世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、勇者に出会う 4

亡霊がいかずちの杖を振りかざした。

「ベギラマが来る――避けて!!」

マァムと私は素早く回避したが、ダイは間に合わなかったようで。

「ソウコ、引き付けて! 」

「了解」

二人から離れた壁際まで回りこみ、ナイフを投げる。こちらに意識が向いたところで、壁を蹴り、シャンデリアに飛び乗ると、亡霊は一旦完全に姿を消し。

「呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪」

背後に気配。シャンデリアを下り、派手にチェストを壊す。

「呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!! 」

「マァム、ダイの様子は!?」

「傷は浅いわ――ダイ、大丈夫!?」

「うん…だけど……駄目だ、出来ない――さっき見せてもらった空裂斬を何度も思い出すんだけど――何かが足りないんだ」

その言葉を受け、マァムがこちらに目配せをした。頷き、再びジャンプ――今度はマァムとタイミングを合わせて。

「はああああああああああああ!!」

柱を砕く正拳突き。亡霊がそっちに気を取られている間に、気配を消してダイに駆け寄る。上手くポジションチェンジできた。

「ダイ…これはあんまり言いたくなかったんだけど――聞いてくれる? あの亡霊の話を」

「亡霊の? 」

ダイの復唱に対して頷き、マァムの様子を伺いながら、生前の亡霊の話をする。

「今から400年位前――ここギルドメイン大陸一帯は王家が代々統治していたの。当時の王には二人の側近がいた。ひとりは代々王家に仕え、大きな権力と影響力を持っていた左大臣。もう1人は右大臣。身分の低い貴族の生まれだった右大臣は、子供の頃からとても勉強が出来て、みるみる出世し、やがて王に次ぐ地位を手に入れた。それを目障りに思った左大臣は、王に「右大臣が王の悪口を言っていた」と嘘をついたの。左大臣の言葉を信じた王は、右大臣を首にして、この孤島へ島流しに…失意の中で死んだ右大臣が、あの亡霊の正体」

「…そんな、酷い」

「本当だよ。現に今日、そういう話を耳にしなかった? 」

ダイははっとした顔で。その脳裏には、多分マトリフ様の顔が浮かんでいることだろう。パプニカに仕えた時、才能を恐れた側近たちに嫌がらせをされた…みたいな愚痴を吐いていたのだ。

「ダイ、あの亡霊――いや、右大臣は本当はとても勉強家で、王に忠実で、いつも民の事を考える素晴らしい政治家だったの。この城に飛ばされてからも自然を愛し、花を愛して。だけど、深い孤独が少しずつ右大臣の心を蝕んた。やがて寂しい死を迎えると、やり場の無い怒りや嘆き、苦しみがあんな――」

 

「ふたりとも、ベギラマよ!!」

 

振り返れば、杖の先から灼熱の光がこちらに向かって――避ける…駄目だ、私は間に合うけどダイが――。

 

「――!!!!」

 

ふたり分のベギラマが、ダイをかばった私の背中に直撃した。

 

 

 

「そ…ソウコ…ソウコ!!」

めちゃくちゃ痛い。なに? 火傷? 裂傷?

腕の中のダイの様子を確認する。良かった、ダメージは無い。

「ソウコ!!」

「マァム、大丈夫だから…このまま引き付けて!!」

「で…でも…」

「大丈夫!!私には魔弾銃がある――何を最優先するべきか、分かっているよね!?」

マァムは唇を噛んでから、再び亡霊に向き合う。

ここに来たのはダイに空裂斬を教えるため。マァムはダイのフォローに徹すればいい。私のことは、自分で何とかする。

「ひぎっ!!」

とりあえず、私の顔を情けない顔で覗き込んでくる勇者のほっぺたを抓ってみた。こんなこと、これから何度でも起こるんだから、いちいち心配するな! ――と喝を入れるために。

「ダイ、空裂斬なら――ダイの空裂斬なら右大臣を救えるかもしれない。空裂斬は、悪しき心を切り裂く正義の技。右大臣を取り巻く負の感情を破り、どうか、右大臣の魂を救ってあげ――」

「ソウコ――!!」

小さなぞわが大量発生。

「うわっ…マジで言ってんの? 」

20匹近いゴーストが、部屋中に現れた。

今までマァムへの恐怖で息を潜めていたのが、私たちの劣勢に乗じて集まってきたのだろう。

「っ、マァム、チビゴーストは私に――」

任せてと言いかけたところで、半透明のゴースト5匹が、マァムの拳の衝撃波で消滅した。

「はああ!?」

「うん、やっぱりなんかコツ掴んじゃったみたい。空裂斬の」

先生に託され、アバンの書をカールへ持っていく途中、散々盗み見た私は、その技についてすぐに理解できた。

 

アバン流牙殺法、空滅牙(くうめつが)。

 

ナックルや爪を付けた拳から繰り出される空の技。

牙殺法のことすら知らないはずのマァムが、数回私の空の技を見ただけでマスターするなんて。

「ダイ、ゴーストは私とマァムが、出来るだけダイをフォローしながら倒す…ダイは右大臣を――助けてあげて!!」

ダイの眼にもう迷いはなかった。ただ、不遇の死を遂げた迷える魂を救いたいという、強い使命感だけ。

鞘に手を掛け、対峙しようとした瞬間。

「っ――ベギラマ、うざい!!」

直撃したダイに向けて魔弾銃を撃った。ホイミは命中。なかなかいい腕しているな、私。

ゴーストたちを空裂斬で消滅させながら、何とか亡霊に近寄って。

「――!!」

気配を消し、後ろに回って、こっそりと忍び寄り。

「これ、もらってくね」

「じゅー!!」

実体化した頭を軽く蹴り飛ばし、亡霊のバランスが崩れた隙を付いて、いかずちの杖を奪い取る。

「呪呪呪呪呪呪呪――!!」

亡霊は怒りに任せ、私に殴りかかる――が、何とか致命傷は避けた。マァムとふたり、ハイスピードで部屋中飛び回り、ゴーストを消滅させながら、亡霊の気をそらす。

ダイは、じっとタイミングを伺っている。

私とマァムの動きを目で追いながらも、意識は亡霊から離さない。

「はあああああ!!」

ダイをターゲットに定めたゴーストは、投げナイフで追い払う。さすがロン・ベルク製、切れ味も精度も抜群だ。

「――これで、最後よ!!」

金剛石の拳が、オーラスのゴーストを打ち砕くと、そのタイミングを見計らったダイが大きく踏み出して。

 

「空裂斬――!!」

 

それは、私なんかよりもずっと鋭く、まっすぐで、美しい閃。

 

「じゅううううううううううううううううううう――!!!!」

 

亡霊は消滅し、今まさにダイの空裂斬は完成した。

 

 

 

その瞬間、今まで真っ暗だった城の中が、大きな光に包まれた。

『ありがとう、ありがとう――』

薄紅の光の、どこか近く、もしくは遠くから、穏やかな声。

『政敵の策略によって島流しにされ、世を恨みながら末期を迎え、死後もその思いに囚われた私の魂を救ってくれた勇者よ――ありがとう、ありがとう』

「あ――あなたは!?」

『ありがとう、小さな勇者――あなたによって私の魂は浄化されました。まるで春を告げる東風のように、今はすがすがしい――』

声は段々小さくなった。そして開け放たれた窓から、一陣の風にのって、薄紅色の花びらが。思わず外を見ると、梅の花が咲き乱れていた――私すごいな。

「ううん。おれこそ…あなたのお陰で素晴らしい力を手に入れることが出来ました!!」

しかしその言葉に返事はなく。大きな光は消え、館の中は通常の、昼間の明るさになった。

「ん…え? 」

奪ったはずのいかずちの杖もなぜか消えていて。変わりに、一冊の分厚い本。捲ってみると、見慣れない文字とこの世界の文字が綴られている。英和辞書のようなものか? 何語の辞書なのかは不明だけれど。

「ソウコおれ…良かったよ、ここに来て。右大臣のことを救うことが出来て――」

「え…ああ、うん。そうだね」

「ソウコもあの人の人生に同情して、救いたいと思ったからこの場所におれのことを連れてきたんじゃないの、本当は? 」

「そうね。ソウコって、結構優しいところあるし――でも、良かったわ。ダイが無事空裂斬を覚えることが出来て」

「うん。それに――強くなるって悪者をやっつけるだけじゃないんだね。強さで救うことも出来るんだって…おれ、魔王軍を倒すことしか考えてなかったけれど、そういう強さもいつか身に付けたいな――ソウコみたいに」

「あ…うん。そうだね…」

いや…もちろんダイにした『右大臣の非業の人生』は、適当に考えた思い付きだ。モデルは日本史に出て来た菅原道真。時の左大臣藤原時平の謀略によって大宰府に島流しになり、死後は雷様となって京に復讐し、なぜかその後学問の神様にクラスチェンジしたあの人だ。

いかずちの杖を見て、とっさに思いついた嘘とはいえ、ここまで効果があるとは。しかも亡霊の最後の言葉を聞く限り、割といい線ついていたっぽい。その上梅の花――うん。やっぱ私珍しくすごいな。

とっさに思いついたのが菅原道真でラッキーだった。日本史は得意じゃなかったけれど、藤原家のせいで悲惨な末路を負ったこの人のことは、印象に強く残っていたのだ。大学受験の時、クラスメイトがこぞって天満宮のお札を持っていたし。

「じゃあ、戻ろうか。結構時間かかっちゃったし」

「その前に、ソウコの回復をしないと!!ダイの分までベギラマ食らって、私本当に心配したのよ」

竜王のベギラマに比べれば大したことないのだけれども、申し出は甘んじて受けることにした。


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