素泊まり一泊3Gは、安すぎる。食費よりも安い。100Gはぼったくりだと、いちいちルーラで実家に戻っていたけれど、考えてみればいくら雑魚寝とはいえ複数人数を1泊1万円で泊めてくれるなんて。宿屋には、政府から補助金でも出ているのだろうか。
しかも、収穫がひとつ。
なんと言うこともなしに引き出しを開けると、前の客の忘れ物があった。皮地の女性服。いわゆる皮のドレスだ。
宿主に告げたところ「あー、もし良ければ差し上げますよ」との事。
とりあえず、着てみると、サイズもぴったり。黒のチュニックで、裾はタイトになっている。丈は膝上だが、レギンスを履けば問題ない。ブラウンのフードつきベストも一緒に入っていたが、内側にポケットが付いており、薬草の収納に丁度いい。皮の手袋と、ロングブーツもあった。こちらも問題なく装着できた。
多分、前の宿泊客が不要になったものを置いていったのだろう。随分とリッチなことだが、宿主の反応を見る限り、よくあることのようだ。
引き出し、壷探索の秘密が分かった気がする。
初期のモンスター相手であれば充分すぎるほどの装備が揃い、明日から始める冒険へ再度決心する。
いろいろと、分からないことだらけだ。
だけどどうしようもない。
これは神が決めたことなのだから。
世界最悪の女である私の、贖罪の旅が、始まった。
翌日は1日、経験値アップに明け暮れた。たまに鳥かと思うとおおがらすで、スライムと比べると少々梃子摺ったが、徐々に慣れればダメージを追うことなく倒せるようになった。
多分レベルが上がったのだろう。
多少の怪我も、薬草を使えばウソみたいに回復する。
結局この日は薬草を2個使ったが、途中道端で20G拾ったので、当座の宿代も稼ぐことが出来た。
翌日、その翌日も繰り返し。
念のためアイテムが落ちていないか確認したのだが、初日の20Gだけだった。後は1日2,3個敵が薬草を落として行くくらい。
ただ、いくつか既知の植物や、それに近いものが見つかったので、摘んでおく。
夕方町に戻ると、山賊についての情報収集。夜はそれを元に攻略の対策を練る。
5日ほどスライムやおおがらすを相手にしたところで、確かな手ごたえを感じ、南西の山に向かう。あの定食屋の味も、これが最後になるかもしれないと思うと、後ろ髪を引かれた。
町を早朝に出発し、山の中腹まで差し掛かると、日が傾いてきた。
幾ばくかの不安に駆られていると、不意に人の気配。
「なーんだなんだ、女じゃねえか」
「お嬢ちゃん、迷子? 」
2人、いや、後ろにもう1人。取り囲まれた。心臓がバクバクする。いよいよ、だ。
このフラグを、本当はどうするべきなのか、分からない。だけど私に出来ることなんて、限られていて。
「カンダタさんの仲間にして欲しくて来ました。案内をしてくれますか」
覆面マントにブリーフ。ひと目でわかった。この男が山賊の首領だと。
「貧しい村の出身なんだけど、貧乏生活が嫌になって家出したの。カンダタさんのお話を聞いて、リッチな暮らしが出来ると思ったんだ」
男たちは皆、頭の足りない小娘を、好色の目で見ている。
「なるほど、賢い娘だ、こっちにきな」
じろじろと、上から下まで見られる。
私は知っていた。自分が男からどういう風に見られているかを。そしてそれを、どうやって利用すれば、自分へ有利に事が運べるかを。
「きゃっ」
腕を引かれた。カンダタの肩に乗っていたモンスターが飛び立つ。弾みで、カンダタの体に倒れこんだ。もちろんわざと。
「ふーん。まあ、小娘だけどなかなか」
タイトになっているスカートの奥を、凝視される。手下たちの、つばを飲む声。無骨な手が、体を撫で回した。
「頭、あの、この後リンガイアから輸送車が……」
「ちっ、しゃーねー。お嬢ちゃん、後でゆっくり面接してやる」
カンダタは、もはや何ひとつ私の事を警戒していない。
体をまさぐったのは、持ち物のチェックのためだということには、もちろん気付いていた。目に見える危険物は頼りないブロンズナイフひとつ。
「お前ら、女に手を出すんじゃねえぞ」
留守番の手下にそういい残し、カンダタたちは定期便の略奪へ向かう。予定通り。
10日に一度、リンガイアから大量の物資が輸送される。中身は、食品や生活必需品。これを、毎回カンダタたちは狙っている。
もちろん輸送する側も対策は練っている。狙わないで貰うために、カンダタへ毎回、通行料を払うのだ。人的被害を考えると、個人の商人が唯一出来る最大の防御策。いわゆるみかじめ料だ。
この、形骸化された儀式に、毎回カンダタ本人が参加しているのは、過去に何度か隙を付いて追い払われたことがあるからだ。
そのため、圧倒的武力を誇るカンダタと、自慢のペット――キャットバットを連れて。
キャットバットは呪文を封じる。
武力で抵抗すればカンダタに、呪文で抵抗すればモンスターに、それぞれ制され、最悪命まで落す。それならば、いくばくかの金で安全を買ったほうが安く付くのだ。