いやに懐かれた。
強いと思っていた主人を倒したからだろうか。キャットバットは、羽こそ生えているけれども、見た目もサイズも仕草も猫そのものだ。水色の毛並みの撫で心地もなかなかである。
「お前、なんて名前? 」
「アーウ」
「あうじゃわかりません」
起きたら疲れは回復していた。さすが10代。それとも、ドラクエのシステムによるものか。
洞窟から離れた場所に遺体を運び、穴を掘って埋める。
それから、食事代わりに薬草を飲み込むと、洞窟内の探索を始めた。
「こんなものか」
現金200000G、毒消し草、ヘヤーバンド、それからアサシンタガーと、盗賊の鍵が見つかった。部下が随分マメだったようで、水と食料の保存状態もよく、私一人ならば2月くらいは引きこもることができるだろう。
そう、私には待たなければならない人がいた。
「というわけで、気に入らないんならあんたが出て行ってよ」
キャットバットは、私の言葉など興味なさそうな素振りで、膝の上に乗ったまま眠りについた。
やることといえば、周辺の散策くらいだ。洞窟内には、いくつかの書籍があり、その中の一冊、植物図鑑を手に、私は山の薬草や香草を採取しては、加工していた。薬草や毒消し草であれば商品になるレベルだと思う。町で売れば、多少の金にはなるかもしれない。が、これだけの現金を前に、ちまちま稼ぐのもなんだと思ってしまう。
識字に関してだが、日本語とは文法も文字も異なっているのに、なぜか問題なく読めた。生憎、私の知識では以前いた世界のどこの言葉に近いか判断できないが、間違いなく今まで触れたことのない言語だった。
まあ、そんなものなのかもしれない。
気まぐれに本を読んだり――といっても大方はポルノだが――アサシンタガーを振ったりして、一日を過ごす。
タガーは私の手に馴染んだ。剣の基礎があるわけでもない私には、短剣のほうが使いやすいのだろう。すばやさが急激に上がったので、隙を付いて懐にもぐりこむという戦い方が合っているのかもしれない。
何より――植物図鑑を眺めた。もっと強力で、即効性のある毒薬が作れれば、相手を麻痺させ、簡単に倒せる。
カンダタ一味に使ったものよりも、もっと強い毒が作れれば。
その男は、私が洞窟を占領してから28日目に現れた。
「あれ…間違えたのでしょうか」
私は、私が待っていたのがその男だと、ひと目でわかった。
大きな眼鏡に、特徴的な巻き髪。いかにもお人好し名顔立ちに反し、隙のない所作。何よりも、濁りのない瞳。
「間違えていませんよ、勇者アバン様」
定食屋の隣に座った男の言葉。
「勇者アバン様が来て、山賊一味を懲らしめてくれないかな」
この世界でそれは、勇者アバンがやってくるという意味だ。
アバンは私をじっと見た。カンダタとは違う視線。これまで、こんな目で誰かに見られたことはない。
キャットバットは、不思議そうに私とアバンを交互に見ると、お気に入りの場所に丸まって目を閉じた。
「ということは、あなたが盗賊ですか?……リンガイアの商人に盗賊退治を依頼されたのですけれど」
「案内します」
私はアバンを、洞窟から少し離れた湿地帯に連れてきた。土には未だ掘り起こされた形跡が残っていた。
「盗賊たちはこの下にいます」
念のため、分解を促進させる粉薬や、匂いを抑えるハーブも一緒に。だけど、歴戦のこの男は、この下に何が埋っているのか理解しただろう。
「あなたが、1人で」
「……アバン様、お茶でもいかがでしょうか」
再び、洞窟へ。
暇にかまけてハーブティの研究をした結果が、まさに今試されるのだ。
爽快感、甘味、苦味、酸味、深み――いくつもの匂いが複雑に絡み合う。もちろん味も、苦さと甘さの程よいバランスを保っている。
「仲間になりたいと、油断させて、食事と酒に毒を仕込みました」
匂いを楽しんでいたアバンの、カップを唇に寄せ掛けた手が止まる。
「酒と肉に。まず、酒には酔いを促進させるものを」
カップをじっと見ている。アバンは、意外と若い。
「そして肉には、調理に使用したハーブに、呼吸困難で死にいたる毒薬を」
テーブルにカップを置く。持ち手には指を掛けたまま。
「どちらも、自生している植物から抽出できるものです。何気ないものでも、組み合わせと分量で、そのような効果が生まれます」
濁り無い目がこちらをじっと見る。この目には、慣れないだろう。ずっと。
「酔いが、体の不調に気付かず、気付いた時には酸素不足による体機能の低下で、身動きが取れなくなります。それから呼吸器が詰まり、そのまま死にいたるのです。薬が効きづらくても、体の自由さえ封じれば、なんとでもなります」
20人のカンダタ一味のうち、毒死は6人。嘔吐物による窒息が8人。後は皆、銅の剣で絶命した。
いや、私が殺した。
「お茶、やめておきますか? 」
私はアバンを見た。直視できないことを笑顔でごまかして。
アバンは、なおもまっすぐ私を見ると、再びの笑顔で――茶を煽り。
「素晴らしく美味しい」
キャットバットは寝息を立てていた。
アバンの言葉に、私は私のこれからの運命を自覚する。
200000Gは没収された。被害者たちに返すのだそうだ。
おそらく、依頼は盗賊一味の殲滅であって、被害物資の奪還ではない。その辺はゲームの主人公にも無い潔癖さだ。
「あなたには、これを」
手渡されたのは、3000G入った袋。今回の礼金らしい。カンダタ一味を倒したのは私なので、私が貰うのが筋だと。
馬鹿正直すぎる。というか200000Gが3000Gになって納得すると思うのか。というか3000Gは少なすぎね? とか、色々思うことはあったが、とりあえず金は固辞した。
「でも、そういうわけには」
「問題ありません。だって私、これからアバン様と一緒に行動をするので」
「え? 」
「私、勇者に出会うために、カンダタを倒したんですよ」
全ては神の御心のままに。
そう、神は私にこう告げたのだ。
勇者を、1人にするなと。