沢山の評価と感想を頂き凄く嬉しいです。これからも完結まで、お付き合い宜しくお願いします。
自分の武力については既に円熟期を迎えていると思っていた、それなのに未だ成長の余地が残っていた事に驚いている。まさか、この俺が同じ相手に模擬戦とはいえ何度も引き分けるとはな。
最初は驚いた、次に不甲斐なく不思議に思い、最後は納得した。納得するしかなかった、エムデン王国の武闘派の重鎮と言われた俺が引き分けを納得したんだ。バーナム伯爵やライル団長も同じ思いだろう。
我等三人はエムデン王国の武人達の中でも別格だ、例え現役の将軍達にだって負けない自信が有る。俺達に不足していたのは政治力、だがそれも解消されつつある。同じテーブルに座り酒を飲む連中も実感しているだろう、十年以上の停滞を打ち破った現状をな。
「まさか未成年の子供に良い様に扱われているとはな、義理の息子じゃなければ地の果てまで追い掛けても倒すところだぞ」
「もうデオドラ男爵だけの義理の息子じゃない、俺もライルも義父だ。バーリンゲン王国から戻って来たら直ぐに模擬戦だな、奴との戦いは常に全力なのだが……」
「リーンハルトと戦っていると、自分の限界を超える感じがする。案外自分で勝手に限界だと決め付けていたのかも知れんな、未だ自分に成長の余地が有る事に驚いている。俺はまだまだ強くなれる、成長途中なんだ」
む、独り占め状態から共有か……残念だが仕方無いだろう。リーンハルトの立ち位置を考えれば親類縁者、親族の強化は早急に改善すべき問題だ。
祖父を取り込んだらしいが未だ足りない、アイツは政略結婚を否定した。貴族としては直すべき思想だが、ジゼルが本妻になれるのは、そのお陰でもある。
親として愛娘を政略結婚の駒にせずに嬉しく思う、我が子の性格と能力を考えれば恋愛結婚などは不可能だった。
アレは聡い、故に夫からは煙たがられ距離を置かれるが、有能で使い勝手が良いので夫婦関係は微妙になるだろう。
ジゼルは我が後継者を支える人材に与えるつもりだったのだ、そして参謀として自分の手元に残しておきたかった。
アーシャは単純に政略結婚の駒だ、同じく後継者を支える人材に与えるつもりで嫁に出す予定だった。
それが二人共にリーンハルトに嫁がせる事になるとはな、人生の転機とは不思議だ。ルーテシアの危機から始まり、ウィンディアが冒険者養成学校で奴に接触しなければ……
今の関係にはなれなかったかもしれぬ、アレ程の男だから他にも目を付ける奴は沢山居ただろう。早い者勝ちではないが、最初に接触する事が出来て本当に良かった。
「なんだ、デオドラ男爵よ。不意に黙って考え込むなど、直感で動くお前らしくないぞ」
「いや、リーンハルトの事を考えていたのだ。不思議な男だと思ってな、アレは未成年ながら既に歴戦の戦士の精神を備えている。魔術師なのに、護衛も無く危険な最前線で戦う事を厭わぬ度胸には驚かされる」
後天的に磨かれるには時間が圧倒的に足りない、つまり先天的に備わっていたとしか考えられない。そんな不思議な事が有り得るのかと疑うのだが、実際に居るのだから認めるしかない。
戦場の空気に慣れ親しむ、言うは簡単だが実行するのは難しい。生死の危機を常に感じる戦場で、普段と変わらぬ平常心を保つ。俺だって数年を要した、それが初陣でアレだぞ?
あんな奴が未成年で誰の紐付きでなく在野に居る奇跡、それと知り合う幸運。リーンハルトとの出逢いが俺達の環境を劇的に変えた、立場も自身の武力も何もかもをだ……
「それは認める。ハイゼルン砦の単騎攻略もそうだが、最前線司令官として事務系の仕事も問題の無いレベルだった。戦場に身を置きながら平常心を保つ、資質も必要だが経験を積んでない初陣でだぞ。当時は自分の目が信じられなかったな、今でも半信半疑だ」
昔を思い出す様に目を瞑り上を見上げて腕を組んでいるが、確かに報告書によれば最前線司令官として普通に仕事をこなしていたらしい。
配下の兵士達は公爵四家の最精鋭部隊、それが何の疑問も反発も無く従う。完全実力主義だったのだろう、単独でハイゼルン砦を短時間で攻略する実力。
二千人の敵兵を殲滅しても殺戮に酔わない強固な精神力、他国の大将軍と五千人の敵兵を前に一歩も引かない胆力。そして打ち勝つ姿を間近で見せられてはな、魔術師でも魅入られる。アレは戦場で輝くカリスマ性を持っている。
未成年でも惰弱な肉体の魔術師でも、歴戦の強者達が認めた。いや認めるしかない実力を見せ付けられた、だからリーンハルトは兵士達に人気が高い。
反面下級官吏達には不人気らしいが、中級官吏達を抱き込む事で反発を抑えた。腹立たしいが、ザスキア公爵の助言らしい。
リーンハルトは女運が悪い、悪女ばかりが擦り寄ってくる。だが全員が有能だから尚更質が悪い、馬鹿な女なら排除するが有能で必要な協力者だから排除は難しい……
ザスキア公爵を筆頭に、リズリット王妃にセラス王女。モリエスティ侯爵夫人にレジスラル女官長。更に悪女ではないが悪い噂の有った宮廷魔術師筆頭サリアリス殿、全員が癖のある女傑達だぞ。一応未成年だが、ウェラー嬢も『土石流』の二つ名を持つやんちゃ娘だな。
「いや、正確に言えば初陣はオークの異常繁殖の時に俺の副官として参戦した時だ。やはり単騎で敵戦力の殆どを倒した、ワイバーンにトロールを瞬殺とは呆れを通り越して笑った程だ。奴はワイバーンもトロールも脅威に感じていなかった、淡々とただ露払いをしただけとな……」
全員がリーンハルトの異常性を改めて思い出して、手に持つワインを飲み干す。そうだった、大酒飲みは連戦連敗中だったんだ。
ワイングラスをテーブルに叩き付ける様に置いて新しいワインを頼む、俺達三人が一人として酒飲みでは勝てない。
バーナム伯爵もライル団長も同じ思いに至ったのだろう、各自は新しいワインをボトルで頼んだ。手酌で構わない、マナーなどクソ食らえ!
「エロールが残念がっていた。俺の親族から、リーンハルトに嫁を与えるならば自分だと思っていたんだな。エロールは、リーンハルトに対して別格の思いを寄せている。恋愛よりも政治的な事と同じ魔術師としてだな」
大分飲んだからか上半身が揺れている、だが酒が強くなるには鍛錬が必要。ワインのフルボトルの五本程度で参っていては、リーンハルトには勝てない。
奴はドワーフ族の秘宝である『火竜酒』を飲んだ事による体質変化だと言ったが、実は俺も飲んだ事が有る。確かにキツい酒だったが、体質に変化などない。
大量に飲ませても殆ど素面と変わらない、俺にとってはソッチの方が気になって仕方無い。何故、俺達は勝てないんだ?
「人間の魔術師には師事せず、エルフ族やドワーフ族に師事していたらしい。奴の錬金術の基本は、高名なドワーフ族の鍛治師の作品の模倣だ。愚直な迄の鍛錬に、頑固なドワーフ族が友と認めたんだ」
「己を鍛える事は一朝一夕に出来る事ではない、リーンハルトは自己鍛錬を欠かさない。それは強者になるには必須、怠ける奴は其処までだ」
エルフ族のレティシアとの遣り取りは教えられない、どう考えても痴情の縺れだ。流石に男女の関係は無さそうだが、エルフ族は精神的な繋がりを求めるらしいから心配なんだ。
あの夜の出来事は夢か幻かと今でも思う、あの感情が希薄で人間を見下す連中が喜怒哀楽を露わにして奴に迫ったんだ。一瞬だが無防備に呆けてしまった、有り得ない出来事だったぞ!
その後の魔力の完全解放は、この俺が一瞬でも怯んだ。つまり負けるかもと身体が反応した、リーンハルトは俺との模擬戦には気を使って全力では挑んで来ない。
常に最悪の事態に対応出来る様に安全マージンを何重にも設けている、つまり全力全開で戦ったのは『狂喜の魔導騎士』と呼ばれた時の戦いだけ。
俺は居なかった、バーナム伯爵やライル団長に聞いたが妙にハイテンションだったらしい。戦いたくて仕方無い、そんな感情がダダ漏れだったそうだ。
「なぁ?俺達はエムデン王国の先行きに不安を感じていた。育たぬ小粒の後継者達、煩わしい貴族の派閥争い。両騎士団と宮廷魔術師達の確執、マグネグロの横暴。他にも色々有った……」
「名誉は与えても権力は与えない、飼い殺しの状態。ライルは聖騎士団の団長になれたが、俺とデオドラ男爵は活躍する機会さえ与えられない首輪の嵌まった犬扱いだ」
「政治的な力の圧倒的な不足、ウチの派閥連中は難しい事が苦手だ。そんな連中しか集まらない、たまに政治的な力が有る奴が来ても引き抜かれるか潰されたな」
体の良い番犬扱い、だが国家の戦力の衰退を招く愚行だぞ。味方内での権力争いに傾倒し過ぎて本来の富国強兵政策がおざなり過ぎる。
前大戦を経験した俺達の世代が居れば何とかなる、だが最前線で戦えるのは長くても残り十年前後だろう。しかし俺達の後継者は小粒しか育っていない、ルーテシアが男だったならば期待は出来たが……
だが義理の息子が出来過ぎる、今迄の不満を全て解消する程の男だ。増長し弛み切った宮廷魔術師団員を引き締め、両騎士団との不仲を解消した。
近衛騎士団や王家直轄軍が、リーンハルトの指揮下ならば限定的に従うと公言した。実質的なエムデン王国の戦力の要だな、俺達の心配事は近い将来に解消されるだろう。
「だが今回は全く違う、上手くすれば俺達も参戦出来る。悔しいがザスキア公爵の協力が得られた、あの女狐ならば何とかする実力が有る」
「リーンハルトを守る為の戦力として……だったな。だがリーンハルトはバーリンゲン王国の対処に当たる筈だ、ならば俺達は旧コトプス帝国の残党共とは戦えないか」
「俺達とリーンハルトが共闘すれば、バーリンゲン王国など半月で更地に出来るぞ。手柄は等分割だと少ないな、やはりウルム王国と戦いたい」
「バーリンゲン王国など、リーンハルトだけでも十分だよな。だが難しいだろう、俺達は目の上のたんこぶ。リーンハルトの手柄として、俺達には……」
手柄を寄越すかと言われれば微妙だ、侯爵待遇の宮廷魔術師第二席のリーンハルトの総取りとして扱われる可能性が高い。
リーンハルトは断るだろう、奴は手柄の独り占めとかは考えない公平さが有る。だが周囲が認めるかは不明だ、だから俺達個人としての明確な手柄が欲しい。
その相手がバーリンゲン王国では小粒過ぎる、最初から俺達を戦力として公(おおやけ)にすれば奴等に蝙蝠外交など選択出来ない程に圧力を掛けられたんだぞ!
「今はそんな事を考える時じゃない。賽は投げられた、後は待つだけだ」
「そうだな、リーンハルトが帰ってくれば忙しくなるだろう。準備は怠るな、バーリンゲン王国など速攻平らげて……その功績を持って、ウルム王国との戦争に参加する」
「戦えるだけでも遥かにマシだ、この一大事に王都で待機など我慢出来ない。前大戦の借りは必ず返す、奴等と決着を付ける事は戦死した友に誓ったのだから……」
そうだ、何人も仲間が戦死し何百人もの国民達が殺されたのだ。一方的に仕掛けられた侵略戦争、その元凶共と戦う機会を逃す事など出来る訳がない。
悪いが、リーンハルトにも助力を頼もう。アウレール王にさえ影響力を与えられる地位にいるのだ、無理を承知で頼むしかないな。
全く頼れる男が未成年とはな、この国の若い連中はどうなっているんだ?異常だろうが関係無い、俺は奴を気に入っているし認めている。それで良いじゃないか……
◇◇◇◇◇◇
「大分盛り上がっていましたわね。バーナム伯爵とライル団長は、客室に御案内しておきました」
「む?ジゼルか、世話を掛けたな」
深酒をし過ぎて酩酊していた二人を馬車に揺られながら帰す訳にもいかず、今夜は泊まって貰う事にした。
最近は三人で集まって飲む事が多い。だが会話のネタの殆どは、リーンハルトの事だな。奴がバーリンゲン王国に向かって結構経つが、話題には事欠かない。
定期的な報告が来てはいるが、日付的には結婚式は終わっているから帰国途中だろう。上手く開戦の理由を作れただろうか?
いや、心配する事などないな。アレが王命を失敗するなど考えられない、他人の何倍も努力する奴だからな。
む、俺も大分飲み過ぎたみたいだ。頭もズキズキ痛いし四肢に力が入り辛い、こんなに無防備に酔うとは反省が必要だ。最近弛んでないか?
ジゼルが冷たい水を注いだグラスを差し出してくれたので、奪う様にして一気に飲む。ふぅ、少しは楽になった。
服の襟元を緩めてソファーに深く座り込む、少し浮かれ過ぎかもしれんな。この国の未来を憂いていたが、肩の荷が降りた気がするのは間違いでは無いだろう。
「お父様、随分と楽しそうですわね?」
「ああ、そうだ。肩の荷が降りた気分だな」
くっくっく、この俺が心底安心してる?この国の未来について誰かに頼るなど、前なら笑い飛ばす事だぞ。それだけ同格の若い連中が居なかった、そうか俺が他人に頼るのか。
余計な事とは言わないが、国の行く末を悩む必要が無くなったからだな。これで俺は自分の為だけに動ける、全ての力を戦いにだけ投じられる。
旧コトプス帝国の残党共を殲滅させないと、俺は死んでも死に切れない。死んでいった奴等に、あの世で顔を合わせられない。この思いは譲れない、誰にも譲れないぞ。
「あらあら、気が抜けて惚けないで下さい。お父様はエムデン王国に必要な武の象徴の一人なのですよ」
「ふん、勘違いするなよ。お前の旦那が面倒事を全て肩代わりしてくれるお陰で、俺は戦う事だけを考えられる。それだけの事だ」
そうだ、十年以上の鬱憤が漸く晴らせる。くはっ、くはは!まだ純粋に戦う事に喜びを感じていた時を思い出す、何も考えず強くなる戦いたいと思っていた熱い思いをたぎらせてきた頃に……
年を経る事により余計な柵(しがらみ)で雁字搦めになってしまっていたが、その枷が取り払われた気分だ。最高に良い気分だな。
「先程、報告書が届きましたがバーリンゲン王国側から挑発行為を繰り返されているそうですわ。結婚式は終わりましたが、次の報告書で詳細が分かるでしょう。ですが、私達の旦那様を酷使しないで下さいませ」
俺に意見する様になったか……前は有能ではあるが、一歩引いて冷めた対応だった。何処か他人事の様な感じだったのに、自分の意見を言える様になったな。
アーシャもそうだ。居るだけの華だと考えていたが、今では伯爵夫人としての気構えを持っている。強くなった、愛情とはか弱い深窓の令嬢を一人前の女主人に変えれるのだな。
「ジゼルよ、今は幸せか?」
「はい、信じられない位に私は幸せです」
そうか、良かったな。政略結婚の駒としてみていたが、幸せな結婚生活など無理と思っていたが、理想の相手に嫁げるのだからな。
俺も親として嬉しい、お前とアーシャだけでも意中の相手に嫁がせる事が出来た。俺にもメリットが有るから、周囲は完全に政略結婚だと思うだろうが関係無い。
俺だって人の親として、やはり愛娘には幸せになって欲しいとは思っている。それが不可能な場合も多いのが貴族だが、数少ない例外として……
「お前が幸せそうで良かったぞ。俺も悔いはない、次の戦争には全力で当たる。悪いが、お前の旦那にも手伝って貰うぞ」
俺を睨むか!俺の命令より、リーンハルトの方が大事か。それでこそ、バーレイ伯爵家を支える本妻の心意気だぞ。
子供が巣立つのは嬉しいが寂しいモノだ、だが幸せになるのだから黙って送り出すのが親として最後の仕事だな。
「そう怖い顔をするな、無理はさせないから大丈夫だ」
お前はデオドラ男爵家の娘じゃない、バーレイ伯爵家の女主人となるのだ。リーンハルトはエムデン王国に必要な男になるだろう、それを支えるのがお前の役目だぞ。
「ジゼルよ、アーシャと共に、リーンハルトと幸せになれ。俺をも超えるだろう男の下でな……」
願わくばお前達の子供を俺の孫をこの手に抱いてから死にたいものだ、さぞや立派な戦士に育つだろう。心配事が無いとは、思い残す事も無い事と同じか。
リーンハルトの子供達ならば、エムデン王国の未来を託せる。俺達が居なくなっても安心出来る、デオドラ男爵家も安泰だな。
楽しみだ、未来に希望が持てるとは何とも楽しみな事だ……