つまり、あのブレスネット――今はスカイの首輪になっているけれども――の効果らしい。
「コールブレスと言って、使用者のマジックパワーを冷気に変換するアイテムです。注入した魔法力に、効果は比例します」
知っていると思っていたのですが――先生は微妙な顔でこちらを見た。
いや、知らないから。初耳だから。
唸り声を上げたスカイの口から、青白い吐息が吐き出され、それを浴びた3人の盗賊が氷漬けになった時は、それはもう驚いた。
道理で――先生が一時期冷製スープや冷やしパスタに凝っていた事を思い出した。野宿の夕食で、デザートに手作りアイスが出て来た時は引いた。先生が結婚できない理由がよく分かるエピソードだ。
その時は冷却方法について知りたくも無かったのだが、今になってみればスカイが技術提供をしたということは、容易に想像が付く。
「もちろん、使用すれば魔法力は減ります。スカイは自身で魔法力の生成が出来ないので、補充してあげる必要があります」
そうなのだ。スカイ――キャットバットはいうなればマジックポイントの吸引機。いくらでも吸収することは出来るが、例えば睡眠をしたからといって回復するものではない。減少した分を補うには、再度他者から吸い取る必要がある。ちなみに、吸収した魔法力を何に利用しているのかは不明だ。栄養になっているのかもしれないし、一定期間を過ぎれば排泄されているのかもしれない。ずっと蓄えたままなのかもしれない。
ただ、膨大な魔法力を体内に蓄積しているということは事実で。
「じゃあ、スカイとは相性抜群のアイテムなんですね」
「そういうことです」
それで私は理解した。スカイが夜、先生の蒲団にばかり行くのかを。要は、夜食としての魅力で負けたのだ。魔法力少なさを、今更悔いた。
日中採取した草の状況を確認する。これなら、上手く加工できそうだ。
「先生、明日の準備が出来ましたので、休みます」
「はい、お休みなさい。灯りは消しますね」
灯りを消しても眩しいが、仕方がない。
スカイの変わりに、私はベンガーナ北部で取れる温帯石を蒲団に入れた。拳大に成型されたこの鉱石は、強い保温機能を持っている。たとえば氷につけておけば冷たさを、暖炉にかざしておけば暖かさを、それぞれ長時間維持できる。この大きさであれば、充分朝まで持つのだ。
「先生、あの子――明日もついてきちゃったりして」
「――それは困りましたね」
盗賊と戦っている間は腰を抜かしていたくせに、倒した途端けろりとして。弱虫でお調子者はな少年は、ずっと先生に付きまとっていた。
スカイの冷たい息で、形成は完全にこちらのものだった。ものの数分で全員倒し、縛り上げ、念のため薬で眠らせると、先生は人を呼びにルーラで村に戻った。
「大丈夫だった? 」
盗賊たちはスカイに見張らせ、私は声も出せないくらい震え上がるポップを木陰に連れて行き、数箇所擦り剥いていたので手当てをした。随分怖い思いをさせてしまったと、珍しく優しい言葉など掛けながら。が、終わる頃には様子が一変、興奮した様子で、矢継ぎ早に質問をされた。主に、先生について。
「オレはポップ。ベンガーナの武器屋の息子! 昨日店で見かけた時から只者じゃないと思っていたんだけど、やっぱりオレの見込んだとおり!!あの人、なんて名前!?どこから来たの!?何してる人? 魔法も使えるの!?アンタはあの人の弟子なの??なあ、なあ、なあ――!!」
あんまり騒ぐと、盗賊が起きてしまい面倒なことになりそうだったので、落ち着かせるのに随分苦労した。
護送用の馬車を伴い先生が戻ってくると、ポップの興味は完全にそちらに移る。馬車が村に到着するのを見届けた後も、家に寄っていくよう誘われて。先生は助けを求めるようにこちらを見たが、私は当然知らん振りをした。
ポップには、ここで粘ってもらわなければ。
ジャンクさんに礼を言われ、誘われた夕食を遠慮なくご馳走になり、ついでに一晩泊めてくれると言ってくれたのに、それは先生が固辞した。
合計所持金41Gの旅人が、何を言っているのかと突っ込みたい気持ちは山々だったが、弟子の身分でそこまで口出しすることも出来ず。
盗賊退治は村に知れ渡っていたようで、結局今夜の宿代はロハだったのだけれども。
宿まで付いてきそうなポップは、ジャンクさんの拳骨でしぶしぶ身を引いた。一時的に。
翌朝、早い時間に村を出発する。
「ソウコ、何とかしてください」
「えー、無理。私そういうの苦手なんで」
その僅か後方に、昨日と同じように私たちを追う気配がひとつ。
先生はため息をつくと、立ち止まり、振り返った。
「ポップ君、何か用でしょうか? 」
「へへ…バレちまうとは――やっぱりアバンさんは只者じゃねーよ」
「・・・・・・言っておきますが、弟「お願いです、弟子にしてください!!」
おお、見事な五体投地。もとい、勢い余ってずっこけたポップに、先生は仕方なく手を差し出した。
「じゃあ、連れて行って――」
「駄目です」
「いいじゃないですか、強くなりたいんです」
「それは結構な志ですが、まだ君は小さい。ご両親も心配しているでしょう、家に戻りなさい」
「えー、じゃあ、ソウコは? あの子は良くて、何でオレは駄目なんですか? 」
そうだ、もっとがんばれ――そんな私の内心など知る由もない先生は、助けを求めるようにこちらを見た。
仕方がない、ここで先生が意固地になったら、もっとややこしいことになってしまうのだ。
「じゃあ、一度一緒に戻って、ジャンクさんの許可が取れたら――というのはどうでしょうか? 」
「――仕方がありませんね」
ジャンクさんがどう出るのかは、賭けだった。
「――ポップ、お前の話はよく分かった」
テーブルを挟んで、先生の隣にはずっと俯いたままのポップ。その向かいで、ジャンクさんは腕を組んだまま、難しい顔をしていた。
私とスティーヌさんは、キッチンからこっそりそんな様子を覗いている。
断られる可能性は高かった。13歳になる子供が、正体不明の男について行きたいと言っているのだ。普通の親なら反対する。
「アバン様、せっかく目を掛けてくれたのは光栄だが、こいつは根性のない甘ったれだ。足手まといになる」
前言撤回。先生の正体は気付かれていたようだ。まあ、曲がりにも何も勇者様だし、ジャンクさんは以前王宮で勤めていたということなので、名前くらいは耳にしたこともあるのだろう。もしかして、すれ違ったことがあるかもしれない。
「何だよ親父」
「黙ってろ!!」
ジャンクさんは未だ渋い顔。こうなることは予想していたけれども、それでも、ポップが親に黙って家を出て行くということに、抵抗があった。
どんなに酷い家庭でも、子供にとって一番安全な場所は親元なのだ。親が子供を愛してくれているのなら尚更。昨日招かれた夕食の席で、ポップが両親から愛されているということは実感した。この両親が応援してくれているというだけで、それはポップの力になるだろう。
高校生最初の夏休みから、殆ど家に帰らなくなった。
その頃、養母は介護のため、弟を連れて実家に戻っていて。養父に体を好き勝手されるのが苦痛で、友達の家を泊まり歩いたけれど、それもすぐに限界が来る。
ブラブラしていたら、コンビニ弁当を下げたサラリーマンを見つけた。だめもとで話しかけると、家に連れて行ってくれた。奥さんと子供の写真が飾ってある、単身赴任のアパートへ。
それでも、養父よりはましで。小さい頃は本当に可愛がってくれたのだ。あの家で、養母と一緒に。思い出が壊れていくほうが、どこを触られるよりも辛くて。同じことなら、知らないおじさんのほうがましだった。養父より7歳若いおじさんのほうが全然いい。
おじさんには小学生になる子供が2人いて、下の子は病気でずっと入院していた。だから、このアパートに奥さんが来るということはなく、私はそれから2年間の殆どを、学校と1DKの部屋で過ごした。
月に1,2回は飛行機に乗って自宅に戻るので、その間は1人暮らしの真似事を満喫していた。
したくなければ、会いたくなければ会わなくていい。いつだって簡単に、部屋を出ることが出来た。そうすればおじさんはもう私の事を探せない。本当の名前すら教えていなかったのだから。きっとこの関係を終わらせるのは、私のほうからだと信じていた。そのアパートにいる私は、自由だった。
私が始めて人を殺した、高校3年生の10月まで。
私がおじさんを殺すまで。
それを知るのは、神と私だけ。
「よし分かった。行って来い、ポップ」
ジャンクさんは、意外にもあっさりとポップの旅の許可をくれた。
「あなた――」
スティーヌさんの震えが、私の血液まで揺らす。
ジャンクさんの思惑は理解した。どうせ逃げ出すと思っているのだろう。すぐに帰ってくるはずだと。口で説明してもポップは納得しない。それならば行かせた方がずっといい。それでも何かは得るはずだから。
スティーヌさんだって分かっているはずだ。長年連れ添った夫の考えも、ポップの性格も。だけど――だから、辛い思いをさせたくない、安全な場所にいて欲しい、何より、息子を手放したくない。その気持ちが、葛藤が、目尻を小さく濡らす。
先生は諦めて、契約書を取り出した。スティーヌさんもジャンクさんの隣に腰掛けて、熱心に話を聞いている。
せめてもとお茶を淹れた。念願かなったポップは、未だ俯いたままで。
「それで、こいつは見込みがあるんですかね? 」
「本人の努力次第ですが、魔法の才能はあると思います」
「えっ、本当に!?やったー!!」
「あくまで、努力すればですよ」
結局ランカークスにはもう1泊し、翌朝少しだけゆっくりしてから、私たちは村を出発した。
性能を分かりやすくするため、蓄帯石→温帯石にアイテム名を変更しました。