか?

 僕等が少数だと知れば待ち伏せや奇襲を仕掛けて来る可能性は……いや、平地での集団戦を得意とする情報も広まっている筈だから考え過ぎだな。

 普通に考えれば籠城、そして他の二人の兄弟に増援を依頼している筈だ。増援の無い籠城戦は時間の経過と共に確実に負ける、だが他の二人も領地に逃げ込んだばかり……

 直ぐに戦力を出せるかは分からない、僕は無理だと思う。情報が広まれば、彼等は王族じゃなく逆賊だ。誰が協力するんだ?それにライバルでもある兄を無条件で助けるとも思えない、何かしらの条件を出し交渉をする。

 だから時間が掛かるし直ぐに話は纏まらないから増援も来ない、此方も短期間で終わらせる予定だから間に合わないだろう。僕としては増援の連中を平地で迎撃したい、素直にハイディアの街になど入れない。

 増援が来るまでハイディアの街を落とさずに周囲を囲むのは人数的に無理だし、領民に負担を強いるから却下だ。連中だって王都を逃げ出してから未だ十日も経ってない、対策は不十分だろう。

 突け込む隙は必ず有る、自分まで慌ててどうする?落ち着くんだ、大丈夫だ。

「リーンハルト様?難しそうな顔をしていましたけど、大丈夫でしょうか?」

「ん?あれ、何でユエ殿は僕の膝の上で幼女形態になってるの?服も着てるけど、馬車の中で着替えたの?」

 思考の海に沈むと本当に浮上するまで無警戒だ、攻撃等には反応するけど無害だと対処出来ない欠陥警戒網だな。

 良く見れば貫頭衣みたいだから、服の中に入って人化して帯布を締めただけか……これなら大丈夫なのか?下着はどう……いや、この先を考えたら駄目だ。

 思考を止めて向かい合う様に座っているユエ殿の脇の下に手を入れて反対向きにする。ユエ殿が背中を預けて来たのでお腹の辺りを抱き締める感じで固定、馬車は意外と揺れるので不安定だから……

「本当に、ユエ様はリーンハルト様と仲良しになりましたね。一応私達も服従した身なので、求められれば応えますが……私とフェルリルは不要みたいです」

「いや、幼女大好きみたいな変態疑惑は止めてくれ!それに僕は新婚だから浮気はしない、余計な気を回さなくて良いからね」

 不機嫌そうなサーフィル嬢だが、服従は嫌々だろうし妾的扱いを容認する発言も止めて欲しい。ウルフェル殿の娘を頼みます的な誤解が加速するんだ、正直勘弁して欲しい。

 僕の膝の上で裸足の両足をブラブラさせている、ユエ殿に対して保護欲が溢れ出る。これが父性ってヤツだな、全く情欲が湧かないから理解した。

 フェルリル嬢は御者をしているので会話に参加はしないが、同じ様に思ってるんだよな。強い男の種だけが欲しい、僕は彼等が信仰する女神ルナに認められた戦士らしい、魔術師なのにだ!

「そう言えば、妖狼族って魔法使えるのかな?ユエ殿やフェルリル殿にも魔力を感じるんだけど……」

 神獣化や神狼化する時に魔力を感じたけど、襲われた時に攻撃や防御の魔法は使ってなかった。ウルフェル殿も一部獣化してたが、魔法は使ってないと思う。

 でも魔力は感じる、魔牛族のミルフィナ嬢と仲間達も近付かれて初めて魔力は感じた。彼女達は何かしらの魔力や気配の隠蔽術を持っている。

「主に身体強化と視覚や嗅覚等の感覚強化です、あと神狼化には大量の魔力を使います」

「身体能力ブースト特化型か、使い勝手は良いが汎用性は厳しい。接近戦特化種族だから、らしいと言えばらしいね」

「他にも小さな火を点したり飲み水を出したりと、最低限の生活に必要な魔法も使えます」

 殆ど全員が、火おこしと飲み水の確保を属性に関係無く使えるみたいだ。それは便利だな、人間だと火打ち石は有っても水は水筒とかが必要で飲めば無くなり補充は無理だ。

 身体強化は基本スペックが高いのに、更に底上げ出来るのは凄いな。感覚強化も底上げされた身体スペックを使いこなすのに必要なのかもしれない、やはり妖狼族は接近戦特化種族だな。

 機動力を阻害しない防具を装備させれば、更に強くなるだろう。武器は……普通に剣や弓を使ってる、神狼化しなければ特に制限は無い?

「リーンハルト様、夜営に最適そうな場所が有ります」

「ん?フェルリル殿か、有り難う」

 馬車が停まったので窓から夜営予定地を見る、街道沿いの小高い丘。周辺に視界を遮る障害物は無い、不用意に近付かれる事は無さそうだ。

 頼んでいた条件に近い、水場は無いが近くに川は無いし池や泉は直ぐには見付からないよな。時間も午後四時過ぎだし、丁度良いか……

「その丘の上で夜営します、移動して下さい」

「はい、了解です」

 さて、夜営陣地の構築をするかな。敵地だし襲撃の可能性も有る、油断は出来無い。

◇◇◇◇◇◇

 小高い丘の上に夜営陣地を構えた。馬車を円形に配置し即席の防護壁にする、中央に焚き火と錬金で作った小屋を四つ。

 妖狼族達が三交代で火の番と見張りを引き受けてくれた、馬車の中と小屋に男女に別れて仮眠をすれば交代時に他の連中を起こす事は無いし不祥事も起きない。

 更に外周に幅3m深さ同じく3mの空堀も作った、防護壁にしなかったのは視界を塞がない為だ。妖狼族は夜目が利くので、見張りに気付かれずに接近は無理だろう。

「簡単に空堀を作りましたね、大地が割れるなんて初めて見ました」

「手をかざして歩くだけで空堀が出来る、錬金術とは凄いものです」

「きゅーん!」

「まぁ陣地構築は慣れてるからね、一応敵地だし襲撃には備えないと駄目だし」

 幾つかの焚き火の中で、僕はフェルリル嬢とサーフィル嬢とユエ殿の四人で囲んでいる。最もユエ殿は神獣形態で僕の膝の上にいる、手が使えないので僕が千切った干し肉を食べさせている。

 まさか皿から直接口を付けて食べろとか言えないし、フェルリル嬢からもユエ殿に食べさせて下さいと頼まれた。サーフィル嬢はユエ殿用のフルーツを剥いている、包丁捌きは慣れている。

 小指大の干し肉を摘まんで口の前に運べば、器用に食べるけど僕の指まで舐めないで欲しい。結構くすぐったいんだ、癖なのか良く舐める。

「私達の普通の野外食で良かったのですか?とても人間の貴族が食べる品ではないですよ」

「軍事行動中に贅沢なんてしないよ、皆と同じ物で構わない。戦地で自分だけ他の物を食べるとか、有り得ない愚行だと思うんだ」

 少数での行軍ならって条件だけどねって言葉を続ける、大軍での移動の場合は上級貴族や将官には専属の世話役や供回りや侍従が同行するから料理は一般兵とは別になる。

 そんなに変わらないけど、中には戦地でもフルコースを食べるグルメな連中は……結構いるんだ。そんな連中を一般兵がどう見てるか分かるか?

 デオドラ男爵も軍事行動中は皆と同じ物を食べる、命懸けの戦地では食べ物の格差って結構根に持つ連中が多い。それを貴種たる我等が……をやれば反発される。

 これは将官と一般兵との連帯感を生むとかの目論見も有るが、そんな暇は無いって実情も有る。戦地でフルコース二時間とか馬鹿なの?

 最後尾の陣で参加だけが目的の連中ならば仕方無い、血筋による武官擬きも実際には多い。彼等を参戦させる目的は、配下の兵力が使いたいからだ。

 お飾りの上級士官が多いのは、どこの国でも良く有る。司令官達は彼等を上手く扱い彼等の持っている戦力を使い戦う。兵士の数は、そのまま力になる。

 転生前の僕は、そんな煩わしさを嫌い魔導師団とゴーレム兵団のみを運用した。それも父王は気に入らなかったみたいだ、手柄を他の連中に分け与えられないから……

 自国の兵力にまで複雑に絡み合う利権、権力争いや派閥争いに奔走し過ぎて肝心な戦いに負ける事も多かった。本末転倒モノの愚かな行為だよ。

「少し調べただけでも、リーンハルト様が軍関係では大人気なのが分かりますね」

「確かに宮廷魔術師第二席の侯爵待遇の上級貴族様が、私達と一緒の食事で良いなんて信じられません」

 いや、結構美味しいよ。干し肉は軽く炙ると柔らかく脂が滲んで肉本来の旨味が分かる。この薄焼きパン擬きも、隠し味にヨーグルトを使っているから酸味が良いアクセントになっている。

 蜂蜜をかけて食べれば更に美味い、野菜スープは塩味のみだが干し肉の味が濃いから丁度良いし、新鮮なフルーツも美味い。十分だと思うよ。

 しかし妖狼族以外に居ない場所では、ユエ殿は神獣形態じゃなくても大丈夫なんだけど半々位なんだよな。やはり神獣形態の方が楽なのかな?

「普通に美味しいよ。それに半年前までは廃嫡予定の新貴族男爵の長子だったから、貴族の中では最下級だった。急な出世には戸惑いすら有るし、無駄な贅沢も浪費も慣れないんだ」

 有る意味では本当に贅沢な悩みだ、解決策なんて我慢一択で解決。誰も負担を強いない、自分が我慢すれば終了。我慢だって贅沢させてやるって事で、極貧に喘げって事でもない。

 だが公式の場や他人の目の有る所では、爵位に合った生活をしなければならない。政敵に付け込まれる隙は見せられない、自分の感情を殺してでも行う必要が有る。

 こんな機会じゃなければ他国の、しかも他種族の家庭料理など食べれない。貴重な機会なんだ、だから嬉しいんだ。この遠征の唯一の楽しみは珍しい食事だけだよ。

「妖狼族の交渉担当だった、バーリンゲン王国の担当官は酷い男でした。私達を獣臭いとか抜け毛が付いて嫌だとか……面と向かっては言わなかったですが、悪い噂は広まりますから」

「うん、バーリンゲン王国には人間至上主義者が多いらしいよ。馬鹿だよな、人間なんて繁殖力による数の力しか無いのにさ。エルフ族やドワーフ族、獣人族もそうだけど勝てる気でいるんだ」

 レティシアやファティ殿を敵に回したら、僕だって惜しみなく切り札を全部使っても善戦して負けだ。勝てる要素なんて微塵も無い、なのに増長する。

 獣人族は比較的に人口が少ない、だからやり方次第では勝てるかも知れない。妖魔族と呼ばれる、セイレーン(海魔族)やハーピー(妖鳥族)は単独か少数の群れで暮らすから勝てる……かも知れない。

 少し前に冒険者ギルド本部に僕宛の指名依頼で、セイレーン(海魔族)を生きたまま捕獲しろとか依頼して来た奴は誰だったんだろう?

「きゅ?」

「ああ、お代わりだね。一寸待って……はい」

 湿っぽい気持ちが、ご飯を強請るユエ殿のクリクリの金色の瞳を見たら吹き飛んだ。干し肉を千切り差し出すと、指ごと咥えて舐め取られた。

 焚き火に薪を投げ込み火力を調整する、荒野の夜は冷え込む。多分だがユエ殿が神獣形態で同衾するから、良い抱き枕兼暖房になるだろう。

 流石に見張りの交代要員には含まれていない、ユエ殿は当然だがフェルリル嬢もサーフィル嬢もだ。優遇されてるのは嬉しい、その分は別で働けば良い。

◇◇◇◇◇◇

「敵襲!警戒しろ、起きて武器を持て!」

「リーンハルト様と神獣様をお守りするのだ!」

 妖狼族の怒鳴り声に意識が覚醒する、腹の上に乗っていたユエ殿も素早く下りて入口を警戒する。僕も直ぐに簡易ベッドから起き上がり錬金小屋から飛び出る。

 既に妖狼族達が各々の武器を持ち配置に着いている、敵は……松明の灯りが見えるが遠いな。距離は200m、数は徐々に松明らしき灯りが増え始めた。

 此方に襲撃がバレたのが分かり、隠密行動を止めたんだな。五十……いや、百以上、もっと増えている。夜営陣地を囲んでいる。少なく見積もっても百五十人から二百人、いや三百人前後か?

「リーンハルト様、敵の包囲網が完成する前に此方から攻めようと思います。許可を下さい」

「フェルリル殿、分かった。でも何人か尋問したいから捕まえてくれ、無傷じゃなくて構わない。僕は夜営陣地まで辿り着いた連中を倒す、深追いは厳禁だよ」

 やる気満々の彼女と後ろに完全武装で整列する妖狼族を見ては、待てとは言えない。それに月夜の晩は彼等の世界、十倍の戦力差も問題無いか……

 見上げた夜空に浮かぶ月は満月から六日過ぎたがら下弦の月か、明日は有明(ありあけ)月で明後日は三十日(みそか)月で月は見えない。

 大体三十日周期で、新月・織(せん)月(または二日月)・三日月・上弦の月・十日夜の月・十三夜月・小望(こもち)月・満月・十六夜・立待(たちまち)月・居待(いまち)月・寝待(ねまち)月・更待(ふけまち)月・下弦の月・有明月・三十日月だったかな。

 これは妖狼族独特の呼び名らしく、僕は新月・半月(上弦)・満月・半月(下弦)の四種類だと思っていた。月の満ち欠けが信仰に直結している妖狼族らしい呼び名の多さだな。

 満月以降に待つのが多いのは、月の女神ルナは女性神だから異性を待たすモノ、または私を見て待たされる事を癒しなさいとか色々有るらしい。

「今宵は下弦の月、半月で最盛期より半分の力しか出ませんが問題有りません。月が、女神ルナ様が私達を見ている限り妖狼族に負けは無いのです」

 ドヤ顔で決め台詞を言ってくれたが、君達は満月少し前の小望月の辺りで僕に負けたよね?言わないけど慢心して負けましたは無しだぞ。

「分かった、妖狼族に任せる。僕に月夜の晩の、妖狼族の強さを見せてくれ!」

「「「「「はい、お任せ下さい!」」」」」

 一斉に返事をすると十人一組四班に別れて空堀を飛び越えて行った、普通に跳躍力が凄い。高さ5m幅10m位の半円形の軌道だったな……

 妖狼族を傘下に出来た事は僕にとってのメリットは大きい、少数精鋭だから面倒を見切れるって事もあるけどね。

 兵力三百人前後を動員してきたとなると、クリッペン殿下が野戦での奇襲攻撃に賭けたのか?それとも他の殿下達の兵士達との遭遇戦か?

 夜戦を仕掛けてくるから準備していたか、先に僕等を見付けて仕掛けて来たのか色々考えられる。先ずは捕虜の尋問からだ、この襲撃は不可解過ぎる。

 勘でしかないが、クリッペン殿下や他の殿下二人の兵士じゃない気がする。第三勢力?まさかウルム王国軍が、バーリンゲン王国内に入り込んでいるのか?




日刊ランキング七位、有難う御座います。

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