懐は温かくても、オーザムは寒い。
「アーウ」
「スカイ、大丈夫? 」
子供服を縫い直した毛皮のフード付きマントが気に入ったのか、上機嫌にくるくる回る。私のコートと一緒に用意しておいてよかった。
「寒すぎる……私も飛んでいこう」
フバーハを使えば寒さも緩和されるのだが、生憎習得にいたっていない。もう一歩だとは思うのだけれど、その一歩が分からない。センスがないのだ。
今向かっているのは、山奥にある修道院の跡地。かつてレイラさんが居た場所だ。魔王軍によって廃墟となる前は、たくさんのハーブを育てていたという。
一年の半分が雪に閉ざされるこの地方では、短い夏の収穫を保存するのにいくつものハーブを利用するそうだ。そしてその中に、冬になると茂る品種があった。
一株から両性の白い小さな花をいくつも咲かせるのだが、稀に単性の花しか咲かない株がある。雄花は解熱に、雌花は不眠に、それぞれ効果があるという。
特徴は私が必要としているものと、一致していた。
「見えた、頂上だよ」
「アウー」
「あれ…」
頂上の様子はレイラさんに聞いていたものと違い。
「間違えたのかな……」
10年程前レイラさんが訪れた時は、修道院の瓦礫がそのままになっていたという。人里離れた山奥だ。復興の手も届かないのだろう――そう聞いていたはずなのに、廃墟の形跡は見当たらず。
雪と、小屋が二棟。
「何かありました? 」
「あ、こんにちは――ここ、以前修道院のあった場所でしょうか? 」
「……ついてらっしゃい」
話しかけてくれたのは、修道服を纏った中年の女性。訳もわからず案内されるがまま、手前の、比較的小さいほうの小屋に入った。
「ここに座って。事情は話せるのなら話してくれればいいわ」
暖炉の前に案内された、室内には、女性が何人か。隣の部屋には祭壇が。
「あの、えっと――修道院で、ハーブを育てていたと聞いて。そのハーブのことでちょっと――」
「え? 」
「え? 」
「……あなた、逃げてきたんじゃないの? 」
要するに、駆け込み寺というやつだ。
一年の半分が雪で閉ざされる、オーザムの生活は厳しい。大人たちは冬の間他国へ出稼ぎに行く。アゼリアの花畑で聞いた、カールからの季節労働者の話を思い出す。しかし、そういうまともな労働ならまだましだ。
工場や農場で働けない年齢の子供や、その給金だけでは生活が出来ない家庭の女は、もっと酷い仕事をしなければならない。家族の生活を支えるために。
この小屋は、そんな生活に耐え切れなくなった女たちを受け入れているのだ。
「レイラの知り合いなのね。懐かしいわ」
「レイラさんをご存知なんですか? 」
「ええ。レイラとは年齢も近くて、仲が良かったの。――彼女は本当に素晴らしかった。僧侶としての力をめきめきと付けていき、そしてとうとう勇者様と共にこの世界を救ったのよ」
「――今も、とても素敵な方ですよ」
「そうでしょうね。会いたいわ――レイラにも、その娘さんにも」
シスターは、7年前ここに小屋を建て、少しずつ修道院の瓦礫を片付けながら、困った女性たちの手助けをしているそうだ。
レイラさんにこの事を話したら、きっと喜んでくれる。あの人ならこの小屋の力になってくれるはずだ。世界を救ったパーティの僧侶。募れば、たくさんの国や資産家が出資をしてくれるだろう。
「ハーブの栽培は、ここに居る者たちでしているの。以前ほどの規模ではないけれども、裏に小さな畑を作って。あなたが言っているものもあるわ」
「買います!!売ってください」
「ええ――ただ、もう暗いので、明日にしましょう」
それから、夕食をご馳走になった。
ここで生活している女性は、シスターを含めて30人ほど。修道女が4人。その外は、シスターに助けてもらった女性たちだ。年齢は、10代から80代まで様々。顔に酷い痣のある人や、大火傷で手が動かない人もいた。聞かなくてもその傷を見れば、ここに来るまでのいきさつは想像が付く。
シスターは彼女たちに仕事を与え、自立の支援をしている。もうひとつの小屋は作業場になっていて、カール地方独特の織物を作っているということだ。ハーブも貴重な収入源になっているという。
王宮の生活に比べれば、とても質素な食事だったけれども、お互いがお互いを支えあっている様子が、夕食の席でも垣間見え。他人同士一つ屋根の下で暮らしていれば、色々とあるだろうが、この場所は確かに必要だ。
この夜私はとても穏やかな眠りに付くことができた。
案内されたハーブ畑は思った以上に見事で。
「こんな雪山に、よくこれだけの――」
「彼女たちのお陰よ」
目当ての花もすぐに見つかった。単性の発生はとても珍しいのだが、運よく雄花も雌花もあり、根元から二株、プランターに移す。
「だけど珍しいわね。多少の薬効はあるけれども、もっと効果のあるハーブはいくらでもあるのに。食用に育てているのだけれど、売り物になるようなものではないわ」
そうだろう。この花の価値を知っている人は、おそらくこの世界にいない。あの世界でも同じだった。わたしが見つけなければ、そのほかのありふれた花々に埋もれていただろう。
「ありがとうございます。とても助かります」
シスターは、そのほかのハーブの薬効や調理方法まで、詳しく教えてくれた。私が今までの旅で得た調合の知識をいくつか披露すると、とても喜んでくれて、珍しい品種を何種類か分けてもらうことが出来た。
「あと、これ――まだ販売はしていないのですが、カール王室お墨付きです。良かったら使ってください」
手渡したのは、カールで開発した2種類の軟膏。
「『アジリーゼの息吹』は、作業前に使ってください。薄い膜が出来て、怪我や肌荒れの防止になります。小さな瓶は『アジリーゼの心』です。酷い凍傷や手荒れを回復させます。火傷や怪我にも効果があります」
安価で大量に作るのであれば、カール王国で手に入りやすいものを原材料にしなければ――そう考えて、色々と調べたところ、アゼリアの棘に多くの油分が含まれていることが分かった。
棘を茎から切り離し、カール名産のパデキアという植物と一緒に果実酒で煮込めば、抗菌作用と粘着性に優れた液体が出来上がる。それに加工した薬草を加え、よく練ったものが、『アジリーゼの息吹』だ。原価もかからず、国で製造するのであれば、労働者が日常的に使える価格で販売することが出来るはずだ。
『アジリーゼの心』は、棘から抽出した油を、パデキアの根と薬草を浸した水で煮詰め、ろ過したものにいくつかの薬品を加えたものだ。こちらは、手間がかなりかかる上に、原価も高い。ただし効果は抜群なので、傷薬としても役立つ。
それから、油の成分はスクアレンに近いので、高級美容液として富裕層に販売すればかなりの収益が見込めるはずだ。
――やっぱり100万Gは安すぎた。
「ありがとう、使ってみるわ」
「全部使い切る頃には一般に流通していると思うので、気に入っていただけたらお買い上げよろしくお願いします。それとこれ――ハーブの代金です。受け取ってください」
「まあ、こんなに――」
シスターは、手渡した小袋の中身を確認すると、戸惑いを見せる。
「このハーブ畑を復活させた功績に比べたら……そんな金額、何でもありません」
私がシスターから受け取ったものには、手渡した5万Gを超える価値があるのだから。
シスターは私の顔と小袋を交互に見たあと、何か言いかけ、やはり口を閉ざし、強く握り締めて。
「ありがとう、受け取るわ」
それがオーザムでの出会いだった。