ギルドメイン大陸の西南の孤島に、ひっそりと佇む忘れられた古城。常に雷雲に覆われているその城には、非業の死を遂げた主の怨念に惹かれた、大量のゴーストが住み着いているという噂だ。
念のため以前下見をしたところ、ドラクエⅠやⅤに出て来る黄色いアレがうようよいた。気配を消して何匹か倒したが、私の空裂斬でも余裕だったので、ダイの修行には持って来いのステージだ。
「ソウコ、なんだか気味の悪い場所だね――マァム大丈夫? 」
「平気よ。じゃあ行きましょう!!時間が無いわ」
さすがマァム。私とスカイが足を踏み入れるのに2時間躊躇したこの古城に、ガンガン足を踏み入れて行く。ちなみに前回の滞在時間は7分だった。
「あ、ちょっと待って!!スクルト――」
「――何これ? 体の回りが暖かな光で包まれている感じ…」
「スクルトって言って、攻撃を受けづらくする呪文だよ」
「へえ…こんな呪文もあるんだ」
レミーラを使えるせいで、私が先頭になってしまったのは計算外。雷雲のおかげで昼間なのに真っ暗で、めちゃくちゃ怖い。マァムの手を握り締めながら、玄関ホールを抜けていく。
「いい、ダイ、絶対後ろから脅かしたり、大声出しちゃ駄目だから!!マァム、手を離したら絶交だからね!!」
「はは、ソウコって聞いてたとおり――わあっ!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!」
「ソウコ、痛いってば!!どうしたのダイ!?」
「な、なんか黄色いのが目の前に現れたり消えたり…」
「いやああああああああ――!!」
思わずダガーを引き抜くと、突如現れた半透明のゴーストに向かって一閃。ゴーストは消滅し――我に返る。
「――これが空裂斬のお手本だから。ちゃんと見た? 」
「あ…うん。ごめん、早くてあんまり」
「し、仕方ないなダイは…次はもうちょっとゆっくりするから、ちゃんと覚えてね」
ほ…ほら、私ってもともと素早い上に、星降る腕輪も装備しちゃってるから。決してダイの声にびびってテンパった挙句無意識で繰り出したとかじゃないから。ほら、さっきダイに説明したばかりだし。空裂斬には冷静な観察力が必須だって。
「…とにかく、先を急ぎましょう。ゴーストには空裂斬が通用するみたいだし、ソウコの言うとおり、ダイにとってはいい修行場みたい」
先を急ごうとするマァムの腕を掴み、再びレミーラで周囲を照らす。
「ソウコ…来るわよ」
マァムの言葉にはっとし、すぐにふたりから離れ、投げナイフを抜く。
「次は出来るだけゆっくりね――ダイ、よく見ててね!!」
1時に2匹、10時に1匹。まだ半透明、つまり実体化していない状態だ。
「はっ――!!」
まずは一歩踏み出し、同時に投げナイフを左手のゴーストの核に向けて放つ。ゴーストは消滅した。2歩目で右手方向の二匹を射程距離に捉える。
「比べてみて、まずは大地斬! 」
消えかかったゴーストに、もちろん通じるはずも無い。
「そしてこっちが空裂斬! 」
返す刀で1匹。そしてもう一閃で3匹目を確実に消滅させた。
「はあああああああ!!」
ドヤ顔で振り返ったところで、視界に映ったのは、マァムの拳が実体化したゴーストを大理石の床に減り込ませているところ。
「こいつったら、後ろからソウコを狙おうとしていたのよ――ダイ、よく分かった? 」
「あ、うん…やっぱりマァムのパンチってすごいね…」
「そうじゃなくて、ソウコの動き、ちゃんと見てた? 」
ごめん、私もダイと一緒の気持ちだわ。
「それが…早くてあんまり。ナイフ飛ばしたのと大地斬、あと1度目の空裂斬は何とか見えたれど、最後のはなんとなくしか――」
なるほど。だけどあれ以上遅くすると、実体化したり、消えてしまうんだよな。出来れば半透明の状態で倒すところを見て欲しいんだ。
「そういえばマァム…ソウコもだけどさ、どうしてゴーストが出てくるって分かったの? ついさっきも、実体化と同時にマァムが攻撃をしたみたいだけど」
どうしてって、それはさっき散々座学で講義したでしょ? 何でメモっていないの――いやいや、この子は専門知識を学びに来た学生じゃないんだ。質問に「教授の論文、ちゃんと隅々まで読み直して」と答えればベターだった、大学院時代のことは忘れよう。
「ん…あ、そっか! ダイ、なんか私コツ分かったかも」
マァムが手を叩いた。いやいやいや、私だって先生の空裂斬を何度も見た上、研究に研究を重ね、それでも実際身に付くまで理解が出来なかったというのに。ちょっと見ただけのマァムに分かるわけない。アバン流殺法はそんなに甘いもんじゃない。
「だから、殺気を読むのよ。ほら、なんか嫌な予感がして、振り返ると敵がいたってことあるでしょう? その殺気の出所――嫌な感じがするところを狙うの」
「なるほど!!ヒリッとする時ってことか」
「そう、ぞわっとする時」
「分かる分かる!そういう時、絶対お腹の中がはぁふってするよね? 」
「うん、それで、ズジーンってなっているところを狙うのよ」
「そっか、じゃあ、すわっすすすってなればいいのか」
………いや、何語?
空裂斬は基本的に感覚が重要なんだから、まあ、分かればそれでいいんだけれども。ふたりの擬態語が独特すぎてついていけない。
いや、私これでもオノマトペ大国出身なんだけれど。川上から大きな桃が流れてくる時限定の擬態語なんてものまである国出身の私にすら、ふたりの会話は理解不能だった。
「ありがとう、マァムのお陰で自信が付いた――じゃあ、次にゴーストが出てきたらオレが倒すね! 早く先に進もう――!!」
ダイが駆け足でマァムの手を引っ張る。すると当然、マァムにしがみ付いている私も引っ張られる形になる。というかもはや担がれている状態に近い。めちゃくちゃ楽だわ。
「わっ!!」
「ひっ――」
突然声を上げてダイが立ち止まった。
「ちょっと、驚かせないで…死ぬかと思った…」
「ごめん。人影かと思ったら鎧だった」
「まあ、もともとはお城だし、そのくらいあるんじゃないの? 」
レミーラで照らせば、赤褐色の鎧が8つ並んでいて。
「――」
その瞬間、お腹の中がはぁふっとした。
「ダイ! ソウコ! しゃがんで――!!」
マァムの言葉と同時に、ダイの首を押さえてその場にしゃがみこんだのは、もっとズジーンとしたものが背後から迫ってきたから。
動き出す8つの赤褐色。この色は確かキラーアーマー。8匹はちょっと梃子摺るな――なんて思った次の瞬間。
「はあああああああああああああ!!」
ズジーンが頭上を越えた。マァムの回し蹴りだ。3匹に炸裂し、そのうち2匹は粉々に。残った1匹も、回し蹴りからの踵落としで粉砕した。
「ルカナン」
残りの5匹を多少は柔らかくし、すぐにダイを抱えてバックステップ。お陰でスペースを確保できたマァムは、ルカナンの効きが良いとは言えないキラーアーマー5匹を、次々と砕いていった。
「なんかもう、マァムが大魔王倒せばいいのに…」
思わずそう呟くと、ダイも小さく頷いた。
「あ、これ――はは、ポップに聞いていたとおりだ」
果物ナイフでウサギに切った林檎を手渡すと、ダイはしげしげ観察し、それから一口で頬張る。
流石に負傷したマァムの治療も兼ねて、座り心地の良さそうなソファのある部屋で休憩することに。
念のため、マホカトールでバリアを張る。流石に私の株も上がるかと思ったが、「いや、でもソウコだし」なんてよく分からない感想をマァムから頂いた。
「マァム…ポップもだけど、一体私のこと、どういう風に話していたの? 」
「ん…わあ、甘い!!――えっと、林檎は絶対ウサギで出してくるとか」
「え? あ、本当だ。これウサギなんだ。なんか皮がついていて食べづらいと思ったのよね」
いや、マァムにも出したことはある。ていうかレイラさんが散々褒めちぎっていたでしょう。マァムは話題に加わらず、林檎を食べるのに夢中だったけれども。
それにしても、ポップは一応気付いていたのか。一言ぐらいリアクションしてくれても良かったのに。
「あと……道端に生っている謎の木の実を食べて死に掛けた話とか…見慣れないきのこを摘んでは喜んで、先生に長々とよく分からない話をするとか」
「まあ、ソウコってばまだそんなことしているの? 駄目よ、その辺に落ちているものをむやみに食べちゃ」
ほっぺたを膨らましたままのマァムに怒られた。いや、あれはアケビだったの!!高級スイーツだよ!!リンガイアやオーザム辺りじゃそこそこ見かけるけれど、ベンガーナじゃ珍しいから、とりあえず食べてみたら、中に人食い蛾の幼虫が…って思い出しちゃった、気持ち悪い。
あのきのこはマツタケ。調理してみたらたいして香りはしなかったけれど。
「はい、これ飲んで――そのほかは? 」
林檎で喉を詰まらせたマァムに手渡したのは、砂糖と塩と檸檬を混ぜた飲み物。所謂スポーツドリンク。
「そうだね…ニッチな魔法しか使えないとか…ニッチって何? 一応短剣は使うけれど、大地斬の威力はオレのほうが全然あるし、ポップはあんなへなちょこナイフ食らっても全然平気だって。でも、さっきの動きとかすごかったよね。ソウコ思ったより強いんだ!!びっくりした」
いや、ポップそのへなちょこナイフにめちゃくちゃびびってたじゃん。
「ポップの強力なアシストがなければ卒業すら出来なかったって言っていたけれど、あの速度はすごかったよ――やっぱりソウコもアバン先生の弟子なんだね。オレ、嬉しいよ。ソウコと会えて…! 一緒に戦うことが出来て…!!」
「そうよ…あ、この水美味しい…ソウコは卒業した後も、世界中を冒険しながらたくさんの人の役に立つ薬を色々作ってきたのよ……ほら、ダイも水分取って…単純な戦闘力は低いけれど、ソウコも先生から学んだアバンの使徒の仲間よ。きっとこれからも、何らかの方法で私たちの力にはなってくれると思う。その姿はまったく想像がつかないけれど――」
ポップとはじっくり話をする必要がある。けれどそれは後で。とにかく今は。
「――ふたりとも、充分休んだ? よし、じゃあ行こう!!ダイには絶対、ここで空裂斬を覚えてもらわないと」
その後、ゴーストとは一向に遭遇せず。多分マァムにびびったのだろう。当の本人は「やっぱりお昼だからゴーストも寝ちゃっているのかしら」なんて言いながら、どんどん進んで行く。ダイもマァムも大分暗闇に目が慣れた様だ。
最上階の3フロア目でもゴーストは姿を見せず。最奥の、豪奢な扉の前に差し掛かったところで、3人の足が止まる。
「ぞわっとするね…」
ダイの言葉に、私もマァムも無言で肯定する。ボスの予感。
念のため、再度スクルトを掛けた。
「マァム、出来るだけ手出しはしないで…ここはダイ1人に」
「うん。分かってる…ソウコ、これを」
手渡されたのは魔弾銃。
「え――? 」
「ホイミを入れておいたの。本当はずっと渡そうと思っていたんだけれど、なかなかタイミングがなくて――私にはもう必要ないわ。今の私には別の力がある。大切な人たちを守るための、別の力を手に入れたわ。だから、これはあなたにあげる」
「マァム……」
思い出す。マァムがアバンのしるしを託された時の事を。思い出して、こみ上げて来る感情を抑えるだけで精一杯で。
「私は接近戦担当だし。ソウコなら、私以上に上手く使えるはずよ――いらないなら私がもらうけれど」
少し意地悪に笑ってくれたお陰で、私は手を伸ばすことが出来た。
「ごめん――ありがとう。大切に使う」
レイラさんの言葉を思い出す。私に出会ってマァムは変わったと。
だけど本当は、変わったのは私のほうだ。
マァムとの出会いがなければ、私はこんなにもこの世界に心を開くことが出来なかった。この子がきっかけで、忘れかけていた色々な感情を思い出した。中には忘れたいこともたくさんある。未だに向き合えないことすら。
一番初めに出会えたアバンの使徒が、マァムでよかった。ただ切実にそう思う。
扉を開けると、そこには赤い浮遊物体が。
「うん、なんかいかにも親玉って感じ――」
先ほどのゴーストを10匹ぐらい合体させて、更に赤く色付けした感じ。多分これが元当主の亡霊だ。
「じゅじゅじゅじゅじゅ――」
なんか言ってるよ。ジュ? ……呪!?やだっ、怖い…めちゃくちゃ怖い。なんか適当に言い訳して1人でリレミトしたいよ。ぶっちゃけ私居なくてもマァムいれば何とかなりそうだし――だけど、そういうわけにはいかない。卒業はマァムのほうが先でも、アバン先生に師事していたのは私のほうが先。いくら私のほうが弱いとはいえ、妹弟子と弟弟子を置いて逃げるわけにはいかない。まして私は年長者だ。どんなに舐められていようと、二人に対して責任がある。
「ダイ、とにかく冷静に状況を見極めて…回復しながらじっくり倒す。スクルトが切れたら教えて…私とマァムはフォローや囮に徹するから」
「うん、分かった…」
ダイは剣を抜いて、じっくり間をつめる。まずは私が投げナイフで霍乱。亡霊の意識がそちらに向かった隙を見て、ダイの一撃目が炸裂する。
「空裂斬!!」
いや、駄目だ。これはちょっと浅い大地斬。半透明の亡霊に、もちろん効果はなく。
「呪・・・呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪」
ダイに気づき、襲い掛かってくる。駄目だ、避けきれない――そこでマァムが飛び出し、ダイを突き飛ばす。くるりと体を反転させ、亡霊の攻撃をかわし、更に自分の方へひきつける。二度目のチャンス。
「はあ――!!」
しかしこれもまた失敗。ダイの一撃は亡霊をすり抜け、古い絵画を切り刻んだ。
「ダイ、出来るまでやるから!!」
再びナイフを投げ、マァムのフェイントで半透明化したところへ、3度目の攻撃。これも失敗。すると突然、亡霊の様子が変わった。
「じゅううう!!呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!」
体内から杖のようなものが――これ、見たことある。確か…。
「ベギラマが来る――避けて!!」
亡霊の手に握られているのは、いかずちの杖。
スポーツドリンクはYOSHIさんから頂いたアイデアです。
アドバイスありがとうございました。