Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 旧版   作:花極四季

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第九話

「武器を買いに行くわよ」

 

クエストが終了してから一日が経ち、ルイズさんがそんな事を言い出した。

 

「武器か。しかし主よ、君は武器よりも防具を買うべきではないか?」

 

学院内の女性が皆つけている制服は、どう見ても初期装備ないしは学院入学特典装備にしか見えない。

防御力はどう見てもありそうには見えない。

魔法使い用のステータス強化が付与されている可能性はあるが、魔法で戦うのなら武器より防具を取るべきと考えるのは間違いではない―――筈。

 

「違うわ。貴方の武器をよ」

 

「私のをか。………しかしすまない。私はここの通貨を持ち合わせていないから、行っても下見で終わってしまうぞ」

 

武器を買いに行くといっても、移動手段が確立されていない現状では下見ですら苦労するのだ。

低レベル時代に所属国からセル○ナかマ○ラに徒歩遠征した記憶が蘇る。

アクティブな敵を掻き分け、幾度とエリチェンしてようやく辿り着いたと思ったらだいたいリアル時間で一時間経過していたってことは当たり前。むしろ初見というハンデの中、一時間は短いぐらいだ。

それがVRRPGともなれば、更に掛かるのは想像に難くない。

最高の移動手段である龍に乗って最寄りの森に辿り着くのに、三十分掛かったのだ。

ここからでは影も形も見えない街に行くとなると、まさに地獄再びである。

少なくとも、下見で行けるほど気楽な度でないことは確かだ。

 

「そんなの私が出すわよ。貴方は私の使い魔なんだから」

 

「しかし、そこまでしてもらうわけには―――」

 

確かにPLの一環で、自腹切って装備を調えてくれるプレイヤーはいるが、それはゲーマーな自分としては遠慮したいところなのだ。

初見で手探りで楽しんでいくという魅力を損なうからだ。

 

「もう、貴方はメイジである私を護る立場にいるのよ?それがそんなみずほらしい剣一本だけでやっていこうだなんて流石に無謀よ」

 

そう言われると、ぐうの音も出ない。

使い魔という名のパーティープレイで、前衛は現在僕しかいない。

その僕の装備が倒されるような事態は、後衛にとっては避けたいのだろう。

 

「………そういうことなら、謹んで受けよう」

 

まぁ、こんなスタート地点付近の街で買えるであろう装備だから、高くつくことはなさそうだし、人の好意は素直に受けるべきだよね。

なんて言い訳しているけど、実は物凄く楽しみだったりする。

今は剣と拳しか戦う術を持たないけど、戦士である以上複数の武器を扱えるようになりたい。

いや、正確には扱ったことはある。ただ、スキルイメージアウトを試したいのだ。

 

「じゃあ、準備して。すぐに行かないと日が暮れるわ」

 

あ、本当にそんだけ掛かるのね………。

 

 

 

 

 

私は卑怯な女だ。

今日、私はヴァルディに武器を買いに行く提案をした。

最初は私のものを買うと勘違いしていたから、直ぐさま彼の為だと言い直した。

彼は私に遠慮しているらしく、言い淀んでいたところを、使い魔の主としての命令で無理矢理遂行させた。

そうでもしなければ、私は彼と対等にすらなれない。

魔法もいっぱしに使えないメイジと、類い希なる戦闘能力を持つエルフ。

誰もが口を揃えて釣り合わないと言うだろう。

どんな奇跡があって、こんな関係ができあがったのやら。

この出会いを大事にしたい。でも、その為の器も力も私にはない。

唯一繋がりを感じる瞬間は、使い魔と主としての立場を利用した会話だけ。

情けない。

武器を与え彼をより強くさせたいという思いさえも、彼に貸しを作りたいが故の厚かましい行為に思えてしまう。

こんな気持ち、彼が来るまで感じたことがなかった。

プライドの塊である貴族が、ましてや名家であるヴァリエールの三女がそんな相手の顔色を伺うような情けない真似ができる訳がない。

そのしわ寄せが今こうして起きているのだから、世の中は都合良く行かないものだ。

 

「さて、準備できたわね。行くわよ」

 

あくまでいつも通りに振る舞い、彼の前を馬で走る。

本音を言えば、彼が私をどう思っているかを聞きたい。

幸か不幸か、彼は未だ私の魔法の才能を知らないでいる。

知れば、失望するだろうか。それとも変わらぬ表情で今まで通り接するだろうか。

どちらにしても、それは私には苦痛だ。

同情も無関心も、私が彼に望む感情ではないから。

だからこそ、私は彼と共に在る資格を得ようと、せめて心だけは貴族らしく在りたいと願い、ギーシュの事件に発展したのだ。

使い魔に認められようとするメイジなんて、前代未聞もいいところ。

それは別に構わない。

今までだって辛酸を舐めてきたのだ。今更他人にどう見られたところで、問題にはならない。

だけど、ヴァルディ―――彼にだけは認めて貰いたい。

誰も私を肯定してくれなくてもいい。ただ、彼が否定しなければそれで。

 

昨日の件から、あの時助けたメイドのシエスタと繋がりができた。

彼女は私を他の貴族とは違うという目で見ていた。

そう見られるように振る舞ったのだから、当然といえば当然だ。

だけど―――私は彼女のイメージ通りの存在ではない。

物語に出てくるような清廉潔白な存在ではなく、所詮業にまみれた他の貴族と何ら変わらない。

自分の地位を望む場所に置きたいが故に、彼女をダシにした卑怯な女だ。

対してヴァルディは、私を護ろうと躊躇いなく前に出た。

その自然さは、とても使い魔契約による洗脳によるものとは思えなかった。

自惚れだと思うだろう。しかし、そう感じてしまったのだから仕方ない。

 

―――ふと、思う。

私はヴァルディのことを何一つ知らない。

何故サモン・サーヴァントに応じたのか。

何故私と使い魔契約を結んだのか。

何故彼は先住魔法を使えないのか。

何故彼はあそこまで武術に秀でているのか。

数えればキリがないほどの疑問。

それは同時に、彼という存在に対しての無知を暗に示していた。

とても、遠い。

少し歩幅を合わせれば隣り合う筈の距離が、とても遠く感じる。

この距離は、いつになったら縮まるのだろうか。

その答えを知るものは、誰一人してこの場には存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

虚無の曜日。

それはハルゲキニアで唯一公に休日を認められた曜日。

私はその日は誰にも憚られることなく読書に勤しむのが日課だった。

―――しかし、今日はそんな至福の一時を堪能することはできないらしい。

ドアを叩く音がやかましく響く。

サイレントを唱え無視を決め込むも、アンロックで侵入してきた友人キュルケ。

声は届かずとも、身振りが邪魔で読書が捗らない。

小さく溜息を吐き、サイレントを解除する。

 

「お願いタバサ、シルフィードを貸してちょうだい!」

 

「虚無の曜日」

 

「知っているわ。貴方にとって虚無の曜日がどんな意味を持っているかも。でもね、しちゃったのよ。恋、燃え上がる情熱の炎が燻って止まないの!」

 

熱弁するキュルケの顔は、どこか熱を帯びている。

何かと惚れっぽい―――と言うのは語弊があるかもしれない―――性格の彼女だが、エルフである彼には流石に手を出さないものだと少し見直していたのだが、案の定であった。

 

「彼はエルフ」

 

「わかってるわ。でも、恋に種族も身分もないのよ!好きになっちゃったんだから!」

 

懇願するように瞳を潤ませる。

こうなったら、テコでも動かないだろう。

恋だの愛だのはよくわからないが、私もヴァルディに関心があることは否定しない。

彼女の恋が実るとは到底思えないが、これならば自然に彼に近づく理由もできる。

シルフィードを呼び、キュルケに乗るよう指示する。

自分でも彼は危険だと理解しているつもりなのに、今こうして彼に接触しようとしている。

その矛盾に思考を苛まれながらも、行動することを止めない。

 

「どこに向かったの?」

 

「ごめんなさい。見つけてすぐに貴方の下に向かったから分からないわ。だけど、馬に乗っていくのは見たわ」

 

「そう」

 

シルフィードに馬二頭を目印に追跡を命じ、飛び立つ。

自分でも気付かぬ内に、私の心は急いていた。

 

 

 

 

 

 

王都トリスタニアに到着。

名称を知っているのは、馬で移動中に説明を受けたからです。

結構な時間を馬上で過ごしたので、お尻が痛い。

チョ○ボで三国の端から端に移動する自キャラも、あの楽々な道程の裏でこんな涙ぐましい苦痛を強いられていたのかと思うと、何とも言えない気分になる。

そういえば昔は乗ってても絡まれたんだよね。このゲーム内だとどうなんだろう。

いっそエ○ナに乗ったリ○クよろしく、馬上で弓を扱えるようになるべきだろうか。

 

「ここがトリスタニア、か。予想していたよりも、狭いな」

 

「これでも広い方なのよ。それとも、貴方の住んでいた場所はこれ以上に広いの?」

 

「少なくとも、こんな肩がぶつかり合う距離で歩くのが常ではないな」

 

そんな状況、コミケぐらいのもんでしょう。行ったこと無いけど。

それにしてもルイズさん、そんな事を聞くなんて………どんな場所で育ったんだろう。

大都会だったら人混みなんて当たり前だけど、その分土地も拡がっているから当てはまらない。

逆に田舎だと、狭いけど人は少ない。

中間的な位置づけの場所に住んでいるのかな。イメージ沸かないなぁ。

 

「そうなんだ………」

 

どこか想い耽るように上の空になるルイズさん。

危なっかしくて敵わないので、意識が戻ってくるように無理矢理に話題を作ろう。

 

「主よ。昨日のギーシュの件と関係があるのだが、貴族というのは皆がああなのか?」

 

「ああって?」

 

「シエスタのような存在(NPC)を相手に、ああも愚かな振る舞いをするのか、だ」

 

クエストの中心である以上、ギーシュもNPCの類なのは想像に難くない。

逆に言えば、彼はどこまでいっても設定に忠実にならざるを得ないのだ。

彼の性格に原因があるのか、それとも立場である貴族という概念がそうさせたのかがまだよくわかっていない。

経験上、貴族という設定はマイナスなイメージで扱われる場合が多い。

お金持ちで、領民から税を搾取する悪。

そんなテンプレのような設定がここでも反映されているのか、事前にプレイしていたルイズさんならわかるかもしれない。

 

「………そうよ。魔法を扱えない平民は、そもそも人として認識されない。魔法が絶対という世の成り立ちが、魔法を使える人達を傲慢にさせ、自分達の存在を絶対のものと錯覚させている。特にこの国―――トリステインは、他国に比べて魔法至上主義の意識が強い。ギーシュのような莫迦が当たり前にいるのが、この国の現状よ」

 

うわー、やっぱりそんな感じなのか。

分かり易い分、あくどさが際だつ設定だよねぇ。

 

「度し難いな。雑用は平民に任せ、自らは悠々自適に平民の顎で使う。さぞかし気持ちいいことだろうな。平民がいなければ、まともに食事すら作れない癖に」

 

こういう設定の貴族は、だいたいが平民の謀反で地位を引きずり下ろされるよね。

貴族が平民より多いなんて考えにくいし、数で押し切る戦法は有効そうだけど誰もやらなかったんだろうなぁ。

魔法至上主義というぐらいだから、魔法の便利さも恐ろしさもまとめて刷り込まれているせいで、行動を起こしづらいんだろう。

ルイズさんが肩を震わせている。

彼女も、設定とはいえこういう不当は容認できないのだろう。優しい人だ。

 

「同じ魔法を扱える者同士でも、主とは天と地の差だな。君のような他人の痛みがわかる人間こそ、統治者としてかくあるべき姿なんだがね」

 

まぁ、PCが受け継いでいるのは設定だけだから、当たり前だけど。

 

「………武器屋はこっちよ」

 

早足で移動するルイズさんに続く。

途中、汚物にまみれた路地裏を通った。

あの光景も、平民がぞんざいな扱いを受けている証明なんだろう。

にしても、リアル過ぎて気分が悪くなった。

人間の悪意って言うのかな?が凄く鮮明に表現されているようで、見るに堪えない。

如何にゲームとはいえ、こうもリアルだと割り切れない部分もある。

 

そんなこんなで、辿り着きました武器屋。

中に入ると、なんか胡散臭そうな店主が出迎えてくる。

 

「へいいらっしゃ―――き、貴族様?ウチはまっとうな商売しておりまして、目をつけられるような商売は決して………」

 

「客よ。彼が扱う武器を買いに来たわ」

 

「へ、へぇ。そうでありますか」

 

それだけ言って、傍観に徹する店主。

 

「武器は貴方の自由に見繕って構わないわ。だけど、あまり高いのは出来れば控えて欲しいけど………」

 

「買ってもらえるだけで有り難いことこの上ないのに、君の意向に背くことはせんよ」

 

古今東西の武器をひとつひとつ観察していく。

色々あるけど、流石序盤の武器屋というべきか。表示される装備ステータスはそこまで優れてはいない。

エキューってのがこのゲーム内での通貨なのかな。

ドラ○エでいう1ゴールドが、1エキューなんだろう。そう考えると、このスペックでこの値段も納得がいく。

それにしても、武器を握る度にルーンが光るのはどうなんだろう。ちょいと邪魔くさい。

 

「ヴァルディ。貴方武器を握った時にルーンが光ってるけど、どうしてなのかしらね」

 

「それなんだが、こちらでも見当はついていない。―――と思ったが、君に召還されてここに来てからか、普段より武器を扱う感覚が洗練されている感じはするな」

 

身体能力も武器を握っている時はそことなく上がっている感じはする。

何もしないで歩いている時よりも、今こうして武器に振れている時の方が身体が軽く感じる。

これがルーンによる特殊効果だというのなら、未知の現象にも説明がつく。

恐らくこのルーンには、戦闘時にSTR、DEX、AGLといった近接戦闘に関わる能力がプラスされる能力が施されているに違いない。

コルベールさんも珍しいルーンだと言っていたし、完全ランダムな中から当たりを引いた可能性は捨てきれない。

もしかしたら、形式的な台詞なのかもしれないけど………そこは夢見させてよ。

 

「おい、そこの兄ちゃん!そんなちゃっちい武器なんか観察してないで、俺買え俺!」

 

突如元気の良い声が店内に響く。

声のする方には、乱雑に数本の剣が纏めてひとつの筒に収まっている。

その中で一本の剣ががたがたと動いているのがわかった。

 

「こら、デルフ!てめぇ、売れ残りの分際でお客様になんて態度だい!」

 

「へん!こんな質も微妙な武器で商売している分際で、偉そうな口叩いてるんじゃねぇ!」

 

「おう、やんのかコラ!動けねぇおめぇなんざ、溶鉱炉にぶち込むのも訳ないんだぜ?」

 

「口で勝てねぇからって脅すか、器が知れるぜ!」

 

いきなり喧嘩が始まった。なんぞ。

そんな喧噪を意にも介さず、喋る剣を手に取る。

 

「これ、インテリジェンス・ソード?」

 

「へぇ、そうでさぁ。見た目ボロボロの癖に、口だけは一丁前の駄剣でコイツのせいで客足も遠のいているんですよ」

 

店主の言うように、刀身は見事に錆び付いている。

 

「俺様のせいにするんじゃねぇ!おめぇこそ口八丁で客をたぶらかしやがってよぉ!」

 

………うーん。もしかしてこれ、買うまでこんな展開が続くのかな。

 

「主、貸してくれ」

 

取り敢えず、ルイズさんから剣を受け取る。

 

「ヴァルディ、貴方この剣が欲しいの?どう見てもボロボロじゃない」

 

「こういう露骨なまでの劣化品は、得てして未知の力が秘められているものだからな。興味はある」

 

初期武器が最強装備の一角になったり、錆びただの太古のだのついている素材を加工したら強力な武器になったりと、古い=弱いという定義では語りきれないケースも少なくない。

更には喋るという異常性を内包した剣ともなれば、その期待も徒労で終わらない可能性が高い。

 

「―――ほう。おめぇさん〝使い手〟だったのか。ただものじゃねぇ雰囲気は感じていたが、なるほどどうして。おめぇさん、名は?」

 

「ヴァルディだ」

 

「俺はデルフリンガーだ。よしヴァルディ、俺を買え。なぁに、絶対に損はさせねぇからよ」

 

「わかった。よろしく頼む。店主、値段は?」

 

「それなら100で結構でさぁ。こっちとしても、厄介払いができて嬉しい限りですからね」

 

100円か、安いね。

いい感じに掘り出し物にありつけたし、来て良かった。

 

「ヴァルディ、それ本当に買うの?貴方がそうしたいなら、依存はないけど………」

 

まぁ、知らない人からすればただのボロ剣だしね。

せっかく買ってくれるっていうのに、与えたのが100円の武器だったから、遠慮していると思われたのかも知れない。

こういうときは、下手に遠慮したら失礼にあたるって言うし、もう少し漁ってみよう。

気分はスクラップのジャンク屋での買い物である。

 

「こんなものでいいか」

 

最終結果は、以下の通り。

投擲用のダガーを20本、森林整地用のブッシュナイフ1本、斬属性耐性対策に両口玄能タイプの柄の長いハンマーを一本。

色々突き詰めるともっと欲しいんだけど、流石にこれ以上は図々しすぎる気がしてやめておいた。

 

「毎度有り難うございましたー!」

 

ルイズさんに会計を一任し、店を出る。

 

「ヴァルディ、そんなにごちゃごちゃしてたら不便じゃないかしら」

 

「大丈夫、こうすればいいだけだ」

 

ちゃららちゃっちゃらら~、インベントリー。

これは所謂アイテムを入れておく為の袋ないしは鞄であり、四次元ポケットでもある。

ゲーム次第ではあるが、時には見た目以上のものすら平然と入れてしまう代物である。

実際、F○11でもどんなに見た目でかい武器防具を入れても、一個は一個としてカウントされ、時にはダースで纏めた代物ですら一個として扱われる。

なのにグラフィックや重量制限などのデメリットは何もない。

ご都合主義もいいところだが、ぶっちゃけこういうシステムがないと、お使いクエで重いものもってこいとか頼まれて、それ持ったまま長旅するとか拷問過ぎる結果を招いてしまうのだ。

このゲーム内だと、見た目はベルトポーチで取り回しがいい。

取り敢えずさくっと収納してしまおう。

その光景を見ていたルイズさんが、ぽかんとしている。ほわい?

あー、もしかしてこんな風には使ったことなかったのかな?

何せ魔法使いは軽装備が主流だから、ハンマーのような物々しい装備とは無縁なのだ。

そもそも装備だけなら戦士のように複数使う必要もないし、VRRPG初心者のルイズさんには異常な光景だったんだろう。

 

「さて、そろそろ帰らないと日が暮れてしまうぞ主よ」

 

「―――え?あ、そうね」

 

どこかまだ上の空なルイズさんを誘導し、僕達は再び馬で帰路に着いた。

 

 

 

 

「同じ魔法を扱える者同士でも、主とは天と地の差だな。君のような他人の痛みがわかる人間こそ、統治者としてかくあるべき姿なんだがね」

 

違う。

私は貴方の思うような優しい存在じゃない。

打算でシエスタを助けただけで、善意なんて欠片もない。

でも、言えなかった。

それが仮初めの姿でも、ヴァルディに褒められたという事実が嬉しくてたまらなかったから。

その事実を無為にしたくないという理由で、私は再び自分を偽る。

どこまでも浅ましく、汚い女。

罪悪感が身を焦がし、それでも賞賛という名の甘美な果実を求める。

ギーシュのことを

 

「………武器屋はこっちよ」

 

素っ気ない態度で、早足で先に進む。

今は、誰にも顔を見られたくない。

多分、形容できないぐらいとてもぐちゃぐちゃな表情をしているから。

 

「―――酷いな」

 

ヴァルディのそんな呟きが、聞こえた気がした。

ブルドンネ街へ続く裏通りを私達は歩んでいる。

どう見繕っても綺麗とは言い難い光景は、彼の双眸には視覚通りの意味合いに限らず、貴族の醜さの一端として映っているのだろう。

平民を蔑ろにしているが故に、平民が暮らす土地の事情はこんなにも熾烈を極めている。

さぞ彼には貴族が下劣な存在に映っていることだろう。

私も、彼と出会うまでは頭からつま先までそんな貴族と同類だった。

心構えひとつで罪から逃れられたなんて言うつもりはない。

だからこそ、いずれ証明しなければならない。

彼の主として相応しい存在だと、言葉や決意だけではなく、身を以て。

そうしなければ、私は彼という超越者に対し一生劣等感を抱いて生きて行かなくてはならない。

そんなの、たくさんだ。

 

路地裏を抜け、目的の武器屋に入る。

私を目にした一瞬、明らかに店主の表情が怯えの色を孕んだ。

何もしていないのにそう見られると言うことは、何もしていないに等しくても魔法の脅威に晒された事例が存在するからに他ならない。

力なき者は、魔法の恐怖に怯えるしかない。

その摂理が如何に狂っているのか、彼に出会うまで疑問にすら思わなかった。

 

「へいいらっしゃ―――き、貴族様?ウチはまっとうな商売しておりまして、目をつけられるような商売は決して………」

 

「客よ。彼が扱う武器を買いに来たわ」

 

「へ、へぇ。そうでありますか」

 

カウンターから身動きを取らないのは、店主としての義務があるからだろう。

そうでなければ、私のような貴族を前にまともな精神でいられる筈がない。

 

「武器は貴方の自由に見繕って構わないわ。だけど、あまり高いのは出来れば控えて欲しいけど………」

 

「買ってもらえるだけで有り難いことこの上ないのに、君の意向に背くことはせんよ」

 

本来、ここで大見得を切るべきなのだろう。

そもそも私が彼を連れ出すダシに装備の質を挙げたのに、持ち合わせがないなんて愚かにも程がある。

それでも、彼は嫌な顔一つせず、謙虚な姿勢を貫く。

その優しさが嬉しくもあり、哀しくも感じさせた。

それにしても、彼が武器を握るとルーンが否応なしに発光するのは、何か意味があるのだろうか。

ヴァルディなら知っているかと思って聞いてみたけど、推測止まりだった。

確かコルベール先生がこのルーンのスケッチをしていた筈だから、少なくとも解析は済んでいるだろうし、今度訪ねてみよう。

そこからは、私はヴァルディが武器を選んでいる光景を眺めるだけで終わる、と思っていたんだけど―――そこで予想外なことが起こった。

なんと、乱雑に押し込まれた剣の中から、声が聞こえたのだ。

思わず声の元であろう剣を手に取る。

刀身は酷く錆び付いており、これではまともに斬ることも難しいだろう。

インテリジェンス・ソード。

人格を宿し人語を解する魔法の剣で、珍しさは随一。

錆びているとはいえ、よくもこんな辺鄙な武器屋に置かれていたものだと思う。

しかし、表情は相変わらずだが、ヴァルディはどうにも興味津々な様子。

 

「よしヴァルディ、俺を買え。なぁに、絶対に損はさせねぇからよ」

 

ふと、デルフリンガーと名乗った剣がそう提案してくる。

それに、その前部分で呟いていた〝使い手〟という単語。

この剣、何を知っているの?

 

結局、ヴァルディはデルフリンガーとナイフ一式と両手持ちのハンマーを購入した。

剣以外は需要がないのか、その他の装備も安価で済んだのは幸いであった。

しかし、行きと比べて圧倒的にごたごたしている。

彼が最初から持っていた剣も含めると、不格好極まりない外観になってしまっている。

彼ならこんな状況からでも的確に武器を扱えそうだが、そういう問題ではない。

そんな心配を余所に、ヴァルディはベルトに付属されていた大きめの鞄らしきものを開け―――

 

「―――は?」

 

思わずそう呟いてしまった私を、誰が責められようか。

ポケットに抵抗なく収納されていくハンマー。

長さの差は優に五倍。

それが突き抜けることなく、当たり前のように収まってしまった。

異質にも程がある光景は、私の思考を停止させる。

これもエルフの技術?

これを見てしまうと、聖地に焦がれる人の気持ちがわかってしまう。

都合良くあの光景を見ていた人はいなかったようだけど、あんなものを平然とやってのけられては、彼の存在に勘づく人が出来かねない。

そこはかとなく使うのを控えさせよう。でも、なんて言えばいいんだろう………。

 


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