世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、冒険をする 7

「ロモスの王女から噂は聞いていたわ。会えて嬉しい!!」

昨日の夜到着し、今朝は少し寝坊して、名高いパプニカの町並みとオープンテラスでのブランチを堪能する。

それからお城に向かい、門番にアバンのしるしとロモス王女の名前を出せば、簡単に城内へ入ることが出来た。

謁見の間に通されるのかと思いきや、用意されていたのは中庭のティーセット。

「あなたがソウコね!!アバンの使徒の…座って、お茶をご馳走するわ!!」

有難くもパプニカ王女レオナ姫のアフタヌーンティーに、同席を許されたのだ。

「ねえ、フローラ様もあなたの話をしていたそうよ。お父様が言っていたわ!!いろいろな薬に詳しいって…頂いたアジリーゼの雫も使ってみたの。あれもあなたが作ったのでしょう? それってアバン先生の教え? 私も一度アバン先生に習ってみたいの。お父様に頼んでいるんだけど、あの方、なかなか居場所がつかめなくて…あ、このクッキーも美味しいのよ。それで、それで――」

初対面時のポップを髣髴させるマシンガントーク。魔法が使える人はみんなこうなのだろうか。

こちらも女子力を最大限に捻り出し、お陰で特に内容もないまま日が暮れれば、言われるがままディナーのご相伴に預かり、気がつけば客間に通され、花びらの散るベッドへ横になっていた。

いや、午前中はとても充実した時間のはずだった。久しぶりの陸上生活を満喫していた。なのに――なぜ、パプニカのレオナ姫に目力アップアイメイクを指導することになったのだ!!

駄目じゃん、正義の使徒と初めての邂逅がこのぐだぐだっぷりって。もっとこう、世界平和についてだとか、呪文についてだとか、よく分からない難しい話を気取りながらする予定だったのに。

――レオナ姫、恐ろしい子!!

翌日はパプニカのナイフを見せてもらったり――ナイフ使いである私への有り難いお心遣いだろうけれども、生憎鑑定眼皆無なので、漫画と同じ!!というミーハーな感想しか持てなかったが――お茶飲みながら話したり、ランチは城をこっそり抜け出して話題のカフェに行ってみたり、午後になったらまたおしゃべり。

つまり、ずっとレオナ姫に振り回されていた。

「ふーん。これが星降る腕輪か」

「はい、すっごい早く動けるようになります」

「……いいわね。私もカジノに行ってみたい」

「レオナ姫なら、このくらいのアイテム、カジノに頼らなくても手に入れられますよ」

「そうだけど…でも、退屈なの」

退屈――要するに、私はレオナ姫の暇つぶしに付き合わされているだけなのだ。聡明な少女にとって、この城は狭すぎる。彼女の叡智はもっと大きなフィールドを求めて止まないのだろう。

「だけど、今度儀式のためにデルムリン島というところに行くの。それだけが楽しみ」

デルムリン島の話は、ロモスのお城でも話題になっていた。モンスターに育てられた、小さな勇者と共に。なぜ先生と面識のあるロモス王が、偽勇者の口車に乗せられたのかはよく分からないけれども、王子の誕生で有頂天だったのだろう。

そういえば、結局偽勇者一行とは会えなかった。

「怖くないんですか? 」

「平気よ。怪物島といっても、もうみんな大人しいって話しだし。それにテムジンやバロンもついてくるし。あーあ、もっとこう、スリルのある冒険がしたいな」

その望みはすぐに叶うことだろう。モンスターではなく、姫が信頼する臣下によって。だけど、それを口に出すわけにはいかない。姫がデルムリン島で臣下に裏切られることが、きっかけなのだから。勇者が力に覚醒するために必要なエピローグ。

「恐れ入りますがレオナ姫――ひとつ、ご忠告させてください」

だけれども、この賢く勇敢で美しき正義の姫君を、知っていながら危険にさらすことは、心が痛む。

「遠い世界を想像するよりも、近くを見極めるほうが、或いはずっと難しいものです」

結局この日も城に泊まった。

 

トッチから連絡が来たのは、家庭教師の職を失ってから2ヵ月後。

「来ないんだ――ヤバイよね、これ」

今すぐ1人暮らしのアパートへ来るように伝えると、私は急いで妊娠検査薬を買いに行った。久しぶりに見たトッチは、少し大人びて。下腹部を両手でずっと押さえていた。

高校時代、妊娠したクラスメイトと同じように。

「お母さんには? 」

「無理――…お母さん、なんか壊れちゃったんだ」

母親は男と別れると、トッチに何度も謝った。床に額をぶつけて。朝も、昼も、夜も。トッチはそれが辛くて、母を無視するようになる。やがて母親は会社に行かなくなった。化粧もせず、髪はボサボサ、一日中朦朧として。たまに笑ったと思ったら、トッチを酷く叩き、酒臭い息を撒き散らしながら罵って。

「体、見てもいい? 」

少女は躊躇ったあと、裾を持ち上げて。そのお腹には酷い痣。細い指のあとがくっきりと浮かんでいた。

――検査薬の結果は陽性。

「ねえ――」

「相談する人なんて、いないし」

「……おばあちゃんは? 」

「この間、お財布のお金が無くなったから電話したら、家にやってきて――おばあちゃん、お母さんのことめちゃくちゃ殴って、泣いた」

私だって18歳だった。大学に入ったばかりで、世の中のことなんて何も知らない、ほんの小娘。

中学生の女の子を、保護者の許可なく堕胎させることが出来るかどうか、誰に聞けばいいかも分からなくて。

戸棚から薬を取り出した。

ホオヅキ、朝鮮人参、唐辛子、市販薬――そのほか、手に入るもので作った薬。体質にも依るが、3ヶ月なら大丈夫だと思った。

「飲んだら――暫くここにいなさい。ナプキン付けて……。おばあちゃんには今日泊まるって連絡しておくから」

中絶は成功した。

だけど少女を救うことができず。

暫く経って、死を望む彼女にエデンを渡した。

あの世界の人なら誰でも知っている。報道されつくした、世界最悪の女の始まりの出来事。

 

「ということは、ソウコって盗賊なの? 」

「能力は――盗賊に適しているみたいです。本当に盗みを働いているわけじゃありませんが」

滞在から5日目。どうやら今の立場は、『レオナ姫臨時家庭教師』ということになっているようだ。今のところマスカラしか教えていないけれど。

「そっか――じゃあ、こういうのはどうかしら? 」

ホイミすらままならぬ私が賢者の卵様に教えることなど何もなく。というわけでレオナ姫が先ほどから筆を動かしているのも、熱心にノートを取っているわけではない。洋服のデザインを考えていらっしゃるのだ。

「全体的に黒くして、ちょっとクールに…ほら、ソウコって胸がアレだし――ケープとも合うし。うん、素敵、ぴったり」

「………」

今朝方、もうそろそろお暇したいと伝えたら、衣装をプレゼントしてくれるといわれた。

確かに、はじめの町からずっと皮のドレスだ。そろそろもっと上等なものにしたいとは思っていた。パプニカの布は質がいい。どうせならいい物を着たい。

「じゃあ、これ――仕立てて」

――今から?

洋服を作るのにどのくらいの時間がかかるのかは分からない。それほど差し迫った用事はないけれども、毎日毎日スイーツとおしゃれに囲まれたこの生活は、私を堕落させる。

次の行き先が、どうにも気が重いので尚更。

「でも、盗みをしない盗賊っておかしいわよね」

「そうですね、だけど実際に盗賊稼業をしているわけではないので」

「じゃあ、ソウコって何になるの? 」

ここに何日も居座っている最大の理由がこれだ。無限ループのガールズトーク。特に意味も目的もなく、思いついた事を言いたい時好きなだけ喋る。これでは、時間がいくらあっても足りないのだ。

――そしてそれがめちゃくちゃ楽しい。

「アバン先生に聞いたら、そういうことには囚われず、自分に出来る事をしろって――」

なんか、そんな感じの事を言っていた気がする。多分。

「ソウコにできることって」

「――睫毛めっちゃ上げたり? 」

「はははっ、なにそれー、変なの!!やっぱソウコっておもしろーい」

それはそうだ。姫の周りにいる賢者とは、出自も経歴も何もかも違う。物珍しいのだろう。現に私は、レオナ姫のことをとても面白いと思っている。

賢いくせにスイーツ(笑)で、しっかりしていると思ったら我侭、自分勝手だけど常に周りを見ていて――。

「じゃあ、私に出来ることって何なんだろう」

姫は本日5杯目のお茶に手をかけた。

「賢者といっても卵だし。姫といっても、ピンと来ないし。私に何が出来るんだろう――ソウコ、私って何だと思う? 」

「レオナ姫は――レオナ姫ですよ」

「――そうではなくって!!」

乱暴にカップを置くと、控えていた侍女が一斉にこちらを見た。姫は気にせず言葉を続ける。

「そうじゃなくって――姫とか、そういうのじゃなくって!!そういう特別なことじゃなくて、もっとあたしにできる事をしたいの。あたしだけに……こんなの、分からないと思けれど」

お陰でインク壷が倒れかけたのを、慌てて支える。持っていて良かった星降る腕輪。

「分かりますよ。誰にだって」

「え――」

「みんなそうやって悩むんですよ。自分には何が出来るのか、何のために生まれてきたのか。それでも、何かのためには生まれてきたはずだと信じたいから、誰かの役に立ちたくて、働いたり、結婚したり――王様も家来も、町の人たちだって――みんなそうやって、自分が何かを探しながら生きていくんです」

誰にだって言える言葉だ。そこに並んだ侍女にだって。そんなありふれた事を、姫は誰からも教えられてこなかったのだろう。王族という、圧倒的な力を持って生まれたが故に。

「姫は――強くて、賢くて、美しい方です。おまけにパプニカの王女様でいらっしゃいます。合わせて4つ、人より恵まれて生まれました。だから人の4倍、考えなければなりません」

「考えるって――自分がどう生きるかを? 」

「いいえ、違います。人をどう生かすかを。姫と同じように悩んでいる者達に、正しい選択を促すことを。姫には、その力があります――あ、そうなると、合わせて5つですね」

正義――という、過酷な戦いの中で、誰もがぶれてしまいがちな価値観を、常に体現し続ける使命が、レオナ姫にはある。それが彼女なのだから。

誰が取って代わることも出来ない、彼女だけなのだから。

「何のために生まれてきたのか、自分に何が出来るのか――それを誰かに導くために、あなたは生まれてきたのです」

中庭を去るとき、侍女はいつものように頭を下げた。だけどその日は、いつもより長く、深く――。

 

新たな衣装は翌朝仕上がっていた。

「うん、思ったとおり――よく似合うわ。ほら、胸がアレなお陰で、このくらいのカットでも全然いやらしくならないし」

「あの、――いえ、なんでもないです。勿体のうございます。謹んで賜ります」

「いいのよ。授業料だから」

パプニカの高級な黒い布で仕立てられたのは、ノースリーブでショート丈のオールインワン。袖と裾をカバーするように、ロンググローブとニーハイブーツがセットになっていた。

「あとは、このストールを、こうやって頭に巻いて……あー、その結び方すごくいい!!どうやったの、教えて――――結び目の真ん中に、このカメオを…ほら見て、盗賊っぽい」

グローブとブーツにはシルバーの留め具が使われていて、かなりゴツめだ。バックルと星降る腕輪を合わせると、盗賊というよりパンク。どう考えても王室とは正反対の人種になってしまう。ケープと、ターバン代わりのストールの結び方で何とか甘さをミックスする。

確かに動きやすいし、特別な生地のお陰で呪文のダメージを受けづらいというのはありがたい。

「授業料ですか――特に何をしたわけでもないんですけれど」

「何言ってるの。教えてもらったわ――色々。……ありがとう、ソウコ先生」

私の事を『先生』と呼んだ2人目の少女は、はにかみながら長い髪を揺らした。

トッチがずっと憧れていた、まっすぐな長い髪を。


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