古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第475話

 アーシャの襲撃の件に関して、アウレール王は公爵五家と侯爵七家、それに宮廷魔術師に召集命令を出した。

 僕の屋敷には来なかったのだが、王宮に出仕すると思われていたのか執務室の方に来ていた。

 

 現状で襲撃犯として疑いが濃厚なのは、クリストハルト侯爵にマグネグロ殿とビアレス殿の縁者達。

 それにウィドゥ子爵とアルノルト子爵だ、クリストハルト侯爵など既に自白したと同じ位に狼狽し泡を吹いて失神した。

 近衛騎士団員達が看病せずに拘束して連れ出した事を見ても既に有罪決定か、歴史有るクリストハルト侯爵家も度重なる不祥事で断絶か飼い殺しかな?

 

 そして未だに自慢するバニシード公爵が、僕の送る冷たい視線に気付いた。胡散臭い者を見る目だが、恩義を感じろって事か?

 

「何かな、リーンハルト殿。感謝しろとは言わぬが、この俺の功績により大切な側室殿を襲った連中が分かったのだぞ」

 

 バニシード公爵は周囲の連中の表情を確認していない、特にアウレール王の面白そうな顔とサリアリス様の殺気の籠もった表情を見て察しろよ。

 他の公爵の方々は面白い見世物程度と思っているのか薄ら笑いを浮かべている、侯爵の方々は色々と複雑みたいだ。

 単に手柄が悔しいのか憎々しげに見詰めていたり感心して頷いていたり、モリエスティ侯爵は能面みたいに無表情だな。

 ハーフエルフの夫人のギフト『神の御言葉』の効果なのか悪影響なのか、喜怒哀楽が少し変だ。要は胡散臭い、彼は僕に有る程度は協力しろと命令されているらしい。

 

 さて、そろそろ僕のターンかな?アウレール王に視線を送れば頷いてくれた、ならば遠慮はしない。

 用意された冷たい水を一口飲んで喉を潤す、ここからが勝負だ。

 

「バニシード公爵が言った連中など末端の使い捨て連中ですよ、今回の襲撃は旧コトプス帝国の謀略です」

 

 クリストハルト侯爵を末端の使い捨てと言った事に周囲がざわついた、僕は侯爵待遇で同格だしクリストハルト侯爵は没落一直線だから不敬にはならないよな?

 

「僕は彼等の謀略を何度も潰しています、ザルツ地方のオーク大量発生にハイゼルン砦の攻略。ニーレンス公爵の手伝いとして旧クリストハルト侯爵領の復興と奴等からすれば、僕は憎しみの対象であり邪魔者です」

 

 ピクピクと額に血管が浮き出ているバニシード公爵の表情が面白い、人間って一瞬で真っ赤に染まるんだな。

 自分の望む展開を邪魔する僕が憎いだろう、自覚も有るし反省もしている。だから最後まで敵対するよ、悪いが諦めて下さい。

 

「僕はアーシャが襲撃された直後に救援に向かう事が出来た、護衛に付けたゴーレムが戦闘を開始すればラインを繋いだ僕には分かる。

そして襲撃犯の宮廷魔術師団員が瀕死ながらも今回の襲撃に関係した連中の事を教えてくれました、僕に敵対する連中は沢山いるんだザマァ見ろとね」

 

 一旦言葉を止めてバニシード公爵を見る、勿論だが宮廷魔術師団員と話したなど嘘だ。奴は既にゴーレムクィーンにより上下二分割されて死んでいた、だが言わねば真実は分からない。

 僕が来た後から警備兵や聖騎士団員たちが駆け付けてくれた、彼等は僕と宮廷魔術師団員との遣り取りが有ったかは分からない。

 勿論だが証拠としての能力も無いけどね、死人に口無しとは良く言ったものだよ。

 だが襲撃犯の宮廷魔術師団員は、バニシード公爵の名前も言ったと周囲に思わせる事は出来ただろう。

 

「アーシャが襲われる前ならば感謝もしたでしょう、ですが襲われた後に言われても何も感じませんね。逆に襲撃が失敗して不利な状況に追い込まれて味方を売って自白した位に思ってます。

良かったですね、貴方はギリギリ敵対認定はしないであげますよ」

 

 旧コトプス帝国の連中から話が行っていたのは本当だろう、だが彼はエムデン王国を裏切る気持ちは無かった。

 自分の名誉挽回の為に利用したんだ、だから僕も貴方を利用します。アーシャを見捨てた貴方は、敵対する理由としては十分だから……

 

「ぐぐぐ、ぐぬぬ……きさ、貴様は俺を脅すのか?」

 

 長い独白を聞いた後でバニシード公爵が切れたみたいだな、目が血走り歯軋りもしてる。握り締めた拳が真っ白だ、喧嘩は上手く売れたみたいで良かった。

 味方内で共通の敵を作るのは結束を高めるのに必要な事だ、貴方は僕の為に踏み台になって貰います。

 後は責任回避の仕込みだ、仲間内での小競り合いじゃない。敵は国外に居るんだ、もう甘く見る訳には行かないんだぞ。

 これからが大変なんだ、本格的な戦争とは国家が一丸となって挑む一大行事なんだよ!

 

「それに彼等の憎悪が僕に向かう事も想定の内です、分かり易い敵に憎しみが集まった方が対処はしやすいですから……」

 

 此処で声のトーンを落として呟く様に言う、僕は王国の守護者として敵の憎しみを一身に受ける覚悟を示した。

 あざといが有効だ、これでバニシード公爵は旧コトプス帝国との内通疑惑が生まれた。しかも味方と思わせて裏切りを働いたのだ、簡単に名誉挽回などさせないぞ。

 

 グンター侯爵とカルステン侯爵の悔しそうな顔が見たかった、僕を陥れようとして煽ったのに切り返されたからな。

 過程はどうあれ結果的に僕は敵の謀略を吸引し退けたんだ、国内に蔓延る裏切り者も炙り出した。王都を騒がせた事の見返りとしては十分だろう、覆すのは不可能だぞ。

 

 余裕が出来たので他の参加者の様子を伺う、バニシード公爵ばかりに意識を向けていたから周囲の観察を怠ってしまった。

 アウレール王とサリアリス様は苦笑している、この茶番劇は仕方無いから受け入れてやるって解釈して良いな。最上位の国王が怒ってない事に安心する、他の連中は……

 

 残りの公爵四家の当主達も大丈夫だ、政敵の弱体化は望ましい。下手に手柄を立てられて名誉を挽回されても困る、そのまま沈んで欲しいのが本音か。

 侯爵七家の当主達だが、筆頭のアヒム侯爵は僕を無表情で見詰めている。視線が合っても逸らさずにフッて笑われた。

 ラデンブルグ侯爵はニヤニヤして、モリエスティ侯爵は何を考えているか分からない薄ら笑い。

 エルマー侯爵もニヤニヤしている、彼は裏切り上等だから仲間にはしたくない。

 グンター侯爵とカルステン侯爵は落ち着いたみたいだ、苦虫を噛み潰した顔から普通に戻った。嫌みは言ったが最悪の敵対関係ではない、宮廷内では良く有る派閥の争いの範疇かな。

 

「そうだ、バニシード公爵の屋敷には一度も伺った事は無いので御挨拶に伺っても宜しいでしょうか?ハイゼルン砦よりも守りが堅固か知りたいのです」

 

「きさっ、貴様はぁ!」

 

 笑顔を貼り付けてお願いという脅しを掛ける、建て前は関係回復の為にバニシード公爵の屋敷に招かれるだ。

 だが裏は二時間でハイゼルン砦を制圧出来る僕に喧嘩を売ったけど、お前は守りを固めているのか?そう受け取っただろうな。

 

「舞踏会でも夕食会でも構いませんよ、エムデン王国の上級貴族の不和は敵に利用される弱点でしかない。国家の不利を招くなら、僕は……」

 

 敵対する貴方とだって表面上は和解してやるぞって事を含めた、散々煽ったがこれで一旦手打ちかな。バニシード公爵が飲み込めればだけど、此処で断る事は僕が和解すると歩み寄ったのに拒否した事になる。

 この面子の前での拒否は重たいだろう、だが一時的な和解(休戦)は必要だ。今度の敵はウルム王国とバーリンゲン王国の二国、内輪で権力争いとか勘弁して欲しい。

 勿論だが状況が落ち着いたら勢力争いを再開する、完全な和解など既に不可能だろう。

 

「ぐ、そうか……そうだな……し、仕方無いが……」

 

「そうだった、未だリーンハルト卿を我が屋敷に招いてはいなかったな。是非とも招待させて貰おう、我が娘達も楽しみにしているからな」

 

 おぃ、待てよ!

 

 折角バニシード公爵が偽りの期間限定和解を受け入れそうだったのに、エルマー侯爵が言葉を被せたぞ。

 バニシード公爵は大量に苦虫を噛み潰した顔をしている、恨みを飲み込んで和解に応じ様としたのに途中で止められたんだ。

 プライドの高い男だから二度目の言葉は吐かない、キッと口を結んでしまった。和解は失敗だ、僕とエルマー侯爵に恨みが向かった。

 

 溜め息を吐く、完全に一時的にでも和解のタイミングは潰された。笑顔のエルマー侯爵の真意は何だ?

 僕等が和解する事は困ると思って良いだろう、愛想笑いを浮かべる裏切り上等の中年で小太りの男。

 裏切り上等で最終的には勝つ側に付く蝙蝠(こうもり)みたいな奴だが、時世を良く読めるのだろう。僕とバニシード公爵との争いは僕が有利と判断した、だから和解は困るんだな。

 勢力争いに絡めば利益が見込める、自分は未だ参戦もしてないのに和解は嫌だから邪魔した……中々エグい事をする。

 

「エルマー侯爵、お誘いは嬉しく思います。是非とも御自慢の庭園を見せて頂きたいと思います」

 

 つまり昼間に伺いたい、舞踏会は基本的に夜だから昼なら昼食に招かれるかお茶会だな。

 

 この状況ならエルマー侯爵の誘いは断れない、憎らしい位に流石だと思っておこう。彼からの誘いは全て断っていたから、確実に受けさせる為にバニシード公爵を利用したな。

 領地の四割を減じられたバニシード公爵の勢力はエルマー侯爵と同等程度まで落ちた、彼は公爵四家だけでなく周囲の連中から総攻撃を受けているのか。

 

「ふむ、エルマーが誘うなら俺も誘わねばならないな。リーンハルト卿、我が屋敷にも招こうと思うのだが了承してくれるか?」

 

 侯爵七家の最上位、今迄は何の接触も無かったアヒム侯爵が今この場で誘うのか?断れない、自分で戦争に向けて上級貴族の不和は駄目だと言った手前断れない。

 

「有り難う御座います」

 

「我が家の楽団は宮廷楽団にも引けを取らぬと自負している、ホールも改装したばかりだ。舞踏会に招かせて貰おう」

 

 笑顔で了承しましたと伝える、ここでゴネても不機嫌さを表しても自分の品位を下げるだけだ。自分の感情を我慢し表に出さない事は腹芸の最低条件だけど結構出来ない連中も居る。

 

 コップに残った温くなった水を一気に飲む、今回の件は目的は果たしたが余計な事を背負いこんだからプラスマイナス0かマイナスだな。

 逃げ道を塞がれた、エルマー侯爵は裏切り上等だから公爵五家の派閥には属していない。その都度、所属派閥を替えるから。

 同じく侯爵七家筆頭のアヒム侯爵も公爵五家の派閥に属してない、それは自分の派閥が公爵五家とも張り合える程に強大だからだ。

 

 少し調子に乗り過ぎた、新たな派閥争いの火種を抱えてしまった。それにバニシード公爵との和解も無理となり更なる憎悪を受けた、エルマー侯爵恨みますよ。

 周囲も僕とバニシード公爵の和解を望んでいない、敵対関係のままお互いに潰しあえって事だよな。これだから宮廷内の権力争いって嫌なんだ、胃が痛い事しか増えない。

 ザスキア公爵も特に不満を感じていないのは、仮にでも僕とバニシード公爵の和解は有り得なかったのだろう。

 チラリと横目で見れば満足げに微笑んだ、やはりバニシード公爵を没落一歩手前まで追い込む気だな……

 

「ゴーレムマスターが言った事は概ね正しいぞ、クリストハルトの奴は後継者まで絡んでいやがった。ウィドゥとアルノルトも同様だ、爵位と領地は没収する。それから……」

 

 アウレール王の言葉を纏めると、クリストハルト侯爵は後継者と共に幽閉される。流石に侯爵の死罪は問題有りだが幽閉も厳しい、実際に幽閉された連中は途中で自殺や不審死を遂げている。

 マグネグロ殿とビアレス殿の縁者は爵位が無い貴族連中なので貴族の資格を剥奪して王都から追放。

 宮廷魔術師団員は実行犯の五人以外は無関係だった、勧誘はされたが断るか保留だったみたいなので今回は無罪。

 

 ウィドゥ子爵は相続を認められてないので元子爵だな、積極的に関係していたので関係者は全員死罪。

 アルノルト子爵と七男のフレデリックも幽閉だ、爵位はそのままで家督継承も認めるが領地は没収される。だが不名誉を刻んだ家を継ぐ者が居るかな?

 あと残念な事に、アーシャをお茶会に誘ってくれたバルゲン子爵も関係者だった。人通りの少ない時間まで引き止めるのが仕事だったんだ。

 

 襲撃に利用された屋敷の所有者は僕に嫌がらせをしていた下級官吏だった、だが彼等は屋敷を売った金を持って既に逃げ出していた。

 ザスキア公爵の噂の所為で王都で暮らし辛かったから未練無く他国に逃げ出したみたいだ……

 実行犯の生き残りと思われる三人の宮廷魔術師団員と家族達は既に逃げていた、やはり襲撃後に直ぐ逃走する手立ては用意して有った。

 多分だがウルム王国に亡命したと思われる、最悪は用済みで口封じとして殺されている可能性も僅かに有る。貴重な魔術師だから敵として参戦して来る可能性も有る。

 

 こうしてアーシャの襲撃事件は、敵に内通していた貴族連中を炙り出し処罰する事が出来た。

 アウレール王は侯爵や子爵が売国奴だった事が辛かったみたいだが、全員死罪にしないだけの理性は残していた。

 

 ただ次に裏切り者が出た場合は問答無用で一族全員極刑にすると通達を出した、これで売国奴が居なくなれば良いのだが……

 


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