世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大いに語る 1

レオナ姫は賢者と医師のプライドを賭けた治療により、すっかり回復したらしい。

パプニカ王家の人たちは、神殿跡にて勝どきを上げ、ささやかな宴を開いてくれた。

兵士たちの表情は、戦いに勝利したこと、無事姫を奪還したことで、みな一様に晴れやかだった。久方ぶりの安息は、彼らを浅く酔わせ、歌わせ、躍らせる。正しく勝利の宴。王が亡くなって間もないというのに――。

私はというと『戦場における回復呪文の是非について』をテーマにした大論争に、なぜか巻き込まれていた。

「おいおい、あんたたち戦場を知っているのか? 怪我した兵士に2,3人の僧侶が片っ端からホイミをかけて、後は頼んだとこっちに寄越す。怪我の程度も、症状もろくに見ないで…。折れた肋骨の破片が散らばったまま痛みと腫れだけ治されて、内臓はずたずたなのに傷口だけ無理矢理塞がれて――オレ達医者は、症状で状態を判断しているんだ。痛みも無い、表面上は何も問題なし…それじゃあどんな名医だって診断を誤っちまう。痛みと出血がなくなれば、兵士はまた戦場へ繰り出される。気がついたら末端から壊死して、もう二度と使い物にならない――それがオレ達現場の現実だ」

「ならホイミを使うなと? あなたこそ戦闘の現場を知っているの!?一秒でも長く立ち続け、目の前の戦闘に勝利するためならあとの事はどうだっていい――それが兵の、そして兵と共に第一線で戦う賢者の役目よ!!もう一撃、最後の一撃で倒せる敵が目の前にいる――その一撃のために最高速度で治癒する方法が回復呪文なのよ!!」

「ほう、それは結構な心持ちで……つまり、あんたがたにとっちゃ兵なんて使い捨てなんだろう。次々に第一線に追いやって、場当たり的な回復呪文で死ぬまで戦わせて…動けなくなったらサヨナラ。冗談じゃねえ! オレらは人を生かすために…!!戦いのあとも生き続けてもらうためにこの仕事をしているんだ!!なのに…なのにあんたたちは結局、効果的に…より効率的に死んでもらうために回復呪文を使う……そうだろ!?回復呪文なんて結局、死んでいく兵を少しだけ長持ちさせるために、死なせるために掛けているんだ…なあ、そう思うだろ、ソウコちゃん!?」

いや、私に回復呪文の話を振られても…。

ていうかウチのスペシャリストはマァムだ。世界でも稀な回復呪文を効率的に使った防御、そして攻撃の名手。なにせあの禁断の武術、閃華裂光拳の使い手なのだから。

あの子なら、回復呪文の裏の裏まで承知しているだろう。だけど、医者と賢者の権威争奪戦の席にあの子を呼び寄せるわけにはいかない。こんな議論とは名ばかりの、酔っ払いの口喧嘩の場にマァムを連れてくるなんて。

「…わが師アバンは」

私の言葉に、エキサイトしていた場がしんと鎮まる。さすがアバン先生の御高名は、酔っ払い相手でも相当の効果があるようで。

「わが師アバンは所謂天才で。一人であらゆる分野…武術から学術、占星術、アイテム、補助呪文から攻撃呪文――そして回復呪文に至るまで、あらゆる分野に一人で精通する、正しく天才」

そう、アバン先生はいうなればドラクエⅥの勇者なのだ。総ての基本職と、4つの上級職をマスターした、あらゆる分野のスペシャリスト。uomo universale――万能の人。

「師アバンであれば、恐らく、仲間がどんな症状になったとしても、最も適切な方法で処置をするはず。だってあの人は恐ろしいくらい天才で、呆れるほどの知識を持った、地上一の切れ者なんだから――」

静かに、周囲を見回す。同席者はアスクラスから連れてきた元軍医、エイミさん、それから4人の賢者――元軍医凄い!!これだけの人数差にも関わらず、舌戦では負けていなかったのだから。

そして、少し離れたところでダイ、ポップ、マァムがマトリフ様と何か話している。マトリフ様と目が合った――ていうかお前こっち来いよ! 助けろよ!!面白がって聞き耳立ててないでさ。

そこから少し離れた場所にヒュンケルが…ひとりで暇そうにしている事を口実に、この席から抜け出したいな。無理だな。

「――アバン先生と同じ能力を持った人間を、もう1人育てるのは多分無理…アバン先生にすら。だってあの人は特別だから。本人もそれを承知している。だから5人育てたんだと思う。私たち――所謂アバンの使徒を。1人じゃアバン先生になるのは難しいけれど、5人で力を合わせれば…1人1人の得意分野がそれぞれアバン先生を超越していれば、私たちはアバン先生の5倍強くなれる――多分、それがアバン先生の次世代に託した願いだと思う」

この間会ったとき、そんな話しをした。アバン先生は特に肯定も否定もしなかったけれど。でも、だから私はそれでいいと解釈する。師の教えをどのように捉え、どう活かすかは、弟子が判断することであって、師が強制するようなものではないのだから。

同席者は先ほどとは打って変わり、一言も口を挟まなかった。さすがアバン先生の話題。

「それは私たち5人に限ったことじゃなくて――もっとマクロ単位で再現出来れば…もっと、ずっと凄いことが出来ると思うんだ。例えば、現にベンガーナ周辺では、住民それぞれの技術や特技、各町ごとの特色を活かした自警団チームを編成している。幸いなことに軍団長レベルと対戦した経験は無いけれども…駆け出しの魔法使いや僧侶でも使えるような簡単な呪文や毒薬で足止めしたところを、数人の兵士が止めを刺す。怪我人が出たら迅速に医療班が出向けるし、それを可能とするために素早く連絡を取れるようなシステムを作り上げている。特に力を入れているのが住民の避難だね。避難経路、避難場所をひとりひとりの頭に徹底的に叩き込んで、いつ何時魔王軍が襲ってきても直ちに安全の確保、確認が出来るように何度も訓練しているよ。ほら、せっかく安全な場所に避難しても、身内が心配で家に戻ったところを襲われるなんてこと、よくあるでしょう? そういう二次被害を防ぐ意味ためにも、避難後の連携は必須。あと、倒壊した建物の下敷きになったり、火事に巻き込まれたり――それって、ちょっとしたことで防げるんだ。建築の専門家にどの建物が安全か見定めてもらった上で、凄く背が高い人を目印にしてその人のところに集まるようにしたり、特別声の大きな人に指示させたり。今、ベンガーナ周辺の町ではそれをやっているところ。そりゃ、彼らには魔王軍と戦う力なんて無い。私はアバンの使徒の中では最弱だけれど、そんな私から見ても問題にならないくらい弱いよ、みんな。でも、思うんだ。魔王軍の狙いが、人類の滅亡だとして――もし毎年1万人ずつ殺して行ったとするでしょう? だけど、毎年2万人ずつ子供が生まれたら――人間は減らない。いつまで経っても。それって、永久に魔王軍は勝利しないってことだよね? つまり私たちの勝ってこと。そのためには、1万人ずつ増加する人口をカバーするための食料が必要。作物を効率的に育てるためには、知恵や学問が。…もっともっと、作物も品種改良できると思うんだ。たくさんの農家の人たちが集まれば、そういう知恵が生まれると思う、それを体系化すれば学問になる。そして、10年後…100年後かもしれない、美味しいご飯食べて、強く育った私たちの子孫が、大魔王を倒す方法を見つけるかもしれない――それが私の考える『力』だよ。………あ、ごめん、何か話飛んじゃったね。なんだっけ? 回復呪文? ごめん、よく分かんないんだその辺」

 

 

 

気がついたら、辺りはしんと静まり返っていて。多くの視線を感じる――多分気のせい、だと思いたい。

 

パチパチパチ――。

 

沈黙を破ったのは、軽やかな拍手。

「これはこれは、王女様――お見えになっていたとは気付かずご無礼を――どうかご容赦下さいませ」

慇懃に頭を下げる。

「ふふっ、アスクラスじゃかなり高度な議論が連日交わされているって…噂では聞いていたけれど、ふーん、こんな感じなんだ……久しぶりねソウコ。あなたが呪を解除してくれたんですってね」

「みんながお膳立てしてくれたお陰ですよ――それよりも、お顔色が戻られたようで何よりです、レオナ姫」

「ありがとう。だけどダイくんったら、私が大王イカみたいだったなんていうのよ…もう、信じられない! そう思うでしょう? 」

「きっと、久しぶりにゆっくりお会いできて、照れているんです。ダイってばずっと姫の話ばっかりだったので」

私の言葉に不思議そうな顔をするダイ。その隣にはポップとマァムとヒュンケルが。私も、グラスを持って3人の側へ寄った。上機嫌の姫から労いの言葉を頂くために。

「アバン先生に勇者の家庭教師をお願いした亡き父の目に狂いはなかった…ところでダイ君…」

姫がヒュンケルに視線をやる。まあ、立ち位置からしてアバンの使徒だと思うのも当然だろう。それにいかにも強そうだし。

そして、姫が名を問うと、ヒュンケルはバカ正直に。

「魔王軍不死騎団長ヒュンケル!!」

なんて答えたお陰で、その場は凍りついた。

ダイとマァムはヒュンケルを庇うように立塞がり、弁明を述べていた。ポップは私の顔をチラチラ見ている。

「恐れ入りますレオ――」

「たとえどんな償いをしようとも、このオレが不死騎団によってこの国を滅ぼしたという事実は拭いようが無い。その罰だけはうけねばならん――」

いや、違う――だけど、ヒュンケルの裁きを願う言葉に、口を挟むことなんて出来ず。

その場にいた人たち全員、王女レオナの言葉に心を打たれた。そして彼女の英断に、パプニカはおろか世界全体の未来を見出し、彼女に陶酔していく。

こんな子がいるなんて――人の上に立ち、人を正しく導くために生まれてきたようなレオナ姫の姿は、見ていられないほど眩しかった。

 

 

 

「ポップ、これから武器の購入とかで入用になると思うから、念のためお金預けておくね――」

「あ、サンキュ――って重!!幾ら入っているんだよこれ!?」

「5万くらい」

「ご…っ5万G!?」

漫画どおりなら、この後デパートに行くはずだ。確かレオナ姫の装備品を売ったお金でダイの防具を買うはずだけれども、そもそも姫の持ち物はパプニカの公費で購入したもの。姉弟子の私が自活しているのに、パプニカからそこまで面倒を見てもらうわけにはいかない。

「へー、ソウコってお金持ちなんだね」

「うん、薬のレシピを売ったり、ダンジョンで手に入った武器を売ってそれなりに稼いでいるから…また必要なら工面できるよ。ただ、無駄遣いしちゃ駄目だからね」

新薬のライセンス料の他に、魔王軍が攻めてきてからは、マホカトールがいいお金になった。もちろん、教会や庁舎をはじめ公共の避難所には無料で施しているけれども、どうしても個人の敷地を守って欲しいという要望がいくつかある。そういう依頼に関しては、かなり足元を見た金額を提示させて頂いている。

「ソウコはお金持ちだし、頼めば何でもしてくれるのに、ポップが好きなのはソウコじゃなくてマァムなんだね――やっぱりマァムのほうが胸が大きいから? 」

「ばっ、何言ってるんだダイ! 誰があんな怪力女のこと!!」

ヒュンケルと話をしているマァムを気にしながら、ポップはダイに掴み掛かった。

私はというと、ダイの言葉に衝撃を受けていた。純粋無垢な子供だと思っていたのに、見ているところはちゃんと見ているんだね…。

「イテテ…だってマァムとソウコじゃ全然態度違うし――それってマァムのこと……いたっ!!」

「ソウコ、違うからな!!ていうか、マァムとソウコで態度が違うのは――ソウコがなんか親戚のおばちゃんみたいだからだっつーの!!」

「……」

まあ、そうなんだけれど。

10代の子から見たら、ハタチ以上はみんなおっさんおばさん。それは分かる。私だって大学1年性の頃は、院生をおじさんとしか認識していなかったし。喋り方や素振りや服の着こなしがいかにもオヤジ臭くて、陰で数少ない女子学生と話の種にしていたものだ。

ただ、驚いている。

今の私はどう見ても10代だ。年齢こそマァムより上だけれど、発育では負けている。多分追い越すことは無理だろう。

この世界に来て2年。周りの人たちからは10代の女の子として扱われていたし、マァムやレオナ姫と接していた時も、特に何も言われなかった。マトリフ様には年齢詐称疑惑を持たれていたけれども、あの人はまあ特別。

つまり、私は10代の女の子としてそれなりに振舞ってきたつもりだ。にもかかわらず、ポップには見抜かれていたということか。私が10代らしくないということを。

どこがだ!?どの辺が――詳しく聞きたかったけれど、そんなことを聞いたら墓穴を掘りそうだ。とにかく、ダイを救出しよう。幾らポップが貧弱な魔法使いとはいえ、大きい子が小さい子をポカポカ叩くのはよくない。

「ほら、そんな意地悪しないの――自分より年下の子を一方的に叩くなんて。ダイもポップのことをからかっちゃ駄目でしょう? それより、ご飯はちゃんと食べた? まだならあっちでもらってきなよ。お肉だけじゃなくて野菜もね。ああ、やっぱり私がもらってくる。ふたりに任していたら、自分の好きなものしかもって来ないでしょう? ほら、手を洗ってきて――」

言い終わる前に、ふたりに大笑いされた。――この年頃の男の子は、よく分からない。

 

 

 

「ソウコさん、少々よろしいでしょうか? 」

ダイとポップにお皿を手渡したところで、スカイを肩に乗せたアポロさんに呼び出された。

「え、うん。ごめんね、スカイがすっかり懐いちゃったみたいで…うわっ、マント毛だらけ」

「いえいえ…それよりレオナ姫が少々お話したいと」

姫は何人かの兵に囲まれていた。私が赴くと彼らの和から外れ、少し離れた場所に連れていかれる。

松明と月明かりの下、ギリシャ風の衣装を身に纏ったレオナ姫は、本当に美しい少女だった。

炎の仄めきに金色の髪を揺らしながら、躊躇いがちに小さく唇を開く。

「あれでよかったと思う――? 」

「…個人的には、ありがたいです。ヒュンケルは私たちにとってなくてはならない存在なので。ありがとうございます、ヒュンケルに生きろと言ってくれて」

私なら、絶対に出来ない。死を望む人に生を与えるなんて。

現にそうやって来た。

2000人もの死を望む人たち――理由は様々で。夢に敗れたり、愛が壊れたり、経済的な理由だったり、健康の問題や、人生への不安――たくさんの死を願う人たちに、エデンを与えてきた。

そしてそれは間違えで、だから死刑になったのだ。

今なら分かる。だってこの少女が、ヒュンケルに生きろと言った。だから正しい。

「でも、死んでしまった人たちを思うと――私の判断は、彼を恨む生き残った民の気持ちをないがしろにしている。そう思われても仕方が無いわ…」

確かに、ヒュンケルの所業は、パプニカを滅ぼし多くの命を奪ったという事実は、パプニカの人たちにとって永遠に許せないことだ。生き残った人たちの気持ちは、永遠に慰められない。たとえこの国が復興し、新しい生命が誕生して、以前よりも繁栄したとしても。

そんな彼らが少しでも癒されるとしたら、ヒュンケルへの罰を目の当たりにしたとき。

姫がヒュンケルにとって与えた罰は、或いはヒュンケルにとって最も辛いものだろう。だけど、それは生き残った人たちを納得させるものではない。贖罪もなく生き続けることの辛さなんて、誰も想像しないのだから。

彼らが苦しいと想像するような罰を与えること――それが、残った人たちを納得させる一番の方法なのだ。そしてそれに、ヒュンケルも救われる。

レオナ姫の決断は、ヒュンケルに課した罰は、誰をも苦しめるものだろう。

だけど、彼女は正しい。

「いいと思います。たとえ魔王軍の侵略がなかったとしても、パプニカは滅びていただろうし――」




久しぶりの更新です。
ご無沙汰しており申し訳ございません。
活動報告にも書きましたが、今後も様子を見ながらの更新になりそうな感じです。

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