世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、アバンに弟子入りする 1

「スカイ、絶対に魔法力を奪っちゃ駄目だからね」

全神経を、頭の奥に集中させる。

イメージ、イメージ。指先に、血液を集めるようなイメージ。それはやがて、小さな火の玉となって――「メラ」

 

……火の玉に、ならなかった。

 

「どうも攻撃魔法は向いていないようですね」

アバン先生、お人好し過ぎる。攻撃魔法も、です。攻撃魔法も。

リンガイアまで1日掛けて戻り、商人にお金を渡すことで依頼を終えると、先生は私を書店に連れて行ってくれた。

そこで、この世界の植物辞典を購入すると、その日は宿に戻った。

あの夜の事を考えると、未だにいたたまれない。

 

案内されたのはツインで部屋。宿には大浴場があった。水浴びはしていたけれども、お湯に浸かるのは久しぶりで、思わずのんびりと、入浴時間を満喫してしまう。

部屋に戻ると、先生は既に寛いでいた。椅子に腰掛け、お茶を飲みながら先ほど購入した辞典をめくっている。

「ソウコ、このあたりに生えているというこのハーブですが……」

私は先生の隣に屈み、そのページを覗き込む。

煎じて飲めば、安眠効果があるという。成分を上手く抽出できれば、強い睡眠薬が作れそうだ。

辞典といっても、掲載されているのはリンガイア周辺の植物が殆どのようで。ただ、調理や呪術、医療への使用方法が細かく記載されている。

「――と組み合わせれば、更に効果が」

ページを眺めながら、私の手は先生の膝へ。

だって、誰だってそう考える。料金表の記載によれば、ツイン1晩10G、シングル6G。懐に余裕はある。ほかの宿泊客は、数組程度。

それなのに、宿主はなにを確認することも無く私たちをこの部屋に通した。先生は何も言わない。だから私も、何も聞かなかった。

そして手を離し、服を脱いで――先生は困った顔をした。

それで、私は間違えに気付く。

促され、服を着た私に、先生は説明してくれた。

この世界では、パーティー全員がひとつの部屋に宿泊することは当たり前。男女問わず。それは、急時に対応するためだったり、冒険の準備のためだったりと、様々な便宜の為なのだが、えてして不埒な理由ではないということ。

つまり、私はこの勇者相手に、下衆な勘繰りをしてしまったのだ。

いわれて見れば、例えば睡眠中に襲われたり、別次元に飛ばされることもあるかもしれない。解毒や解呪、装備の確認や、ダンジョン攻略の作戦など、一部屋のほうが都合のよいことは多々ある。

その夜私は、申し訳ない気持ちになりながら眠りに付いた。

 

さて、ルーラを会得している先生が、カールまでの移動に徒歩を利用したのは、道中の植物収集と、私の修行を兼ねてだった。

もちろん、随分な距離なので、途中キャブや船は利用したが、今までの生活では考えられないくらい歩いた。

途中、短剣の修行と呪文の特訓を行った。短剣は何とか形になったが、魔法のほうは酷かった。

「ソウコは魔法が向いていないようですね」

全く使えないわけではない。例えばトヘロスのような、今イチぱっとしない呪文は取得できた。

ただ、攻撃呪文や回復呪文はいくらやっても形にならず。

「あの、先生……私ってなにになるんですか? 」

「なににというと? 」

「魔法使いとか、戦士とか…職業、って言うんですか? 」

魔法使いはまず有り得ない。こんなに魔法を覚えない魔法使いもいないだろう。僧侶も違う。武道家でもない。短剣は扱えるけれど、それ以外の武器はからっきしなので、戦士も違う。

「すばやさは結構あると思うんです。攻撃呪文も回復呪文も才能ないけれど、インパスとか、トラマナとか、地味だけど探索には丁度いい呪文なら少しは身につきました――でも、これってまるで…」

 

盗賊――だ。

 

「ま……まあ、余り深く考えないように。僕の知っている、戦士の父と僧侶の母に生まれた少女は、回復呪文も使えるし、戦士のように戦えるので――目安として、そういう言葉はあるけれど、肝心なのはあなたになにができるかですよ」

いい感じの事を言ってくれたけれど、インパスで世界が救えるとは思えない。落ち込んでいると、その背中に先生がスカイと名付けたキャットバットが乗っかってきた。

「あんたも、人からマジックパワーを奪うのはいいけど、呪文一個も使えないとか、なんなんだろうね」

「アーウ」

「あうじゃないでしょう」

 

才能はないと分かっていても、呪文の会得をサボるわけには行かなかった。

もちろん、この後先生は世界最高峰の魔法使い、もとい、大魔道士を弟子にすることになる。彼の前では、私の呪文など霞んでしまうだろう。

だけど、私にしか出来ないこともあるのだ。

 

補助呪文。

 

攻撃呪文や回復呪文は難しくても、補助呪文を覚えれば、戦闘に貢献できる。そう考えた私は、スカラやルカニと言った戦闘時の補助呪文はもちろん、リレミトのような移動呪文を特に熱心に学んだ。

幸い、先生もそちらのほうが詳しかった。もともと学者の家系に生まれた先生だ。それに、モンスターが殆どいなくなった今、攻撃呪文より補助呪文のほうが旅には欠かせない。

それから、私の使命にどうしても必要不可欠な、ルーラ。

カール到着までの道程で、それらの呪文を身に付けるため、この世界一の家庭教師に私は必死に食らいついた。


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