世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大魔道士を訪ねる 1

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マトリフへ

 

お久しぶりです。

堅苦しいことはお互い苦手なので、単刀直入に申し上げます。

その少女は弟子のソウコ。

武術や魔法はまだまだですが、薬の知識が豊富ですので、きっと話も合うでしょう。

魔法のことで相談があるようなので、ぜひ力になってあげてください。

 

アバン・デ・ジュニアール三世

 

追伸

大丈夫だとは思いますが、変なことしないでくださいね。

 

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「断る」

……即答だった。

大魔道士マトリフは、手渡した紹介状を一瞥すると、にべもなく握りつぶす。予想通りの反応だ、慌てる必要は無い。私はあらかじめ用意しておいた包みを差し出す。

「大魔道士マトリフ様、突然の訪問がご迷惑であることは、重々承知しております――あの、こちら…ささやかなものではございますが、お納めいただければ幸いです」

「ふーん、魔法の聖水か……アバンの弟子にしちゃ気が効くじゃねーか」

どうやらお土産作戦は成功したようで、大魔道士は魔法の聖水12本を受け取ると、「話だけ聞いてやる」と、椅子を勧めてくれた。

涼しい顔をしていたけれども、内心は緊張している。いろいろ想定はしていたものの、実際に対面してみるとその貫禄はとんでもなく、内から滲み出る魔法力と、強面な容貌に、心臓はもうはみ出しそうなくらいドキドキしていた。

スカイもいつになく大人しくて、面食らったような顔をしながら大魔道士の顔をじっと見ている。

「実は、呪文が今イチ覚えられなくて――補助呪文はいくつか身についたのですが、回復呪文や攻撃呪文は全然駄目で。それと、アバン先生もご存じない呪文をどうしても覚えたいんです。大魔道士マトリフ様! どうかこの若輩者にお力をお貸しください」

精一杯ぶりっ子をした。しかし大魔道士は、やはり一筋縄ではいかず。

「ほお、そうか――じゃあ帰れ」

「は? 」

「言っただろ、話だけ聞いてやるって」

「――」

詭弁だ。

だけど、こういう相手に口で対抗しようとしても逆効果。論点がずれ、相手の目論見にずんずん嵌まってしまうのが落ちだ。重要なのは、どうやって相手の興味を誘うか――。

「まあ、お前がサービスをしてくれるってんなら話は別だが」

「サービス…ですか」

まあ、そのにやけた顔を見れば言わんとしていることは分かる。100歳超えたヒヒジジイに触られたからといってどうこうというものでもない。が、残念なことに私には残念な代物しか付随されていないのだ。断っておくけど、前はもっとあった! 過酷な運命に翻弄された末の哀しい結果に過ぎない。

「こんなもので気が済むのならどうぞ」

だけどモノは試し。

もしかしたらマトリフ様は幅広いご趣味をお持ちかもしれない。そして今の私には何にも増して変えがたい武器を持っている。若さという名の。

「お手を失礼――」

マトリフ様の右手を掴む。そして私の胸に、あらゆる魔法を紡ぎ出す掌を押し付けた。

「――」

顔色が変わる。凶悪な目付きが更に鋭くなって。それは10代の少女の胸を触っている時にしていい顔ではなく――。

 

「お前、何モンだ? 」

 

どうやら、上手く興味を引けたようだ。

 

 

 

「別の世界から――ねえ」

打ち明けたのは、アバン先生にした内容と大体同じ。

私は別の世界の人間で、神によってこの世界に送られたということ。勇者を1人にしないため。だから先生と行動を共にし、修行を付けてもらっていた。

これから多分大きな戦いが始まり、そのために力が必要――これは先生には話していないことだけれども、先生もきっとご存知だ。だから、私たちを育てているのだ。来るべき大戦に備えて。

「まあ、ありえねえ話じゃないな。別の世界に繋がる旅の扉の伝説なんてーのもあるぐれえだ」

私は慎重に言葉を選んだ。多分嘘は見抜かれる。だから、言いたくないことは言わなくて済むよう、話の流れを見極めなければならない。

「それに、お前さん――見た目はガキだ、実際触ったからそれは間違いねえ――だが、雰囲気はどう見ても10代のそれじゃねえ。まず可愛げが皆無だ」

「……」

そして、どうしても言いたくない話には口を閉ざす。

私は年齢の話と野球の話が大嫌いだ。何が楽しいのか全く理解できない。だから何も聞かなかったことにする。前半部分も含めて。

「マトリフ様、こちらが、前の世界の知識をもとに作った薬の一部です」

そこで巧みに話題を切り替える。マトリフ様も私の薬に興味を持ったようだ。

「まず、ソウコのデビュー作ともいえる保湿クリーム。王宮の侍女たちがガチでお勧めしたい部門堂々の第1位。そしてこちらが薬草の効果を更に抽出させ、通常の3倍効果が期待できる上薬草。是非とも上毒消し草とセットでご利用ください。それぞれ軟膏、粉末、錠剤の3点でご用意させていただきました。それから――アバン先生も太鼓判を押した痺れ眠り薬。痺れ薬、眠り薬と単独でのご用意もしており、即効性で効果が薄いものと、遅効性だけど効果抜群のもの、2種類ずつございます。――そしてこちらが避妊薬。ついうっかりしてしまったときも、これがあれば一安心。24時間以内に服用すれば着床そのものを回避できます。もし間に合わなくてもご安心を、効果抜群の堕胎薬もご用意させていただいております。……こちらは、もはやソウコの代名詞となったアジリーゼシリーズ。ちょっとした傷や火傷、凍傷を予防できるアジリーゼの息吹、傷薬の殿堂アジリーゼの心、そして王族御用達の美容液アジリーゼの雫。後は――こちらのコーヒーは、現在ロモスを中心に静かなるブームを起こしております。お味、いかがでしょうか? 」

「――悪くねえな。…あと、お前が本当にアバンの弟子だってことが、よく分かった」

「ありがとうございます。まだまだ研究中でございますが、コーヒーの成分を抽出することができれば、医薬品としての効果も期待できます。そして……こちらもまだまだ臨床実験が必要ですが、痛みを抑える薬――モルヒネです」

「ほう」

マトリフ様の目の色が、一瞬変った。

モルヒネを手に取り、じっと見ている。見ているだけで何が分かるのか知らないけれども、まあ、この人のことだ。長い歳月の中で多くを見てきた瞳には、私と違う景色が映っているのかもしれない。

「詳しい製造方法は申し上げることができませんが、とある場所に生えているとある植物の樹液を乾燥させ、成分を抽出させて作ります」

「――なるほどな」

「そして――こちらが――アダムとイブ、それらを調合して作り出したエデンです。アダムは即効性の劇薬。イブは幻覚作用を与える薬――そして、エデンは――世界最悪の毒薬です」

 

「――お前、悪魔か」

 

説明を聞き終えたマトリフ様は、この世界で出会った誰よりも正当な評価を、私に与えてくれた。

 

 

 

小さい頃、とある文豪の作品集を読んだことがある。児童向けに出版されたものだが、挿絵は全然可愛くなくて、内容も古臭く、当時アン・シャーリーやジュディ・アボットに憧れていた私の興味を惹くようなラインナップでは決して無く。

けれども、その中の1作がとても気に入って、その話だけは繰り返し読み返していた。

その本によると、どうやら煙草は悪魔が日本に伝えたらしい。

 

 

 

「マトリフ様、お口に合いますか? 」

「悪くはねえ」

アバン先生から学んだ調理技術で、レイラさんから聞き出したマトリフ様の好みを参考に作った夕食は、どうやらお気に召したようだ。

私の話――主にアバン先生との旅の話だが――を聞き流しながら、文句も言わずに平らげてくれた。

「アーウ」

スカイはもうずっとマトリフ様の足元で丸くなっている。手なずけられたというのが正しいのか。スカイの嗜好――魔法力の高い人間に懐く――を考えれば当然で。ここにいるのは世界一の魔法力を誇る唯一無二の大魔道士。スカイにとってこれ以上に居心地のいい場所はないだろう。

そんなスカイにとっても、この洞窟への滞在が許されたことは何よりだ。

「お前さんの作った――モルヒネだが」

「はい」

片付けを終えると、マトリフ様はテーブルの上に一冊の本を置いた。開かれたページの挿絵に、どきりとする。

――芥子だ。

「この植物は600年くれえ前に、ある国を滅ぼす原因になった――理由は想像が付くな? 」

黙って頷く。

「その植物は――今じゃ名前も残っちゃいねえが――、その国が滅びた後、神によって封じられた。今じゃ余人が近寄れねえダンジョンの一部に生えているだけだ」

まったく、とんでもねーモンを掘り起こしやがって――鼻をほじるマトリフ様から若干距離を空けつつ、私の脳裏にはひとつの疑問が浮かんだ。

 

アバン先生は、この事をご存知なのだろうか。

 

「まあ、お前が魔法を覚えられない理由も何となく分かった」

「本当ですか!!マトリフ様、であればぜひ、アドバイスなど――」

マトリフ様は、私の手土産である魔法の聖水を小皿に垂らし、スカイの鼻先に差し出した。スカイはそれを必死に舌で掬い取る。――断じて、魔法の聖水はこんな使い方をしていいアイテムではないと思うが、それを口にしてもこの場の誰も得をしないということは分かっているので、あえて見ない振りをする。

「これはコールブレスか――キャットバットに使わせるっつーのはまずまずの選択だ。こいつは底なしに魔法力を溜め込むからな。鍛えりゃ、マヒャドを超える可能性もあるが――まあ、お前ら次第だ」

「はあ……」

「お前もいいアイテムを持ってんじゃねーか。星降る腕輪か…レイラを思い出すな――まあ、あいつはお前と違ってボリュームがあったが…そう嘆くな、世の中には色んな趣味の男がいるさ。そこのケープからは、聖職者を始めたくさんの人間の力を感じる。よっぽどお前さんの事を思って作ったんだな。それからその服は――パプニカ製だな。アサシンダガーは敵の急所を狙いやすい。お前、剣の腕はそんじょそこらの兵士レベルだが、観察力は悪くねえ。こうやって話してりゃあよく分かる……つくづく可愛気のねえ女だ」

マトリフ様の言う『可愛気』というのが、マァムやポップ、レオナ姫から感じられる思春期特有の葛藤や不安定さだとしたら、私にはなくて当然だ。

もちろん、私にだってあった。今考えるとくだらないことで一喜一憂して、どうにもならないことに悩んで苦しむ、情緒不安定な時代が。当時は永遠だと思っていた時間は、今になると一瞬で。誰だってそうだ。みんなそれを経験し、解決できないまま時間が過ぎて、燻らせたまま大人になる。そして、もっと別の現実的な問題――例えば、家賃の更新だとか出張申請だとか結婚式の挨拶だとか、日々消化していかないといけないことで頭が一杯になり、どうでもいい事に一生懸命だった青春時代を美化しながら生活していくのだ。

だから、利益を求めず直向に汗を流す若者に若かりし頃の自分を重ね、ノスタルジックな気分に浸る――アイドルや甲子園があれだけ支持されているのもよく分かる。

そんな大人にとって、私みたいなタイプは、何よりも可愛くないだろう。大人とは若さゆえの過ちを犯す若者を、そっと見守りたい、力になりたいと思う生き物なのだから。

――あーあ、作戦、間違えたか。

私はマトリフ様へのアプローチに対し、無難であること、そつなくすることを心がけた。見栄を張ることも謙ることもせず、等身大の自分を見せる事を誠意と判断した。でなければこの人は見抜き、私はすぐにぼろを出すだろうから。

しかしそれは間違えだったのだ。マトリフ様に対しては、大いに見栄を張るべきだった。根拠のない自信を持って接するべきだった。マトリフ様はそんな若者が好きなのだから。不器用で一生懸命で意地っ張りな若者が。

つまりこの人は、案外面倒見がいいのだろう。

「おい、何を考えてんのかしらねえが、そういうところだぞ、可愛くないのは」

「…以後気をつけます」

「無理だろうな――まあ、つまりお前の観察力なら、相手の急所も上手いこと見極めるだろう。アサシンダガーも使いこなせるはずだ。そして、投げナイフ。毒との相性もいい。器用そうだしな――おっ、そのカメオ…見せろ」

「……どうぞ」

ターバンにアクセントとして装着していた、シーボルトさんから頂いたカメオのブローチを取り外す。瑪瑙とはいえ高級品といいがたいこのアイテムの価値を、大魔道士はすぐに見抜いた。

もしかしたら、ドラクエⅤ、Ⅵ版のインパスが使えるのかもしれない。

私のインパスでは宝箱の中身が宝かトラップかを見極めることしか出来ないが、マトリフ様レベルになると鑑定能力も付随している可能性もある。

「なるほど、坑夫の家に代々伝わる類いのものか。こういったものは、世代を重ねたものほどお守りとしての効力が上がる。自分で使った毒を吸うなんて間抜けなことも、これがありゃ回避できるだろ。毒だけでなく幻術なんかも防げるだろうな――おい、もっと飲むか」

スカイは遠慮なく、魔法の聖水のお替りを強請った。およそ瓶の半分が、小皿に注がれる。マトリフ様は蓋を閉め、瓶をテーブルに置くと、それはもう、天気の話でもするかのように――。

 

「マラリーサ」

 

聞いたこともない呪文を私に掛けた。

 

 

 

「っ――なに、ここ…? 」

ディジャブだ。

この体験は2度目。一度目は、もう1年半近く前――偶然かもしれないけれども、身に付けているのも、あの時と同じ布の服。違いといえば、投げナイフとアサシンタガーの収納されたバックルを身に付けているくらいか――。

いや、あの時は森の中だった。そしてスライムに襲われ、お陰でその場所がドラクエの世界だということが分かった。

打って変わり、私が今いる場所は、火の海――あたり一面燃え盛る火に囲まれた、どこまで続くとも知れない岩場。所々から吹き出るガスに火は燃え移り、時折小さな爆発音がして、地面が飛び散る。

お陰でひどく暑い。多分、このままでは死んでしまう――焼死ではなくガスか、それとも窒息で。

そして一番の相違点は、あの森に私を送りつけたのは神だけど、今私がこの場にいるのは、マトリフ様の仕業だ。

「リレミト」

唱えてみたが効果はない。ルーラも、見えない天井の幕に頭を打ち付けて、失敗に終わる。めちゃくちゃ痛い。泣きそう。

多分これは催眠の一種なのだろう。いくら大魔道士といえども、一瞬で私を知らない場所に転送し、服や持ち物までチェンジするなんて不可能なはず。先ほど掛けられた魔法で、精神だけこの場所に飛ばされたのか。ブローチを取り上げたのも、そのためだ。あのブローチは、精神系の攻撃からも身を守る効果がある。

とりあえずフローミを唱えたが何も反応しない。私の仮説、いい線行っているかも…。

だからと言って安心は出来ない。天幕に打ち付けた頭は痛いし、飛んできた火の粉は熱い。多分実の肉体とリンクしている。ここでの怪我は、私の体に反映されているはずだ。

マトリフ様の性格だったら多分、そういうことだろう。

おまけに息苦しくて死にそうだ。この世界で鍛えられたとはいえ、持って15分程度か――。

「なっ――」

背後に、嫌な気配。思わず飛び退くと、激しい火柱が私のいた場所を覆い隠す。もしもう少し避けるのが遅れていたら、致命傷を負っていただろう。その、火柱の発生源に気付き、目を疑う。

 

 

 

「溶岩原人!?」




段落ごとの行間、今まで1行ずつ取っていたのですが、3行にしてみました。

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