「お前、魔法を何だと思ってる? 」
付き合えと、注がれたお酒は喉が焼けそうなほど強く、スカイに出してもらった氷が解けるのをゆっくり待つことにする。
マトリフ様は魔法の聖水で割っていた。言いたいことは色々あるが、蒸留酒と一緒に飲み込む。
「魔法ですか――そうですね。変換させた魔法力による作用、現象、及び結果――といったところでしょうか」
まあ、カジノコインはまだ余っているので、また交換しに行けばいいだけの話だ。世界平和に大きく貢献した老人の楽しみに、水を差すほうがどうかしている。この人がいなければカジノどころかこの世界は壊滅していたのだ。むしろ世界中の魔法の聖水を献上するくらいの待遇があってしかるべきだと思う。
「まず、契約により呪文の使用が可能になることが全体です。次に、体内の魔法力を目的に合わせて変換し、呪文によって発動――作用させること――それにより何らかの現象が発生する、それが魔法だと思います」
呪文については、熟練者であれば省略も可。逆に未熟であれば『力ある言葉』のほかに、長々とした詠唱が必要とされる場合もある――。マトリフ様は私の答えに満足しているのだろうか。分からない。答えがあるのかどうかさえ。ただ、グラスを傾けながら続きを促した。
「作用について、便宜上6種類――放出、活性、干渉、移動、構築、交換――に分類してみました」
それから、私の思う『魔法論』について詳しく述べた。
6種の分類については、以下の通り。
放出
攻撃呪文、一部の攻撃補助呪文など。
炎や氷、風に変換した魔法力を、対象にダメージを与えるため、一気に放出する。
変換と放出いずれにも大きなテクニックが必要で、且つ両者のバランスが取れなければ効果は期待できない。
EX:メラ系、ヒャド系、マヌーサ
活性
回復呪文など。
魔法力を生命エネルギーに変換し、掌に収束させ、触れることで対象に譲渡する。
エネルギーをそのまま与えることで体力の回復、エネルギーによる患部の代謝を促進させることで怪我の治癒、免疫を強めることで毒や麻痺の治療が行われる。
熟練者は一度に複数の効果を再現することが可能。
EX:ホイミ、キアリー
干渉
探査系補助呪文、ステータス増減呪文など。
変換した魔法力で、対象の状態に干渉を及ぼすもの。
6種類の中で最もバラエティに富んでおり、術者の創意工夫次第では恐らく最も応用が効く。
干渉には、対象の性質の観察、変更、無効、取得、移動、譲渡、刷新などが含まれる。
EX:インパス、リレミト、トラマナ、ルカニ、スカラ、マホトーン
移動
移動呪文など。
全身から魔法力を放出することで、高速の移動を可能とする。
干渉をはじめ、他の要素を組み合わせることで、異なった手段、方法による移動が可能となる。
EX:ルーラ
構築
防御呪文、変身呪文など。
一定の性質に変換した魔法力を、周辺、もしくは対象へ高密度に張り巡らせたもの。
綿密な変換能力が要求される。
EX:フバーハ、マホカンタ、アストロン
交換
蘇生呪文、呪、ラナ系など。
魔法力を『何か』に差し出すことで、『何か』の力を借りる。もしくは『何か』からの影響を一時的に回避する。
習得には、魔法の修練とは違った条件が必要となる場合が多い。
EX:ザオラル、ザキ、ドラゴラム
「――基本的にはこの6種類ですが、場合によっては2種類以上を組み合わせることで発生するものもあります――例えば、ルーラは、移動と探査を組み合わせ、目的地まで飛ぶとか――これが私の魔法に関する認識です」
グラスの氷が音を立てる。出来ればソーダ水で割りたいところ。
マトリフ様は私の話を最後まで聞くと、「なるほどな」と不敵に笑った。実にふてぶてしい。ポップは順調に行けばマトリフ様の弟子になるはずだが、あの甘ったれが果たしてこの人と上手くやっていけるのだろうか。
「魔法使いに必要なものが何か分かるか? 」
「……魔法力、でしょうか? 」
「そういうことじゃねえ――センスと知識だ」
センス――それは私にはないものだ。
「お前の弟弟子――初日にメラを出したっつったな…多分センスはある。だが、それだけじゃ駄目だ。より上位の魔法を効率よく扱うためには、魔法を理論的に理解している必要がある――」
それはそうだ。歌うことは誰にでも出来る。ただ、上手に歌うためには音階やリズム、その歌のバックボーンを理解する必要があるように、どんなことも極めるには知識が不可欠なのだ。
「お前はセンスはねえ――ただ、魔法について詳しく知ろうと努力はしている。それは見上げたもんだ。そこいらの魔法使いは、大抵がオレから見れば屁みてえなセンスでたまたま身に付けた呪文に溺れて、それ以上の努力をしたがらねえ。そんなのがやれ宮廷魔法使いだとか、賢者様だとか、ちやほやされて――全く、住みずれえ世の中だぜ」
「はあ――」
「そんなお前が魔法を覚えられない最大の理由は――奇跡の存在を排除しているからだ」
「……」
一口、お酒を流し込む。氷のお陰で随分まろやかになった。
「さっきも言ったが、魔法って言うのは奇跡の力だ――人間が許された人知を超える奇跡の力。それを、奇跡という言葉を使わないように解明しようとしてやがる。だから魔法に嫌われるんだ――そして、だからお前は魔法が嫌いなんだろう。下らねえへ理屈をこねくね回してやがるが、結局、合わねえんだよ。お前と魔法は」
「……――」
そうなのかもしれない。
もちろん、私がここにいる以上、この世の中に神秘の存在が有ることは認めざるを得ない。私の居た世界にだって、奇跡という言葉でしか説明の出来ないことはたくさんある。例えば、宇宙の創造、地球の誕生、生命の発生、そして私が生まれるまで、数多くの偶然が組み合わさったということに、見えない力の存在を感じた。
それからたくさんの人と出会った。逃げ出したくなるくらい嫌な人も居たけれども、親切な人もたくさんいて。信じられないくらい気の会う友達とか、面倒を見てくれた先輩とか、何かと引き立ててくれた教授とか。
その人たちには感謝をした。出会えたことにも。
今ある環境の全ては先人たちの努力や挫折、犠牲の積み重ねだということも知っている。
だけどそれは同時に、奇跡という言葉で済ますには申し訳ないくらい、人類の叡智の結晶だということも。
神がかり的なことはたくさんあったけれども、全ては人間の努力が前提で、そこにちょっとした偶然――即ち奇跡――が組み合わさって、今の環境があると思っていた。
その認識ではいけないのだろう。
この世界にとって、神はそんなに遠いものではない。
もっと近く、あらゆることに影響し、依存しながら生きている。私の目からは滑稽に映るほど。
「そしてお前の脳には、神が許した一握りの奇跡を越える力が詰まっていやがる。タチの悪いことに、努力すれば誰もが使え得る力がな――」
だからマトリフ様は私を『悪魔』と表現した。
物語の中で、人間に煙草という新たなアイテムを授けた生物と同じ。そのアイテムは、人々の価値観やライフスタイルに多大な影響を及ぼした。
それは、それまで、神にしか許されない権限だった。
「例えば――お前はフバーハを『構築』と分類したが、オレはそうだとは思わねえ。魔法力によって空間に多数存在する『見えざる力』を集約する――それがフバーハだ。分かるか? 」
分かるかと問われれば、言っている意味は理解できる。確か、科学技術史の授業で習った…エーテルという物質に近いのだろう。
私の居た世界では、とっくに否定された、メルヘンチックとも言える理論。それが、この世界では当然のように存在しているということだろうか。
いや、そういうことではないのかもしれない。マトリフ様が言っているのは、もっと別次元の物で、この世界唯一の大魔道士にの目には見えざる力が目視できているのかもしれない。
私には見えない。
もしかしたら、見えていないのは私だけなのかもしれない。
この世界の――いや、あの世界の、私に死刑判決を下した人たちの目にも、何かは映っていて。
だから私は私刑になったのかもしれない。
その力が見えないから。
幼稚で、傲慢で、自己中心的な――だからそんな判決が下ったのだ。そして今、ここにいる。
「……だけど、なら…分からない。それこそ傲慢な気がする。奇跡を享受する権利があるという思い込みこそ、自己中心的で幼稚な気が――」
そうだ。奇跡なんてものが頻発するのならば、人間は努力をしない。神に縋り、家の中で震えていれば困難は去ると信じて――だからこの人はここにいる。困難は立ち向かわなければ解決しないと知っていたから、アバン先生と共に魔王に挑み、それから傲慢な人々に迫害されて――。
「私――違うと思う。先生やマトリフ様がハドラーを倒したのは、奇跡じゃないと思う。分からないけれど――そんな言葉で片付けちゃ駄目だと思う」
「――そうか」
氷はすっかり解けた。お酒は丁度いい濃さで。静かに流し込む。2杯目は無理だ。酔っ払ってしまう。この1杯で、今日は寝よう。
「いいじゃねえか――てめえに出来ることで、魔法を越える力を生み出せば――なあ、ソウコ」
初めて私の名を呼んだマトリフ様の声が以外にも優しかったのは、スカイを膝に乗せていたせいだろう。意外な発見――大魔道士は猫が好き。