世界最悪の女   作:野菊

10 / 42
世界最悪の女、アバンの使徒に出会う 1

「先生、毒消し草の群生地を見つけました!!」

3ヶ月近く滞在したロモスを後にした先生と私は、現在魔の森にいた。森を抜けたところに、先生の知人が住んでいるのだ。

それが楽しみで、つい急ぎ足になってしまう。

「アウアウアウ」

スカイも久しぶりに木々の匂いを嗅いだせいか、上機嫌だ。

レミラーマを使いすぎて少し疲れたが、堅苦しい城から一転しての開放感に、気が抜けてそうになる。

先生はそんなわたしを咎めることもなく、途中山菜やきのこを摘みながら、時折ネイル村に居るかつての仲間の思い出話をぽつりぽつりと語ってくれた。

10代の頃から共に戦ってきたというかつての勇者の仲間。先生も、再会が楽しみなのだろう。

ロモスでは、始終暗い顔をしていたので、安心する。

 

「アバン様!!まあ、突然ね…とにかく上がって。マァム、マァム、ちょっといらっしゃい!!」

レイラさんは、とても可愛らしく、優しい、素敵な女性だった。

そして、レイラさんに呼ばれ庭から戻った少女の姿に感動する。

「アバン様、娘のマァムです」

「マァム! 大きくなりましたね」

はにかんで先生に挨拶する少女は、まだあどけなさの残る大きな瞳と、色素の薄い柔らかな髪が特徴的で、私は一目で彼女が彼女であると分かった。

私も自己紹介を済ませると、4人でマァムの父親、ロカの墓参りに向う。森で摘んだ、あまり匂いのきつくない花を添え、見よう見まねで黙祷する。

ロカの墓は、村の外れの、とても日当たりのいい高台にあった。私が供えたもの以外にも、たくさんの花が添えられ、墓石には苔ひとつなく、先生の旧友がどんなに愛されているかよく分かる。

墓参りを終えると、村人たちが総出で心づくしのもてなしをしてくれた。それはこの世界に来てから一番安らぐ時間だった。

「じゃあ、ソウコは先生の弟子なのね」

「そう、4ヶ月くらい前から。腕はまだまだだけど」

マァムはずっと私の隣にいた。村には、マァムと同じ年頃の女の子がいないので、話し相手が出来てうれしいのだろう。原作では余り見せない、年相応の姿だった。

もちろん、私の実年齢を考えると、マァムと同世代なんて図々しいにも程があるけれど、ずっとこの姿で生活しているのだ。周囲の人も私を15,6の少女だと認識したうえで接している。そんな状況では、自然と女子高生の頃の感覚に戻ってしまうのも仕方がないではないか。

夜が更けると、酒盛りをする大人たちの和から抜け、私たちはマァムの部屋で語り明かした。先生の天然語録や、ロモスの城下町で流行っていたファッション、村の噂話、甘いお菓子についてなど、取り留めのない事を随分と。

 

ネイル村には、暫く滞在した。

先生はその間、マァムに修行をつけている。私はマァムの組み手の相手をしたり、村長やレイラさんからこの村に伝わる薬やハーブの調合について教わったり、お返しに湿布薬の作り方を教えたりと、とても穏やかな気持ちで過ごすことができた。

いつも優しい先生だけれども、この村に来てからは、いつも以上に笑顔で。

この村に来て、本当に良かったと思う。

ロモスでは、どんなに心を痛めただろう思うと、堪らない。

 

ロモス王は1週間ほど考えた後、王女の堕胎を決定した。時間はなかった。お腹の子供は、日、一日と育っていく。育てば育つほど、母体の負担は増す。

1週間で用意していた堕胎薬を、すぐに王女に試すわけにはいかない。まず、望まない妊娠をしていた4人の女性で試した。

1月ほどして、彼女たちの経過に異常がない事が確認され、王女への投与がやっと許される。

毎日規定量飲めば、遅くとも2週間ほどで効果が現れるその薬を、王女は8日間飲み続けた。ただの薬湯だと騙されたまま。

8日目の夜、多量の出血と共に、胎児は降りた。男の子だった。

 

「ソウコって、本当に、薬に詳しいのね。母さんが感心していたわ」

ハーブを浮かべた湯船の中で、マァムは真新しい手足の傷をじっと見ていた。昼間の先生との特訓でこさえたのだろう。それらは、暫く湯船に使っていると、みるみる綺麗に塞がっていく。

この世界の薬効の速さにはもう慣れていたので、その光景にいちいち驚くこともない。むしろ年下であるはずのマァムの発育に、毎回驚かされている。

「レイラさんのほうがすごいよ」

この村では何種類ものハーブやスパイスを混ぜた塩を使っている。いわゆるクレイジーソルト。貴重な塩の嵩増しという意味も有るだろうけれども、その絶妙な配分には驚かされた。スープにひと匙混ぜるだけで、胃もたれ、体力低下、喉の痛みなど、様々な症状が回復する。

この塩をネイル村にもたらしたのが、レイラさんなのだ。

「母さん、アバン先生の仲間になる前に修道院で暮らしていたの。そこではハーブを育てていたみたいで――」

その修道院は、魔王との戦いで壊滅した。何種類もの貴重なハーブと一緒に。

「ふーん。そんな熱心な僧侶様を、マァムのお父さんはどうやって口説いたんだか」

「くすくすっ、さあ。何度も効いたんだけど、恥ずかしがって教えてくれないの」

「まあ、マァムにいっても分かんないだろうからね。恋愛音痴だし」

「もー!!」

桶の水を顔に掛けられた。躊躇せず、反撃する。相手は稀代の怪力だ。手加減の必要はないと判断した私は、超水圧水鉄砲アルファで対抗した。マァムも、遠慮無しにやり返す。

結局、レイラさんに叱られ、仁義なき風呂場での戦いは相打ちとなった。

 

夜はおしゃべりをしようとするのだが、昼間の疲れでいつの間にか眠ってしまい。朝が来るとお互いの髪をセットしあったり、服を交換してみたり。

妹が居れば、こんな感じなのだろう。弟は――弟には、余り構ってやれなかった。

母……養母は私を弟から遠ざけていた。私も母のヒステリーが嫌で、近寄らないようにしていた。だけど、たまに塾をサボって私の部屋で漫画を読んでいた。特に話しをするわけでもなかった。だけど一度、気まぐれに面白いのかと聞いたことがある。弟は夢中になって、その漫画のあらすじや必殺技を説明してくれた。

それは弟にとっていい思い出だったのかもしれない。

だから、塀の中の私に差し入れたのかもしれない。この世界の物語を。ダイの大冒険を。

弟の興奮した声で、母に気付かれ、私が酷く折檻されたことを、弟は覚えていたのだろうか。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。