世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大魔道士を訪ねる 4

洞窟から少し離れた岩場で、分厚い書籍のページを捲ると、そこには甲冑を身に纏った騎士が描かれていて。

「シャナク」

覚えたての呪文を詠唱すると、目の前に現れたのは3人の王子様。

「我が眠りを妨げる者――汝に死を賜ろう」

1人に剣を突きつけられた。

「もうそのパターン飽きたし」

突きつけられた剣を掴み、それを支点に1人目の顎を蹴り上げる。

「うをっ」

そのまま宙返り。着地と同時に2人目の甲冑の繋ぎ目を狙ってナイフを投げる。

怯んだ隙に3人目と対峙。槍を構え突進されたので、ひらりと身をかわし、そのまま2人目の背後へジャンプ。

「――ぐっ」

後ろから、急所を狙ってダガーで一突き。

「をおおおお!!」

再度突進してきた3人目は、これまた背後からスカイの息で一撃した。

「――強者に幸いあれ」

よく分からない言葉を残して王子様たちは消滅。先ほどページは空白に変わり、目の前には見慣れぬ箱が。

「インパス」

青く光ったのを確認し、施錠されていたのでピッキ……もとい、盗賊の鍵による特殊開錠で外す。ここに来てすぐ手に入れたこのアイテムを、とうとう使う日が来るとは。

出てきたのは鉄の盾、鉄の鎧、鉄兜。それらを売却予定の箱に入れ、再びページを捲る。今度の挿絵は蝋燭だ。

「スカイ、スタンバイお願い」

「アーウ」

「シャナク」

 

お化けキャンドルの群れが現れた

スカイの攻撃

お化けキャンドルは全滅した

お化けキャンドルはカンテラを落とした

ソウコはカンテラを手に入れた

 

つまりは、福引みたいなもの。

ページごとに封印されたモンスターを倒すと、アイテムが出て来る。アイテムといっても出てきたのは町で売っているようなものばかりで――キメラの翼とか、毒消し草とか、毛皮のフードとか――昨日から9回の戦闘を経たが特にめぼしいものはない。

「マトリフ様はレアアイテムが入っているってなんて言ってたけど――どうなんだか」

「アーウ」

分厚い本の残りページを見て、私は米神を押さえた。

私の立場はよく分からないけれども、一昨日はあのまま泊まらせてもらい、昨日掃除を言いつけられて、今朝シャナクの契約をし、今に至る。

マトリフ様というと、昨日大量に出て来た胡散臭いアイテムを抱え、お昼過ぎにどこかへ飛んで行った。多分換金して遊んでいるのだろう。

「夕食どうするんだろう――スカイ、どう思う? 」

「アーウ」

何度も吹雪を吐き出しているのに、スカイはまだまだ元気だ。それが魔法の聖水のお陰か、マトリフ様からマジックパワーを分けてもらったお陰かは分からないけれども、上機嫌なので別に構わない。

「アウアウアウ」

「うーん。もう少し進めたいけれども、魔法力切れそうだから少し休もう」

「アーウー」

「私はアンタとちがってMPに上限があるの」

ゲームでは1晩眠らなければならないが、実際は瞑想や食事などで多少の回復が図れるのだ。丁度いい時間だし、3時のおやつにすることにした。1時間リラックスすれば、シャナク2回分くらいは回復できるはず。

「2日で10ページちょっとか。先が見えないなあ」

シャナクはとても燃費が悪いのだ。

 

魔法使いの家で、猫とおやつを食べるとしたら、誰だってホットケーキ一択になるはずだ。

「奇跡……か」

セレンディピティ――メープルシロップをたっぷり掛けながら、そんな言葉が脳裏を過ぎったのは、丁度3人の王子様と戦ったせいか。

教授がよく口にしていた言葉。

旅に出た3人の王子様が、観察と偶然により成長を遂げた物語――そのタイトルから転じて、セレンディピティは日常生活で偶然目にした発見による幸運な発明を意味する言葉となった。

例えば、ニュートンは落花する林檎を見て万有引力の法則を発見した。林檎はそれまで、ニュートンが生まれる前もずっと落花していたし、ニュートンだって林檎以前にも落花物を何度も見ていたはずだ。

ただ、ニュートンがそれまで培ってきた素養、学識、そして努力を、そのときたまたま落花した林檎が後押しした。それは奇跡なのだろうか。

お皿、インク、手紙――そのあとだって、ニュートンの前に様々な落花物は訪れるだろう。その日庭仕事をする彼の前で林檎が落ちなくても、ニュートンはいずれ万有引力の法則に出会ったはずだ。それは奇跡じゃない。ニュートンの努力が、そこに至るまでの先人たちの功績が、世界に引力をもたらしたのだ。

ブラントのリン、ノーベルのダイナマイト、フレミングのペニシリン――全部、偉大な研究者だから訪れた偶然。彼らでなければ見逃してしまうくらいの。それは奇跡なのだろうか。

だけど――私の時は、偶然としかいいようもない。

大学に入ったばかりの藤原草子がアダム、イブと出会ったのは、学術的努力など何ひとつないただの偶然。

その頃私は、将来の夢に向かって1Kのアパートで出来ること――ベランダを利用した植物の育成観察を行っていた。

あの白い、オーザムで見つけた花を選んだ理由は、学生でも安価に手が入り、育成が簡易で、且つ寒さに強いからとしか言いようがない。

毎日一定時間音楽を聴かせるという、今思えば実験とも言えぬ、他愛もない学生のお遊びだが、当時はそれでも一生懸命だった。

聴かせていたアルバムのチョイスは、なんとなく。

当時アイドルソングを卒業しかけていた私にはまだ、音楽の素養も、ロックの歴史も縁遠いもの。

だから、そのアルバムが製作された当時の文化的背景も、アルバムがロックの世界に与えた影響も、コンセプトすら知らず。むしろ、アルバムにコンセプトという概念を初めてもたらした作品であるということすら、当然知らなかった。

ただ、そのグループが世界一有名なロックバンドという知識だけ。よく分からないけれど、これだけ有名なバンドだし名盤のはずだと、中古ショップで適当に購入した極彩色のアルバムを、毎日あの白い花に聴かせていた。

 

 

 

家賃で選んだアパートのベランダは、川原に面していて。夏になると虫が沸き、冬になると結露が酷く、それでもやっと手に入れた、かけがえのない自由。

川原は風光明媚とはとても言えず、土手には雑草が生い茂り、アルバイトの帰り道は早足で通り過ぎることにしていた。

それは秋の夕暮れ。夕日が差して、いつもより山の端が近くに見えた。3羽4羽、2羽3羽の烏が急いで寝床へ帰って行き、連なって飛ぶ雁が遠くを小さく飛んでいて、どこからともなく風や虫の音が聞こえてくるような――もちろん私は清少納言ではないので、その様子をいとをかしく感じるような感受性は持ち合わせていない。第一、枕草子は大嫌いだ。

とにかくそんな秋の夕方、たまたま土手のほうをなんともなく眺めながら歩いていた私の視界に、明らかに不自然なものが映りこむ。

思わず、スーパーの袋を放り投げながら駆け下り、雑草を掻き分けた。

「えっ…これって、え!?」

大学1年生、駆け出しとすら言えない平凡な学生だった私は、それが写真でしか見たことのない植物であると確信できず。

とりあえず摘んで大学に駆け込み、たまたま面識のある院生がいたので見てもらう。

大騒ぎになった。

ちょっとだけローカルニュースの取材を受けたくらい。

バーベキューに来た人が七味唐辛子を零して行ったのか、鳥が落としたのか、誰かが近くで不正栽培をしていたのかは分からずじまいだったけれども、あへん法で禁止されている種の芥子は、それから暫く付近で目撃情報が相次いだ。

丁度『刈り入れ時』でもあったため、お役人様だけでは手が足りず、私たち学生もボランティアという形で駆除に駆りだされた程。

 

 

 

冬の終わりがけ、ベランダの白い花に混じった、見たこともない植物――イブに出会ったのは、だがら偶然なのだろう。

偶然近所で発芽した芥子の花粉が、偶然私のベランダに咲いた、稀に発生する雌性の花に受粉し、偶然発芽した――ただ、それだけのこと。

 

 

 

マトリフ様は日付が変るころ、酒と香水の匂いを振りまきながら戻ってきた。

「あの、これってもしかして、消え去り草じゃないですか? 」

差し出したのは、本日のオーラスで出現した魔法おばばを倒したところ、出現したアイテム。スカイが飛ばされてしまい、かなり大ピンチだったけれども、眠り薬が効いたので何とか倒すことが出来た。

マトリフ様はアイテムを一瞥すると、昨日片付けたばかりの本棚をあさり、一冊の古書を取り出した。

「作ってみるか? 」

そのページに記載されていたのは、『レムオルの粉』のレシピ。酷く古い言葉が使われていて、解読には困難を極めそうだ。

「――もちろんです」

だけど、私に出来ることはこれだけだ。

アバン流刀殺法を学んだとはいえ、威力は同じ技を極めた戦士に比べれば子供だまし。素早さとスカイのフォローで何とか凌げてはいるけれども、魔王軍との戦いで先頭に立てるほどの強さは見込めないだろう。

呪文の才能のなさは、マトリフ様のお墨付き。何が何でも習得しなければならないものは別として、そろそろ見切りを付ける時期に差し掛かっている。

レムオルの粉――消え去り草が原料であることと、その名称から効果は予想できた。姿を消せる粉なのだろう。この量何回分作れるかわからないけれども、きっと何かの役には立つはず。

そして、それを調合することは、今から攻撃魔法を習得することよりも、はるかに現実的な目標で。

――その夜は、新しいレシピとの出会いに興奮し、なかなか眠れなかった。

 

 

 

大地よ、大いなる力の根源よ

我にその神秘を与えたまえ

大いなる力を分け与えるその力強き御言葉は

 

「――バイキルト」

 

魔法陣は光を灯すことなく。

「失敗だな」

呪文の契約は不履行に終わった。粗方覚悟をしていたとはいえ、がっかりしてしまう。

「まあ――この呪文自体、忘れられて久しいからな。そういう呪文は、力の源自体この世界に欠片程度しか残っちゃいねえ。その欠片が上手く集まってくれりゃあ、或いは契約も可能なんだが――それもよっぽどセンスのある、オレみたいな天才に限っての話だ」

「――確かに、私には魔法の才能なんてないけれど…あー、でも、スカラとルカニはいけたから、もしかしてって思ったのに…!!」

「破邪の洞窟か――あそこはフロアをクリアしたご褒美って意味もあるしな…多少は磁場の補正もあって、契約しやすくなってる――最も上層の話だが。地下10階以下の呪文だったら、多分お前じゃ契約は難しいだろうな」

うな垂れる私に、マトリフ様は鼻をほじりながら杖の先を向けた。

「まあ、ルーラ系が会得できただけでも有難いと思え」

「はあい」

一昨日魔法おばばがスカイにお見舞いしてくれた呪文――バシルーラを、執念で契約したのは昨日の話し。早速何匹かのモンスターに試したところ、数メートルだが吹き飛ばすことが出来た。ルーラを覚え始めた頃もこんなものだったから、こちらは鍛錬してものにしていくしかない。

「で、レムオルの粉はどうなった? 」

「はい――とりあえず消え去り草は干してみました。レシピのほうも、もう少しで解読できそうです」

高校時代「こんなの一生役に立たないし」と馬鹿にしていた古典の知識が、ここに来てこんな形で活用されることになるとは。アバン先生とリリルーラを復活させた経験がは、もちろん大いに役立っている。

そしてマトリフ様にどこか似ている鴨長明のツイートについて、テスト前長々と解説してくれた高校時代の友人に、今は感謝しよう。

それでも枕草子は嫌いだけれど。理由は察して頂きたい。何だって藤原氏の最盛期にあのタイトルで……! 小学6年生の社会の時間、馬鹿でガキなクラスの男子にどれだけからかわれたことか。

 

 

 

魔法の伸び代はもう殆ど残っていないとお墨付きを頂いたし、ここに来た目的は達成されたといっても過言ではないが、マトリフ様にはお世話になったので、渡された本の封印は全て解除してしまおうと、昨日から急ピッチでページを捲っていた。

シャナクは、休憩を挟まなくても4回連続で詠唱できるようになった。最も宝箱が出てきたらインパスで判別するし、強敵だったらスカラを、ザコにはバシルーラを使うので、ペースを上げるにも限度はあるのだけれども。

「スカイがシャナク使えればね」

「アーウ」

「ははっ、アンタの息のお陰で随分助けられてます。あと30ページくらいあるし、まだまだ宜しくね」

「アウ! 」

「じゃあ、次行くよ――シャナク」

 

その瞬間、残りのページが全て発光した。

 

「っ――!!」

上空に暗雲がかかる。重く沈んだ空気。背筋が凍りつくようなこの感覚には覚えがあった。溶岩原人と戦った時――高レベルの敵の予感は、的中する。

……いや、高レベルとかそんな次元じゃないし、これ。

 

「よくぞ来たな! 」

 

わしが王の中の王――名乗りを上げるまでもなく、それが誰かは分かっていた。

いや、無理でしょ。なんで? さっきまでまったりぶちスライム倒してたのに、何だってこんな唐突に――。

 

 

 

「わしは待っておった。そなたのような若者があらわれることを。もしわしの味方になれば世界の半分を主にやろう。どうじゃ? わしの味方になるか? 」

 

 

 

おそらく最もドラクエを象徴する台詞が、王の中の王から告げられる。




年内最後の更新は、中途半端なところで終わってしまいました。
大魔道士編はあと1話で完結。
本当は年内に原作入りしたかったのですが、マトリフ様はそんなに簡単な人じゃなかった…。

それでは、本年は色々とありがとうございました。
応援、感想、評価が本当に励みになりました。
来年もお引き立てよろしくお願いします。

良いお年を!!

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