「ベリーグッド!!とうとうルーラをモノにしましたね」
「――そう思いますかすか? 」
アバン先生は、褒めて伸ばすタイプだ。その教育方針は、案外間違っていないのかもしれない。時に過剰な賛辞は、与えられた人間を惨めなくらい客観視させるという事実を、今、身をもって知った。
確かにルーラは成功した。ただし、目視できる範囲内で。目標にしていた村まで約10キロ。移動距離、500メートル。
「ルーラって、高速移動呪文でしたっけ? 」
「問題ナッシングです」
私の記憶が確かなら、瞬間移動呪文と表記されていたはずだ。
はじめはこんなもので、徐々に移動距離を伸ばしていけばいいと慰められ、それもそうかと納得する。
1年近く先生と旅をして、確かに力が付いているのは分かるけれども、成長は遅い。そう感じるのは、アバンの使途が破格なせいだと、自分に言いきかせるしかない。1日で大地斬、3日目で海波斬とか――どうなっているの? 若さ? 成長期!?
私はというと、先週やっと大地斬っぽい物をマスターしたところだ。岩をも砕く――とまではいかないけれども、習得する前に比べれば会心の一撃くらいの攻撃力が出せるようにはなった。ちからがよわいので、これでいっぱいいっぱいなのだ。
ちからを上げるには筋力をつけるしかない。そうすると、唯一の持ち味であるすばやさが殺されてしまうというジレンマ――。
このすばやさのお陰で、海波斬の習得は比較的早そうだと言われているので、この辺が妥協点だろう。
魔法も牛歩だ。得意のレミラーマを筆頭に、現在覚えているのは
レミーラ
インパス
フローミ
トヘロス
ルーラ
リレミト
トラマナ
スカラ
スクルト
ルカニ
ルカナン
バイキルトや、毒による自爆対策の呪文を相談したところ、アバン先生でも呪文の有無すら不明と言われた。契約こそ出来たフバーハは、未だに成功していない。
呪文とは別に、宝の気配に敏感になったことと、気配を絶って歩くことが出来るようになった。
――ていうか、あまりぱっとしない。トラマナとかいらないよ。今まで使ったこと一度もないよ。
確かに生活が便利になった気はするけれども、正直実戦で使えるのって500メートル限定ルーラと、スクルト、ルカナンくらいじゃん。リレミトじゃ絶対大魔王から逃げられないだろうし。もっとこう、すごい魔法が覚えたいんだ。
「ほら、見えてきましたよ」
悩んでいると、いつの間にか目的地に着いた。ルーラを覚えた私が第二段階に進むために必要なものが、この場所にはあるという。
「なんかいかにもって感じがしますね」
目の前に聳える薄暗い森。そう感じるのは、日が落ちかけたせいだと思いたい。
「先生、もう遅いし、探索は明日にしませんか――ほら、あそこに村があるし。泊まりましょうよ」
「……仕方がありませんね」
村に差し掛かると、私は癖のようにフローミを念じた。
頭に浮かんだ村の名に、興奮を覚えるのは仕方が無いことだろう。
片田舎の平凡なこの村の名前は――
『ランカークス』
初めての村で武器屋、防具屋、道具屋をチェックするのは、冒険者の心得だ。私はいつに無く積極的に、先生をこの村唯一の武器屋まで引っ張る。
「ソウコ、あなたの武器は、そのダガーで充分でしょう――わあっ!!痛いです、引っ張らないで」
「何を言っているんですか、武器職人の技術は日進月歩で進化しているんですよ!!常に最先端の情報を仕入れることが、剣に生きる者の使命!!」
ドキドキしていた。
正直武器屋など、一番目の町でブロンズナイフを購入して以来な私にも分かる、ありふれた平凡な店内。カウンターではぶっきらぼうな店主が、肩肘を着いて新聞を読みながら、こちらを一度睨んだきり。
「ほう、なかなかの品揃えじゃないですか」
先生のことは、このまま放っておいても問題ないだろう。
私は、目に付い槍をそれっぽく手に取りながら、ちらちらと店主を盗み見ていた。そうだ、絶対、この人は――。
「お嬢ちゃん、それが欲しいのか? 」
「えっ、あっ、そっ、そう……ナイフ投げを覚えようかと思っているんです!!投げナイフ下さい!!」
アバン先生が何か言っている気がするけれども、それどころじゃない。
ダイの大冒険の登場人物には、魅力あるキャラクターがたくさん出ていて。主役クラスの活躍にはもちろん胸躍るけれども、大人になってから漫画を読み始めた私は、むしろいぶし銀溢れる脇役に惹かれた。
そんな中、でろりん、ベンガーナ国王、そして目の前のジャンクは、お気に入りキャラベスト3なのだ。
「これはどうだ? 持ち手が細めで、刀身が重めに出来ていて――」
「じゃあ、それ沢山下さい」
碌な確認もせず、進められるがままに購入してしまったけれども、おまけといって投げナイフとアサシンダガーを収納できるバックルまで安く売ってくれたので、多分良い買い物をした。
誤解しないで欲しいのは、この買い物の目的は決してそんな下心からというだけではない。ひとつぐらい、原作に干渉をしてもいいではないか。
通りは既にオレンジに染まって。道行く人の足下からは、影法師が長く伸びていた。
「――ただいま!!」
「遅いぞ、寄り道するなと言っただろうが! 」
「だって、これすっげー重かったんだぜ。ったく、親父の召使じゃないっつーの」
せわしなく駆け込んだ声は、店主にしかりつけられると、ふてくされながら言い訳して。振り返ると、まず目に飛び込んだのは、黄色のバンダナ。
――ポップだ。
この物語を完結させるための、必要不可欠な出会いが、そこにはあった。
目的地は、森の奥の湖畔を越えた場所にある小さな洞窟。いつも以上に軽やかな足は、昨夜ベッドで眠ったからというだけではなく。
「そんなに投げナイフを覚えたかったのですね」
見当違いな解釈をして、新しいカリキュラムを構想しているアバン先生に申し訳ないという思いもあったけれど、覚えて損ということは無いはず。
投げナイフと毒薬の相性は、多分上々だろうから。
「それよりも先生、どうします? あの子」
水筒に水を汲みながら小声で訪ねたのは、町の中からずっと付いて来ている武器屋の息子について。
「結構村から距離あるし――そろそろ追い返したほうがいいんじゃ…」
既に2時間近く歩いている。土地勘はあるだろうけれども、曇り空のなか、足場の悪い道を通ってきた。もし天気が崩れでもしたら、危険だ。
「そうですね…でも、そこまで小さな子供というわけでもないし……」
「だけど見るからに貧弱ですよ」
漫画を読んでいる時は、しょっちゅう並んで描かれていた比較対象が小柄だったせいもあり、ポップは割りと背の高いイメージだった。1年以上先生に弟子入りしていたはずだから、この年頃の男の子の成長振りを加味するべきだろうけれど、身長は私より低いくらいだ。
この後先生の弟子になってもらわないと困るので、興味を持ってくれるのはありがたいのだけれども、ここで取り返しのつかない大怪我をされては元も子もない。
「スカイをけしかけますか? 」
「まあ、気にしなくていいじゃないですか」
いや、気になります。
足を滑らせて湖に落ちて溺れ死んだり、突然隕石が落下してきて半身不随になったり、山賊にかち合ってかどわかされでもしたらどうするんだ?
「ははは、ソウコは心配性ですね。大丈夫、そんなことめったにありませんので」
それが、あった。
「お前らこのガキの連れか? 無事に帰して欲しけりゃ、有り金全部置いてけ」
「ガハハハッ。ついでに女もな」
目的の草を採取し、洞窟から出ると、木に括られたポップの周りを13人のあらくれが取り囲んでいた。ご丁寧にも喉元にナイフを突きつけて。
多分、洞窟の中まで追ってくるのは躊躇われ、入り口付近でウロウロしていたけれども、それにも飽きてこの辺を探索したところ、強盗計画でも話し合っている盗賊集団とかち合った――というところだろう。
「先生、今いくら持っていますか? 」
「…30G・・・・・・足りませんよね? 」
「――多分」
私も持ち合わせは微妙だ。昨日突発的な散財をしたからだ。二人合わせて41Gを差し出したところで、盗賊たちは満足しないだろう。
ということは、もうひとつの要求について検討する必要がある。女というのは、無論私のことだ。ポップの命と私、どちらが大切かといえば絶対に前者で。メドローアとレミラーマ、どちらがより戦いに貢献できるかなんて、考えるまでも無い。
が、先生から別の作戦を提示された。
「ソウコ――合図をしたらルーラを」
「え――はい」
「なにごちゃごちゃ話してやがるんだ!!」
おっかない。
ところで、あの角の生えたマスクはともかく、裸の上半身にクロスさせたベルトというのはどういうつもりなのだろう。ボンテージ? あらくれはM調教済みということなのか。カンダタといい、この世界の山賊のファッション感覚は理解できない。
「あのー、銀行でお金下ろしてきてもいいですか? 」
きっかけを作るために、ハンズアップした状態で尋ねてみると、ふざけるなと一括された。
「だってさ、先生。困りましたね」
「うーん。それではこの武器を売ってきますので、しばしお待ちいただけないでしょうか」
そう言うと、先生は私が装備している新品の投げナイフに手を掛けて――。
「動くな!!」
盗賊たちの反応よりも一瞬早く、先生の手から銀色の軌道が一直線に飛び出した。
「うわあー!!!!!!」
ポップに向かって。
「ルーラ」
覚えたての呪文でも、この距離なら問題ない。ナイフがロープを切り裂いた次の瞬間、反動で前のめりになるポップを支えながら、もう一度その呪文を唱える。
「スカイ、念のため魔封じを!!」
「アーウ」
対峙する先生と盗賊たちから、少し離れた場所で、私はポップを後ろに庇いながら、成り行きを見守った。
「大丈夫? 」
「えっ――あっ……」
ポップは状況がつかめず、多少混乱しているようだが、怪我はなさそうだ。
先生はこちらに顔を向け、一度笑うと、あの安物の剣に手を掛けた――鞘は佩いたまま。
そこからは説明不要。腰をかがめ、大きく踏み出すと、まずは向かって一番手前の男の鳩尾に柄頭で一撃。男は、胃液を零しながら気絶した。
その勢いで未だ対応できない2人目に、今度はハイキック。後頭部にクリーンヒットし、再び撃沈。
「お前ら、ぶち殺せ!!」
猛り狂ったリーダー格の荒くれに鼓舞され、3人がかりで先生に立ち向かうも、難なくかわし、剣を大振りした。衝撃波で2人は吹き飛び、返す刀の柄で3人目の顎を強打する。
「剣って鈍器だったっけ」
なんて傍観している私の背後に、2人の山賊が迫っていた。
「わああああああ!!」
「わっ、ちょっと、勝手に離れないでよ――!!」
1人を投げ飛ばし、もう1人を蹴り上げた時には、ポップははるか彼方へ。
「ちょ――後ろ!!」
メジロパーマーを髣髴させる逃げ足は大したものだけれど、ポップが向かった先は、既に3人が先回りしていて。
「おい、ちゃんと捕まえとけよ!!」
男たちの手には、それぞれ凶悪な武器。
「――!!」
「おっと、へんな真似するんじゃねえ。お友達がどうなってもしらねえぞ」
三度ルーラを唱えようとした腕を、あらくれに捕まれた。
「てめえも大人しくしろよ!」
先生は剣を地面に投げ捨てた。
あらくれは勝ち誇った顔で、私の腕を更に捩じ上げる。力は、男のほうが上だ。
「おい、見せしめにそのガキを半殺しにしろ」
「いやだっ、離せ!!」
大変だ。半殺しのつもりで、つい殺してしまうということもありえる。そしたら、世界がひとつにならないんだ。
「ねえ、何でもするからあの子に手を出さないでくれない? 」
「黙ってろ」
痛い。折れるかもしれない――が、私の腕よりポップの命が大事だ。
「――スカイ!!」
3人に取り囲まれるポップの頭上に、水色の猫、もといキャットバットが。
「アウウウウウ・・・」
「あ? なんだこいつ」
「鳥だろ――あっちに行け」
槍の切っ先が、スカイに襲い掛かる。駄目だ、このところ先生が甘やかし、おやつを与えるせいでぶくぶく太ったスカイの敏捷性では、あの槍に対抗できない。
「スカイ――!!」
荒くれを蹴り上げた。ルーラの詠唱――駄目だ、間に合わない。スカラを唱える間もなく、槍の穂先は勢いよくスカイに。そのすぐ下では、棍棒がポップの横っ面に向かって。
「アーーーーーーーーーーウ!!!!!!!!!!」
今まで聞いたことのない唸り声。
「スカイ? 」
へたり込んだポップの傍らには、文字通り固まった3人の盗賊たち。