古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第302話

 

 バーレイ男爵本家のお祖父様が父上の屋敷に自称僕の奥さんらしいニルギ嬢を連れて来た、自分の一族の中から出世したのだから何とかして自分の影響下に置きたいと企んだのだろう。

 実際は今迄は殆ど放置していた、元々は父上との確執が有り距離を置いていた相手だが宮廷魔術師第二席まで出世すれば無視も出来ない。

 バーレイ男爵本家は従来貴族の領地持ちだが最近は領地経営が順調でない情報も掴んでいる、だから巻き返しの為に僕に擦り寄って来たのだろう。

 

「少しばかり無下にし過ぎではないか?血を分けた祖父と孫の関係だぞ、貴族とは血縁を重んじる者だ。

確かに少しばかりの擦れ違いは有ったが些細な事だ、これから関係を改善すれば良いだろう?」

 

「血縁ですか、ですがバーレイ男爵分家を継ぐのはインゴです。僕は弟の枷や負担にはなりたくないのです、同じ孫でもインゴに愛情を注いで下さい」

 

 新しい家を興した僕にとってはバーレイ男爵本家と言えども縁は薄い、実家の援助は喜んでするが傾き掛けた縁の薄い本家には何の思い入れも義理も無い。

 

「アレは駄目だ、出来が悪いとは言わないがお前と比べたら大した事は無い普通の子供だ。目を掛けても大して成功はしないだろう」

 

「それでも可愛い弟であり父上の正当後継者です、悪く言われると気分を害しますね」

 

 軽く睨んで威嚇する、同じ言葉をインゴに直接言った筈だ、だからインゴは……

 

「それは済まなかった。勿論同じ孫だし大事に思ってるぞ、それは本当だ」

 

 御冗談をとは言えないな、でも擦り寄って来る気満々なのは理解した。それ程までに本家の状態は悪いんだ、だからどうしても僕に協力して貰いたい。

 チラリとエルナ嬢を見れば下を向いて両手を膝の上で軽く握って耐えている、彼女にとって我が子が無能と言われたに等しい。

 だが僕という成功例が身近に居るので何も言えないんだ、下手したら種は同じなのに畑違いで出来が違うとか言い出す奴も居るだろうな。

 

「さて、どうしたら良いのでしょうか?僕は自分の家を興したのでバーレイ男爵本家とは縁を切ります、元々廃嫡予定でしたし家督はインゴが継ぐから問題は無い筈です。

ニルギ様との婚姻は無理ですね、今側室を迎えれば周りが五月蝿いでしょう。少なくともハイゼルン砦を攻略する迄は何も出来ません。

ハイゼルン砦攻略についても公爵四家に協力をお願いしてあるので途中からの参戦は無理です、彼等の取り分を下げると納得させられれば良いのですが……」

 

 そこで言葉を切る、身分上位者の彼等を納得させられるのか?って含ませた。従来貴族男爵では不可能だろう、僕だって援軍をお願いする立場だったら今回みたいな交渉など不可能。

 自分一人で出来るから成果を分配しますよって事で可能にしたんだ、基本的に身分下位者が上位者にお願いなど出来ない、相応の対価が必要だ。

 

「公爵家だと?知っていると思うがバーレイ男爵本家はバセット公爵の派閥に属しているのだ。何とかならぬか?」

 

「何とかと言われましても、午後にバセット公爵の屋敷に呼ばれてますが僕もお願いする立場です。更にお願い事を増やすのは無理です」

 

 バセット公爵に呼ばれているのかって呟いて考え始めた、実はお祖父様を参戦させるのは可能だ。僕の取り分から成果を分ければ良いし公爵家も血族の参加には文句は言わない。

 進軍に遅れる様なら置いていけば良いだけだし、実際に戦う事も無いだろう。

 

「父上とエルナ様はどう思いますか?僕はバーレイ男爵分家の正当後継者ではない、独立し自分の家を興したので実家の援助は喜んでしますが本家には恩も義理も無いのです」

 

 父上とエルナ嬢の考えも聞いておかないと駄目だ、どうしても協力して欲しいと言われれば何とでもする。

 

「お前の好きに生きろ、俺も男爵になってからは距離を置いていたんだ。同じく恩も義理も無い、お前は独立したんだし更に関係は無いだろ?」

 

「そうです、私達は貴方の枷になるつもりは有りません。本来なら長男の貴方が継ぐ筈のバーレイ男爵家から廃嫡させるのです、だから気にせず自由に生きなさい」

 

 ムッとしたな、やはり援助しろって話だったのだろう。だが言質を取られては強制は出来ない、確かに血は繋がっているだけで身分は下だから。

 不機嫌になりそうな顔を無理矢理笑顔に変えたのは大した自制心だと思うが打つ手は無いぞ、どうする?

 

「全く嫌われたモノだな、だが孫二人を平等に大切に思ってるのも本当だ。ニルギよ、お前はインゴの世話になれ、良いな?」

 

「はい、分かりました」

 

 え?インゴの側に置くのか?それは僕が実家は大切にすると言ったから切り返して来たと考えて良いのか?だがインゴの立場なら断れないし、僕も干渉は出来ない。

 仮にインゴの寵愛を受ければお願い事を言える、僕はインゴのお願いを断る事は出来ない。散々迷惑を掛けているのに、願い一つ叶えてあげられないなど……

 

 やられた、インゴ次第だがニルギ嬢は可愛い部類だし寵愛を受ける可能性は高い。一目惚れっぽいジゼル嬢に振られ年下の二人に拒絶されたんだ、最初からOKのニルギ嬢を悪くは思わないだろう。

 結局断る前にお祖父様はニルギ嬢を置いて帰って行った、やんわり拒絶したが次善の手を打たれた形になったな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「済まなかったな、リーンハルト。嫌な思いをさせた」

 

「本当にごめんなさいね」

 

 お祖父様が帰り、インゴは部屋に籠った。ニルギ嬢は部屋を与えて休んで貰っている、彼女の動向には注意が必要になるだろう。応接室に戻り今後の話となるが、僕に出来る事は少ない。

 

「いえ、逆に迷惑を掛けているのは僕でしょう、本当に申し訳ないです。

インゴの事ですが、僕は拒絶されてしまいました……当然でしょう、コンプレックスの元凶なのですから。

暫く距離を置いた方が良いでしょう、ですがアシュタル嬢から貰ったリストの連中の対処は僕の方で行いますから安心して下さい」

 

 今は距離を置いて出来る事をやれば良い、そして自分の気持ちの整理が出来たらインゴと話し合うしかない。

 距離を置くのはインゴの為じゃなく自分の為だろうな、僕は身内に拒絶された事が辛いんだ。

 

「そうか、騎士団の中にもインゴの事を悪く言う奴が居るとはな。だが一番腹が立ったのは糞親父にだ、あれだけ無関係を装い疎遠だったのに掌を返しやがって!」

 

「同じ孫なのに出来が違うのは私のせいだとも言われました、もう悲しくて……」

 

 エルナ嬢が両手で顔を押さえて泣き出してしまった、まさかエルナ嬢を呼び出したのは悪口を言う為だったのか?彼女は妊娠中なんだぞ、母体に酷い仕打ちをするとは……

 

「僕は魔術師です、普通と違う為に周りを傷付けてしまうのですね。

エルナ様、安心して下さい。もうバーレイ男爵本家は近付けさせません、後は僕に任せて丈夫な赤ちゃんを産んで下さい。

僕の弟か妹かは分かりませんが、生まれてくる迄には全てを終わらせておきます」

 

 お祖父様と言えども僕の家族を害するなら覚悟して貰う、だが父上の親でもあるから穏便に済ませる配慮もする。相手の出方次第になるが……

 

「リーンハルト、お前は何を言ってるんだ?」

 

 エルナ嬢を抱き締めながら困惑気味に僕を見る父上、僕は親不孝者だな。

 

「家族を悲しませた事を怒っているのです、ですが最初は穏便にしますから安心して下さい」

 

 父上が黙って頷いてくれたので僕に一任してくれたと思い行動する、先ずはバーレイ男爵本家の事を調べてから対策を練るか。

 幸い所属派閥の長であるバセット公爵にこれから会う事になっている、昼食を共にとの事だから下話は出来るだろう。

 イルメラには悪いが別の馬車を用意させて先に屋敷に帰らせる。同行して貰った意味は少なかったが、元同僚達との交流は出来たので気分転換的には良かったと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バセット公爵の屋敷は貴族街でも中央部分に有った、ローラン公爵の屋敷を見た時も思ったが広くて立派だな。慣れはしないが気後れしない度胸は育った。

 巨大な装飾が施された大門を潜り抜けると四季の花畑が広がっている、流石は農業系の派閥topだけあり植物への造詣は深そうだな。

 確か他の領地とは違い短期間で収穫出来る品種を改良しているそうだ、これには土属性と水属性の魔術師達を大量に抱え込んで研究させてるとか何とか……

 

「リーンハルト卿、到着致しました」

 

 誘導された場所は正面の玄関前だ、これって主賓扱いだよな。僕は宮廷魔術師第二席で侯爵扱いで、バセット公爵よりも格下なのだが……

 既に使用人達が整列している、黒服の執事らしき壮年の男性が歩み寄って来た。御者が馬車の扉を開けたので外に出る。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿。我が主がお待ちしております、どうぞ此方へ」

 

 慇懃無礼な態度で一礼するが、この人は土属性魔術師だな。揺らぎのない均一に制御された見事な魔力、相当な使い手だな。同系統の魔術師の中ではバルバドス師に匹敵するかも……

 

 屋敷の中を案内されるが途中で立ち止まり頭を下げている使用人の中にチラホラと魔術師が混じっている、レベルは低そうだが総じてレベル20前後かな。

 正面玄関からホールを突っ切り階段で二階に上がり左側に進む、配置的には中庭に面する方に向かっている。

 

「暫くお待ち下さい」

 

 見事な装飾の施された扉の前で暫し待つと直ぐに確認が取れたのか扉が開いた。

 

「どうぞ、中へ」

 

 扉の手前で一礼する執事殿の案内は此処までみたいだ、一人で中に進めば最初に見付けたのはハンナだった。

 

「わざわざ来て貰って悪いな、さぁ座って下され」

 

「御前会議ではお会いしたが正式な挨拶は未だでしたな、ディアス・フォン・ラデンブルグだ。これから宜しく頼む」

 

 恰幅の良い体型にフサフサな髪に見事な髭の中年男性であるバセット公爵、中肉中背だが妙な迫力を持つラデンブルグ侯爵。

 交渉という名の剣も魔法も使わない戦いの火蓋が切られた訳だが、未だ目的は同じだから気は楽だ。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです。此方こそ宜しく頼みます」

 

 にこやかな表情を張り付けて挨拶し勧められるままにソファーに座る、向き合う二人の後ろにハンナが控えている。一寸だけ視線を向ければ微笑まれた、この場は彼女が段取りしたのだから同席するのかな?

 

 暫くは自己紹介と互いに功績を誉め合う事で場を繋ぐ、この日の為に二人の功績や最近の出来事は調べてある。話が一段落した所で本題に入る、切り出したのはラデンブルグ侯爵からだ。

 

「リーンハルト殿、俺の領地の件は知ってると思うが何とか奴等を排除したい。出来れば自分達も戦いに参加したいのだ」

 

「周辺の村の住人には大きな街への避難を指示したが少なくない人数が拉致された、略奪部隊との小競り合いも状況は不利なのだ。前回のオークの異常繁殖のダメージが抜けない時に弱味に突け込む様に攻めてきやがった」

 

 この要求は微妙だ、略奪部隊との遭遇戦なら可能性は有るが攻城戦は僕の『リトルキングダム』の独壇場だから参戦は不可能だぞ。

 

「本日の目的は王都からの出撃にバセット公爵の兵も参加をお願いしに来た事です、公爵四家から遣わされた兵と共に出撃する事に意味が有ります。

僕はアウレール王からの指示で出撃しますが、実はセラス王女からも彼女の家紋を許された『戦旗』と共にハイゼルン砦の奪還を命じられたのです。

出撃時にはその『戦旗』を掲げ公爵四家の兵と共に出撃する予定です、因みに僕は九百体のゴーレムを指揮して進軍しますから見応えは有る筈ですよ」

 

 バセット公爵達はハンナからの情報で『戦旗』の話は知っていたがゴーレムポーンの制御数は知らなかった筈だ、だからこそ驚いて言葉も出ないのだろう。

 

 公爵四家から騎兵が四百騎、僕の歩兵ゴーレムポーンが九百体ならば如何に攻城戦が守兵の四倍必要と言われても与えるインパクトは大きい。

 しかもセラス王女の家紋付き『戦旗』を掲げて公爵四家が揃い踏み、周りの民衆は正当な遠征軍が誰だか理解する。ザスキア公爵にも情報操作で追い打ちをお願いしたから確実だ。

 

「そうか、なら俺も精鋭騎兵を百騎預けよう。現地の案内と情報はラデンブルグ侯爵の配下が受け持つ、細かい指示は指揮官に言い含めておくよ。

なる程な、サリアリス様の秘蔵っ子だけの事は有るな。ゴーレム兵が九百体など伝説の偉人ツアイツ卿を彷彿とさせる、流石は『ゴーレムマスター』殿か……」

 

 参戦の了解と現地での案内人と情報を手に入れられる事となった。これで公爵家との交渉は終わり、実務もまとめれば完了だな。

 


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