古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第550話

 バーリンゲン王国と開戦待った無しの状況で、起死回生の策を実行したパゥルム新女王と向かい合って座っている。稀代の策士の部類だろう、実の父王を殺害し王位を奪いエムデン王国に属国化する事で難を逃れた。

 しかも周辺諸国の来賓客が居る場での宣言、御丁寧にウルム王国との縁を完全に切る為にシュトーム公爵の長男で入り婿のレンジュ殿まで処刑した。そう処刑だ、一国の重鎮の長男を迷わず殺した。

 対外的には完全にエムデン王国とパゥルム女王は繋がっていて、踏み絵的な意味でレンジュ殿を殺させたと思うだろう。僕と戦った自国の宮廷魔術師も全て処刑した、敵対勢力に寝返る可能性が高いからか?

 

 腹黒いパゥルム女王に冷酷非情な策を実行出来るミッテルト王女が組んだ事、他人の心が読める『人物鑑定』のギフト持ちの侍女の存在が簒奪を成功させた。

 この凶悪なギフトはレア中のレアギフトで、この大陸でも公に確認されているのは数人。全てが国家に強制所属されている、野放しは出来ないから。

 そしてジゼル嬢は『人物鑑定』のギフト所持者だが秘密にしているが緩い、バレたら僕と彼女は引き離される。友好的な公爵達も引き離しには賛成する、僕の権力と立ち位置に彼女のギフトは危険過ぎるから……

 

 今更だが不用心だった、あのギフトを見破れるのはエルフ族や精神操作魔法の使い手のみだ。現代の魔術師達では、良くて違和感を感じるとかだ。

 全く甘かった、甘い考えだった。他国にその存在を確認して、漸く思い至るなど馬鹿だろう。危機感が全く足りてない、僕の抱える秘密と同等以上に危険だった。

 だから悪いが、ジゼル嬢のダミーとして必ず彼女は手に入れる。どんな事をしても何をしてもだ、悪いが君はエムデン王国が密かに抱える『人物鑑定』のギフト所持者になって貰う、勿論だが待遇は最上だが拘束も最高だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロンメール様が、僕が対バーリンゲン王国攻略の総司令官だと教えた。まるで裏切られた感が満載で非難の目を向けられた、精神的な負い目を背負わせる為に。

 交渉事の初歩の初歩だ、精神的に優位に進める為の手立ての一つ。だから先に裏切っていたのは、バーリンゲン王国だと切り返した。

 宮廷魔術師によるロンメール様への魔力完全解放による威嚇に王女の夜這い、これは自作自演だが滞在先での襲撃、それに妖狼族を唆しての暗殺。この場では言わないが、これだけの事をされたんだ。政権交代でチャラは無しだぞ。

 

「過去の政権が犯した罪は、今は置いておきましょう。大事なのはコレからです、パゥルム新女王政権の維持に必要な領地は押さえてますか?」

 

 国家運営には金が必要で、金は領地からしか生まれない。少なくとも簒奪した時に殺害ないし捕縛した貴族の資産は全て没収しても足りない、一時しのぎだ。

 恒久的な財源の確保、その最低限の領地の範囲を聞いた。パゥルム王女は直ぐに理解し地図を用意させた、軍事的にも地図は貴重で秘密にすべき物だが躊躇無く見せてくれた。

 

「これがバーリンゲン王国全土の地図ですわ。王都は此処で、この辺り迄を確保出来れば当面は安心です」

 

 指で地図の中央部にある、バーリンゲン王国の王都を指差す。王都を中心にエムデン王国領内も書かれているが、殆どが白地図だ。記載は大きな都市や主要道路位だな、それも曖昧な表記になっている。

 自国領の方は詳細な書き込みが有る、都市と都市の間を徒歩で何日掛かる等の添え書きも有るな。これは重要な戦略的資料だ、コレを見せるとなれば……

 エムデン王国の軍事力への期待、つまり僕が領内の平定に尽力して下さいって意味だな。助力は惜しまないのでお願いします、でも戦力は多くは出せませんってか?

 

 パゥルム王女の思惑が透けて見える、分かり易いって言うか、何て言うか……全力で縋ります的な?

 

「ふむ……エムデン王国側は問題無いとして、王都周辺の穀倉地帯、それを囲む様に城塞都市。その外周に更に穀倉地帯、その先に大小の都市群を形成しているのですね」

 

 王都の周辺の穀倉地帯は普通だ、治安の良い場所は開拓されて食料生産地となる。そして交通の要所に大きな街が出来る、城塞都市は砦も兼ねた街だな。

 その外周に更に穀倉地帯、その先の大小の都市群が多民族の各集落だな。地図上でも部族名が書かれた街や村も有る、境界線が引かれて部族間の勢力圏も分かる。

 妖狼族と魔牛族の名前も見付けた。妖狼族は山間部に有り、魔牛族は平野部に有る。各々の特色に合った領地だな、山間部に籠もる妖狼族は手強い。

 

 だが平野部に領地の有る魔牛族はどうだろう?当初は魔牛族と協定を交わし、妖狼族とは敵対する方針だったが真逆だな。

 魔牛族とは関係が微妙になり、妖狼族はエムデン王国に臣従した。ユエ殿を受け入れた事により、僕は人間至上主義者達とは敵対した。

 元々エルフ族やドワーフ族とは懇意というか、個人的な付き合いが有るから関係無いけどね。レティシアは僕の魔法関連の師として利用するみたいになったし……

 

「現状の確認ですが、三人の殿下の身柄は確保出来ましたか?」

 

「いえ、全員逃がしてしまいました。兄上達は直属の方面軍が居ます、彼等の拠点に向かっている最中ですわ。王都に一番近い最終防衛ラインを守るのが、第一方面軍司令官のクリッペン兄様。

その前方で最前線を左右に別れて守るのが、第二方面軍司令官コーマ兄様と第三方面軍司令官ザボン兄様です」

 

 分かり易い配置だな、長男が王都を守る最終防衛線。次男と三男が左右に別れて最前線を守る。今回は逆で長男が最前線で、最初に倒す敵だな。

 近衛騎士団三百人と王都防衛軍は、パゥルム王女が無事に配下に組み込んだ。彼等は王都に近い故に世界情勢に詳しかった、ウルム王国と組するデメリットを良く理解していた。

 逆に未開の地を攻略し、少数部族との抗争に明け暮れた連中は大陸の中央部に憧れた。こんな僻地を命を懸けて守るよりは魅力的だったろう、そこをウルム王国に利用された。

 

「なる程ね、殿下三人は無事で自分の軍団との合流を急いでいる。さて、パゥルム王女が新生バーリンゲン王国を維持するのに最低限必要な領地は?」

 

 この質問に彼女は人差し指を頬に当てて首を傾げた、女性が良くする仕草だな。あざといが可愛い、それを理解しているのだろう。十秒ほど考えてから答えた。

 

「クリッペン兄様が守る範囲、この三つの城塞都市まで欲しいですわ」

 

 パゥルム王女が指で示した地図の場所、レズン・ハイディア・アブドルの三都市か……欲張りだな、途中に幾つもの中小の都市が有るぞ。

 守り易い城塞都市を三つも落とせって言うのか?多分だが、クリッペンが逃げ込んだのはハイディアの街だな。一番大きいし一番近い。

 命を狙われた奴は身の回りに大量の兵士を集めて堅牢な場所に籠もりたがる。理に叶ってはいるし気持ちも分かるが、敵にも予測され易い。

 

 気になるのはレズンの街、此処は妖狼族の領地と近い。僕は彼等と合流し百人の戦士を配下に加える約束になっている、故に一番最初に攻略するのはレズンの街だな。

 その次にハイディアの街で、最後にアブドルの街の順番だ。その方が効率的だし、何より先にユエ殿を早く妖狼族の領地に帰したい。

 巫女が不在なのは彼等としても心細いだろう。ユエ殿を無事に帰す事で、妖狼族は本当の意味でエムデン王国に臣従する。

 

 正直に言えば彼等には思う所も有るし城塞都市の攻略に戦士百人も不要だ、だがエムデン王国に彼等の臣従を良い条件で認めさせるには成果が必要。

 僕の指揮下で幾つかの城塞都市を落とせば大丈夫だろう、ユエ殿との約束である彼等の未来を良くする為に必要だ。

 獣人族は特殊だから、エムデン王国内でも良い感情を持たない連中は居る。そんな連中を黙らせるにも、僕の直轄にするにも成果は必要だ。まぁ揉めるな、純粋な戦闘民族を抱え込むんだ。

 

「うん、この三都市を攻略し防衛ラインを構築すれば残りの二人が攻めて来ても守れそうですね。少し欲張りでは有るが、まぁ仕方無いかな」

 

「私達が遠征軍を準備するのには時間が掛かります。5日間で五百、十日間でもう五百。これが最大ですわ」

 

 合計千人、これは戦いによる損耗も勘定に入れているな。通常なら城塞都市を落とすのには三倍から五倍の戦力が必要、そして三割程度の損耗率を計上する。

 だが国軍だけで各貴族が所有する領主軍等はカウントされてないだろう、これは有力貴族の助力は得られてないと考えるべきか?それとも戦力の温存かつエムデン王国に負担を強いる為か?

 拙い連携は不要、足手纏いも不要。速攻で城塞都市を落として維持管理をバーリンゲン王国の部隊に任せるのが効率的だ。

 

「三つの城塞都市を維持管理する兵力は、どれ位必要でしょうか?」

 

「直接的に街に詰めるのは、各五百人で大丈夫だと思いますわ。投降兵を積極的に取り入れれば人数は確保出来ます」

 

 極力兵士は殺してくれるなって意味だろう、簡単に言ってくれる。短期制圧は圧倒的な戦力差で倒して、敵の心を折るから可能なんだぞ。

 ハイゼルン砦と同じ様には攻略出来ない、無差別でゴーレムによる侵攻だけでは対応出来ない。降伏を促す事も織り込むしかないかな。

 時間をかけたり、情けをかければ、それだけ制圧が延びるんだ。短期制圧を望みながらハードルを上げて来る、だが未だ可能な範囲だ。

 

「最初にレズンの街、次がハイディアの街、最後にアブドルの街の順番に攻略します。なので後詰めと落とした街の維持管理の部隊を順次送って下さい。

ハイディアの街を落としたら、投降兵を募りアブドルの街の維持管理の兵士の確保。レズンの街は僕と妖狼族だけで落とします」

 

 用意出来る千人は戦闘には参加させない、街の維持管理だけで良いし攻略したと言う手柄は与えない。合計千人では五百人ほど足りないが、落とした街や他から補充すれば良い。

 レズンの街を攻略するのに妖狼族を使う、この一言には流石のパゥルム王女も反応した。既にエムデン王国に取り込まれていたと思い至った訳だ。

 此処で妖狼族の事を聞けば、暗殺事件の事にも波及する。パゥルム王女は妖狼族の暗殺事件は知らなかった方が都合が良い、だが質問すれば藪蛇となるがどうする?

 

 珍しく躊躇っているな、嘘を押し通すか誠意を見せるか。だが正直に言えば負い目を背負う事になる、交渉で立場を下げる事は悪手だが……此方が知っていた場合は更なる関係悪化となる。

 

「ふむ、暗殺を仕掛けた連中を配下にした事が不思議ですか?確かに妖狼族はバーリンゲン王国のサポートを受けて僕に暗殺を仕掛けて来ましたが返り討ち。理由は彼等の大切な神獣を攫われ脅迫されたそうです」

 

 パゥルム王女の返事を待たずに此方に都合の良い話を進める。実際はユエ殿の安全保障も有るが、自分達の待遇改善が主な理由だ。

 欲望を利用されてローグバット達四人は独断で僕を暗殺する為に行動し返り討ちにされたんだ、そのお陰でユエ殿を救えたから同情はするよ。

 結果的に妖狼族をエムデン王国に臣従させられた、結果的に僕もプラス。妖狼族も泥船国家の柵(しがらみ)を断ち切りエムデン王国に乗り換えられた。

 

「ローグバット達の暗殺は監視されていたのでしょう、西側の塔から神獣を助け出し護衛の黒狼を倒した瞬間に火属性魔術師に攻撃された。神獣諸共、僕を殺したかった。

その事実をウルフェル殿に伝えて神獣を返したから、彼等はバーリンゲン王国を見限りエムデン王国に臣従しました」

 

 真っ赤な嘘だが、パゥルム王女にとっては真実と受け取ったのだろう。どうしても僕を殺したかったのは事実、暗殺も実際に計画されて監視も居た。

 爆破事件は前例が有り疑えば疑う程に、前王達の仕業と思えてくる。最悪な展開、パゥルム王女は顔面蒼白でミッテルト王女は真っ赤だ。

 自分の夜這いを失敗させた奴が、また失敗しエムデン王国との関係を悪化させた。殺したくて仕方無いって感じだが、僕がやった事を誤魔化す布石を追加するかな。

 

「スメタナの街の襲撃と同一犯でしょうか?確証は有りませんが、処刑された四人の火属性魔術師の誰かかも知れませんね」

 

「ペチェット達め、楽に殺し過ぎたわね……」

 

 怖い呟きが聞こえたが無視する、やはりミッテルト王女は冷酷非情だ。この手の連中は信じ切る事は不可能、感情を優先するし直ぐに殺したがる。恐怖による支配は良し悪しだぞ。

 ぺチェットには悪いが濡れ衣を被ってくれ、僕は爆破系の魔法は使えない。雷撃は見せたが種類が違うから、僕の所為とは思われまい。

 これで他国の王宮を破壊した罪も無しだ、これも交渉だと思って下さい。その代わりに国家統一の手伝いはしますから、貸し借りは無しで良いよね?

 

「ふむ、それは初めて聞きましたね。看過出来ない所業です、例え政権が交代しても我が臣下を暗殺など許されざる事です。三つの城塞都市ですが、最後の一つは自分達で攻略して下さい。

リーンハルト殿は二つの城塞都市を落としたら、一旦エムデン王国に帰国させます」

 

「それは……」

 

「それと貴国に所属する『人物鑑定』のギフト持ちの侍女は、エムデン王国に引き渡して貰います」

 

 有無を言わせぬロンメール様の要求に、流石の二人も黙り込んだ。だが話の流れとしては効果的、相手の過失を突いて此方の要求を通す。

 城塞都市の攻略自体はエムデン王国に直接的な利益は無い、実際の要求は『人物鑑定』のレアギフト持ちの侍女だけだ。

 これを断れば、今迄の話は全て御破算になる。この要求は飲まざるを得ない、断ればエムデン王国と開戦必至。最高のタイミングで要求したのは分かりますが、殿下がドヤ顔は不味いと思います。

 

 




本日は通算ua1000万突破記念として、昼12時に本編とは別に閑話を投稿します。
まさかの1000万という大台の突破に驚きと感謝と喜びを感じています。
本当に有難う御座いました!

日刊ランキング二十六位、有難う御座います。

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