古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

564 / 1003
第562話

 レズンの街の有力者が用意してくれた滞在場所は、街一番の宿屋を貸し切って提供してくれた。多分だが、領主の館に僕が居るのは不都合なのだろう。

 出迎えてくれた代官のオルレゴン殿は、クリッペン殿下の家臣だった筈だ。この街の元領主だから、要職に就く彼の派閥の連中は多い。

 オルレゴン殿は代官の任を解かれて、パゥルム女王に忠誠を誓わないと罪を問われるだろう。逃げ込んだ奴等を受け入れなければ大丈夫だった、だがパゥルム女王に敵対する連中を受け入れた。

 パゥルム女王は簒奪後に貴族全員に臣従か敵対かを問い質した。王都に居れば直に、離れていれば親書を送った。逃げ込んだ奴等より先に親書は届いた筈だが……

 クリッペン殿下自らが乗り込んだのなら厳しいが、配下の貴族五人と護衛の私兵が百人位だった筈だ。拒否や保留は出来ただろう、だがパゥルム女王よりクリッペン殿下を取った。

 元々の上司だし同じ王族でも王女より殿下を選んだ、オルレゴン殿は気弱そうだから強気に迫られたら折れそうだ。実際に折れたのだろう。

 まぁ他国の人事だし不干渉で良い、後はハイディアの街を落とせば一旦引き上げられる。エムデン王国に戻り、戦い大好きのクリスや、名誉回復と汚名返上が必要なメルカッツ殿。

 あとは最大の協力者である、ザスキア公爵の私設軍を引き連れて戻って来る必要が有る、三人の殿下を倒すか辺境に追いやるかだな。少数部族の連中は彼等を受け入れない、支配していた連中が落ちぶれたんだ。

 普通に捕まえたら殺すだろう、簒奪の御輿には弱い。錦の御旗にもなれない。殿下達も分かってはいるだろう。頼れるのは直轄地の連中だけ、周囲は全て敵だ……

 ゴロリとベッドに仰向けに倒れる、最上級の品質ではないが柔らかく身体を包み込んでくれる。今日はゆっくり休んで、明日からは強行軍だな。

 早くイルメラやウィンディア、アーシャやジゼル嬢に会いたい。会って匂いを嗅ぎたい、そろそろ彼女達の成分が切れかけて禁断症状が出そうだよ。

 最近は、ユエ殿の匂いしか嗅いでいない。神獣形態の時は天日干しした布団の匂い、幼女形態の時は何だろう?そうだな……

「リーンハルト様、食事の用意が出来ました」

「ああ、ユエ殿。有り難う、少しお腹が空いたよ」

 いかんいかん、変な事を考えそうになったぞ。ユエ殿の匂いなど知らぬ、僕は神獣形態の時にしか同衾していない。

 ユエ殿は同行中は神獣形態だ、幼女形態に変化出来る事は秘密にしている。この三階建ての宿屋の最上階は僕と、副官兼世話役のフェルリル嬢とサーフィル嬢だけだ。

 他は二階に部屋が用意されている、一階は風呂と大食堂で妖狼族達が使用し僕とフェルリル嬢達は三階に専用の風呂が有り食事は部屋で食べる。

 ベッドから起き上がり身嗜みを整える、防諜対策は万全だし見張りも用意している。なので、ユエ殿も幼女形態で大丈夫。

 少しでも獣じゃなく人として過ごして欲しい、幸いだが宿屋はゴーレム警備網により侵入は不可能。窓はカーテンを閉めれば外からも覗けない、何より侵入すればゴーレムが捕縛するので完璧だ。

「ユエ殿、部屋に入る時はノックをして了解を得るのを忘れずに。僕だから良いけど、煩い事を言う連中は多い」

「はい、気を付けます。昼食ですが本当にサンドイッチで良かったのですか?」

 シュンとしてしまった、少し強く言い過ぎたかな?気にしてないと頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めてくれた。

 軽食にしたのには理由が有る、何も言わないとコース料理になるから専属の給仕が付くんだ。ユエ殿の事は秘密だから第三者の目は困る。

 サンドイッチならお腹が空いたから多目にと頼めば、一人前でも少食気味な僕とユエ殿なら十分に足りる。紅茶は別に用意されているし、デザートはフルーツ好きのユエ殿に譲る。

 足りなければ、僕の空間創造に大量にストックしているモノを出せば良い。イルメラとウィンディアに大量に作って貰ったナイトバーガー、ドラゴン討伐の時に食べずに収納した昼の弁当。

 未だ気楽な冒険者時代に、王都の商業区の露天商から買い込んだ料理も有る。勿論だが、ハイゼルン砦攻略の時の軍事用の野戦食も残っている。

 今回のサンドイッチの具材は……オーソドックスにローストビーフとレタス、スモークサーモンとスライス玉葱の二種類。他にもチーズオムレツにスープ、数種類の野菜のピクルスと大量だな。本当に一人前か?三人前位有るぞ。

「はい、紅茶です」

「有り難う、冷めない内に食べよう」

 ユエ殿が淹れてくれた紅茶の入ったカップを受け取り、ストレートで一口飲む。良い茶葉だな、エムデン王国領内でも流通してる茶葉と同じだと思う。流通経路が有るのか、減少傾向と聞いていたが……

 暫くは無言でサンドイッチを食べる、人参や大根の根野菜のピクルスが美味い。口直しに丁度良い、保存食にもなるのでエムデン王国内でも流行っている。

 ユエ殿は小さな口なので、サンドイッチは食べ辛いかな?モソモソと食べる姿は栗鼠(りす)みたいだ、本当は狼なのに……

「アチア殿ですが、話し合いに同席しなくて良かったのですか?」

「ん?構わない。多分だけど代官を含む高官達は全員が、逆賊に荷担した罪で処分だよ。粛正の嵐に巻き込まれるのは御免だよ、クリッペン殿下の息の掛かった連中は最悪は処刑。ミッテルト王女は冷酷非情だし、手加減はしないだろう」

 要は最初の見せしめだ、パゥルム女王は強硬姿勢を見せる事と、僕という過剰戦力を上手く使う事で飴と鞭の懐柔策を使うだろう。

 僕という暴力装置の力を見せ付けた後で怯える優柔不断な連中は取り込み、強硬姿勢を崩さない連中は僕に処罰させる。

 僕の事も悪く言ってるだろう、多分だが僕が力ずくで攻略しようとしたが領民も兵士も被害が少ない様に懇願したから感謝しろ!とかね。

 あまり反抗すると、我慢出来なくなった僕が暴走するぞ!位は言うだろう、支配者側の人間を悪く言って連帯感とかを植え付ける。

 占領地政策で良く使う手段だ、だから僕を領主の館から追い出した。一緒に居るなら話し合いに参加しないのは変だ、僕はレズンの街に興味が無いんだよとか言ってるだろう。

 問題は最上級とは言え普通に大通りに面した場所に有る宿屋だ、此方に直接乗り込んで来る連中も居る。貴族連中は、アチア殿が全て上手く対処するだろう。

 だが各ギルド支部や商人達、アチア殿には強制力の無い連中は分からない。あの魔術師ギルドと冒険者ギルドの支部長が来れば、柵(しがらみ)の関係で会わない訳にはいかない。

 各国に跨いで活動する色々なギルドの一部でも敵に回せば、横の繋がりが厚いから予想外の方面から支障をきたすのは良く有る。

 冒険者ギルドについては、オールドマン殿に魔術師ギルドについては、レニコーン殿に話を通してくれと言えば良い。各国の王都にある各ギルド本部の代表同士で下話はしてくれ、僕の判断はその後だ。

「お疲れ気味みたいですね?少し昼寝でもされたらどうですか?」

 デザートのフルーツタルトを美味しそうに食べている、一口貰ったが普通に美味しかった。この宿屋のコックは良い腕をしている。

「午後は来客対応になるから無理だと思う。午前中にアチア殿が大鉈を振るって改革したが貴族のみだろう、各ギルドの支部連中は大急ぎで話し合いをしてる筈だ。

不安がられていたパゥルム女王の政権は、僕と言うかエムデン王国が支持するから安定するだろう。昼食時に訪ねるのは不敬、食後の一休みを終えた後……二時過ぎ位に来ると思うよ」

「私なら全員で行きます、個別の陳情など最初の数人位しかまともに対応しません。多分ですが、冒険者ギルドか魔術師ギルドの支部長が音頭を取って陳情に来ます」

 スプーンを咥えたままで考え込んだ後に言ってくれた予想だが、僕も正しい気がしてきた。多数が競って個別に陳情に来ても、面倒だからとまともな対応はしないな。

 僕はレズンの街に思い入れも無いし、パゥルム女王の直轄地になるだろうから伝手を作っても意味が無い。下手な融資話など悪影響だ、パゥルム女王の直轄領から利益を引き抜く?

 有り得ないな、多分だが僕が二つの街を落とす分の報酬は別途で話し合いが進んでる筈だ。タダで協力は有り得ない、それがレアギフト持ちのモルベーヌ殿の引き抜き条件でもだ。

 ロンメール殿下が外交団を呼んだ筈だし、彼自身も高い外交能力と交渉術を持っている。結構な報酬を要求する筈だ、五千人規模の城塞都市を複数だし何を要求するのかな?

「リーンハルト様、笑顔が黒いです」

「ユエ殿は頬に付いてるクリームを拭きなさい」

 ごく自然に兄弟戦士曰わく『萌え』なる可愛い仕草をするんだよな、鼻の奥がツンッてするんだよ。計算ずくなら凄い悪女だろう。ザスキア公爵に匹敵するかも知れない。

 小さな手で頬に付いたクリームを拭き取り、ペロリと指ごとクリームを舐めた。マナー的には駄目なんだが、可愛いから良いか……

 そして予想通り、午後二時過ぎにレズンの街の有力者が団体で訪ねて来た。何を言ってくるのか楽しみだが、アチア殿の面子は潰さない様にしないと駄目だな。

◇◇◇◇◇◇

 宿屋の従業員から来客が有ると聞いて断るのも後が拙くなるので会う事にした、大人数かと思ったが四人だそうだ。

 宿屋の一階に応接室が有り先に待機して貰っている、簡単に身嗜みを整えてから応接室に向かう。ユエ殿は勿論だが、フェルリル嬢もサーフィル嬢も同席させない。他種族に排他的な連中かも知れないし、拗れるのは避けたい。

 警備上の関係でゴーレムクィーンの長女である、アインを同行させる。威嚇の意味も有る、万が一の確率だが僕を暗殺する事も考えてだ。

「申し訳無い、少し待たせましたか?」

 応接室に入り直ぐにメンバーを確認する。冒険者ギルド、レズン支部のリリーデイル殿。珍しい緑色の髪をしている三十代半ば位の妖艶な美女。

 魔術師ギルド、レズン支部のロボロ殿。八十歳前後の高齢の老人だ、歩くのにも杖無しでは厳しそうだ。

 最後はイヴァノ商会のイヴァノ会長だと思ったが違う、身なりからして商人だと思うのだが?隣に若い女性も居る、何処かで見た事が有りそうな……

「いえいえ、急な面会に応えて頂き有り難う御座います。感謝の念に堪えません」

 商人らしい人物が受け答えた後、四人全員が頭を下げた。もしかして、イヴァノ殿は粛正されたのか?彼が代わりの街の有力者筆頭かな?

 あの女性は昨夜に助けた女性だ、たしか名前はムルティだったっけ?フェルリル嬢が此方に言い寄って来た女性が居たと報告してくれた。

 多分だがイヴァノ商会と争っている商会だな、あの連れ去ろうとした女性達は乱暴目的だけでなく人質も兼ねていたのか?

「貴方は初めて見ますね?後ろの女性は昨夜、助けた女性達の中に居た方かな?」

「はい、私はグラス商会の会長のグラスと申します。これは娘のムルティです、娘を助けて頂き有り難う御座いました」

「ムルティと申します。助けて頂き、本当に有り難う御座いました。あのまま連れ去られたら、どんな酷い事をされたか……」

 両手で自分を抱き締めて震えている、恐怖を思い出したのだろう。連れ去られた女性の末路など悲惨なモノしかない、彼女達を助けられた事は良かった。

 しかし逃げ出す街の有力者の娘を攫うとか、奪還用の内通者として弱味を握ったとかだろうな。あの貴族連中だが、皆殺しにしてしまったが数人は生かして情報を吐かせれば良かったか?

 次は数人は生かして捕まえよう、クリッペン殿下の動きや思惑が分かるかも知れない。彼は逃がして兄弟三人で争って貰わないと駄目なんだ、残り二人にすると協力するか競って攻めてくるか選択肢が限られる。

 三人だから色々な思惑が蠢き身動きが取り辛くなる、彼等は自分が国王になりたい。だから他の兄弟を出し抜きたいんだ、兄を立てて三人で力を合わせるは無いな。

「そうですね、僕も助けられて良かったと思います」

 外交用の控え目な笑顔を添えて言う、奴等が奪った財貨も押さえた。表向きは敵兵百人の装備品だけだが、売れば金貨千枚位にはなる。

 戦争は金が掛かるし人的資源も壊滅的な被害を被る、だが権力者は領土拡大という夢を見て実行してしまう。その点で言えば、アウレール王は無駄な領土拡大はしない。

 今回の件も先手を取る形になるが、先に罠を仕掛けて来たのはウルム王国と旧コトプス帝国だ。前大戦のケリをつける迄は、アウレール王は引かない。

「レズンの街と我々を救って頂き、有り難う御座います。御礼の品をお持ちしたので、お納め下さい」

 グラス殿の言葉の後に、応接室の外で控えていた者達が三台のカートを押して入って来た。ざっと確認すると、最初は金貨の詰まった袋が三つで三千枚。バーリンゲン王国の公用金貨だろう、エムデン王国とのレートが同じなのは金の含有量が同じだからだ。

 次のカートには、ルトライン帝国魔導師団の正式鎧兜だ。見た限り本物だな、大体の価値は金貨四千枚前後。これは魔術師ギルド支部。

 最後のが冒険者ギルド支部のだと思う、古いロッドに杖に短剣か……マジックアイテムだが、魔力は枯渇している。研究材料としてか?

「悪いが僕に財貨を渡しても優遇は出来ない、それはアチア殿の権限の範疇だ。僕は明日には出発する、ハイディアの街を落とす為にね」

 レズンの街と我々と言った、つまり彼等はクリッペン殿下派じゃなかった。嫌々従っていたのだが、解放してくれて有り難うって意味だ。

 元領主で王族だったクリッペン殿下でも、パゥルム女王が優勢と見れば躊躇なく見捨てて寝返る。蝙蝠(こうもり)外交の弊害は国民にまで浸透している、生き残る為にだが……

 軽く突き放した言い方をしたが、全員が動じていない。想定の内なのか、他に思惑が有るのか分からない。だが貰ったモノの対価は払わねばなるまい。

「ですが、パゥルム女王にレズンの街の占領政策は厳しくしない様に頼んでおきます。冒険者ギルドと魔術師ギルドについて何か願いが有るならば、エムデン王国の各ギルド本部に話を通してくれ。

僕も所属しているし、国を跨ぐギルドの活動には色々な制限や取り決めが有ると聞いた。それを破る事はしたくない」

 出来ないんじゃない、したくないんだ。この言い回しに、リリーデイル殿とロボロ殿が反応した。僕が権力でゴリ押しせずに、ギルドの方針に従うと言ったからだ。

 彼等の苦笑はエムデン王国の各ギルド本部の代表達を説得する、バーリンゲン王国の各ギルド本部の代表達の苦労を考えたからだろう。

 自治性を最も尊ぶ連中だ、僕の対応をお気に召したみたいだ。後は自分達がする筈の苦労を本部の代表に押し付けられて良かっただな。

「余り無下な対応はしない様には言っておくよ。僕もギルド構成員だから、強くは言えないけどね」

 少し笑いを取って彼等の緊張を解す、これで冒険者ギルドと魔術師ギルドについては大丈夫だ。後はオールドマン殿とレニコーン殿が上手くやってくれる。問題は……

 微妙な顔で僕を見ているグラス親子だな、二つのギルドは僕との縁が有り問題は無いが商会関係はライラック商会としか付き合いは無い。

 ライラック商会以外の商会を優遇しない事は割と有名だ、だから交渉は無理だと思っているだろう。だが何かを企んでいる顔だな、さて何を言い出すか楽しみだ……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。