体は子供。でも頭脳は大人!
ふざけんなよバーロー。俺はどこの名探偵だよ。まさか、まさかの幼児化です。唖然、呆然、愕然。突然ドラクエ世界に来てしまったと思ったら、何この展開? 馬鹿にしてんの? 今気付いたが、服装も布っぽい服になってるし、どういうこと? 元々は、ジーパンにシャツだけのラフな格好だったのに。まぁ、それはいい。本当はよくないけど、いい。それよりも問題はこの俺自身だ。この体だ。ミニマムな体が憎い。
小さなお手手に、小さな体。何もできない子供が、ここに一人。見ず知らずの土地に放り出されてしまった俺。かわいそうな俺。住所不定無職な上に、体は子供。この先一体どうやって生きろというのか。
「バーロー……。あははは……」
口から魂を吐き出しながら、虚ろな顔で笑う少年。それが今の俺である。もう笑うしかねぇ。
「うはははは……」
パパス&リュカの親子は、そんな俺を困惑の目で見つめていた。
「ユート君。何があったのかは知らんが、よかったら私に事情を話してみないか?」
心配そうな声で言うパパスに、俺は元の世界のことははぐらかして現状を説明した。
当てもなく旅をしていて、特に目的はないと正直に話した。実際に、この世界に放り込まれたものの、何をどうすればいいのか分からないから目的などありはしないのだ。
「ふぅむ。つまりユート君は現在、一人で旅をしていると、そういう訳だな?」
「はい、概ねその通りです」
「ご両親はどうしたのだね?」
「この世界にはいません」
「……それは、すまないことを聞いた」
「いえ、いいんです」
申し訳なさそうに謝るパパス。謝られると、逆にこっちの居心地が悪くなってしまう。まぁ、俺は別に嘘は言ってないんだけどね。こちらのドラクエ世界に俺の両親はいない……はずだ。
「何があったのかは深く聞くまい。しかし、リュカと同じような年の子が一人で旅をしていて、しかも天涯孤独の身と聞いては放ってはおけんな。何より、ユート君はリュカの恩人だ」
「お父さん、もしかして!?」
それまで黙って話を聞いていたリュカが、嬉しそうに声を上げた。
「うむ! ユート君さえよければ、私たちと一緒に来ないか? ここから少し北に行けばサンタローズという村があって、そこに私の家がある。私達も旅を続けて長いが、しばらくは村で落ち着くつもりだ。ユート君も、私の家でリュカと共に暮らしてみるといい!」
「いや、でも、そんな。ついさっき出会ったばかりの、怪しい子供相手に悪いですよ?」
いくらなんでも、人が良すぎだろうパパス。俺が変質者とか悪人だったらどうするつもりだ。いや、俺はただの一般人だけども。しかもスライム一匹相手に必死こいて逃げるような。
「わっはっは。ユート君は随分と大人びたことを言うな! 子供が遠慮なんてするんじゃない! なぁに、子供が一人や二人増えるくらい大したことではない。このパパスに任せておくがいい!」
「そうだよユート! いっしょにくらそうよ!」
何の邪気もない笑顔を振りまいてくるリュカに、俺は呆気なく撃沈された。さすがは未来の魔物使いだぜ。凶悪な魔物を楽々従えるその純真な心に、俺ではとても太刀打ちできない。
ここまで気持ちのいい善意は、生まれて初めての経験だった。
「では……ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
俺は二人に向かって、深々と頭を下げた。
「他人行儀だぞ、ユート君。いや、今日から一緒に暮らすのだから君はいらないな。これからは私もリュカのように、ユートと呼ぶことにしよう! わっはっは!」
「よろしくね、ユート!」
「あぁ……よろしくな!」
「うむ! さっそく仲良くなっているようだな! お前達、まるで兄弟のようだな! 何やら私も、もう一人息子が増えたようで嬉しいぞ! わっはっは!」
こうして、俺にはパパスとリュカという二人の家族ができたのだった。思いもよらない展開だが、悪い気分ではない。突然ドラクエ世界に来てしまい、何が何だか分からないうちにスライムに追いかけられた上に気が付けば体が幼児化してしまった時にはどうしようかと思ったが、これなら今後も何とかやっていけそうだ。うん、幸先は悪くない。俺のこの先の人生に幸あれ。
「わっはっは!」
ちなみに、パパスはまだ笑っていた。案外、この人は笑い上戸なのかもしれない。
◇
サンタローズの村へは、それからすぐに到着した。
何度か魔物と戦闘があったが、ほぼ全てパパスが速攻で倒した。速攻というか、瞬殺? もうね、あれは戦闘行為というか一種のいじめだね。明らかにレベルが違いすぎる。怒涛のような攻撃とは、ああいうのを言うんだろうね。
スライムにドラキー。プリズニャンにいっかくウサギ。多種多様な魔物が出てきたが、パパスにとっては関係ない。とにかく魔物と出会った瞬間には、パパスは攻撃に移っている。パパスが軽く剣を振るうと、敵がスッパスッパ輪切りになっていく。宙を舞うスライムの刺身は、一種幻想的な光景でしたよ、えぇ。
こうして、大抵俺とリュカが行動を終える前には、すでにパパスが魔物を倒しているという具合だ。化け物みたいに強いよ、パパス。すごいよパパス。さすがだよパパス。
しかも、たまに俺とリュカがダメージを受けたら「大丈夫か?」と言ってホイミで回復してくれるんだが、これもまたすごい。普通のホイミじゃない。何故か分からないが、体力が全快するのだ。これ、ホイミじゃなくてベホマなんじゃね? そう思ったが、口には出さないでおいた。ちなみに、パパスのホイミは毒までも回復させてしまうらしい。キアリーの効果まであるホイミって、どんなホイミだよ。本当にホイミなのか甚だ疑問だが、パパスがホイミと言い張るからにはホイミなんだろう。まぁ、便利だし別にいいや。
余談だが、パパスが倒した魔物から出たゴールドは俺がさりげなく回収しておいた。役得万歳。
「だ、旦那様!? お帰りなさいませ! このサンチョ、旦那様のお戻りをどれだけ待ちわびたことか……。さぁ、ともかく中へ!」
サンタローズの村、北東にある二階建ての家。そこがパパスとリュカの暮らす家だ。中に入ると、使用人であるサンチョが目を潤ませて出迎えてくれた。やや小太り気味の、人のよさそうなおじさんである。
「うむ! 今戻ったぞサンチョ! 長い間留守にして済まなかったな」
「ただいま、サンチョ!」
「リュカ坊ちゃん! ああ、いつの間にかこんなに大きくなられて……」
サンチョの目に、どんどん涙が貯まっていく。今にも泣き出しそうだ。
「あのー。お邪魔しまーす……」
どうすればいいのか分からなかった俺は、最後にこそこそと家の扉をくぐった。
「おや? 旦那様、その子は一体……?」
「ん? おお、ユートのことか! すまんすまん! まだ説明していなかったな。サンチョよ、この子は私達の新しい家族のユートだ。リュカの恩人でな。天涯孤独の身の上と聞いたので、しばらく預かることになったのだ。まぁ、しばらくとはいっても、ユートさえよければいつまででもいてくれていいがな! わっはっは!」
「そうですか、分かりました。よろしくお願いしますね、ユート坊ちゃん」
「こちらこそ、サンチョさん」
「サンチョと呼び捨てにしてください、ユート坊ちゃん」
「はぁ……。分かりました。よろしく、サンチョ」
俺まで坊ちゃんとは、恐れ入った。坊ちゃんなんて呼ばれたのは何年ぶりだろうか。くすぐったい気分だ。
「おじ様、お帰りなさい」
部屋の奥から凛とした声が聞こえてきた。現れたのは、可愛らしい金髪の少女だった。長い髪を二つのおさげで纏めている。ツインテールならぬ、ツインおさげ……とでもいうのだろうか? 何はともあれ、少し気は強そうだが美少女には変わりない。
「ん? この女の子は?」
「あたしの娘だよ、パパス!」
パパスの疑問に答えたのは、女の子の後ろから出てきた恰幅のいいおばさんだった。
「やぁ! となり町に住む、ダンカンのおかみさんじゃないか!」
「この村にご主人の薬を取りにきたっていうんで寄ってもらったんですよ、旦那様」
「何? 薬だと? ダンカンはどこか体でも悪いのか?」
「それがね、聞いておくれよパパス……」
サンチョとパパスが、ダンカンのおかみさんを交えて話し込み始めたその時だった。
「ねぇ、あなた達。大人の話って長くなるから上に行かない?」
女の子が、俺とリュカに向かってそんな提案をしてきた。
「どうしようかユート?」
「ん? 別にリュカの好きにすればいいんじゃないか?」
「うーん、どうしよう」
リュカが迷っていると、
「行きましょうよ」
と、こちらの答えを聞かずにすでに二階へと上がっていった。どうやら行くのは確定事項らしい。
「仕方ない。行くか、リュカ」
「うん、そうだね」
俺達は彼女に続いて、階段を上って行ったのだった。
◇
二階に到着すると、女の子は「遅いわよ」と一言。そしておもむろにリュカの顔をじっと見つめ、やがて口を開いた。
「わたしはビアンカ。リュカはわたしのこと覚えてる?」
「え? うーん? うん」
「本当かしら?」
煮え切らない返事をするリュカに、ビアンカは半信半疑の様子。というか、やっぱりこの子がビアンカか。将来はリュカの嫁さん候補になるんだよな。金髪だし、可愛いなぁ。まるで人形みたいだなぁ。あー、俺もいつかは美人の嫁さん欲しいなぁ。俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
「いい、リュカ? わたしは八さいだから、あなたより二つもお姉さんなのよ? えーと、そういえば、リュカのとなりにいる人は……ユートだっけ? あなたはいくつなの?」
「ん、俺か? 俺は……。多分、リュカと同い年じゃないかな? そういうことにしといてくれ」
「へんなの。まぁいいわ。とにかく、あなたたちは、わたしよりも年下なのよ。ねっ! あなたたちにご本をよんであげようか? ちょっとまってね」
ビアンカは俺達の返事も聞かず、部屋の本棚から一冊の本を取ってきた。
「おまたせ! じゃ、よんであげるね! え~と……そらに、え~と……く……せし……ありきしか……」
そこまで言って、ビアンカの朗読は止まった。
「これはだめだわ! だって、むずかしい字が多すぎるんですもの!」
あー、やっぱりなー。そういえば、こういう展開だったな。
しかし、慌ててはいけない。ここにはそう、俺がいる。体は子供でも、頭脳は大人の俺がいるのだ!
「はっはっは! お嬢さん、俺にその本を貸してごらんなさい!」
「あら? あなた、よめるの?」
「ユート、すごい!」
「まぁ、やってみるさ!」
ビアンカから本を受け取った俺。リュカは期待の眼差しでこちらを見つめている。さぁ、俺の実力に戦慄するがいいわ、小童ども! 意気揚々と本をめくり、俺はカッと目を見開いた。
「……全然読めねぇ」
「やっぱりよめないんじゃない」
「気にしないで、ユート」
リュカの残念そうな顔を見ると、心が痛い。というか、何語だよこの本の字は。普通に会話とかできてるから勘違いしていたが、どうやら通じるのは言葉だけのようだ。つまり読み書きはこれから覚えないといけないらしい。それも、全て一から。オオウ、ジーザス! 何てこったい! いや、本当に勘弁してくれよ……。
「ビアンカ、そろそろ宿に戻りますよ」
階下から、ビアンカを呼ぶおかみさんの張りのある声が聞こえてきた。
「は~い、ママ!」
ビアンカは元気よく返事をすると、黄昏ている俺から本を受け取って本棚へと戻した。
「それじゃ、わたしはもう帰るわね。あ、そうそう。わたしの住んでいる町は、ここから西にいったアルカパよ。リュカが小さいころ、お父さんにつれられて、よくわたしの家にきていたのよ」
「へ~。そっか、そうだったんだ」
「やっぱり、リュカはあまり覚えてなかったのね。まぁいいわ。じゃあね。リュカ、ユート。バイバイ!」
ビアンカは俺達に手を振りながら、おかみさんと一緒に去っていった。俺とリュカはビアンカを家の前まで見送った後、また部屋へと戻った。
「そういえばリュカ坊ちゃんは、だんだんとお母上に似てきましたなぁ」
「え? 僕のお母さん?」
静けさの戻った家の中で、サンチョがリュカの顔を見ながらしみじみと呟いた。
「そうですよ。お母上のマーサ様は、それはそれはお優しい方でした……」
遠い目をして、虚空へと視線を向けるサンチョ。その目は、きっと過去の思い出を映していることだろう。まだリュカが生まれる前か、きっとその直後の、遠い昔。みんな幸せだった頃の思い出を……。
「さて……と。それでは私は少し出かけるが、お前達いい子にしてるんだぞ」
それまで黙って椅子に座っていたパパスが立ち上がり、玄関へと歩き出した。
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「行ってらっしゃい、父さん」
「行ってらっしゃい、パパスさん」
リュカとサンチョに習い、俺もパパスへと声をかける。パパスは軽く手を上げて答えると、そのまま家の外へと出て行った。恐らく向かった先は、村の奥にある洞窟だろう。確か天空の剣があるんだっけかな?
「それでは坊ちゃん方。長旅で二人ともお疲れでしょう? まだ少し早いですが、今日はお休みになられてはいかがですか?」
「うーん、そうだね。そういえば、僕ちょっとつかれちゃったかも。ユートはどうする?」
「んじゃ、俺もお言葉に甘えて寝ようかな」
「かしこまりました」
サンチョは笑顔で頷くと、急いで寝具の支度を始める。本来ならこの家にはリュカにパパスにサンチョと、三人分しかベッドがない。だが、サンチョはどこからか新しくベッドを一つ持って来てくれて、部屋へと急いで設置してくれた。居候の身だし、地下室でごろ寝も覚悟していた俺である。この扱いは嬉しい限りだった。パパスの言葉通り、家族の一人として扱われているようだ。不覚にも感動してしまったぜ……。
リュカとベッドを隣同士に並べたら、後は眠るだけ。目を瞑ると、すぐに睡魔はやってきた。予想以上に体は疲れていたらしい。
「おやすみ、ユート」
「おやすみ、リュカ」
おやすみの挨拶を最後に、俺の意識は急速に沈んでった。