古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第254話

「何も言ってはくれないのですか?」

 

 困った、切実に困った事になった。デオドラ男爵家の女性陣と今後の謀略の進め方について話し合っていた筈が、アーシャ嬢の私室で二人切り……いや、ヒルデガードさんと三人だけとなってしまった。

 ソファーに向かい合って座ってはいるが、彼女は僕の暗躍っぷりに目に涙を浮かべて拗ねている。

 無理はしないと約束したのに蓋を開ければ宮廷魔術師団員半数と決闘し宮廷魔術師上位に挑むと言う、彼女にしたら驚きを通り越して恐怖したのだろうな。

 

「えっと、危険な事ではないのです。問題は全く有りませんが、相手が居るので自分だけの都合ではですね」

 

 マグネグロ様の思惑を考えれば遠からず僕を挑発して戦いを挑ませる筈だ、その挑発内容が問題で受け身では大切な人に危害を加えられる可能性を捨て切れない、だから僕から早期に挑みたい。

 

「未だ宮廷魔術師に成り立てのリーンハルト様が、先輩宮廷魔術師様達に挑むのですよ。何が心配無いのですか!」

 

「いや、その……」

 

 冷静に力量差とか過去で同じタイプと戦った経験とか説明しても納得しないだろうな。

 

「心配してはいけないのですか?」

 

 ぐうの音も出ない、どうすれば良いのだ?視界の隅のヒルデガードさんが目配せをしている、何か妙案が有るのか?

 

 心の中で『ヒルデガードさん、助けてくれ!』とサインを送ると微笑んで頷いてくれたぞ。この危機的状況を打開する策が有るんだな、是非とも教えてくれ。

 

「リーンハルト様、異性が拗ねたり怒ったり悲しんだりした時に一気に形勢を逆転する有効な魔法が有りますが実践しますか?」

 

「いや、精神操作系の魔法は危険だし使えないぞ」

 

 何でも出来ると思われても困る、僕は一介の土属性魔術師でしかない、錬金術には自信が有るが女性問題では低レベルの初心者なのだ。

 

「大丈夫ですわ、女性の不安など愛する殿方からの大きな愛で上書きしてしまえば良いのです。皆さん入って来て下さい」

 

 大きな愛?上書き?皆さんって誰だ、誰も呼んでないって新たにメイドさんが四人も部屋に入って来たが二人は見覚えが有るぞ。

 

「ヒルデガード、彼女達は何でしょうか?」

 

 アーシャ嬢がおっとりと質問したが、僕は悪女(ヒルデガードさん)の思惑が分かったぞ。

 

「アーシャ様の不安を解消するには、リーンハルト様が愛を示さなければなりません。お前達、お二方を浴室にお連れして下さい。私は寝室の準備をします」

 

「おい、待て!お前、デオドラ男爵に毒されているだろ!」

 

 その男らしい笑みを止めろ、親指を人差し指と中指の間に差すジェスチャーもだ!

 

 覚えの有るメイド達って浴室付きのメイド達じゃないか!

 

「四の五の言わずに一緒にお風呂に入って、後は子作りに励めばアーシャ様は幸せなのです」

 

「違っ、違うぞ!」

 

「分かりました、確かに側室として本来のお役目を果たしていませんでしたわ……リーンハルト様、末長く宜しくお願いします。それとも私では満足されませんか?」

 

 真っ赤になりながらも恥ずかしい台詞を言い切ったぞ、涙目で祈る様に胸の前で手を組んで見上げられたら……

 

「そんな事はだな」

 

「さぁさぁ、早くお二方を浴室に案内しなさい」

 

 パンパンと手を叩いて四人のメイド達に指示を出したがだな、僕は……

 

「では浴室に参りましょう、私を沢山可愛がって下さいね?」

 

 何時になく積極的な彼女が僕の腕を抱いて真っ赤な顔で見上げられては、男として動揺しては駄目だ。

 

「後悔するかも知れませんよ?」

 

「しませんわ、私が愛した殿方ですから……」

 

 今夜は三百年振りの長い夜になりそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「実は大分溜まってたんだな、自覚は無かったが結果がこれでは言い訳すら出来ない」

 

 隣で気を失う様に寝ているアーシャ嬢を見て思う、三百年振りの情事だった訳だが相当彼女に負担を掛けてしまったみたいだ。

 カーテンから射し込む光は弱々しい、未だ早朝なのだろう、小鳥達の囀(さえ)ずりが聞こえる。

 

 寝汗で額に貼り付いた彼女の金髪を髪を撫で上げて寝顔を見る、初めて見る寝顔は穏やかで規則正しく可愛らしい寝息が聞こえる。

 互いに全裸でシーツしか掛けていない、毛布はベッドの下に落ちていた、そんなに激しくしていないつもりだったのだが……思わず苦笑してしまう。

 

 昨夜は一緒に風呂に入り同じベッドで夜を共にした、当然だが夫婦の営みはお互い初めてだったが僕は転生前の記憶と経験を持っていたので極上の彼女の身体を前に暴走一歩手前だった。

 

「辛うじて痛みを緩和する魔法を気付かれない様に掛けただけで、後は獣同然だったな。気を失なわせてしまうとは初めてなのに最低だったかも知れない」

 

 彼女は初めての感覚に戸惑い困惑し、それでも気丈に耐えて互いに果てて気を失った。初めてで何回も出来る訳がないのだが物足りないと思ってしまう自分が情けない。

 そっと首の下に左手を差し込んで抱き寄せる、情を交わすと愛情が深まると言うが確かにそうだと実感する。

 軽く額に唇を押し付けてから、あと少しは寝れると思い目を閉じる。

 

「当たり前の幸せ……だがこの当たり前の幸せを守る為に戦わなければならない。僕がもっと力を付けなければ失ってしまうんだ、最善を尽くそう」

 

 彼女の髪に顔を寄せて匂いを嗅ぐ、認めたくはないが僕は異性の匂いに拘りが有るみたいだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはようございます、昨夜はお楽しみで御座いましたですね」

 

 朝七時に起こしに来てくれて開口一番下ネタをかましてくれたが、やはりデオドラ男爵に毒されているんだな、深い溜め息を吐く。

 

「言葉使いが変だぞ、愛情の確認だ、楽しんだとか軽く言わないで欲しい」

 

 楽しんだとか軽く言わないでくれ、全くヒルデガードさんの真面目でしっかり者のイメージがガラガラと崩れたぞ。幸いアーシャ嬢は未だ寝ているので聞かれなかったのが幸いだな。

 

「も、申し訳御座いません!その様な意味では有りませんでした」

 

 慌てて謝る彼女に片手を上げて気にしてないと伝える、僕が起き上がりヒルデガードさんと会話していても気付かない程に深い眠りなのかな?

 

「アーシャ様、起きて下さい」

 

 軽く肩を揺すると目を開いたがボンヤリしているな、寝起きが悪いのだろうか?

 

「おはよう、アーシャ様。アーリーモーニングティーを準備してくれたが起きれるかい?」

 

 未だ焦点が定まらないのか、ボーッと僕を見ているのだがモゾモゾと頭を膝の上に乗せてきたぞ、まさか僕が膝枕をする方になるとは驚いた。

 

「旦那様、アーシャと呼び捨てにして下さい。様付けは嫌です」

 

 猫みたいだなと思いながらも頭を撫でる、彼女がこんなにも甘えん坊とは知らなかった。

 

「む?そうか。アーシャ、ヒルデガードさんがニヤニヤして見てるので早く起きてくれないか?僕も今日は王宮に出仕するから時間は余り無いんだ」

 

 大体二時間後に屋敷を出れば間に合うだろうか?だがマナー重視の食事は時間が掛かるので実は余り時間は無さそうだぞ。

 

「今朝は皆さんと顔を会わせるのが恥ずかしいです」

 

 そう言って顔を伏せてしまった、確かに家族に初めての夜の営みを冷やかされるのは大人しい彼女にはハードルが高いか……

 

「ヒルデガードさん、僕とアーシャは部屋で朝食を食べるよ。それと王宮に行くから馬車の用意を頼む、九時前には出たい」

 

「畏まりました、旦那様。朝食は三十分後にお持ちしますので身支度を整えて下さい」

 

 そう礼儀正しく対応してくれたが、一度刻み込まれた印象は無くならないぞ。

 直ぐに昨日のメイド四人が現れて二人して浴室へ押し込まれた、まぁ色々と風呂に入らねばならなかったからな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「では行ってきます」

 

「「「行ってらっしゃいませ、リーンハルト様」」」

 

 デオドラ男爵家の使用人が総出で送り出してくれる、確かにデオドラ男爵の愛娘の婿ではあるが普通の対応じゃないと思う。

 デオドラ男爵家の家紋入りの高級馬車に一人で乗るのは勇気が必要だ、これを見た王宮の連中は僕が昨日はデオドラ男爵の屋敷に泊まったと知るだろう。

 

「これも僕がデオドラ男爵と上手くいっているアピールなんだろうな」

 

 結局昨日はデオドラ男爵は帰って来なかった、途中で連絡が来たのだがバーナム伯爵の屋敷に泊まったらしい。派閥の新人加入者達を模擬戦でブチのめしたらしい、あの派閥は脳筋当主達に憧れて加入するらしいからな。

 流石に窓から見る貴族街は綺麗で歴史を感じる建物が多い、早く物件を探して引っ越さないと駄目なのだが、その件についてはジゼル嬢に聞きそびれてしまった。

 

 しかし本妻殿と言うが貴族の淑女の連絡網の凄さを知った、後宮の派閥争いは知っていてリズリット王妃を警戒したのだが……

 そうだった、彼女の派閥の件も相談したかったんだよな、今日は自分の屋敷に帰って『野に咲く薔薇』の皆を迎える準備を伝えなければならない。

 明日はバルバドス師の屋敷を訪ねて夜は『野に咲く薔薇』の女性陣と懇親及び鎧兜のメンテナンス、明後日はローラン公爵の屋敷でサリアリス様との所謂『逢い引き』だ。

 此処で彼女にマグネグロ様との事を説明し、来週早々に挑む。

 

「週末しか自由時間が無い、魔法迷宮バンクの攻略がしたいのに王宮内での派閥争いしか出来ない」

 

 背もたれに身体を押し付けて伸びをする、今回の進め方は異常で無謀なのは理解している。

 普通は派閥への取り込みの根回しを万全にしてから挑むのに、今回は仲間と確定してない他の派閥のトップ達に委ねるんだ。

 バーナム伯爵的には面白くないだろうな、だが宮廷魔術師団員に伝手は無いだろうし肝心の僕はニーレンス公爵の愛娘であるメディア嬢の派閥構成員の土属性魔術師を鍛えるだけだ。

 

 不味いか?不味いよな、全くメリットがなくないか?いや、派閥に所属する僕の席次が上がるから良いのか?

 そう言えばバーナム伯爵への派閥の御披露目の日程が決まってないが、若手加入希望者をブチのめしたのだから直ぐにか?四日目しか空いてないぞ。

 

 両手で頭を抱えて前屈みになって考える、バーナム伯爵の面子を潰しているよな。これは不味いぞ、バーナム伯爵の派閥内で僕は敵が多いし騒ぎ出す奴等が出て来るな。

 

「僕も宮廷魔術師団員を何人か引き込む必要が有るな、バーナム伯爵の派閥が無理でも僕の配下的な意味でも何人かは必要か……」

 

 宮廷魔術師団員のメンバーの顔を思い浮かべる、セイン殿以下の土属性魔術師達は全員ニーレンス公爵の派閥だな。

 火属性魔術師の切り崩しで何人か引き込む?無理だな、今は敵対状態だし仮にも今迄所属していたマグネグロ様を倒した相手に靡(なび)くのは面子的にアウトだな。

 水属性魔術師ならサリアリス様繋がりで?駄目だ、彼女のお眼鏡に叶った連中は居ない。

 風属性魔術師の連中は今日にも『切り裂き魔』のリッパー様と戦って勝って地位を下げさせるんだ、普通に敵対するよな。

 

「ふふふ、僕は不死人形を操る孤独な軍団長なのは変わらないのだな。ふははははは、笑えるな」

 

 人間は生まれ変わっても中々変われないのだな、この件についてはアンドレアル様と一応フレイナル殿に相談しよう。

 彼等の火属性魔術師の派閥に引き込めれば敵対してない派閥が増強される、僕にとってはメリットだが……

 

「バーナム伯爵の派閥への貢献か、もう魔力を付加した武器や防具の大量供与で良いか」

 

 割りと基本的な事をおざなりにしていたツケが来た、僕には苦手な範疇なんだよな、派閥への取り纏めってさ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「おはようございます、リーンハルト様」」

 

「おはよう。ハンナ、ロッテ。今日は何か有るかい?」

 

 道順は覚えたが警備上の問題で警備兵二人に先導されて自分の執務室へと到着、扉を開ければ僕付きの侍女二人が出迎えてくれた。

 

「強制では有りませんがお願いとして私達の同僚とのお茶会のお誘いが有ります」

 

「同僚、つまりは各家から派遣されている淑女達の集まりの事だよね?」

 

 基本的に派閥に属さない侍女は居ないと僕は考えている、つまり僕との伝手を得たいのだな。

 




驚いたのですが通算UAが二位になってます!二次創作メインのサイトでオリジナルが此処まで読まれている事に嬉しくも少し不安になりますね。
これからも宜しくお願いします。

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