古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第389話

 バーナム伯爵の派閥の舞踏会(武闘会)に呼ばれて恒例の模擬戦に突入、時間切れ直前にゴーレムビショップによる一騎討ちを仕掛け、互いに大技を繰り出した。

 

「剣撃突破!」

 

「偽・剣撃突破!」

 

 バーナム伯爵と僕のゴーレムビショップが同じ突進技を用いた力比べとなった、お互い大技を繰り出す事に周囲の観客の興奮は最高潮だ。

 

「あれ?ザスキア公爵って性的に興奮してないかな?」

 

 流れ弾が観客席に行かない様にチラ見したのだが……

 

 赤い顔・潤んだ瞳・荒い息、どれも性的に興奮している仕草だが流石に模擬戦中に長く見るのは厳禁だぞ!

 

 ゴーレムビショップの突き出したロングソードが砕ける、互いに踏ん張ると衝撃波だけが砂埃を巻き上げて突風となり背後に抜ける。

 だが力負けしたのは僕のゴーレムだった、右足を一歩下げて前傾姿勢となり力を入れる。それでも下がりそうなので足の裏に棘を生やして地面に打ち込み抵抗力を高める。

 

「ふん、模倣なのに俺の『剣撃突破』に耐えるか」

 

「ギリギリでした、追撃されたら負けでしたが何とか制限時間まで耐えられました。よって引き分けですね?」

 

 本当にヤバかった、ゴーレムだからこそ裏技でスパイクを生やして何とか耐えられた。やはり模倣の技はオリジナルには敵わないか。

 正面から激突し互いの後方に流れた衝撃波が、樹木を薙ぎ倒し大地を捲り被害を出したが怪我人は居ないみたいで良かった。

 

「まぁ最後は全力だったし良いとするか、未だ二回戦えるしな。今回も引き分け、二戦二分とは情けないぜ」

 

 傷付いた鎧兜を脱ぎ捨てているが、あの鎧兜はもう使えないだろう。鎧兜を一式贈った方が良いかな?

 あと二回も戦わないと駄目なのか、目眩がしていたが何とか姿勢を正して一礼する。これで一息ついたので少し休みたい。

 

 既に次に戦いたい連中が順番待ちをしている、場所を譲ろうと思ったが使用人の方々が整備に入った。

 今回は被害が大きいので暫くは地均し等の整備に時間が掛かりそうだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「乾杯!良い模擬戦だった、だが次は勝つ」

 

「呑み比べは完敗だが模擬戦は負けないぞ」

 

「しかし拡張したが未だ狭くないか?次は練兵場を借りた方が良いかもな」

 

「私、空気よね。でもリーンハルト様の強さの一部が分かったわ」

 

 派閥上位三人とザスキア公爵を交えた五人で円卓を囲む、凄い豪華な呑み比べだが誰か僕を労って下さい。

 ザスキア公爵はバーナム伯爵の派閥上位者との懇親が目的だから円卓を囲む事は間違いではない、だが彼女を放置して呑み比べを始めるのって紳士としてどうなの?

 貴族であり紳士な僕達は、淑女に対する対応が有る筈なのに自然体で大酒を飲む。これって……いや、バーナム伯爵達は紳士の皮を被った魔神で野獣だから仕方無いのか?

 

「ささ、リーンハルト様」

 

「此方の白ワインの方が料理に合いますわ」

 

 バーナム伯爵の縁者であるルーシュ嬢とソレッタ嬢が左右からワインボトルを差し出してくる、絶対に僕を呑み潰すつもりだよね?

 今日はメイド服じゃなくてドレスアップしているが、淑女は異性にお酌はしませんよ。

 

 この場は危険なのでジゼル嬢とエロール嬢は別室でお茶会を開いて貰い別れた、派閥取り込みの連中も危険だが酔っ払いの巻き添えはもっと危険なんだよ。

 エロール嬢が側に居ますから心配しないで下さいと言ってくれなかったら同席させていた、この絡んで来る酔っ払い共が実の父親と上位貴族達とは……

 

「有り難う、順番に貰うよ。それと御三方にも注いであげて下さい、ザスキア公爵は飲み過ぎに注意をして下さいね。同じペースだと倒れますよ」

 

 女性からのお勧めの場合、特別な女性以外は公平にするのが波風を立てない処世術だ。

 特に彼女達二人はバーナム伯爵一族であり武力も磨いて自信を持っている、見た目に騙されるのは危険だ。

 

「あらあら、女性全員に配慮するのは勘違いを生むから危険よ?」

 

 ルーシュが差し出すワイングラスに並々とワインを注いでくれる、これは早々に酔い潰せって言われてるのか?

 

「特別な女性には特別な扱いをしています、違いますか?」

 

 協力者としてザスキア公爵は常に特別扱いをしている、その事を理解して欲しいのだが……目元を赤くして横を向かれた?

 

「そ、そうね。それは良い事だと思うわ」

 

「それに呑み比べなら負けない自信も有りますし、酔いが回れば模擬戦は中止。僕は魔術師ですから酔っ払うと魔法制御が乱れます、故に戦う事が出来ません。残念ですが……」

 

 ワインを一気飲みしてワイングラスを差し出す、今度はソレッタが新しいワインを同じ様に並々と注いでくれる。

 

「お前、もう飲むな!」

 

「そうだ、控えた方が良いぞ」

 

「呑み比べを挑まれたのです、全勝中の僕は拒めません。今回も勝つつもりですので、取り敢えず十本位持って来させますか?」

 

 酔い潰して模擬戦を有耶無耶にする、それが良いだろう。簡単に挑発に乗ったバーナム伯爵達がワインを一気飲みし始めた、これで問題は解決だ。

 ニヤリと笑った所をザスキア公爵に見られてしまった、周囲の警戒不足だった……反省しよう。

 

「これがバーナム伯爵の派閥の懇親会なのね、戦って酒を飲む。本能的で快楽的、困った男達だわ」

 

 本当に僕も思いますが、頼りになり男気も溢れているので嫌いにはなれないのです。

 

「懇親の為に来て貰いましたが、闘争心の塊みたいな人達なので。申し訳有りませんが暫くお付き合い下さい」

 

 我先にとワインを煽る武人達に負けない様にワイングラスを空ける、全員で二十本も飲めば酔い潰せるだろう。長い夜になりそうだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 呑み比べ作戦が功を奏してバーナム伯爵達が酔い潰れた、これで暫くは自由時間が取れた。だが一時間半近く費やしてしまった、模擬戦も一通り終わって通常の舞踏会が始まった。

 本来なら最初に方舞を踊らなければならないのだが、主催者が酔って轟沈しているから無理か……

 

「大の大人が三人がかりで未成年に飲ませて負ける、紳士としては失格よね」

 

 公爵に伯爵二人を含めた五人が座るテーブルで中年男性三人が泥酔、ザスキア公爵は優雅にワイングラスを煽っている。僕は飲み過ぎてお腹がタプタプだ、一旦席を外してトイレに行きたい。

 

「一時間くらい放っておけば回復しますよ、ですが模擬戦は出来ませんね。楽しみにしていた模擬戦を一回しか見せれなくて申し訳ないです。それに舞踏会の方も方舞を抜かしてポルカから始まってますね」

 

 今回は模擬戦主体の武闘会が目的だから良いのかな?主賓で最上位のザスキア公爵が良いなら大丈夫なのか?

 

「構わないわ。私はね、魔術師であるリーンハルト様が武闘派の集まりでもあるバーナム伯爵の派閥で大丈夫なのか心配だったのよ」

 

「心配、ですか?」

 

 戦士と魔術師って在り方が別物じゃないって言われたが、確かに自分の肉体を鍛えて戦う戦士職と魔力を使い魔法を操る魔術師は別物だ。

 僕の場合は直接攻撃を行うゴーレムを使うが、他の属性魔術師の場合は攻撃は魔法だ。確かに心配する要因は有る、それを心配してくれたのか?

 

 少し嬉しくなりワインを飲む、二十本迄は数えたが三十本近く飲んだかな?僕も途中で何度かトイレに行って水属性魔法でアルコール成分を飛ばしているので未だ大丈夫だ。

 

「そうですね、だからこそ一騎討ちを最後に持って来たのです。皆が分かり易く楽しめる事が必要、今回も及第点かな?」

 

「満点だと思います」

 

「皆がリーンハルト様と戦いたいと思ってますが、単独では瞬殺で恥ずかしい。ですが多対一も武人としては恥ずべき行為、ジレンマに悩まされていますわ」

 

 ルーシュとソレッタが絡んで来た、彼女達は給仕に徹してくれたが何度か話題も振って来る。

 今も同じテーブルに座りはしないが両脇に控えている、そして彼女達も武力に自信が有り僕と戦いたいのか?

 

「バーナム伯爵達は人外の化け物だけど、No.5以下は普通でしょ?単独でリーンハルト様に挑むのは無理よ、彼は正規軍二千人を一人で壊滅させるのよ」

 

「同じ事を酔い潰れている方々も出来るんですよ、今回の戦いは僕にとって条件が良かった。相手も上位宮廷魔術師クラスが居なかった、色々な好条件の結果でもあります。僕は運が良かったと思ってますよ」

 

 実際に運が良かった、ジウ大将軍の軍勢に宮廷魔術師が居たら状況は変わっていた筈だ。各国の宮廷魔術師達は切り札的存在、初戦から出張る事は少ないから助かった。

 

「本当にお前は謙虚で堅実だな」

 

「全くだ、偉業を成し遂げても慢心せずか」

 

「だが戦場では慣れすら感じる安定感だったぞ、お前の存在のおかげで配下の誰もが不安を感じていなかった」

 

「回復したのですか?今回は早かったですね」

 

 テーブルに伏せていた三人が起き上がった、未だふらついているが大丈夫みたいなのでルーシュに冷たい水を用意させる。

 

「ライル団長から聞いたが、ハイゼルン砦の攻略は異常だがジウ大将軍との戦いは見事だった。お前はウルム王国と本格的に戦争になるか分からない段階でも、敵軍に対して夜襲を行ったな」

 

「常勝無敗のジウ大将軍に勝った事は大きい。ましてや敵軍の数も一方的に減らした、周辺諸国を黙らせるのに最適なタイミングだったぞ。リーンハルト、お前は戦争って奴の何たるかを理解している節が有る」

 

 転生前の人生の約半分は戦場だったからな、今回の件で初陣としてはやり過ぎたか……ザスキア公爵も真剣な顔で聞いている、重たい雰囲気を切り替えたいな。

 

「考え過ぎです、僕は初陣でした。努力もしましたが結果的に成功し安心しています」

 

 微笑みを添えて答えたのだが失敗したみたいだ、余裕が有って嘘臭いと思われたか?

 

「そうだ、初陣だったな。信じられないがな、お前は短期間で出世しエムデン王国に必要不可欠な男になった。既に爵位も権力も王宮順位も俺達の中で一番だな」

 

「王国の守護者ですものね、周辺諸国が不穏な今はリーンハルト様の存在は必要ね。軍団規模の敵に単独で勝てる存在は貴重よ、その気になれば奇襲も出来るし防げる、抑止力としてもね」

 

 む、ザスキア公爵の笑みからして望んだ展開になって来たんだな。暫く付き合って分かって来たんだ、複数有る彼女の笑みの意味を……

 

「武力だけで出世するのには限界が有る、先の大戦で活躍した俺等を見れば分かるだろ?聖騎士団に所属していたライルは団長までなったが俺とデオドラ男爵は飼い殺しだ、武の重鎮と言われても出世する機会が得られない」

 

「ハイゼルン砦攻略にも待ったが掛かったんだよ、俺達を戦わせたくない奴等が多い。だが俺達は政治的に弱いのだ、勝手をすれば反逆と取られて討伐される」

 

 更に重たい雰囲気になった、王宮内部に影響力の無いバーナム伯爵達は政治的な戦いは弱い。だから名誉を与えて飼い殺しにされているのか……

 確かに人外の戦闘力を持つのに戦う機会が無ければ宝の持ち腐れ、権力争いに食い込む事は不可能だ。だが有事の際には、その戦闘力を利用したい。

 

「そこでリーンハルト様の存在に希望を見出だした訳ね、この子は公の場で『エムデン王国を脅かす者達全てとの戦いの最前線に身を置く覚悟が有る』と言ったわ。

アウレール王の信頼も厚く実績も実力も確か、宮廷魔術師という立場からしても宣言通りに戦いの最前線に身を置く事になる。だから私は心配なのよ、貴方は一人で何でも出来るし、しようとする。そうでしょ?」

 

「それは……」

 

 王命は絶対だ、僕は今の暮らしを守る為の対価としてエムデン王国とアウレール王に忠誠を誓っている。守りたい人々が居るからこそ、この国の存続の為に何でもする覚悟が有る。

 宮廷魔術師として戦う事しか出来ない、でも戦う事でしか守れない事も有る。

 

「そんな辛そうな顔はしないの、貴方の気持ちと覚悟を尊重してあげる、だから仲間と戦力を私が用意してあげるわ。ねぇ、バーナム伯爵?」

 

「食えない女だ、俺達を一番押さえ込んでいたのに掌を返すのか?だが言いたい事は分かる、俺達もリーンハルトと共に最前線で戦える。その助力をする為にお前の下に付けと言うのだな?」

 

 バーナム伯爵から殺気が滲み出る、戦わせてやるから派閥に入れって事だと判断したな。

 

「ええ、貴方達は私が用意するリーンハルト様を守る盾よ、王宮の連中は抑えてあげる。根回しも世論誘導もね、アウレール王だって唆してあげるわ。だから死力を尽くして守って欲しいの」

 

「ふん、お互いに利益になる事だ。だがザスキア公爵よ、お前の望みは何だ?まさかリーンハルト殿の助力ではあるまい?」

 

 その質問には妖艶に笑っただけで答えなかった。この日、バーナム伯爵の派閥はザスキア公爵の派閥に共闘という形で取り込まれた。

 


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