世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、冒険をする 5

弔問客は口々に、穏やかな顔を賛辞した。自分もまたこのような最期を迎えたいと。

モルヒネの投与から2ヶ月を待たずして、老女はこの世を去った。意識は最期まではっきりしており、薬のお陰で体が随分楽になったと笑っていた。それでも、副作用はあった。髪は抜け、食欲は落ち、1日の大半の時間は強い眠気に襲われて。

しんどかったはず。誰に当たることなく、意識がはっきりしている時は、新嫁に自分の新婚時代の話をしていた。恋に憧れる少女のような顔で。

ずっと気に病んでいた息子が、マリアさんとの結婚を告げてから2週間。急かされるように教会で式を挙げてから3日後の朝だった。

「ありがとうございます」

シーボルトさんは私に向かって深々と頭を下げた。隣に並んだマリアさんも。

「いえ。おふたりとお母様が頑張っただけです」

「――これ、すごく喜んでいました。あんな顔、親父が死んでから初めて見ました」

カメオのブローチを、彼女はずっと身に付けていた。髪が抜けてから被るようになった帽子に刺して。毎日、何度も鏡を見ていた。こけた頬を気にし、そのため食事の増量を求め、嘔吐感と戦いながら流し込んでいるのを、3人とも知っている。

「食事の量が増えて、痛みも訴えなくなったので、もしかしたらと思ったんですが――だけど、最後は幸せそうでした。ソウコさんのお陰です」

そしてカメオのブローチを、貰って欲しいと私に差し出した。父と母の思い出に因んだこのブローチを。母の家系に伝わる、貴重な形見を、私に。

「駄目ですよ。これ、マリアさんが持っておくべきだよ」

「いいえ――これは母の希望です。マリアとも相談しました。…僕は医者なので、このお守りは必要ありません。きっとソウコさんの役に立ちます」

「ええ。それに私には、この指輪があります」

薬指に控えめに光る指輪。マリアさんにぴったりの。

「ソウコさん、貰ってあげてください。この人のためにも」

 

1週間くらいは私もシーボルトさんも慌しかった。シーボルトさんは新婚で、その準備もろくに出来ていない状態で結婚したのだ。遺品の整理と、マリアさんとの新生活の用意を平行しつつ、診療所の新設に奔走した。

私は私で、エデンの実験のためモンスターの出るダンジョンに入って死にかけたり、薬品棚をひっくり返して死にかけたり、試しに作った唐辛子スープが思った以上に辛くて死にかけたり色々と大変だった。

ただ、頂いたカメオを、装備していると毒や麻痺といったいわゆるステータス異常から身を守る効果があることが分かったのが収穫だ。これで戦闘時に薬物を使用した際の自爆は回避できる。

植物の栽培は、地下、畑共に順調。一番頭を悩ませていた土に関しても、大量に入手できた。

廃坑の火炎ムカデ退治を町に報告したところ、意外なほど感謝され、褒美に鉄の槍をくれると言われたのだ。正直鉄の槍にいい思いではないし、第一使いこなせないので、代わりに畑の土が欲しいと言ったところ、2つ返事で樽10個分用意してくれた。

あの採掘場を閉鎖したことは、町にとっても大きなダメージだったらしい。再開したことで、農夫に転職した多くの坑夫が復職できたそうだ。畑の土は、そこから調達してもらえた。

なにより一番私たちを忙殺させたのが、医師からの問い合わせ。

あの夜サロンで話したモルヒネのことは、忽ち多くの医師の耳に入ることになった。老女の臨終の様子を聞いて、そんなに効果があるのかと、各所からの問い合わせが殺到し、その対応に追われている。

「じゃあ、こっちの部屋の温帯石には、少なくとも3日に一度はヒャドを掛けてもらってください。町長の許可を得て、町のお抱え魔法使いが対応してくれるようになっているんで。温度管理はしっかりお願いします」

留守中はシーボルトさんが私の家を維持してくれることになった。診療所も、すぐ近くに建つ予定だ。もちろんマージンは支払う。

モルヒネに関しても、まだまだ臨床実験が必要だったし、シーボルトさんならその辺も上手くやってくれるだろう。

「こっちのレシピは誰にでも教えていいやつ。こっちは販売するのであれば値段表に沿って。この辺は門外不出で。それから帳簿だけど――」

ルーラはあるけれども、旅の最中いちいちここまで戻るのは骨だ。それに、ダンジョンに入って何日も出られないことも有りうる。真面目で優秀なお医者様と、マメな奥様が手伝ってくれるというのなら、こんなにありがたいことはない。

その外にも、何人か近辺の医師が手伝いを申し出てくれているので、こちらの維持はなんとかなりそうだ。

 

出発の前日は、マリアさんの手料理をご馳走になった。翌朝の見送りを申し出てくれたけれども、当然お断りする。

「新婚夫婦の朝寝坊を邪魔したくないんで」

アバン先生と別れてから、何だかんだで4ヶ月以上経つ。確かポップが15歳、マァムが16歳になってからの話だから、もうあまり時間がない。

別れ際、先生から渡されたアイテムは5つ。まずはアバンのしるし。そしてアバンの書。次にリリルーラの粉。もうひとつがソレッタの土。そして最後が紹介状。

「これは…梃子摺りそうだから後回しだよな」

とりあえず、こちらの用事を済まそうと、ルーラで向かった先は――。

「あら……ソウコなのね。驚いた…突然ね。アバン様は一緒じゃないの? 」

「お久しぶりですレイラさん」

ネイル村は、以前訪れた時と変わらず。それが何より嬉しかった。

 

「まあ…あの人が。知らなかったわ、ちっとも。あの修道院がそんな風になっているのだなんて」

オーザムでの出会いを話せば、レイラさんはとても喜んでくれた。ぜひ力になりたい、一度行ってみたいと言われたので、明日マァムと3人で訪れることに。

「あなたも随分見違えたわ。アバン様の元で随分成長したのね」

「――マァムだって、大人っぽくなったね」

「そうかな? 」

「ふふ…ところであなたのブレスネット、もしかしたら――」

「あ、分かりますか? 」

左上の手首に嵌めた翡翠のブレスネットは、何を隠そう星振る腕輪。装備すると素早さがめちゃくちゃ上がるレアアイテム。ベンガーナのカジノに景品として並んでいた。

手持ちのGをほぼすべてスロットに溶かし、残り4G。コインは1枚20Gなので、これではどうにもならないとは思いながらもだめもとで交換所に並んだところ、何の手違いか大量のコインを渡される。

しれっと星降る腕輪と交換し、ついでに魔法の聖水も1ダースほど頂き、そそくさとカジノを後にした。残りのコインの使い道は、おいおい考えることにしよう。

「懐かしいわね。私も昔着けていたのよ」

「え――」

レイラさんがカジノ!?

「隠し通路をロカがたまたま見つけて、進んだところにあったのよ。あなたも苦労して手に入れたんでしょう? 大切にしてね」

「え…あ、はい、大切にします」

わざわざ思い出に水を差す必要は無いと思い、私は口を噤む。

問題なのは入手経路じゃない。手に入れたものをどう利用するかだ。

この腕輪があればほぼ確実に先制できるので、まず毒を塗った投げナイフで攻撃し、スカイのブレスで足止め、毒が効いてきたのを見計らいダガーで止めを刺すという戦術が一番しっくり来た。

「暫く見ないうちにまた大きくなったんじゃない? 」

マァムと一緒に入浴すれば、その話になるのも仕方がない。決して僻みではない!!断じて――。

「そうなの――鍛えているんだけれど、どうしても大きくなっちゃって」

「…へーえ。そりゃ大変だ」

私は若返って減った上、更に修行で体全体が締まったお陰で更に減ったけどね。昔はもっとあった。やせる前は大きかったんだから!!

「それより、旅の話をもっと聞かせて頂戴。先生の修行どうだったの? 」

「逆上せそうだから後でね。先に出てる」

今の私には、レイラさん特製ハーブティーで心を落ち着かせる必要があった。

 

「まあ――レイラね!!よく来てくれたわ」

シスターは私たち一行を大歓迎してくれた。レイラさんと並んでスキップでもしそうなくらい。私はマァムと顔を見合わせて、暫く2人にしてあげようと、雪遊びに興じた。

ロモスではこんなに降ることがないらしく、マァムもいつになくはしゃいで。

「そういえばスカイは? 」

「暖炉の前で丸くなってる」

レイラさんとマァムは、暫くここに滞在することになった。施設の拡大に力を貸すそうだ。

「あまりネイル村を留守にするわけにもいかないし・・・ロカの墓もあるから――その書状の経過次第だけれども、長くても2月くらいかしら」

その言葉を聞いて安心する。ずっと滞在するなんて言い出したら、マァムはポップたちと合流できなくなってしまうのだ。

修道院があった頃、ここから少し離れた場所にある貯蔵庫に、何種類ものハーブを保管していたようだ。かなり貴重なものばかりなので、栽培が出来ればかなりの収入が見込めるという。貯蔵庫には例によってモンスターが住み着いてしまい、シスターたちでは取りに行くことが出来なかったのだが、マァムが腕試しも兼ねて回収に向かうと言い出した。

「私も手伝うよ、やっぱり」

「大丈夫。私1人でも、どこまで出来るかやってみたいの」

マァムは少し変った。

気は強いけれども控えめで、自分の力を誇示するよりも、抑えたがる傾向があった。そんなマァムらしくない言葉だと思った。

「――先生から貰った力で、母さんの大切なものを守りたい…! 」

その言葉には、これまでにない少女特有の自意識が感じられて。

今のマァムも私は好きだ。




基本的にオリキャラの名前は出したくないのですが(考えるのがめんど…)シーボルトさんはこれからも出てくるので、毎回毎回「ロモスの元侍医」ではなんだなあと思って、幕末のドイツ人医師から名付けました。

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