「げふーい」
満たされた腹を軽く押さえながら二人は教室に戻った。昼休みとやらが終わるまではまだ余裕はあったが、周りの生徒も同じように自分達の教室へと足を向けていた。
途中までは満たされた気分でスタスタと歩いていた二人だったが、同時に脚が止まった。
「……便所行きたい」
「……僕も」
すぐ横にはトイレを示す札が下がっている。あえて意識しないようにはしていたが、さすがに食事の後だから限界を感じてしまった。視界に入れてしまった『お手洗い』という文字のせいでもある。
昼休みが終わろうとしているせいか人影はない。
「あ、あっち一緒に行こうか? ちょ、ちょうど人もいないみたいだし!」
沙羅の腕を強く引っ張りながら李亜は言った。
「なんでお前なんかと! 一人でどこかで隠れてする!」
「下品な素振りは自分が許さないんじゃなかったのか! い、い、一緒に来てくれなきゃやだぁぁぁ」
より強く李亜の腕を引っ張り、と言うよりもしがみつきながら李亜は泣いた。まるで子供のようだ。
「く、くそっ」
誰からも恐れられていた魔王アシュメデは土下座をしながら命乞いをされたことは何度でもある。しかし駄々をこねられたことは一度もない。だから扱いかたがわからず、腕を振り払うことさえできなかった。
「なんで一緒に行きたがるんだ。お互い別の場所に行っても構わないだろうが」
「だ、だって、ほら……そのさ……本当はこういう形で見るようなものじゃないし……せ、誠実というわけでもないけど……」
口をもごもごさせながら李亜はうつむいた。何が言いたいのかさっぱりわからず、沙羅は顔をしかめた。だが今までの李亜の態度、そして今も恥ずかしそうに床に視線を逃がし続ける李亜を見て、やっと沙羅は何かに気付いた。
「ああ、なるほど。勇者様は女の性器をご覧になったことがないわけだ」
はっきりとした言葉に李亜は顔を赤く染めていく。図星だ、と何も言えなくなっている態度が教えてくれた。沙羅はニタリと笑いながら李亜の顔をいやらしくのぞき込んだ。
「それほど恐ろしいものではないぞ。美しいものでもないがな。仕方ない、便所くらい一緒に行ってやるか。その代わり初めて女の性器をご覧になった勇者様の顔をたっぷり観察してやるとしよう。それくらいは構わないよな?」
「くっ、やっぱり……いいや、一緒に行こう」
二人は手を握り合いながら女子トイレの中へと入っていった。一人はニヤニヤと笑いながら、もう一人は顔を赤くして震えながら。たまたま通りがかった生徒がトイレに入っていく二人を見てぎょっと驚いていた。
女子トイレの床はピンク色のタイルが敷き詰められていた。洗面台には小さな花瓶が飾られ、トイレの中にはバラの芳香剤の匂いが漂っていた。
そして運よくも他に生徒はいなかった。
二人の少女は同時にツバを飲み込み、そして同じ個室へと入り……
「おい。一緒に入ることはないだろう。それとも見てほしいのか? くくっ」
「そっ……そんなわけあるかっ!!」
沙羅がニヤニヤと笑いながら言うと李亜は慌てて手を離して、隣の個室に入った。沙羅も軽く肩をすくめて鼻で笑った。
だが別々の個室に入り、しばらく時間が経過してスカートがこすれる音がした後
「ぴぎゃーっ!」
悲鳴が聞こえてきたのは沙羅が入った個室のほうからだった。
トイレから出た後、沙羅は血の気の引いた顔で焦点の合わない目のまま、ふらふらと頼りなく歩いていた。一方さっきまで怯えていた李亜は仄かに顔を染めながらぽうっとここではないどこかを見つめていた。
「いや別に初めて見たからというわけじゃないぞ。あるべきものがなくてないはずのものがあるという事実が受け入れがたく、けして怯んだわけではないのだ、ただ想像するよりも実際に見るという行為は食い違いが多くて……」
「え、う、うん? 何か言った?」
「な、何も言ってないぞ。……というかどうしたんだ」
あまりにもさっきと様子が違いすぎる。泣いて出てくると思ったのに。バカにしてやろうと思っていたのに。
「こ、こっちも別に何でもないよっ? ……ただ」
「ただ?」
「ちょっと気持ちよかったかな、って……」
「…………!?」
ちょっと気持ちよかった……!?
「あ、あ、あんな短い間に何をしてきたんだっ!?」
「なっ、何もしてないよ、ほんとだよっ! ちょ、ちょ、ほーんのちょっと触ってみただけなんだ、それだけなんだっ」
思い出したのか、李亜は熱っぽいため息を吐きながらとろんとした目でどこかを見つめていた。
「お前危ないぞ! いいからこっち来い!」
ぼうっとし続ける李亜の腕を沙羅は慌てて引っ張った。