古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第253話

 宮廷魔術師として王宮に出仕、二日目にして色々と問題が発生した、この難問をジゼル嬢と相談する為にデオドラ男爵家に来たのだがタイミングを失い夜になってしまった。

 お茶会から夕食に招待され、更に食後のお茶会と奥様方からのアプローチが積極的過ぎるのだ。

 彼女達にとって僕は自分で家を興したのでデオドラ男爵家の相続争いには絡まない、だが旦那であるデオドラ男爵が気に入っている男。

 しかも伯爵扱いの宮廷魔術師と身分も確かな、脳筋一族に珍しく現れた文化的素養を持つ男。

 

 彼女達は貴族の娘として文化的に教育されていたと思うが、嫁いだ先は戦う事が生き甲斐の赤い髪の戦闘種族だったので不満も有るのだろう。

 実際は転生前に王族としての最低限の知識と振る舞いを徹底的に覚えさせられた賜物なだけだ。

 デオドラ男爵は未だ帰宅せず、中々ジゼル嬢と二人で相談する事が出来ない。

 いくら婚約者と言えども遅い時間に密室で二人切りは不味いし同席させるにしてもアルクレイドさん位しか居ない、そして彼はデオドラ男爵の後継者教育の為に領地に同行して居ない。

 

「リーンハルト様、王宮でのお仕事はどうですか?色々と来客も多いらしいですわね」

 

「噂では配下の宮廷魔術師団員の方々に厳しい指導を行ったとか?」

 

「リズリット王妃から昼食の招待を受けられる若手貴族は殆ど居ないのですよ」

 

 本妻殿とジゼル嬢とアーシャ嬢の母からの言葉、年齢を重ねる事で重みを増した笑顔を浮かべているが、僕は一瞬だが心臓を鷲掴みにされた気持ちだ。

 

 豪華な応接室に奥様方とジゼル嬢にアーシャ嬢が参加したお茶会、失礼の無い様に緊張して聞いていたが何気無い問い掛けに顔が強張る。

 僕の昨日と今日の動きが殆ど知られている、リズリット王妃との昼食会など一部の人しか知らない筈だし、その情報は周りには極力秘匿されている筈なのに……

 

 これが貴族の女性だけの情報網なのだな、屋敷の奥に隠りながらも時勢を知る事が出来るらしいが王宮の奥にまで手を伸ばしているのか。

 姿勢を正し深呼吸を二回程して気持ちを落ち着かせる、流石は武闘派の重鎮たるデオドラ男爵の奥様方だけの事は有るな。

 

「今の宮廷魔術師達は少々属性の優劣に頼り自己を磨く事を蔑ろにしているみたいでした、僕は現状の主流たる火属性魔術師達から軽く見られた。

驕り高ぶった彼等には、ドラゴンスレイヤーの実績すら自分達の実力と比較出来ない末期症状。

これが国防を担う宮廷魔術師団員かと思い飽きれ果てました、周辺国家と緊張状態が続くのに何を勘違いしているのかと……」

 

 此処で一旦言葉を止める、奥方達とジゼル嬢は笑顔だがアーシャ嬢は不安そうな顔をしている、彼女は愚かではないが妻として賢いだけであり政争や謀略には向いていないからな。

 

「だから分かり易く現実を教えました、不満が有るなら全員で掛かって来いと。結果的には半数以上が挑んで来ましたが全て返り討ち、ここに火属性魔術師が四属性最強という盲信は潰えました」

 

 幾ら僕が宮廷魔術師第七席とは言え未だ未成年、それが五十人以上と同時に戦って負けたとなれば言い訳は出来ない。

 四属性最強と言われた火属性が最弱の土属性一人に負けたのだ、上位火属性魔術師のマグネグロ様かアンドレアル様が僕を負かさない限り汚名返上は無理。

 

「宮廷魔術師団員は百人近くいます、半数以上と同時に戦い負けたとなれば関係各所に波紋が広がったでしょう」

 

「逆に戦わなかった魔術師達は未だ見る目が有るか、現実を理解していたのでしょうね」

 

「優しく礼儀正しいリーンハルト様をそこまで怒らせ呆れられる宮廷魔術師団員達ですか、果たして取り込んで役に立ちますか?」

 

「大きな派閥の切り崩しには下位構成員の取り込みも常套手段よ、公爵五家が動くでしょう」

 

 む?色々と不穏な言葉を聞いたぞ、取り込むって何処までの範囲で言っているんだ。

 この会話を無言で聞いているアーシャ嬢とジゼル嬢、前者は政治的やり取りに理解が付いていけない、後者は十分理解した上での沈黙だ。

 チラリとジゼル嬢に視線を向ければ困った様に微笑むだけだ、このサインをどう受け取ったら良いんだ?

 このまま突っ込んだ内容まで話すか適当に切り上げるか……貴族のマダムの方々の情報収集能力は認めるが対応迄も良しとするか悩む。

 

 公爵五家の動きまで読んだが切り崩しには決定力が必要、マグネグロ様に挑む事まで話して良いのか悩むぞ。

 

「リーンハルト様、宮廷魔術師第二席様からの動きをどう予測しますか?」

 

 ジゼル嬢からの質問、これは深い部分まで相談しろって事なのか?

 幾ら従来貴族でエムデン王国内に武闘派の重鎮として確固たる地位を持つデオドラ男爵と言えども、宮廷魔術師の序列争いに巻き込んでも大丈夫なのか?

 

「リーンハルト様、女には女の戦い方と援護が有るのです、正直に話して下さい」

 

 本妻殿からの言葉、これは側室の方々も同じ意思統一が出来ていると考えて良いのだろう、全く一人で悩んでいた事が馬鹿らしく思うよ。

 

「僕よりも席次が上の火属性魔術師は二人、第二席マグネグロ様と第五席アンドレアル様、前者は明確に敵対し後者とは友好関係を結んでいます。

この火属性魔術師達の揺らいだ地位を磐石に戻すには僕を負かせなければならない、だが宮廷魔術師の決まりでは下位の者には勝負を挑めません」

 

 第二席が第七席に勝負を挑む事は出来ない、だから僕から仕掛ける様に企んでくるだろう。

 

「勝てますか?」

 

 本妻殿の質問は『誰に』とは言わない、ただ聞いただけだ。

 

「負ける要素を探す方が難しいですね、だが勝った後が大変で暫く時間が欲しかった。

ニーレンス公爵には直ぐに情報が伝わりローラン公爵にはサリアリス様との所謂『逢い引き』の時に話します、僕は同じ属性の十二人を鍛え直す予定です」

 

 マグネグロ様に勝つ事自体は難しくない、だが動揺した宮廷魔術師団員の火属性魔術師達を何人取り込めるかが重要だ。

 彼の宮廷での勢力を削ぐ為には、より多くの配下の魔術師を取り込む必要が有る。

 

「エムデン王国内において二番目に勝てる自信が有るのですね」

 

「有ります」

 

 本当は八割くらいだが此処は断言しないと駄目だ、躊躇すれは決意が鈍る。

 

「それを私達、いえ周りの者達に示せますか?」

 

 この部屋には大勢いるのに僕と会話をするのは本妻殿だけだ、あのジゼル嬢ですら口を出してこない。

 彼女がデオドラ男爵家の女性陣のトップなのだろう、だがアーシャ嬢は顔面蒼白だからフォローが必要だぞ。

 

「手始めに明日にでも宮廷魔術師第六席『切り裂き魔』のリッパー様に勝負を挑み勝ちましょう、火属性魔術師の次に強いと言われる風属性魔術師を倒して証明してみせます」

 

 王宮勤めは週三日、明日倒せば四日間の猶予が有り自由に動く事が出来る。

 そして来週にマグネグロ様に勝負を挑み勝たせて貰う、その後の彼の派閥の切り崩しは公爵二家と、もしかしたらバセット公爵を含めた三家になるだろう。

 

「怖い婿殿ですわね、ニーレンス公爵とローラン公爵の派閥には私達からも、私達の情報網で動きますわ。

さて、貴方の側室が泣きそうですからお相手をしてあげて下さいね。ジゼルは残りなさいな」

 

「えっと?」

 

 そのままアーシャ嬢と共に彼女の部屋に追いやられてしまったぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ジゼル、貴女達の旦那様は規格外だわね。私達の旦那様も彼を『あと二年もすれば宮廷魔術師となり、俺が戦場で信頼する男になる』と言いましたが……」

 

「二年どころか二ヶ月経ってませんわね」

 

「しかも宮廷魔術師第二席、『噴火』のマグネグロ殿に負ける要素を探す方が難しいと言いました。凄い自信ですが戯れ言と言い捨てる事が出来ない実績を持ってますわ」

 

 お母様方がこんなにも企みの出来るとは思っていませんでした、驚いたけど私よりも情報収集の駒が多いのは確かみたいね。

 

「私もサリアリス様から手紙を頂きました、彼女曰く『宮廷魔術師団員の馬鹿者共を焚き付けた、早い時期に席次が上がるぞ』と謎かけだったのですが……

理解しました、サリアリス様は宮廷魔術師関連を一度壊して組み立て直す予定なのですわ」

 

 サリアリス様とリーンハルト様の都合の良い様に作り直したいのでしょう、隔絶した力を持つ宮廷魔術師筆頭と第二席が蜜月なら可能だわ。

 黒い噂を信じれば、サリアリス様はアウレール王と強い繋がりが有るしウルム王国との開戦に備えて宮廷魔術師の引き締めは必要。

 実力が有り宮廷魔術師内で不和を招き一大勢力を持っていた為に処分出来ずに半ば放置していたマグネグロ一派を粛清出来れば都合も良い、何よりリーンハルト様は国益を優先している。

 

「近衛騎士団や聖騎士団、国軍とも不和で協調性の無かった宮廷魔術師団員を叩き直す事が出来る訳ですね。

味方は宮廷魔術師筆頭サリアリス様、ユリエル様とアンドレアル様、ミュレージュ王子に微妙ですがリズリット王妃。

公爵五家の内、ニーレンス公爵とローラン公爵の二家も味方寄りでしょう、彼等は崩壊した宮廷魔術師団員の火属性魔術師達を取り込む為に動き出す」

 

「バセット公爵家も同様だと思うわ、ニーレンス公爵と共にリーンハルトさんの侍女に自分達の縁者を送り込んでるから情報は伝わるでしょう。

リーンハルトさんは自分に敵対する第二席殿の勢力を分散させる為にも敢えて情報を操作し流すと思うわ」

 

「初日に背後関係がバレたけど、『その方が誰に何を流せるか分かるから都合が良い』と言ったらしいから当然ね、中々度胸が有る殿方だわ」

 

 苦手と思っていた情報戦だけど要所は押さえている、誰かに教わった訳ではないから感覚で分かるのかしら?

 普通は初めて身の回りに諜報員が居たら警戒するし排除するわ、安心出来ないから……でも最初から利用すると言った。

 

「ジゼルさん、早くリーンハルトさんと関係を持ちなさい、寝所での睦言(むつごと)を交わして色々と聞き出しなさいな」

 

「な?お母様!そんな、そんな事は未だ早いと……アーシャ姉様の方が……」

 

 頬が熱い、確かに殿方の本音を聞き出すのは事後の睦言で聞き出すのが一番効果的とは聞きますが……

 やはり成人して正式に本妻として嫁いでからではないと、嫌ではないのですが……

 

「アーシャさんは駄目よ、あの子は純粋にリーンハルトさんを愛しているから絶大な効果が有るの。愛情を疑う様な真似をさせる事は絶対に駄目よ」

 

「その点で言えば貴女はリーンハルトさんから本妻として後顧の憂いを無くす役割も期待されている、だから本音を引き出しやすいわ」

 

「あの子は出来すぎているわ、一介の新貴族男爵位の長男の教育範囲を越えた作法、騎士団副団長の父親を持つのに魔術師として完成されている、私達の身辺調査では独学だけど有り得ない事よ」

 

 お母様方の警戒は分かる、私も同じ様に悩み警戒し恐怖したから。覚悟を決めた今でも怖いと思ってしまう、彼の常識や態度は新貴族の息子じゃないわ。

 

 あの態度を考えれば今の宮廷魔術師位が丁度良いくらいに……まさか?

 

『奴はトロールやワイバーンを倒したのに大した事はしてないと本気で思っているぞ』

 

『君達姉妹を迎えるんだ、宮廷魔術師位にはならないと釣り合わないだろ?』

 

 あの時の、貴族の長子や冒険者ランクDの時の対応じゃない。あれは、あの態度は自分をもっと上の立場と考えた時の対応だわ。

 

 今の宮廷魔術師の立場ならトロールやオークは雑魚扱いだから自慢する事じゃない。

 自分が妻を迎えるなら今の立場では不足と感じてた、リーンハルト様は新貴族男爵位でも冒険者ランクCでも納得してなかったのね。

 

「お母様、リーンハルト様は今の立場がお似合いなのですわ。そして最短で席次を上げます、でも第二席迄で止めるでしょう。

彼はサリアリス様を尊敬しています、彼女が引退する迄は不動の第二席ですわ。あの人は最初は貴族の柵(しがらみ)から逃げましたが無理と理解すると早々に頂点を目指したのです」

 

 何故だか分からないけど最初から宮廷魔術師としての能力が有ったのよ、でも自由を求めて冒険者生活を選んだと考えれば今迄の行動の理由が分かるわ。

 


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