Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 旧版 作:花極四季
アンリエッタ姫殿下から重大な任務を賜ってから、一夜が明けた。
途中ギーシュが盗み聞きと言う不敬行為があったものの、ヴァルディが任務に同行させると言う理由で事なきを得ていた。
ギーシュは凄く感謝していた。当然だ、本来なら極刑は免れない行為をやらかしたのだから。
それにしても、ヴァルディの慈悲深さには脱帽ものである。
彼にとってはお遊び感覚の内容だったとはいえ、敵対した相手にあそこまで気に掛けるのは、純粋に彼が優しいからに他ならない。
事実、ギーシュと言う戦力外を連れていくという無理矢理な理由づけをしてまで助けている。
未だに学院内での彼の立場は微妙なものだ。
ギーシュとの決闘で大立ち回りを演じ、かつ相手を無傷で制圧するという平和的解決をしたことにより、エルフという種族的遺恨を超えて彼に憧れる人もちらほらと出てきているらいい。
しかし、仕方ないこととはいえ彼を危険視する意見も少なくはない。
誇張でもなんでもなく、彼がその気になれば学院の制圧どころか一帯を更地に変えることさえ不可能ではないだろう。
現状では危険行動を取っていないという理由で表には出ていないが、水面下では彼の存在を世間に公表しようという目論見も広がりつつある。とはコルベール先生の弁である。
だからこそ、今回の任務はチャンスでもある。
もし彼がエルフだという事実が広まった場合の為に、彼が如何にトリステインの為に貢献し、敵対することはないという認識を植え付けておけば、最悪の展開は避けられるかもしれない。
それでも心もとなさは否めないけど、少しずつでも地盤を固めておかないと後々面倒になるのは確実。
今回の姫への申し出を受けたのも、そういった打算めいた要素があるからこそである。
昔の私なら、国の為に死ねと同義の言葉にも喜んで頷いていただろう。
しかしヴァルディと出会ったことで考え方が変わり始めている今、アンリエッタ姫が我欲で私を体よく利用しようとしていることも事実としてきちんと受け止められる。
別にそのことで彼女を軽蔑したりはしない。
幼い頃とは違い、お互いに立場に囚われるようになったからには、昔のようにはいられない。
彼女はその辺りをきちんと受け止めてはいない気もするが、普通の貴族と比べて蝶よ花よと育てられたのだから、当然と言えば当然だ。
とはいえ、そんな都合で命を懸けるのは私達である以上、甘えは許されない。
彼女が私を利用しようとするなら、私もそうするまでのこと。
横目で荷造りの準備をしているヴァルディを見る。
今から死地に向かうといえ、彼がいれば事なきを得るのは明白。
懸念しているのが、私やギーシュの存在が枷とならないかということ。
私は任を受けた当事者であり、彼の主でもある為離れるという選択肢はそもそもないが、ギーシュに関してはもう言い訳の余地もない。
もしコイツが邪魔になると思ったら、すぐにでも切り捨てるつもりだ。
元より温情で得た命。ここで散ったところでさして変わりはしないしね。
自分でも残酷で下種なことを考えていることは理解している。
でも、実際はヴァルディとギーシュを天秤に掛けただけの話。
物事には常に優先度があり、私は欲望の赴くままに従っただけに過ぎない。
私は別に聖人君子でもなんでもない。
それに、ヴァルディがいて完璧な生存が達成できないのであれば、私がどうこうできる状況じゃない。
主である私を優先的に護ってくれることを前提に考えれば、切り捨てられるべき要素はあとはギーシュぐらいだし。
そもそも一度不敬を犯して温情で首の皮一枚な状況なのだ。それ以上は保証できないと言うのが本音だ。
脳裏に過る、夢の惨状。
何故あんな有り得ない夢を見たのか。
所詮夢でしかない光景の筈なのに、どうしても頭から離れない。
そのせいだろうか。ここまでヴァルディを優先しようと考えるのは。
あんな状況は一生訪れないと無意識に思い込んでいたからこそ、反動で失う恐怖を強く植え付けられた。
だからこそ、思う。
彼を失うぐらいなら、その他を犠牲にする。
彼の存在価値を再認識させられたことで、そんな考えが過るようになった。
同時に、そんな思考に到った自分に嫌気が差す。
私がまともに魔法が扱えたなら、そんな選択を取らずに済むかもしれないのに。
「ヴァルディ殿。僕の使い魔を連れていきたいのですが、構いませんか?」
それにしても、首の皮一枚な状況にも関わらず、緊張も不安も抱えた様子のないギーシュには溜息しか出ない。
なんでそこでヴァルディに問いかけるのか、なんてことは言わない。
私が主とはいえ、存在価値だけでいえば雲泥の差がある。
このメンバーの中では実質彼がリーダーだし、その判断は正しいだろう。
しかし、あれだけボコにされたのに普通に話しかけるとは、勇気があるのか単に怖いもの知らずなだけなのか。
「構わないが」
「おお、それはよかった。ヴェルダンデ!」
ギーシュの一声と共に地面からひょっこりと顔を出す巨大モグラ。
ジャイアントモールのヴェルダンデ。土メイジの彼には相応しい使い魔といえる。
溺愛しているのか、抱きしめて頬ずりしている。正直キモイ。
「ん、何よ」
ふんふんと鼻を鳴らしながら近づくヴェルダンデ。
すると、あろうことか私を押し倒したよこのモグラ。
抗議の声を上げるも、ギーシュは宝石が好きだから指に嵌めている水のルビーに関心があるのだろう、というどうでもいい説明をするだけ。
因みに水のルビーは、トリステイン王家に伝えられていた指輪であり、これをウェールズ皇太子に見せることで身分を証明する為に貸し与えられた代物である。
「ちょっ、やめ―――」
言い終えるより早く、ヴァルディがヴェルダンディを引きはがす。
かなりの質量を誇る筈なのに、その手つきは軽々としていた。
「使い魔の管理はしっかりしておけ」
「は、はい!申し訳ありません!」
ヴァルディに諭されれば大人しく従うのなら、最初から助けろと思わずにはいられない。まさか放置すると思っていたのだろうか。
ヴァルディがいる手前あまり無様な姿は晒したくないから、あまり大声をあげて反論はしないけど。
「大丈夫か、主」
「ええ。ありがとう」
ヴァルディに手を取られ、立ち上がる。
武器を扱う者とは思えない華奢な手つき。
手を握られているだけだというのに、気恥ずかしさが込み上がってくる。
「どうやら僕が手を貸す必要はないようだね」
懐かしい声が上空から響く。
それは夢で聞いたばかりの、ワルド子爵のものだと理解するのに時間は掛からなかった。
歓待式の際にも見かけたが、夢で見た若い姿と比較して、厭でも時間の流れを感じさせる。
「初めまして。僕は女王陛下直属の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルドだ」
地上に降り、帽子を取り挨拶する。
「グリフォン隊隊長、だって?」
ギーシュが驚きを隠せずにいる。
グリフォン隊といえば、トリステインでも屈指の戦闘部隊であり、その隊長クラスともなれば実力も推して知るべし。
ドットメイジであるギーシュとは比べる価値もない絶対的な差が存在する。
そんな大物を前にして、ギーシュも普段の気障な感じは鳴りを潜め、萎縮している。
対してワルドは、一目散に私に近寄り、あろうことかおもむろに抱き上げた。
「久しぶりだな! ルイズ! 君は相変わらず羽のように軽いな!!」
「お、お久しぶりですわ。ワルド様」
人目も憚らずこんな恥ずかしいことをする遠慮の無さは相変わらずらしい。
昔のまま彼に憧れていたのなら、羞恥の中にも喜びが混じっていたかもしれないが、今はただただ恥ずかしいだけだ。
それも、ヴァルディにこんな姿を見られているという事実がそれに拍車を掛けている。
満足したのか私を降ろした後、ヴァルディに近づく。
「初めまして。君がルイズの―――僕の婚約者の使い魔かい?」
「ヴァルディと言う。しかし―――婚約者だと?」
「む、昔に親が決めたことよ!」
ワルドと婚約関係を結んでいると思われたくない思いから、つい声を荒げてしまう。
「確かにそうだが、僕としては今でも時効ではないと思っているんだけどね。ルイズにとっては幼き記憶かもしれないが、僕は違う」
真剣な眼差しが私を射抜く。
気持ちは嬉しいけれど、その行為は余分なものでしかない。
「あの、私は―――」
「さて、長々とここにいる訳にもいかない。諸君、出発だ!」
ワルドの号令に私の意見はかき消される。
仕方ない。後で期を伺い本心を打ち明けよう。
どうも、ヴァルディです。
今回ミッションで国を跨ぐ旅に出ることになりました。
ゲルマニアの時とは違い、気楽に構えることはできない。
馬で長時間歩き続けると言う苦行に耐えつつ、恐らく来るであろう敵を倒していく必要がある。
お忍びの旅ということで、必要最低限の人員しか割けないのも、旅が困難になるであろうという見通しを加速させる
トライアングルメイジであるキュルケさんもタバサちゃんもいない。
代わりにいるのは、ドットメイジのギーシュとアンリエッタ姫の隣にいたワルドというダンディメン。
ギーシュは咬ませ犬だけど、ワルドはどうやらスクウェアメイジ―――つまり、最上級レベルのメイジということになる。
この低レベルメンバーの中にひとりのお助けキャラ。まさにジェイガンだね。いや、年齢差的にゼトだろうか。
しかもどうやら、ワルドはルイズの許嫁(という設定)らしい。びっくりだよ。
ルイズさんがワルドに夢中になっていた理由もなんとなく納得出来た。そりゃあ気にするわね。
それにしても、ルイズさんを見ているとかなり独自設定があるように感じる。
実は僕よりもかなりの古参プレイヤーなのかな?だけどゲーム自体は初心者だから、あまり進んでいなかったと。
それでも学院に来る前に色々フラグは立てていたのだろう。そこら辺は抜け目ないね。
ワルドは結構気さくな人だった。
最初はお忍びの旅なのに上空から人目を憚らず登場したのにはビビった。
演出の一環なんだろうけど、一介のNPCに仰々しすぎやしませんかねぇ………。
それとも結構重要人物だったりする?
積もる話もあるだろうし、ワルドが乗るグリフォンに誘われていたルイズさんだったが、使い魔と離れる訳にはいかないという理由で僕が操る馬に乗っている。
僕の前に座り、手綱は僕が握っている体勢。
一見抱きしめているようにもとられかねない体勢で、気のせいか上空を移動しているワルドさんの視線が痛い。
ルイズさんは昔の関係だと否定していたけど、あっち側としてはそうではないらしい。
この旅の間で、その辺りのイベントも関わってくるんだろうなぁ。
正直、色恋沙汰に干渉すると痛い目に合いそうだから嫌なんだよね。
創作とはいえ、昼ドラとかだって見たいと思わないし。
うーん。それにしてもあの時気にしていたにも関わらず婚姻関係を否定したのは、単に昔馴染みが現れたからってだけだったのかな。
「主よ、私達は何処へ向かっているのだ?」
「目的地そのものは浮遊大陸アルビオンだけど、その前にラ・ロシェール立ち寄ることになるわ。そこは港町なんだけど、そこにある船でアルビオンまで行くことになるわ」
「飛空艇に乗るのか」
「飛空艇?面白い呼び方をするのね」
この世界では飛空艇って呼ばれていないのか。
じゃあなんだろう、ただの船?
今の所海とか見掛けていないけど、実はないのかな。だったら区別する必要が無いのは納得出来るけど。
「ちょっ、待って、置いてかないで」
息も絶え絶えなギーシュの声が後方から聞こえる。
三枚目キャラ+もやしとか、テンプレですね。
因みに僕も結構馬に乗るのはつらい。
今、僕たちは足場がとにかく悪い山道を歩いている。
少し道を外れたら
慣れていないからお尻が痛い。でも顔には出ないから勘違いされているんだろうなぁ。
「情けないわね。ヴァルディを見習いなさいよ」
「いや、彼を見習えって無茶すぎるよ」
「そもそもアンタの立場で泣きごといえる訳ないでしょうが。わかったらきりきり動きなさい」
話の流れとはいえ、ギーシュも可愛そうな奴だ。
まぁ、いつかは報われるだろう。敵でヘタレで三枚目って小物フラグだけど、仲間なら地味に役立つポジを獲得できるから!
「伏せろ!」
突如、ワルドが叫ぶ。
それに釣られて顔を上げると、前方に松明が投げられる光景が広がる。
それに続き、風切り音と共に山なり軌道で崖上から矢が降り注ぐ。
咄嗟にルイズさんをかばうように抱きしめ、馬から降りる。
背負っていたデルフリンガーを抜き、矢を迎撃する。
「おっしゃあ、久しぶりの活躍だぜ!………でも盾かよ!」
「剣を防御に使わない道理はないだろう」
「そうじゃなくてよぉ~」
「いずれ正しい用途で使ってやるから我慢しろ」
「約束だぜ、相棒!」
さて、その場のノリで約束してしまったからには、いきなりここでテンコマンドメンツを使うのはまずいよなぁ。
メル・フォースで風を操れば、矢を返すだけでなくそのまま矢を撃っているであろう敵も倒せるんだけどね。
崖もろとも破壊する可能性はあるけど、それを度外視すれば確実な対応だと思う。
さて、どうしたものかと考えていると、悲鳴と共に矢の雨が止む。
「あれは―――シルフィード?」
ルイズさんの呟きの通り、空から敵を一掃する影があった。
その輪郭は忘れるはずもない。何度も乗っているしね。
敵を倒し終えたのか、シルフィードが眼前に降り立つ。
その背から現れたのは、キュルケさんとタバサちゃんだった。
因みにタバサちゃんは何故かパジャマっぽい姿。イメチェン?
「な、なんでアンタたちがここに」
「助けに来てあげたのよ。今朝方馬でアンタたちがどこかに行こうとしているのを見掛けたから、タバサを叩き起こしてね」
眠そうに目元を擦るタバサちゃん。かわいいなぁ。
「あれだけ目立つ移動をしていれば、当然と言えば当然だな」
特にワルド子爵とかな!
「あのね。私達はお忍びの任でここにいるの」
「そんな都合知らないわよ、聞いていないしね。そもそもお忍びの旅で無関係な人に見つかるのはちょっとマズいんじゃないの?」
ごもっともである。
「ま、ルイズのことなんかどうでもいいのよ。私はダーリンが心配だっただけだしね~」
そういって腕にしがみつくキュルケさん。
二つの双丘に挟まれ、男なら動揺のひとつもしない訳がない状況下でも、このアバターは眉ひとつ動かさない。
当然だが、中の人は色々ヒャッホイな脳内暴走を起こしている。思春期の少年なめんな。
「ア・ン・タ・は~!!」
そして怒り狂うルイズさん。何が彼女の琴線に触れたのやら。
お忍びの任という真面目な雰囲気の中、それを崩すキュルケさんがいるのが許せないのかな。
「子爵!例の賊は物取りだと言っていますが」
「ふむ………なら捨て置こう。ラ・ロシェールの警邏隊に言えば捕まえてくれるだろうしな。ともあれ、ラ・ロシェールに急ごう。取り敢えず、ルイズと僕が先に向かって宿を取っておく」
「主もか?」
「彼女はこの任の重要な立ち位置にある。先の賊の件もあるから、出来る限り迅速に安全な場所に移動させておきたいんだ」
「成るほど。だそうだが」
「え、でも―――」
どうすればいいのか悩むルイズさん。
まぁ、こんな狭い場所だと肉盾ぐらいしか役に立てないし、次もルイズさんを護りきれるかどうか怪しい。
「子爵の言うとおり、主がこの任の鍵だ。なればこそ、必要以上に負担を掛けるのは任務遂行に於いて妨げにしかならない。だろう?」
「………ヴァルディがそういうのなら」
僕の一押しで、納得してくれたようだ。
効率厨と思われそうな発言だけど、疲労までリアルに来るゲームで女の子に必要以上無理をさせたくはない。
そうして、しぶしぶグリフォンに乗り、飛び去っていく様子を見送ると、タバサちゃんが話しかけてくる。
「いいの?一時とはいえ、彼女と離れるような真似をして」
「いいさ。少なくとも、今はな」
聞いた限りだと、ラ・ロシェールまでそう遠くないらしいし、少しぐらいならいいでしょ。
ワルドさんだっているし、戦力としては申し分ない―――筈。だってゼトポジだし。
「………そう。貴方がそういうのなら」
「君が気を揉む必要はないさ。こんな状態も、今だけの話だろうしな」
このイベントが終わればワルドとはしばらくおさらばだろうし、なんだかんだでいつも一緒だからたまには距離を取るのも悪くない。
………って、なんだこのマンネリ化した恋人同士の関係みたいなやり取り。
「とにかく、急ごう。日が暮れるぞ」
気を取り直して、馬をラ・ロシェールに向けて走らせる。
ルイズさんを抱える体勢から解放されたお蔭で、意識が尻に集中する羽目になり、選択を誤ったかなと早くも後悔した。