ネロ、織田信長、ヒトラー、ポル・ポト、カルト集団。
政治や、国、思想、宗教、組織による大量殺人の例は枚挙にいとまないが、一個人が殺した人数は、多分私が最多。
「つまりあなたは別の世界の人間だということですか? 神の啓示で、この世界に1月ほど前連れてこられたと」
「その通りです」
信じられない話だけれど、この世界で一番信じてくれるであろうこの人は、私の話をちゃんと聞いてくれた。
「ふーむ」
話したのは、この世界に来たいきさつだけ。なぜ私が選ばれたのか、前の世界で私がどんな人間だったのかは、黙秘していた。多分話したら、いくらアバンでも――私を軽蔑するだろう。
「にわかに信じがたいですが――いくらなんでもそんなに突拍子も無い嘘をつくとは考えられませんね」
まあそうだ。勇者アバンの首を狙っているのであれば、自分の武力を誇示するようなことはしない。金が目当てならばカンダタの財産を持ってとっくに逃げている。あとは、アバンと個人的にお近づきになりたい場合――それならば正面切って弟子入り志願の土下座をすればいいだけの話である。
「分かりました。それでは、旅に同行してもらいましょう――ただし」
おお、アップで見ると、更に若い。童顔なんですね。
「私の旅は過酷です。多分あなたが想像している以上に――薬の知識は素晴らしいですが、もう少し体を鍛えなければ付いて来れません。したがって――あなたには旅の途中、私の稽古を受けてもらいます」
それはつまり。
「弟子にしてくれるということでしょうか? 」
「はい。見たところ、多少は剣を扱えるようですが…しかし生兵法は怪我の元。そして私の指導は厳しいですよ!!」
願ったりだ。
レベルアップは課題だった。ここ1月、自己流で短剣を振り回してはいたものの、どうにも限界がある。
「よろしくお願いします!!」
「こちらこそ――それでは」
アバンは、私に向かって腰を落とした。
「自己紹介が遅れました。私の名は、アバン・デ・ジュニアール三世。カール出身の学者で、元勇者です」
「別の世界から来た、毒に詳しい女です。前の世界は、ソウコと呼ばれていました」
キャットバットがニャーと鳴く。君も一緒に来るの。それならば。
「アバン様、どうかこの子にも名前を」
アバンは私の名を一度呼んだ。
私の世界では、以後生まれてくる子供に誰もつけないであろう名前を。
藤原草子――世紀の大毒婦。世界最悪の妓の名を、世界を救った勇者が、優しく呼ぶ。
涙が出そうになった。
まだ、話していないことはあった。
これが私の知る、あの漫画の世界であるのならば、私が出会うべき『勇者』は、アバンではないことを。
誰も知らない島で、モンスターと共に育ったあの少年こそ、出会うべく勇者だということを。
主人公の名前は、藤原薬子からいただきました。
同名の方は大変申し訳ございません。