拝啓 倉臼太郎弁護士
窓から入る陽射しも、だんだん暖かくなってまいりました。運動場から見える景色が少しずつ春の空へ変っていき、このような生活でも季節の移り変わりを感じられることに、日々喜びを感じております。
去年の春にいらっしゃった時は、花粉症でお辛そうでしたが、今年はいかがでしょうか。大学時代の友人が、花粉症によく効くといって(検閲者による塗り潰し)スープを飲んでいました。よろしければお試しください。
さて、私の生活は相変わらずでございます。
毎月一度弟が面会に来てくれるので、不自由はございません。この間は、弟が子供の頃好きだったという漫画を差し入れてくれました。
いつまでここでの生活が続くか分からない私には、時間がかかる長編小説よりも、一気に読み終えることが出来る漫画のほうが良だろうという、弟の言葉に出さない心遣いを思うと、私のせいでどんな気持ちにさせてしまったのかと、後悔でいっぱいです。
弟にだけではなく、私の作った薬で亡くなった人たちの、ご遺族の方々にも、一生消えない心の傷を作らせてしまいました。
その癒す方法が、いまだに見つかりません。
どうすればよいのか、私に出来ることはなんだろうと、日々思いあぐねてはいますが、何も答えは出ておりません。
ただ、公判の時に私の話を一言も漏らすまいと聞いていたお姿を思い出し、私がどんな人間なのかを、できる限り知っていただくことが、私に出来るご遺族への最後の償いなのかと思っております。
前回の面会で、弟と話したとき、ふと、林檎の話になりました。
咳をしていたので、先生と同じ花粉症なのかと訪ねたら、そうではなく風邪気味だということでした。
そこで弟に、家に帰ったら林檎を食べるように伝えると、笑われました。私の育った家では、風邪を引くと必ず養母が林檎を切ってくれました。夏でも、冬でも。遠足のお弁当にも林檎が入っていることはありましたが、ウサギの形は熱を出した時だけ。
私にとってそれは、幼いころ幸せだった記憶を象徴する、特別なものです。弟もきっと同じなのでしょう。
ウサギの形の林檎は、私と弟が血は繋がらずとも姉弟であるという証です。
遺族の方々にも、亡くなった方々との特別な繋がりがあるはずです。それを、私の軽率な行動で、ずたずたに切り裂いてしまったのですね。
もう今更間に合わないのに、あの時ああしていればという後悔ばかりです。
時間が戻せるのならば。
(検閲者による塗り潰し)
今からあの時間に行けるのならば。
あのときの私に、今会うことが出来れば。
毎日、毎日、願っています。
出来ることならこの気持ちを抱いたままやり直したい。
あとの時間は、手紙を書く事と、頂いている手紙を大切に読ませて頂いております。
熱心に何通も出してくださる方もいます。
厳しいお声を頂くこともあれば、私などにはもったいないほどの同情を寄せてくださる方もいます。
全て真摯に受け止めております。
ひとりひとりに返事を書くべきなのですが、週に3通までしか出すことが出来ないので、ご無礼ではございますが、今までどおり私の気持ちや状況は、先生からお伝えいただければ幸いです。
先生には多大なご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません。
それから、最近は弟に薦められた漫画の本を何度も読み直しています。
漫画はあまり読んだことがなく、しかも少年漫画なので、全く頭に入ってきませんでした。
3巻まで読んだらまた1巻に戻り、7巻で話の筋がこんがらがってまた戻り、このキャラクターは誰だとまだ戻り、読み終えるのにとても時間がかかってしまいました。
最終回が釈然としませんでしたので、もしかしたら続編があるのかもしれません。もしも次に弟と会うことがあれば、聞いてみようと思っています。
ここでは皆さん、とても優しくしてくれます。
(検閲者による塗り潰し)
執行まで、穏やかな暮らしが出来ることには、どんなに感謝しても足りません。
それもこれも、先生をはじめ多くの方々の支えあってのことだと思います。
出来るのであれば、ひとりひとりにお礼を申しあげたいです。
季節の変わり目ですので、お忙しい先生がお体を壊さないよう、ご自愛下さいませ。
それでは、乱筆失礼致します。
かしこ。藤原草子
投稿し忘れていました。
弁護士の名前は、モンキー裁判の人から頂戴しました。
基本的にオリキャラには必要でない限り名前をつけないのですが、今回は冒頭にどうしても必要だったので。
タイトル少し変更しました。