二人はみかどに連れられて部屋まで案内された。
外から見てわかっていたが、この寮は三棟のビルが連絡通路でつながってできている。沙羅達とは違う制服姿の女子生徒達が通りすがりにみかどに頭を下げていた。
どうやらこの寮は沙羅たちとは違う学校の生徒も利用しているようだ。
「この島全部が全寮制ですからね。かなり広いから必要がないところに行って迷子にならないでくださいね。ほんとに。ほんとーに!」
切実そうにみかどは注意してくれた。広いが構造はとても単純だ。所々に地図や現在地が記されているから迷子になるほうが難しいのではないだろうか。しかしみかどにとってはそうじゃないのだろう。
同じようなドアがいくつも並ぶ中、三人は一つのドアの前に立った。
「ドアの横にセンサーありますよね。学生証が鍵になってて、センサーに当てると入れるようになります」
「それはわかりましたけど、この部屋であってますよね?」
「…………。と、隣のほうです。大丈夫です、今度は間違ってません」
三人は改めて隣のドアの前に立ち、李亜が学生証をセンサーに当てた。ピ、という音の後にドアのほうから鍵が開く音が聞こえた。
「私の部屋はどこだ?」
「ここですよ。松風さんと三塚さんは同室になります」
「なんだと! こいつとか!?」
「すいませんすいません、相部屋のかたがいるって言うと嫌がる人もいるんですが、これは私が決めたことじゃないんで変えられません。上のかたが決められてるみたいです」
「……上、というとどこからだ」
「す、すいません。私にもちょっとよくわからないんです。寮長のやりかたは冊子としてまとめられてますし、新しい人が来たらFAXで教えてくれるだけですし」
「まぁいい。今のところは従っておくか」
この世界を創った誰かが直接ではなく、なにかの道具を介して命令してきていることはわかった。さくりんやみかどを脅し尽くしても情報は手に入らないだろう。
「寮についてはこちらのパンフレットを見てください。……すいません、いつの間にかぐちゃぐちゃになってました。夕飯の時間になりましたら放送がありますから時間までに食事を終わらせてくださいね。それでは私は他に仕事がありますからこれで。……あううっ!」
すでにくしゃくしゃになっているパンフレットを二人に手渡し、みかどは帰った。その際にもしっかりと廊下で転び、ぺこぺこと頭を下げながら。
「仕方ない。さっそく入らせてもらうぞ」
「あっ、靴は脱いで! 脱ぐんだって!」
扉を開けて小さな玄関からそのまま入ろうとする沙羅の首根っこを李亜はつかみ、用意されているスリッパへと履かせ直せた。
部屋に入った沙羅は腰に手を当てながら部屋の中を見渡した。
二人で暮らすにしては少し広い。もちろん沙羅も李亜もそんなことはわからない。
フローリングの部屋にシングルベッドが二つ。勉強するための机が二つ。クローゼットは個人用と共同のものが計三つ。テレビとテーブル、小さなキッチンまで用意されている。
部屋の出口とは別の扉が二つあったから開けてみると、洗面所兼脱衣所と風呂場、そしてトイレが別々に存在していた。
李亜は感心するようなため息をほぉっと吐いた。反対に沙羅は眉をひそめて不満そうな顔を見せた。
「狭すぎる部屋だな。我が城の牢屋よりもせまいぞ。寝床らしきものがまったく見当たらないがどこにある」
「君にはわからないかもしれないけど一応これだと思うよ」
李亜は新しいシーツが敷かれているシングルベッドを指差した。
「私が知っているベッドというものはこれの倍以上の大きさがある。そうでなければわら束の中で馬と一緒に寝ていた」
「極端すぎるから、それ。中間くらいで考えて納得しておいて」
「仕方ない、聞き入れよう」
「なんで偉そうにするのさ」
沙羅はベッドのうちの一つに腰かけ、そのまま仰向けに寝転がった。反発力がないマットが沙羅の体を受け止め、ゆっくりと沈んでいった。意外と寝心地は悪くない。むしろ反発力強めの魔王のベッドより寝心地がいいかもしれない。
言いなりにならなければいけないのは不快だが、この場所が不快というわけではない。
まるで夢の中にいるようだ。
「……松風、さん?」
不思議なまどろみの中で、いつの間にか沙羅はすぅすぅと寝息を立て始めていた。
■□■
『もうすぐ夕食の時間です、もうすぐ夕食の時間です。生徒のみなさんは食堂まで集まってください。二十一時までに来なかった人のご飯はありません! くり返します、もうすぐ……』
寮全体に響く放送の声で沙羅は目を覚まして上半身を起こした。
「ご飯行く?」
「…………」
沙羅は黙ってうなずいた。寝ぼけているようだ。置いていこうか、と李亜は思った。でもそんなことをすれば後から文句を言われるのは見えている。同室の生徒に親切にしないのは真面目な生徒としてどうだろうか。
「……一緒に行こうか」
反応が鈍い沙羅の腕を引っ張り、李亜はパンフレットの地図と寮の壁に時々記されている現在位置を頼りに食堂に向かった。部屋の中に風呂場はあったが浴場というものも存在するらしい。
眠気が覚めていない沙羅と一緒に鶏のから揚げ定食を食べ、また部屋まで戻った。
「……ふー……満足満足ー」
そしてまたも沙羅はベッドの上へと寝転がった。沙羅は弾力がないが寝心地のいい不思議なマットをすっかり気に入ってしまった。このままゴロゴロしていれば再び眠りに落ちるのは間違いない。
「君、ずっと寝てばかりだよね。そんなに寝てると夜眠れなくなるよ」
「知るか。寝られないのならこの建物内を探索する。何か見つかるかもしれないしな」
「そうすると今度は朝眠くなって遅刻するわけだ。あーあー、そういうのってどう考えても真面目な生徒じゃないよねー」
「……うるさい。ほっとけ」
「ところでお風呂はどうするんだよ。先に入ってもいいけど」
「……ふろ?」
沙羅はぶすっとした顔になりながら体を起こした。
「人間は風呂というものに必ず入らなければいけないのか?」
「いろんな事情があるから必ずってわけじゃないけど、できるなら臭くなったり髪がベタベタしちゃう前に入ったほうがいいね」
「……そうか。臭くなるのか」
ますます沙羅は顔をしかめて難しい顔をした。少し困っているようにも見える。
「実は一度も風呂には入ったことがない」
「げっ!?」
「勘違いするな。魔族の体は常に魔力を放出しているから瑣末な汚れは勝手に消えてしまうんだ。風呂などに入って体をみがく必要がないんだ」
「でも今は違うよね」
「……そうだな」
しかもチョークの粉を被ったせいで頭が少しゴワゴワする。教師から借りたタオルだけでは完全に拭き取ることができなかった。
李亜はというと、沙羅のほうをできるだけ見ないようにしながら自分のクローゼットを漁り、着替えらしきものとタオルを取り出していた。
「それじゃ、僕はこのへんで……」
「待て」
着替えとタオルを持って風呂場に入ろうとしている李亜の肩を沙羅がつかんだ。
「よかったな。風呂に入る術を私に教える権利を授けよう」
「放棄します」
「いいか、よく考えてみろ。悔しいが今のところ風呂に入る方法を聞けるのはお前しかいない。お前が教えるまで私は風呂には入らない。いいのか? 同室なんだぞ? お前の隣で眠るんだぞ、数日も風呂に入っていない私が」
李亜は考えた。
変に意地を張り本当に風呂に入らない可能性もある。それにこの寮には浴場というものが存在するらしい。存在を知れば何をしでかすかわからない。遅かれ早かれ一緒に風呂には入らなければいけない気がする。
……それならば、いっそ。
「……わかったよ。お風呂の入りかた、教えてあげる」
「望むところだ」
その後二人の部屋の中から「着替えもいるのか! 面倒くさいな!」「ぱ、パンツ!?」「もう履かなくともいい!」などという叫び声が聞こえたが詳細は不明。