カール城は、華美とはいえないものの、歴史と気品を感じさせる佇まいだ。そして主であるフローラ女王の貫禄に、圧倒される。
というか威圧される。
「で、久しぶりに顔を出したと思ったら、破邪の洞窟の立ち入り許可が欲しい――と」
まあ、威圧感の原因は、アバン先生なのだけれども。
この世界の適齢期がどんなものだかは知らないけれど、いくらなんでもフローラ女王を待たせすぎている。魔王を倒し、エンディングロールで結婚式でもおかしくないのに、それから何年フラフラしているのだ。
「はい、弟子の特訓に丁度いいので」
「弟子、ねえ――」
フローラ女王の、怪訝そうな視線。当然だ。私は私がどのように見られているのか、よく分かる。家出娘がアバン先生の人の良さに付け込んで、厄介になっているとでも、思われているのだろう。
それを察したのかどうか知らないけれど、先生は、私の事を女王へ紹介し始めた。
「剣の腕も、魔法もまだまだですが、薬学の知識はなかなかのものです。ソウコ、あれを出してください」
「はい、先生」
促され、私はバックルに巻きつけた巾着を取り外す。カールへの道中精製した薬を、入れているのだ。
いくつかの薬包をテーブルの上に並べる。
「ソウコが作ったものです。ソウコ、フローラ女王に説明をしてください」
「はい――こちらの粉薬は、そのまま飲めば腹痛を抑えます。こちらは水で練り、幹部にに塗布すれば腰痛や打撲に効きます。それと――この薬剤は寝る前にひと匙飲めば、翌朝肌の張りが違います。これは手や指に塗ってください、保湿作用が高いので…侍女の方に試していただいてもよろしいでしょうか? 」
女王は一度逡巡した後、年配の侍女を呼んだ。私は侍女の右手の甲に、植物から抽出した保湿クリームを塗りこむ。
「出来れば、水仕事をする方に使っていただきたいのですけれど――、触れてみてください」
侍女は左手の指先で、クリームを塗った部分を恐る恐る触った。
「あらっ」
思わず感嘆の声。女王も、侍女の手をまじまじと見てから、触れる。
「毎日、乾燥を感じた時に塗っていただければ、効果は出ます。顔に塗るのは、朝晩の洗顔直後にお願いします」
流石に女王に利用してもらおうなんて大それたことは考えていない。多少なりとも不信感を拭ってもらえれば、それでよかった。謁見の目的は、ダンジョンの立ち入り許可をえることなのだし。
「分かりました――破邪の洞窟へ、ふたりで入る事を許可します」
「あ、洞窟に行くのはソウコだけです」
「――は!?」
確かに、私の修行なのだから、私ががんばるのは当然だ。だからと言って、こんな恐ろしげな場所にアサシンタガー一本で放り込むなんて、先生はなかなかのスパルタだ。
「アーウ」
「あー、あんたもいたね」
スカイの存在はありがたい。正直、魔法で攻撃されたら、防ぐすべはないのだから。
「じゃあ、行きますか」
今回与えられたミッションは、地下6階のレミラーマ習得と、地下8階に生えている植物の収集。
リレミトは一部の階層でしか利用できないということなので、多めに薬草は持った。ゲームと違い、デスリレミトも教会復活のサービスもないので、慎重に進まなければ。危険だと判断すれば躊躇なく撤退するつもりだ。
さて、はじめはスライム。数こそ多いものの、それぞれアサシンタガー一撃で撃退できた。スカイはあくびしながら付いてくる。宝箱からひのきの棒をゲットして、地下2階への階段を探す。
洞窟内は暗いが、レミーラが幻想的に周囲を照らした。私のいた世界でも、とうに忘れられたこの呪文が、再び日の目を浴びる日が来るとは。なぜか感慨深かった。
地下2階のモンスターは、一角ウサギやドラキー。トヘロスを使ってもいいのだが、せっかくだから腕慣らしをすることにした。
まず、ドラキーはスカイの威嚇でほぼ逃げ出した。残ったものもアサシンタガーで一撃。
一角ウサギには、せっかくだから旅の途中精製した毒薬を使用してみることに。アバン先生のアドバイスで、かなりエグい仕様になっている。
風向きを確認したうえで、薬包みを一角ウサギの群れに向かって投げつけた。
魔物たちは、こちらに向かって威嚇する。しかし体は思うように動かず。
「263、264、265――」
5分足らずで寝息が聞こえ始める。
これぞソウコ特製、しびれ眠り薬。まず、皮膚から即効性のしびれ薬を吸収する。動こうとすればするほど、肌表面の感覚が麻痺し、徐々に筋肉が弛緩していくのだ。そこに作用する、2段構えの睡眠薬。呼吸器官から吸収され、しびれ薬で意識が朦朧としているので効果は抜群だろう。
こちらの誤吸を防ぐために、粉末自体に紫の着色を施した。空気と混ざり、粉末が拡散されたのを確認してから、一角ウサギの持ち物を探ると、皮の帽子が出て来た。
グレーの、キャスケット風のそれを、遠慮なく装備する。
「効果はそこそこだけど、集団戦で利用すると、仲間にも被害が及びそう」
何か、対策はないだろうか。戻ったらアバンに相談してみよう。例えば、フバーハのような呪文で防御できないだろうか。
宝箱で棍棒をゲットした後、既に取得している地下2階のインパスも、1階のリレミト同様に無視して、地下3階へ向かった。