古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第219話

 エムデン王国からの指名依頼、実際は宮廷魔術師への登用試験代わりだろう。

 ドラゴン種かコカトリスかバジリスク、強さで言えばドラゴン種が圧倒的だが、コカトリスとバジリスクは廃墟となった古代都市の地下迷宮を探索しなければならない。

 地下迷宮の罠や他のモンスターを倒しながら一人で探索するよりは、見通しの良い地上で戦った方が有利と判断した。

 実際に転生前もドラゴン種とは戦っているので、現在の実力でもアースドラゴン程度なら問題無く倒せると思う。

 ゴーレムルーク四体の同時攻撃も可能だし、山嵐やアイアンランスの大量投擲でも対処出来るだろう。

 デスバレーは奥に行くほど強い奴等が居るので境界線辺りならアースドラゴンかワイバーン、それに稀にアーマードラゴンが現れる。

 アースドラゴンは名前の通り地竜で巨大なトカゲだ、鋭い牙と爪と太く力強い尻尾、最大の武器は口から吐く高温のブレスだ。

 アーマードラゴンは鎧竜で皮膚が硬質化している、他はアースドラゴンと一緒。

 ワイバーンは大した脅威にはならない、飛ぶトカゲだ。

 最弱のアースドラゴンでさえ、レベル30以上の戦士が三十人は必要で無傷では倒せない、何故コイツ等がデスバレーから出て来ないかは謎だが調べるリスクが大き過ぎて誰も調査しないんだ。

 

 ドラゴン討伐を考えるのは終わりにして冒険者ギルド本部が断った依頼書を見てみる。

 

「前より酷くないみたいだぞ、オークの討伐に湖を占領しているグリーンアリゲーターの殲滅。オーガーの捕縛?この辺りから怪しくなって来たな……

ロック鳥の雛の捕獲、セイレーンの捕獲?セイレーンって海の妖魔だろ、自我が有る相手の捕縛って何だよ」

 

 見るのを止めた、転生前でも女性の妖魔や精霊を捕まえたいって馬鹿は多かった、捕まえられた彼女達の未来など碌でもないだろう。次は冒険者ギルド本部の厳選依頼だが……

 

「お待たせしました、書類が揃いました」

 

 クラークさんが戻って来たので見れなかった、先ずはドラゴン討伐を優先して欲しいと言われ紹介状も貰った。

 いよいよ自然発生型モンスターでは最強種のドラゴンとの戦いか、少しワクワクしている自分が分かるな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 冒険者ギルド本部で低級魔力石を買い漁る、真っ黒な石炭みたいな石だが魔力を込めれば黄色に輝く。

 のんびりと歩いて商業区から新貴族街、貴族街へと移動しデオドラ男爵の屋敷へ、何とか雨が降り出す前に到着した。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ご苦労様です」

 

 警備兵が特に改めもせずに門を開けてくれる、少し無用心ではないだろうか?

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「うん、ご苦労様」

 

 執事とメイドさん達が列になり出迎えてくれた、やはりお帰りなさいなのか……

 

「リーンハルト様、お部屋の方に御案内致します」

 

 見慣れたメイドさんが進み出て来た、アーシャ嬢付きのヒルデガードさんだ。

 

「ああ、ヒルデガードさん。部屋って僕の方だよね?」

 

「いえ、アーシャ様のお部屋で御座います」

 

「何でさ?」

 

 微笑んで先に歩き出したが後を付いて来いって事か?未婚の淑女の私室を訪ねるのは……来月旦那になるから良いのか?

 

「リーンハルト様」

 

「ん、何かな?」

 

 歩を止めずに小声で話し掛けて来た、立場上珍しいのだが何か有ったのか?

 

「忙しいのは分かります、ですが三日に一度は顔を見せるだけで構わないのでお願い致します」

 

「寂しい思いをさせたかな?」

 

 前は二週間くらい会わないのが普通だったけど側室に迎えるからには、もっと会いに来いって事か?

 

「努力はする、だが無理な場合は手紙を送るよ」

 

 デスバレーでのドラゴン討伐、最悪は一ヶ月単位での遠征になる、彼女を屋敷に迎えるのが延びるかもしれないな。

 どうやって説明しようか、急げって言われてるが未だバーナム伯爵の派閥加入歓迎会の件も有る。

 だが宮廷魔術師への推薦を急ぐ背景にはウルム王国との交渉が難航、アウレール王は戦争も辞さないと考えるべきだ。

 

 もっと力が居る、新貴族男爵では弱い、最低でも宮廷魔術師団員を目指さねば最前線で擦り潰される。

 

「アーシャ様、リーンハルト様が帰られました」

 

『はい、どうぞ』

 

 扉を開けた状態でお辞儀している、自分だけ入れって事か。気持ちを切り替える、今の気持ちは女性に会う時のモノじゃない。

 

「こんにちは、アーシャ様」

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

 笑顔で迎えてくれる彼女だが正装している、もしかして出掛けるのかな?近付いて来たので軽く抱き締める、背中に廻された手が中々離れないのは寂しい思いをさせてしまったのか?

 

「どうしましたか?寂しい思いをさせましたか?」

 

「いえ、そうでは有りません。そうでは無いのですが暫くこのままで……」

 

 顔を胸に押し付けて来たのでポンポンと背中を軽く叩く、まるで子供をあやすみたいだ。髪に鼻を付けて彼女の匂いを嗅ぐと仄に香水の匂いがする。

 五分程経っただろうか、漸く顔を上げてくれたが泣いてはいなかった。

 

「ヒルデガード、旦那様にお茶を用意して下さいな」

 

「はい、アーシャ様」

 

 どうやら昼食迄はアーシャ嬢と二人でお茶を飲みながら話をする流れみたいだ、午後にジゼル嬢と相談出来れば良いか。

 

 最近の彼女の出来事を聞きながら相槌を打つ、どうやら僕絡みでお茶会に呼ばれる事が多くなったみたいだ。

 控え目に、でも楽しそうに話す彼女を見ていると幸せな気持ちになって来るから不思議だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食には奥様方も一緒だった、デオドラ男爵は不在だったので問答無用で模擬戦にはならなかったが食後のお茶会が長かった。

 奥様方、特にアーシャ嬢の母上であるジェニファー嬢は何とか僕を他家の音楽会に誘いたくて色々とお願いしてきたが、宮廷魔術師への試練の話をして断った。

 実際に時間が惜しい、今は芸術関係に時間は割けない、後で幾らでも付き合うのでと断ったが少し後悔している。

 古代の曲しか知らないのだから何時かボロが出る、現代の曲を何曲か覚えないと駄目な状況に追い込まれたな。

 

 漸くジゼル嬢と相談出来る頃には夕方になっていた、恐ろしいのは女性の長話だ。

 

「リーンハルト様はお母様達にすっかり気に入られたわね」

 

「正直勘弁して欲しい、僕は音楽会は苦手なんだ。貴族として最低限の技術を身に付けたに過ぎない」

 

 脳筋一族に初めて文化的な趣味を持つ婿が来て嬉しいのは分かる、だが嗜む程度だし過去がバレる心配も有るんだ。

 紅茶ばかり飲んでいた為かワインが用意されたがお酒は不味いだろ?

 

「リーンハルト様は酒豪としても名を広めました、バーナム伯爵がお酒で負けを認めるのは本当に珍しいのですよ」

 

 派閥トップ三人に酒飲みで勝ったから酒好きと思われたのか?

 

「どうやらドワーフの秘酒『火竜酒』を飲んだ事により体質に変化が出たのかと……」

 

 本当は古代の水属性魔法で体内のアルコール成分を飛ばしたのだが、この魔法は現代に伝わってないみたいだ。

 

「そうですか、でも無理はしないで下さい。酔わなくても大量のお酒は身体に悪い影響を及ぼします」

 

「ええ、健康第一ですね」

 

 ワインを下げて貰い果汁水を貰った、柑橘系の味が身に染みる。ソファーに向かい合う様に座っていたが何故か隣に移動してきた。

 

「あの、何か?」

 

「アーシャ姉様にばかり構うと拗ねます、私も婚約者なのですから……」

 

 綺麗な笑顔だ、だが彼女は僕の胡散臭さが怖いと言っていた。

 

「えっと、これはジゼル様だから教えるんだけどさ。

宮廷魔術師への試練だけど実は内容が厳しいんだ、デスバレーに行ってドラゴン種を一人で狩って持ち帰って来る事。

危険だが誰にも分かり易い内容なのは、候補者五人を早く宮廷魔術師に迎えたい裏事情が有ると思うんだ」

 

「簡単に言いましたわね、ドラゴン種を一人で狩るって事はドラゴンスレイヤーになる事です!

リーンハルト様はドラゴン種を狩る事自体は問題にしていない、つまり自信が有るのですね?」

 

 普通は一人でドラゴン討伐出来るとか言わないよな、だが僕には自信が、確信が有る、だから怖いと思われる悪循環。

 両手を僕の胸に押し当ててきた彼女の肩を抱く、細かく震えているのは依頼内容か僕に対してか?

 

「デスバレーは広い、実際は境界線付近の荒野ならアースドラゴンか稀にアーマードラゴンだけ、そんなに強くないから大丈夫だよ」

 

「本当ですか?ドラゴンですよ、地上最強種なんですよ?もしリーンハルト様の身に何か有れば、私は……」

 

 アーシャ嬢は控え目な香水の匂いだったがジゼル嬢も同じだ、異母姉妹だから似てるのかな?

 

「ジゼル様、アースドラゴンなんて大型のトカゲです、僕は6m級の巨大ゴーレムルークを四体同時制御出来ますから大丈夫です。

平地での戦いには絶対の自信が有り単独行動のドラゴンに負ける要素は少ない、危なくなれば馬ゴーレムで逃げ切れる。

それに危険と思われる依頼を出して来た裏事情が気になりませんか?」

 

 地下迷宮と違い地上なら広い、大型ゴーレムルークならドラゴンにだって負けないさ。

 

「早く宮廷魔術師を増強したいとエムデン王国上層部は考えていると?

私はリーンハルト様を排除したがってる誰かの悪意に感じます、大切な候補者を危険な状況に追い込むのは愚策です」

 

 目立ち過ぎたので公爵二家から接触が有った、だから残り三家からの圧力?だが逆に都合が良いので利用させて貰えば良い、ドラゴンスレイヤーなら成果は絶大だから。

 

「それでも断れない、しかも直ぐに行けとも言われた。

僕を含めて宮廷魔術師への候補は六人、白炎のベリトリアさんにアンドレアル様の馬鹿息子のフレイナル殿、後の三人は知らないがそれぞれが同じ様な依頼を出されている筈だ。

僕とベリトリアさんは全く同じ条件だよ、他の連中も多分そうだ。ドラゴン討伐でデスバレーに行くか、コカトリスかバジリスクを狩りに古代都市の迷宮に潜るか……」

 

「狩った獲物の強さにより席次の順位が変動するかも知れないと?」

 

 黙って頷く、依頼内容には何匹狩っても提出は一匹だから一番大きい奴を出して他の候補者達と比較される筈だ。

 だからコカトリスやバジリスクでは弱い、僕はアースドラゴンとアーマードラゴンを狩ってレベルアップと資金を貯めて更に強敵を求める。

 誰からも文句が出ない成果を上げるつもりだ。

 

「ええ、誰からも文句の出ないドラゴンを狩ります。それと皆には内緒にして下さい、普通は止められる可能性が高いですよね?」

 

「それが後々リーンハルト様にとって不利になると考えが及んでも、危険な事はして欲しくないのが普通です、残念ですが私は普通ではないと言うのですね?」

 

 この笑顔に弱い、分かってて質問して来るから困るんだ。

 

「我が姫は軍師でも参謀でも協力者でも有ると僕は思っている、だから先の先まで読んでるよね?この依頼、僕にとっては不利でも何でもない、逆に僕の為に用意してくれた依頼だよ」

 

「トロールを瞬殺する大型ゴーレム、ドラゴンをも収納出来る空間創造のレアギフト。リーンハルト様の事を良く理解している、つまりこの依頼の影に居る人は……」

 

 言葉を止めて見詰め合う、この条件を出せる人は知り合いに一人しか居ない。

 

「「エムデン王国宮廷魔術師筆頭サリアリス様!」」

 

 ジゼル嬢も同じ考えだ、コカトリスやバジリスクはダミーだ、敢えて条件の中で一番難易度の高い依頼を選んだとなれば更に受けが良い。

 

「そうだ、宮廷魔術師筆頭のサリアリス様ならば加入条件を決められる。しかも何種類か選択の余地は有るがドラゴンを狩って来いとか普通は無理だ。

だが無理な条件をクリアーしたなら、誰からも文句は出ない。この依頼はサリアリス様が僕の為に用意してくれたと思う、だから最高の結果を出して期待に応えるよ」

 

「この魔法馬鹿はキラキラした目で何を言い出すかと思えば……本当にドラゴンを倒せる自信が有るのですね?ならば後の調整は私がします。

バーナム伯爵の歓迎会も半分武闘会になるでしょうから、ドラゴン討伐から帰って来た後の方が良いですわね」

 

 舞踏会じゃなくて武闘会?字が激しく違くないか?それにジゼル嬢の笑みが怖い、絶対心配させたんだから何か企むつもりだよね?

 


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