古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第470話

 アーシャの護衛を任せていた、ゴーレムクィーンから繋げたラインを通じて敵に襲われた事を知った。

 何時かは来ると思っていた、その為の準備も進めていた。敵を量産している僕に対する恨みの向かう先は弱い者になる、一度負けた連中が僕に直接挑む事は無い。

 勝てないから弱い者を狙う、当然だから守りを固めた。召喚兵のブレスレットとゴーレムクィーンが居れば、ゴーレムナイト百体の守りを得られる。

 

 それでも、守りは万全だと分かっていても……

 

「不安が拭えない、一番狙われ易いのはアーシャだと分かっていたのに!」

 

 跨がった馬ゴーレムに繋いだラインでもっと早く走る様に命令を伝える、貴族街の道は広く石畳も整備されて走り易い。

 新貴族街の道も同じく整備されているが人や馬車が多い、馬車の脇を走り抜け通行人は飛び越える。この馬ゴーレムの跳躍力なら2m以下の人間など障害にすらならない。

 人馬一体、高速で走り抜ける。生きた馬では出せないスピードと機動力、もっと速く。もっともっと速くだ!

 

 全力で馬ゴーレムを走らせて暫くすると馬車を囲んで複数の人間が居る場所を見つけた。既に戦闘は終わりを迎えているみたいで倒れている連中が多い。

 

「漸(ようや)く見付けたぞ」

 

 ヤツラガ、僕ノ大切ナ人ヲ襲ッタンダナ……許サナイ、皆殺シダ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 断り切れないお茶会、相手はバーナム伯爵の派閥の上位構成員のバルゲン子爵の長女であるファミリア様と親戚一同が待ち構えていた。

 バルゲン子爵は過去にボッカ兄様の不始末の尻拭いをしてくれた方なので拒否出来ない、実際に会えば当然の様にリーンハルト様への紹介のお願いに終始していたわ。

 お茶会や音楽会、更に夕食会や舞踏会のお誘い。リーンハルト様は参加する催しは厳選しています、でも私がお願いすれば殆ど断らずに参加してくれる。

 それを知っているから、私やジゼルに頼み込む方々が多い。でも私は安請け合いは出来ない、一度持ち帰って相談しますと言葉を濁す。

 殆ど参加者全員から何らかのお誘いが有り、全てを聞き終えた時には疲労困憊になってしまったわ。旦那様は凄い、こんな事を平気で行っているのね……

 

 バルゲン子爵の屋敷は新貴族街の外れ、何度も引き止められて既に日が暮れてしまっているわ。窓から差し込む夕日で馬車の中は真っ赤に染まっている。

 今日の結果をお父様に伝えねばならないから実家に泊まる事になる、リーンハルト様には会えない。

 

「ボッカ兄様のバカ!何故バルゲン子爵の縁者の女性に手を出したの、性欲が有り余ってるなら領地でモンスター退治でもして下さい!」

 

 全く問題ばかり起こす問題児の兄に文句を言う、でも私の兄や弟達は総じて脳筋の武闘派ばかり。アルクレイドやリーンハルト様は特殊な存在なの。

 

「本当に下半身に知性が無い獣(けだもの)ですわ」

 

 馬車に同乗するヒルデガードからも酷評されたわ、過去に屋敷のメイドに無理矢理迫りお父様から折檻を受けている。

 その女性はヒルデガードの友人で居辛くなり、屋敷から去っていった……

 他にも何人もの平民の女性にも手を出して妾として囲っているそうですし、お父様も他家に婿に出すと問題を起こすから実家で飼い殺しにすると言ってましたし……

 

 これがリーンハルト様の言っていた無闇に親戚を増やさない事の遠因、親族は政敵から付け込まれる要因になる。

 

 確かにボッカ兄様は問題児の……

 

「な、なに?この振動と大きな音は?」

 

 一瞬窓の外が真っ赤に染まり激しく馬車が揺れた、今も馬達が嘶(いなな)いている。

 

「あ、アーシャ様?」

 

 リーンハルト様謹製の馬車が揺れる程の衝撃と大きな音、それに黒煙?窓から外を見ると黒い煙が周囲に漂って……

 

「アーシャ様、敵襲です。馬車から出ないで下さい!」

 

 護衛のメルカッツ殿の鋭い声、事態は逼迫(ひっぱく)しているのね。

 

「アーシャ様、敵襲って……そんな事が……」

 

「落ち着きなさい、ヒルデガード!メルカッツ殿、全てを任せます」

 

「はい、お任せ下さい!」

 

 馬車の外からメルカッツ殿が大声で状況を教えてくれたわ、私が一番襲われやすい事は理解していた。

 私はリーンハルト様から唯一の寵愛を受けている側室、敵対している者からすれば絶好の獲物。だからこの二つのブレスレットと……

 

 ガチャリと扉を開けてリーンハルト様が私の護衛にと預けてくれたゴーレムクィーンが外に出た、彼女は単体最強のゴーレムで基本的にリーンハルト様の命令しか受け付けない。

 そして今回の命令は、私を守る事。敵は殲滅させる事、それが単体でも可能な特別なゴーレムさんなのです。

 でも何故女性型なのでしょうか?それにクィーンって女王様って意味ですよね?

 

 窓から見えた彼女は、巨大なハルバードを何処からともなく取り出した。過去にお父様が使っていたのを見た事が有るわ、でも彼女の持つソレは無骨で装飾が一切ない殺戮の為の武器。

 柄の長さが長さ2.5mで槍の穂先に斧頭その反対側にピックを備えたポールウェポン。巨大な斧は幅が50cm以上あるし重さは20kgを軽々と超える筈、そのハルバードを躊躇せずに投擲したわ。

 

 続く悲鳴と轟音、彼女とメルカッツ殿が居れば安心。何も心配は要らない、私は私の安全を用意してくれたリーンハルト様を信じれば良いのよ。

 

「ヒルデガード、危ないから護身刀はしまいなさい。安心なさい、旦那様の用意してくれた方々が必ず守ってくれます」

 

 私達の出来る事は馬車の中で大人しくしている事、取り乱して彼等の邪魔をしない事よ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 積年の恨み、我が主を模擬戦如きで殺した憎い奴が溺愛する女を殺す。スラム街から集めた男共には側室とメイドは好きに弄べと言ってある、奴の絶望する顔を思い浮かべると……

 

「クハッ、笑いが止まらないな。マグネグロ様の無念を思い知れ、土属性魔術師如きが大きな顔をするな!」

 

「全くだな、だが落ち着けよ。今回の作戦は俺達火属性魔術師が二方向から馬車を魔法で攻撃、馬車と護衛を倒したら直ぐに逃げる。後はスラム街から集めた屑共が生き残りを蹂躙する、これは未だ復讐の第一段階なんだぞ」

 

 そうだ、今回の作戦は只の嫌がらせと宣戦布告だ。俺達の恨みを思い知れ、リーンハルト!

 

「来たぞ、引き延ばし作戦は上手く行ったみたいだな。予定通りの時間だ、周囲に人も居ない」

 

 この日の為に何軒かの民家を買い取り襲撃する連中を周囲から隠す作戦が成功した、豊富な資金を出してくれた見知らぬ奴に感謝だ。

 

「来るぞ、先ずは馬車に一斉攻撃だ。必ず固定化の魔法が掛けてある筈だが、一斉攻撃なら壊せる!」

 

 腐っても宮廷魔術師第二席だ、強固な固定化の魔法を掛けているが俺達の全力のファイアーボール五発集中攻撃なら破れる。

 普通なら二発でも問題無いが、俺も奴の実力は知っているから甘くはみない。馬車の中の側室は死んでも構わない、その方が陵辱されずに幸せだろうよ。

 

「ああ、タイミングを合わせるぞ。予定の場所に来たら……今だ、ファイアーボール!」

 

 民家の窓から馬車に向かいファイアーボールの魔法で攻撃する、向かい側の民家に三人。合計五人のファイアーボールが真っ直ぐ馬車に突き進む!

 

 30㎝程の球体の炎が当たった瞬間、馬車は火の車に変わった。

 

「やった、全弾命中!次は護衛共を倒すぞって……馬鹿な、無傷だと?」

 

 そんな馬鹿な事が、間違いなく全員が全力のファイアーボールだぞ。それが窓ガラスすら割れないってなんだ?あの馬車の強度は要塞並なのか、そんな事が有るのか?

 馬が驚いているだけだが、いや馬車から女が出て来たぞ。何だ、あの女は?ドレスに変な鎧のパーツが……

 

「不味い、逃げろ!」

 

 何処からともなく巨大なハルバードを取り出すと、俺達に向かって水平に投擲しやがった。真っ直ぐ向かって飛んで来る死の刃に、俺達は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕が現場に到着した時には全てが終わっていた、敵が潜んでいたと思われる民家は半壊している。

 アーシャは二つのブレスレットを発動させなかった、メルカッツ殿の護衛達とゴーレムクィーンで対処出来たみたいだな。

 馬ゴーレムから降りて現場に向かう、生き残りが息を潜めて隠れていても僕を見たら出て来るか?お前達の目的は僕だろ、僕は此処に居るぞ。

 

 ジャリジャリと破壊の為に砕けた小石を踏んで歩く、賊共は全員倒されたみたいだ。僅かな生き残りをメルカッツ殿達が捕縛している、薄汚く汚れた装備を纏う連中だ。

 多分だがスラム街の連中だな、冒険者や王都に住むゴロツキならもう少し身なりが良い筈だ。

 拘束され地面に転がされた連中、汚れた皮鎧を着て無精髭を生やしている。意外な事に若い連中は居ない、全員が中年だぞ。

 

「リーンハルト様、賊共は殺すか捕らえました。ですが何人かの火属性魔術師が逃げ出しました、二名はゴーレムクィーンが倒して死体は確保して有ります」

 

 メルカッツ殿が周囲を警戒しつつ状況を報告してくれた、聞けば二方向からのファイアーボールでの攻撃。

 その後に捕縛か殺された賊共が襲って来た、だがゴーレムクィーンの攻撃により片方の魔術師達は倒され残りは逃げ出したか……

 

「有り難う御座います、メルカッツ殿。アーシャが無傷なのは貴方達のお陰です、感謝します」

 

「いえ、我々は職務を全うしただけ。軽傷者は居ますが我々の被害は微々たるものですぞ」

 

 怪我人も支給しているポーションで既に回復している、倒した魔術師は死体だが有力な情報源の為に確保してある、そして見覚えが有る奴だ。

 

「コイツ等はマグネグロ殿の取り巻きだな。なる程、敗者共が連(つる)んだか」

 

 あのスラム街出身らしき連中は、アルノルト子爵が集めた奴等か?ならば拷問すれば証拠が出るか?いや無理だな、大した証言は得られない。

 奴等も馬鹿じゃない、使い捨ての連中に素性など教えない。どうせ金で雇った連中だ、王都の警備兵に引き渡すか。

 上級貴族を襲ったならば問答無用で死刑だ、しかも主犯の情報を吐かせる為に拷問もされる。此処で死んだ方が楽だっただろう、まぁ同情などしないし手加減もしない。

 

 しかし逃げ出した魔術師共を生け捕りに出来なかったのが痛い、だが悪くはない結果だ。

 念の為にゴーレムナイトを二十体錬金して馬車の周囲を囲む、アーシャが馬車から降りないのは周囲を警戒してるからだ。

 彼女は僕の言い付けを忠実に守っている、嫌って程に固定化の魔法を重ね掛けした馬車は簡単には破壊出来ない。

 

 窓から様子を窺うアーシャに不安は無い、ヒルデガードの方が挙動不審だぞ。彼女も強くなったな、少し前は儚い深窓の令嬢だったのに今は襲撃されても気丈に振る舞っている。

 

「アーシャ、無事で良かった。僕が来たからには安心だ、馬車から出て来て顔を見せてくれるかな?」

 

 両手を広げて安心させる、あの馬車だけど鍵が特殊で強固だから中からしか開かないんだ。

 だから中に籠もれば堅牢な要塞と変わらない、ただ移動は出来るから馬車ごと連れ攫われる危険は有る。今後の課題だな。

 

「旦那様!」

 

 広げた両手の中に、アーシャが飛び込んで来た。やはり怖かったのだろう、その柔らかい身体を力一杯抱き締める。

 

「もう大丈夫、もう大丈夫だよ」

 

「はい、皆さんを信じてましたから……」

 

 少しだけ震える背中をポンポンと優しく叩く、周囲の生暖かい視線が辛いが我慢だな。

 周辺の屋敷の警備兵や下級貴族達も騒ぎを聞きつけて集まって来た、新貴族街でも外れの地域だから屋敷と言っても大きな民家程度のものも多い。

 だから庭が狭く屋敷の窓からも馬車に対して狙撃が出来る、この辺は新貴族街でも外れの部分だ。必然的に下級貴族が多く警備兵の巡回も少ない。

 

 それでも金貨二千枚前後なのに、襲撃の為に二軒も押さえたとなれば金の動きから相手を探れるな。

 此処は貴族しか住めない、だから屋敷を買ったのはエムデン王国の貴族だ。購入した屋敷は貴族院に申請し登録される、果たして誰の名前が出て来るか……

 

「リーンハルト様、申し訳有りませんが警備兵が来ましたので簡単な説明をお願い致します」

 

「む、分かった。メルカッツ殿も一緒に頼む、僕は全てが終わってから来たからな」

 

 普通は上級貴族が直接事情を説明したりはしない、だが僕が彼等に直接言えば対応は最上級になる。懸念事項も話しておけば、調べるしかない。

 マグネグロ殿の関係者が襲撃犯だった事に、スラム街で見掛けたアルノルト子爵とフレデリック親子の怪しい行動。

 多分だがバニシード公爵やクリストハルト侯爵、マグネグロ殿にビアレス殿の関係者。更にはウィドゥ子爵あたりも絡んでいるか?

 

 僕の宝物に手を出した報いは、百倍返しで受けて貰うからな!

 




今年一年間、この作品を読んで頂き有難う御座いました。
いよいよ物語も佳境に突入し来年には完結まで話を持って行けそうです。
沢山の評価・感想・UAを有難う御座いました、凄く励みになりました。
来年も宜しくお願いします。

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