世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、戦いが始まる 2

「――うん、これはすごい!!! 」

屈強な鉱山の男たちのざわめき――というかどん引きをひしひしと感じる。気持ちは分かる。私もどん引きしているから。

なんたってこんな小娘が、ダガー一本で岩を砕いたのだ。6畳1間にぴったり収まるくらいの。

「…ソウコさんって、本当に勇者の弟子だったんですね」

「きゃはははっ!!とーぜんじゃん!!なんかそれ、スゲー笑えるっ!!! 」

シーボルトさんの言葉には全面同意だが、今の私を見たらアバン先生もアバンストラッシュを伝授しちゃうんじゃね?

採掘場の行く手を阻むこの岩を砕いたのは、もちろん火薬でもなければトリックでもない。ソウコによる大地斬の威力だ。

「と……ともかく、ソウコさんのお陰で、採掘も…、続けられそうです」

「よ、よし、おまえらっ!!残骸を撤去するぞ!!」

おー…――弱々しい掛け声が、切なく響く。

採掘場を掘り進めたところ、鉄の多く混ざった大岩に行き当たったと、町長から相談を受けた時、2つ返事で引き受けたのは、私にも実験したいことがあったから。町長は多分、魔法とか火薬とかで解決すると思ったのだろう。なんせあのアバンの使徒だ。私自身は頼りない女の子にしか見えないけれども、ものすごい人脈を兼ね備えているに違いない――そういう目論見で、お抱え魔法使いのルーシーではどうにもならない問題について、私に話を持ってきた。

にもかかわらず、私がアサシンダガー一本携え、シーボルトさんとのこのこやってきたので、さぞ面食らったことだろう。

アスクラスの人たちは、私の事をフリーターくらいにしか認識していないのだ。火炎ムカデを倒したのだって、スカイの力によるものだと思われている――まあ、大体合っているのだけれども。

そんな私が岩の前でダガーを構えると、彼らはどよめいた。大人だから口にこそ出さないけれども、「こいつなに考えてんの? アホなの? 」という気持ちが伝わって。

だがしかし、そんな彼らの疑念とは裏腹に、私の一閃は文字通り岩を砕いた。

「マジ、もっと岩ないの岩!?――お替りください!!」

「なるほど、かなりの高揚感が発生する、と――ソウコさん、脈失礼します」

「ははははっ、もってこーい!!」

そして私がかつてないほどハイテンションなのは、直前に服用した実験中の薬のせい。

コーヒーから抽出した高濃度のカフェインと、聖水で作り出したモルヒネを混ぜた褐色の液体。めちゃくちゃ苦いけれど、上手くいけば、これまた夢のような――もしくは悪夢のような薬が出来ないかと考えた結果が、目の前の砕けた大岩。

カフェインによる覚醒作用と筋収縮の増加、そしてモルヒネの鎮痛作用――併せて飲めば、脳は一時的に疲れや痛みを忘れ、強い興奮が得られる上、普段以上のちからが出せる。言うならばドーピング剤。

「眠気はありませんか? はあ、信じられないくらい冴えていると――じゃあ、5分おきに脈を測利、経過を観測します」

「よーし、あれが見つかったら報告するんだぞ」

坑夫の声が、頭の遠くで聞こえる。目の前はぐるぐるして、とても楽しい。

頭の中がぐるぐる回って、いつも似まして体が軽く、今なら何でも出来そうな――うん、これはまずい。採掘場の薄暗さと、松明の明かりが更に、不思議な気分を盛り上げる。

「ソウコさん、とりあえず一旦出ましょう――教会でキアリーをかけてもらったほうがいいみたいですね」

シーボルトさんの声は心強いほど冷静で。リレミトが失敗しないか――それだけが不安だった。

 

 

 

その日はベンガーナ近くの採掘場に用があり。

「これ・・・アスクラスの現場責任者に、ソウコさんが欲しがってるって聞いたんだが」

坑夫の手には、小さな2種類の結晶が併せて7個。

「あ、こんなに!?ありがとう!!助かる」

「いいや。高額で引き取ってくれるって話しだし、こっちも助かるさ。また見つかったら連絡する。他の現場の連中にも、話は伝えとくぜ」

「うん。よろしく」

カールやロモスで稼いだライセンス料も寂しくなってきたが、お金で解決するのであればそれに越したことは無い。魔法力に限度のある私には、どうしても必要なものなのだから。

「あら、ソウコさんじゃない!!久しぶりね、噂はよく耳にしているわ」

こちらに立ち寄ったついでに、ポップの実家に顔を出すと、ジャンクさんもスティーヌさんも歓迎してくれた。

「あのガキ、全然便りも寄越さねえ――まったく、親不孝な奴だ」

「ははっ、ポップのことだし、元気にしているはずですよ。アバン先生も付いているし、無茶なことはしないと思う」

――これからは、無茶なことしかしないのだけれど。

「だといいが――そうだ、これ、よかったらソウコさんに――以前購入してもらったやつはそろそろくたびれてきただろう」

「!!」

ジャンクさんが差し出した15本のナイフは、薄く、軽く医療用のメスに似た形状で、刃渡りが長い。刃の先には、とても小さな空洞があった。鑑定眼の無い私にだってひと目でわかる。かなりの業物。

試しに、今まで使っていたナイフに向かって軽く振り下ろせば、古いナイフは見事真っ二つに。こちらのナイフには、刃こぼれひとつ無い。

「柄の先端が開くようになっていて・・・そう、そうやって回すと。毒を入れられるように出来ているんだ」

切っ先の空洞の意味は、これか。事前に液状の毒を注入しておけるので、わざわざ直前に毒を塗布しなくても済む。

「すごい、私にぴったり!!ジャンクさん、私のために仕入れてくれたんですか!?」

「いや――最近出来た知り合いにあんたの話をしたら…。片手間で作ったなんて言ってやがったが、腕は確かだ。その辺の鍛冶屋じゃ、そこまでのモノは作れねえ」

「――!!あ、その、その人、名前は!?」

ジャンクさんは暫く迷ってから、重い口を開けた。

「ロン・ベルクって言う――大した変わり者だ」

 

 

 

一人では、調合にも限界がある。

「先日ソウコさんが利用した時は、体力が完全に近い状態だったから、服用後過剰な高揚感が残りましたが・・・体力が失われた状態で使用すれば、その副作用は解消されます。それでも、服用は1日1本まで、それ以上は危険です」

前の世界の技術や経験、この世界で得た知識を元に、新薬を開発することは出来る。が、医者では無い私には、臨床実験の機会も、経過の観察も出来ない。そもそも、投与の前に必要な診察が出来ない。

そんな私に、ホイミキアリーキアリクが跋扈したせいで冷遇される医師たちが協力してくれるのは、何も医学の地位向上のためや、学術的好奇心を満たすためだけじゃなく。

「いいですか、本当にピンチの時、1本だけ――乱用も、常用も、絶対に避けてください」

シーボルトさんは念を押す。

教会のシスターは何も言わずソレッタの土の調合を手伝ってくれて。

ルーシーは、有料とはいえとても面倒な実験に、時間が許す限り手伝ってくれている。

「臨床を手伝っていただいた採掘場の方々には好評でした――もちろん、健康で口の難い信用のできる者を選んで――1本あれば仕事効率が3倍にも4倍にもなるそうで。最近はベンガーナで鉄の需要が増えたので、もし販売すれば売り上げは伸びるだろうと。ただ、これは市販するわけにはいかない――今の状況では存在すら公表してはいけない、そう思います」

これは薬じゃない。病人や怪我人に与えるものではない。この世界には不要な薬――現時点では。

想定される使い道は、戦いのさなかピンチに陥った時。この平和な時代には、誰も必要としない薬の開発に、シーボルトさんは何も言わず協力してくれる。

この町には、危機感があった。

15年前、先生が魔王を倒し、モンスターが息を潜め、世界中の人たちが平和を享受している中で。

つい最近採掘場をモンスターに乗っ取られてしまったから、魔物の被害に対し敏感――なだけではなく。

鉄の需要が高まり、経済が潤った町は、大量の備蓄品を教会の地下に隠している。ランカークスも含めたベンガーナ周辺の町や村は、どこもこんな状況だ。

私の目的――大魔王との戦いへの備えとは、もちろん目的が異なるけれども。

「今のベンガーナがこの薬の存在を知ったら――大変なことになってしまいます」

「うん――分かってる」

良識と倫理観を兼ね備える名医が使用を禁じた褐色の液体に、私は『ハイジアの杯』

という名をつけた。杯に蛇が巻きついた、何のことは無い、元の世界の薬学のシンボル。

そしてもうひとつ――これはシーボルトさんにも内緒で作った薬。モルヒネを煮詰めた聖水を、更に煮詰め、水分を完全に蒸発させると、そこに楊枝状の結晶が残る。なんとも禍々しい予感しかし無いその結晶を、小瓶に入れて保管している。マトリフ様に鑑定してもらわないと確証は持てないが、人とは少し違う体験をした私は、本能的にこの薬の用途が想像できた。一度だけ、使うことになると思う。勇者を1人にしないため。

私はこの、楊枝状の薬を、アスクレピオスの杖と名付けた。医学のシンボルマークで、蛇が巻きついた杖。アスクレピオスは医学の守護神で、ハイジアの父親。ゼウスに殺された、蛇使い座の神様。


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