Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 旧版   作:花極四季

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第十二話

フリッグの舞踏会は、夜に行われるという。

とはいえ、そこまで間はない。

フーケと対峙した場所からリアルタイムで往復していたので、当然と言えば当然なんだけど、やはり不便さは拭えない。

ワープポイントとかないのかなぁ。ファンタジーな世界観だし、ありそうなんだけどなぁ。

 

「―――ヴァルディ、ちょっといい?」

 

部屋でぼーっとしていたところを、ルイズさんに話しかけられる。

 

「何だね」

 

「ついてきて」

 

簡潔にそう告げ、部屋から出て行く。

二の句を告げさせない雰囲気を纏っていた彼女の言葉に大人しく従う。

無言のままついていった先は、学院から多少離れた開けた草地だった。

ルイズさんは足を止めると、複雑な表情を僕に向かい合わせる。

 

「………見てて」

 

そう言いながら、杖を何もない所に構える。

そして、短く言葉を呟いたかと思うと、空間が突如爆発を起こした。

何度も何度も。その度に紡がれる言葉は異なっていた。

 

「これが、私の魔法。どんな魔法も、例外なく爆発という現象に還元される」

 

どことなく、杖を構える手が震えている気がする。

 

「私のような現象に合ったメイジの話は、一度も訊いたことがない。誰もが私を、落ちこぼれと罵った。だから頑張った。勉強も魔法の練習も、人一倍、いえ、万倍は行ったと自負している。でも、魔法は一度も成功したことなかった。知識は学院でトップクラスでも、魔法を使えないだけで馬鹿にされた」

 

………これって、彼女の設定?

いやでも、ルイズさんはPCの筈だ。いや、そう思っているだけで確認した訳じゃないけど。

 

「悔しかった。魔法が使えないというだけで、人間性すら貶されているという事実が、許せなかった。その鬱憤を晴らすという下らない理由で、自分よりも下の平民にきつく当たったりもしてきた。最低よね、私って」

 

涙すらも流し初めたルイズさん。

これが演技だったのなら、主演女優賞授与できるレベルだと思う。

なら、ルイズさんはNPCだったのか?

いや、そもそもこの題に意味があるのだろうか。

自分で言うのもなんだけど、今僕はロールプレイをしている身分だ。

いわば自分もキャラ付けしている立場だ。

ただでさえこのゲーム内でのPCとNPCの垣根なんてあってないようなものだ。

本人から聞けば済む話ではあるが、自分もなりきりという遊び方を享受している身。

『あなたはPCですか?』なんてことを聞ける立場ではないのだ。

だから、この涙が真実か偽りかを判断するのは、僕の匙加減次第になるということだ。

 

「だけどね。貴方に会ってから、私は変わりたいと思えるようになった。どこかで諦めかけていた、自分の人生に貴方が再び光を与えてくれた」

 

一歩、一歩と僕に向けて歩み寄ってくる。

腕を僅かに伸ばせば届く距離まで、接近する。

女の子特有の匂いが鼻孔をくすぐる。

うっ、ルイズさんの部屋の染みついた残り香よりも強い刺激。

彼女いない歴=年齢の自分には刺激が強すぎる。

 

「俺、が?」

 

「そう。貴方が召還されたその時、私は初めて魔法が成功したの。貴方は私にとって、何にも代え難い存在なのよ」

 

ぎゅっ、と僕の胸元を強く握りしめる。

ヤバイ、思考がフリーズしそうだ。

身体も硬直して動かない。

ここで出来る男なら、肩のひとつでも抱き締めるんだろうけど、無理無理。

 

「お願い………いなくならないで……。こんな魔法も使えない駄目な私だけど、見捨てないで……下さい……」

 

嗚咽の混じった声が響く。

初めて聞いた、女性の鳴き声。

それは、ゲームだからといって適当に流していいものではないと、本能が告げていた。

嘘か本当かなんて、さして重要ではない。

ゲームの中なら、この世界が現実だ。

だったら、するべきことはひとつだろうに。

 

「あ―――」

 

「見捨てるだなんて、馬鹿なことを言うな。私は君の使い魔だ。―――いや、使い魔という立場に関係なく、君と離れたいとは思わんよ」

 

これが、正直な気持ちだった。

創作物だという理由で人間が感情を露わにしないのであれば、感動作や超大作といった区別は作られない。

ルイズさんがゲーム上の設定で涙を流していたからといって、それを蔑ろにして良い理由にはならない。

そんな奴は、人間として認めてはいけない。

 

「―――ありがとう」

 

嗚咽は止み、普段通りの声色のルイズさんが戻ってくる。

 

「そろそろ戻ろう。フリッグの舞踏会とやらがあるのだろう?」

 

「ええ、そうね」

 

今度はしっかりとした足取りで、学院へと戻っていった。

 

 

 

 

 

フリッグの舞踏会に向けて、各々は自分の部屋へと戻っていく。

ヴァルディと二人きりの部屋。私は勇気を振り絞るべく口をぱくぱくと動かす。

声にならない。いや、私の理性が声を出すことを拒否している。

口に出せば最後。自分の汚点を露呈し尽くすまで止まらないだろう。

その先にある未来が希望で確定しているならともかく、不確定であり自分自身も最悪な末路ばかり思い浮かぶからこそ、余計に二の足が踏めない。

だけど、先延ばしにしたところでいずれは直面する問題。

一時の逃避で得られる安息なんて、所詮幻想だ。

それもまた理性で理解しているからこそ、その二律背反が私を苦しめる。

フリッグの舞踏会なんて身に入りそうにもない。

こんな私だけど、貴族であることに代わりはない。

曲がりなりにも主役だと言われた身で、溜息混じりに宴の中心になるなんて無様な真似はできない。

ヴァルディと出会ってから忌諱してきた貴族のプライドが、私を後押しする要因になるなんて、皮肉だ。

白くなるまで握りしめた拳をヴァルディの視線外に隠す。

あくまでいつも通りに振る舞い、終わらせる。

 

「―――ヴァルディ、ちょっといい?」

 

「何だね」

 

「ついてきて」

 

一方的な命令にも文句も表情もひとつ変えずに従うヴァルディ。

どこへ行くのか、フリッグの舞踏会はいいのかとか、聞くべきことは沢山ある筈なのに、それをしない。

彼と出会って数日。未だに彼の奥底は見えない。

実力も何を考えているかも、まるで読めない。底が見えないと言うべきか。

でも、それは仕方ない。

私だって彼にまだ何も打ち明けてはいないのだ。この問題をとやかく言う資格はない。

慣れた足取りで学院から少し離れた草地に辿り着く。

誰もがフリッグの舞踏会に向けての準備をしているせいか、遠くから見ても誰一人として視界に入らない。

今この世界には私とヴァルディしかいない、そんな錯覚。

それも悪くないのかもしれない、が―――今はそれは重要なことではない。

決めたのだ。自分の恥部を打ち明けると。

自分がヴァルディの主として相応しくない存在だということを。

 

「………見てて」

 

一瞬、下唇を強く噛み、詠唱する。

コモンマジック、系統魔法と、知る限りの魔法を単調に紡いでいく。

そのどれもが、等しく爆発に還元されていく。

虚しい爆音が何度響いただろうか。突如爆音が止み、その変化が思考を元に戻す。

自分でも気が付かない内に、魔力切れを起こすほど魔法を放っていたらしい。

振り返り、ヴァルディの表情を伺う。

相変わらずの無表情。

いや、どこか瞳が関心を訴えているように見えたのは、気のせいではないだろう。

 

「これが、私の魔法。どんな魔法も、例外なく爆発という現象に還元される」

 

遂に、すべてを吐き出す。

自分でもわかるぐらい、声が震えている。

 

「私のような現象に合ったメイジの話は、一度も訊いたことがない。誰もが私を、落ちこぼれと罵った。だから頑張った。勉強も魔法の練習も、人一倍、いえ、万倍は行ったと自負している。でも、魔法は一度も成功したことなかった。知識は学院でトップクラスでも、魔法を使えないだけで馬鹿にされた」

 

あれだけ躊躇していたことなのに、いざ口に出してしまえばなんと饒舌なことか。

平静を装うのに必死でまともに思考が働いていないにも関わらずここまで言葉に出来るということは、この呪いはそれ程までに私を侵していたのか。

生まれてから十年と少し。何の因果かこのような不条理を身に纏い今まで生きてきた。

過去に烈風カリンと謳われ、今もなお尊敬される私の母でさえ、この現象に解を出すことは出来なかった。

誰もが私を落ちこぼれと呼び、私もそれに納得していた。

過去に例を見ない事象に対し、既存の概念に当てはめ思考停止するという行為にうんざりしたこともあったが、それは自分とて変わらない。

時が経つに連れ、そういうものなんだと納得するしかなかった。

なまじ希望を持ち続けていると、絶望した時の跳ね返りが辛いだけ。

表面上は自らは落ちこぼれではないと否定し続け、内心では周囲の言動に同調するという矛盾を成立させたことで、どちらにも転ばずに済んだ。

希望も持たなければ、絶望の痛みからも逃げる。

そんな平坦な在り方を、一生賭けて維持していくのだと、そう無意識の内に理解していた。

 

「悔しかった。魔法が使えないというだけで、人間性すら貶されているという事実が、許せなかった。その鬱憤を晴らすという下らない理由で、自分よりも下の平民にきつく当たったりもしてきた。最低よね、私って」

 

自己を維持する為だけに、身分の劣る平民を下に見てきた。

魔法を使えないという観点だけ見れば、彼らと大差ないのに。

私が生まれたことで得た平民との差は、その家柄と肩書き。

トリステインでも屈指の家柄とされる、ヴァリエール家の三女という立場。

でも、そんな身分不相応の立場が、苦痛でたまらなかった。

家族は等しく魔法を扱うことができ、屋敷で働く平民にすらどこか見下されていた気がする。

母も姉様も私に厳しくしてきたのは、私が未熟だったからなのか。それとも私という面汚しを虐めてストレス発散していたのか。

最早家族でさえ信用できなかった。

私はいつしか、魔法を使える存在が信じられなくなっていた。

彼の者達は、私を見れば誹謗中傷陰口お構いなしに責め立てる。

貴族という魔法を行使出来る優良種に生まれたことで、それを為すことが出来ない存在を馬鹿にする。

それが当たり前だと、当然の権利だと誰もが嗤う。

耐えられなかった。

だから、そんな忌み嫌う奴らと同じ場所まで墜ちた。

貴族が平民を見下すという当然の権利を行使し、心を護っていた。

それがいけないことだと理解していても、止めることは出来なかった。

 

「だけどね。貴方に会ってから、私は変わりたいと思えるようになった。どこかで諦めかけていた、自分の人生に貴方が再び光を与えてくれた」

 

「俺、が?」

 

「そう。貴方が召還されたその時、私は初めて魔法が成功したの。貴方は私にとって、何にも代え難い存在なのよ」

 

けど、ヴァルディをサモン・サーヴァントで召還したその日から、私は変わる決意を持つことになる。

エルフを召還したという事実よりも、私が初めて魔法を成功させたということ、そしてその証としての意味の方が重要だった。

ほんの僅かな奇跡だったのかもしれない。

だけど、確かに結果はそこにある。

紛れもなく、私の使い魔。私だけの、魔法の証明。

失いたくない。離れたくない。渡したくない。

でも、私は彼を縛れるほど優れた存在ではない。

主と使い魔としての立場が対等ではない、いわば不平等な契約にも関わらず、彼は私に付き従ってくれている。

でも、それは私が主として最低限の価値があると彼が思いこんでいたから。

この事実を知った今、私は路頭の石にも満たない存在へと下落しただろう。

そうなるべくしてなったのだ。これ以上私がどうこう出来る問題ではない。

でも―――

 

「お願い………いなくならないで……。こんな魔法も使えない駄目な私だけど、見捨てないで……下さい……」

 

気付けば私は、ヴァルディの胸に埋まり懇願していた。

涙を流し、嗚咽を漏らし、醜態を晒す。

貴族として毅然とした態度を意識してきた自分が、初めて本心をさらけ出す。

一度壊れた壁から大量の水が押し出されるかのように、涙と共に何もかもが流れ出ていく。

鬱憤も、嘘の自分も、なにもかも。

彼の前でなら、私は本当の自分になれる。

情けなく、涙もろく、何の取り柄もない自分だけど………それでも、彼には嘘を吐きたくなかった。

 

いつまでそうしていただろうか。

ふと、背中に感じる優しい感触。

それがヴァルディに撫でられているからなのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

「見捨てるだなんて、馬鹿なことを言うな。私は君の使い魔だ。―――いや、使い魔という立場に関係なく、君と離れたいとは思わんよ」

 

その言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。

布に浸透していく水のように、じわじわと、しかし確実に理解していく。

私を、見捨てない?

あの光景を目の当たりにしてなお、私の前からいなくならないでくれるの?

そこだけは理解できない。けど―――そんなのはどうでもよかった。

もしかしたら同情からくるものかもしれない。可哀想だからと、そんな見下された理由かもしれない。

でも、それでいい。

ヴァルディと離れる必要はない。その事実だけ分かれば十分だった。

気が付けば私は、声を殺し泣いていた。

ヴァルディが私を受け入れてくれた事実と、彼と離れる必要がないという安堵感からだろう。

大声で泣かなかったのは、なけなしの主としてのプライドからか。

そんなもの、最早どうでもいいというのに。

 

「―――ありがとう」

 

いつしか涙は止まり、そこでようやく感謝の言葉を口にする。

少し形は違うが、この状況はサモン・サーヴァントの時と似ている気がする。

そう思うと、なんだか嬉しくなる。

やはり私には、ヴァルディが必要なんだと再認識できるから。

でも、本音を言えば、私もヴァルディに必要とされる存在になりたい。

それはこれからなれるようになればいい。

だって、これからはずっとヴァルディは傍にいてくれるのだから焦る必要はない。

今日から、私は本当の意味で変わることが出来た。

慣れないことも多々あるだろうけれど、ヴァルディと二人三脚でなら何でも出来る。

学院に戻る足取りはとても軽かった。

 

 

 

 

その後、フリッグの舞踏会に参加したはいいけれど、ダンスに誘う愚図共そっちのけでバルコニーでヴァルディと談笑するだけに終わった。

彼の手を取りダンスをしたいとも思ったけれど、彼の踊る姿を大衆に晒したくなかったし、やめておいた。

いずれ二人きりになった時、いえ、私が一人前になったとき。今度こそ彼と踊りたい。

夜の闇を切り裂くように顕現する双月が、私達を見下ろしている。

その姿は、どこか私達を祝福しているようであった。

 


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