むりがく   作:kzm

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エピローグその2

 

「と、いうわけだ」

 

 研究所から戻ってきた沙羅は李亜にすべてを話した。

 

「え? は!?」

 

 いきなりこの世界を造った存在と会った、などという話を聞かされ李亜は目を丸くした。

 李亜に雅と出会ったこと、出会うまでどんなことをしたかを話すことについては、すでに雅にも話した。

 正確には雅の形をした『この世界を造った存在』なのだが。

 

「えっ、じゃあ、つまり、結城さんとつき合うとか言い出したのは全部『この世界を造った存在』に出会うための演技だったの?」

「……いや、演技もあるのだが……」

 

 どこかうれしそうにする李亜に対して沙羅は視線をそらした。

 たしかに演技だった面も多いが、今後のことや……キスされたことを考えると全部が全部演技だったとは言いにくい。

 そんな沙羅を見て李亜はぐいと詰め寄ってきた。

 

「演 技 も あ る け ど ?」

 

 にっこり。

 口元は笑ってはいるが、目元が完全に笑っていない。

 こんな反応は魔王アシュメデのときにはされたことなかった。だからこそ、怖い。

 

「その、だな……。以前に元の世界に戻る以外の別の選択を探す、と言っていただろう。そのときからずっと考えていたんだが……」

 

 最初は李亜が怖くて視線をそらしながら話していた沙羅だったが、改めて李亜に向き合った。

 珍しく真面目な顔をしていた。

 

「私たちが行けないだけで、この学園都市の外にも世界はある。だから、私はその世界に行ってみたいと思う。……つまり、俊介がいままでいた世界と同じ世界に行きたい」

 

 元の世界には帰らない。元の姿にも戻らない。

 このままの姿で、俊介と同じ世界に行く。

 それは暗闇の中で雅に対して言った答えと同じものだった。

 雅は答えた。それは『可能』だと。

 

「…………」

 

 沙羅の答えを聞いた李亜は大きくため息を吐いた。

 

「なんだかな、心のどこかで予想してたのかな。あんまり驚きがないんだよ。まぁ、他の選択を探すって言ったから元の世界に戻らないだろうなとは思ってたけど」

「それでだ、お前はどうするんだ? 私は『この世界を造った存在』にお前のことも聞いたんだ。やつは答えた。李亜が思っているとおりにすると」

 

 それは李亜が自分の願いを口にすればいつでも叶えてもらえるということだ。

 この世界は常に監視されている。いま、このときもだ。

 李亜は口に人差し指をあて、まるで今日の夕飯をAメニューにするかBメニューにするか考えているときのような顔を見せた。

 

「んー、僕は……もう少しこの世界にいるよ」

「ほ、本気かっ!?」

 

 沙羅は勝手に思っていた。

 もしかしたら李亜も一緒に来てくれるのではないかと。そうでなくても元の世界に戻ることを選択すると思っていたのに。

 

「ここでの生活、嫌いじゃないんだ。みかどさんや、苅野さん、宮飼さん、それにしらはまちゃん。この世界に生きるひとのことも好きだよ。だから、僕はもう少しこの世界にいる」

「そうか……」

「それで、君のことを追いかけたくなったら追いかける。元の世界に戻りたくなったら、戻る」

「ならば私を追いかけたくならないこともありえるのだな」

「うん……」

 

 さびしそうにつぶやく李亜を見て、沙羅はなんとなく悟った。

 おそらく李亜が沙羅を追いかけてくることはないだろうと。

 この世界を出てしまったら、李亜とは永遠に別れることになってしまう。

 

「李亜」

 

 沙羅は李亜の名前をつぶやきながらその体に抱きついた。いきなりの行動に李亜は少し慌てふためいたが、すぐに優しく抱きとめて、その頭を軽く撫でた。

 

「私の体を好きにしていいぞ」

「んなっ!? き、きみはいったいなにを言ってるんだっ」

 

 離れようとした李亜の身体を沙羅はより強い力で抱きしめて、引き止めた。

 李亜は下手な抵抗をすることはやめて、沙羅のするがままにされることにした。

 

「もう二度と会えないのかもしれないのだろう。それならそれだけのことをする権利はお前にはある。……その、だな。私は……これでも感謝、しているのだぞ」

「…………」

 

 ぼそぼそとつぶやく沙羅を見て、李亜はこくんと息を飲んだ。そして沙羅の肩に両手を置いた。

 沙羅は黙って両目を閉じた。そういうものだと、俊介が言っていたから。

 少しずつ、少しずつ、李亜の顔が沙羅の顔へと近づく。

 そして。

 

 ゴツンッ!

 

「あいたっ!?」

 

 李亜は沙羅の額に頭突きをした。沙羅は悲鳴をあげて自分の額を押さえた。沙羅の額は軽く赤くなっていた。李亜の額も同じように赤くなっていたが李亜はにやりと笑みを浮かべるだけだった。

 

「バカなこと言うもんじゃないよ」

 

 自分の額を押さえながら李亜は言った。

 

「本気だったのだが」

「うるさいっ、松風沙羅として生きるつもりなら、もっと自分の身体を大切にしなよ。好きにしていいだなんて、簡単に言うなっ」

「あたっ! 同じところを手でぶつな!」

 

 李亜は沙羅の額を軽く叩き、沙羅は悲鳴をあげた。

 やがてふたりは視線を合わせ、くすりと笑った。

 

「沙羅。好きだよ。ひとりの友人として」

「私も好きだぞ、李亜」

 

 

■□■

 

 

 それからすぐに沙羅の転校が決まった。

 沙羅自身は理由を知っているが、沙羅の知り合いたちは驚いていた。

 この世界が普通の学園都市であると信じているつぐみや小織などはいつもの突然の転校だと理解しつつも、別れを惜しんでいた。

 この世界で更生が必要なはずの白羽磨子も涙をぽろぽろ流していた。

 

「また遊びに来るんだぞ! 絶対だぞ!」

 

 ……どうやらこの世界が異世界から追放されたものを更生する場所だということは、磨子はすっかり忘れているらしい。

 ただひとり、彩音だけが。

 

「おかしいですわね。“転校”するならどう考えても三塚さんのほうが先になるはず。どうして三塚さんが残って松風さんだけがこの世界から出られるんでしょうか」

 

 などと怪しい笑みを浮かべながら言っていたが、沙羅も李亜も具体的なことは言わずにごまかした。

 何か察せられることはあるかもしれないが、彩音の行動になにか影響することはないだろう。

 なぜなら、彩音はこの世界での生活を彩音なりに気に入っているからだ。

 今更、元の世界に戻ろうとすることもない。

 

 

■□■

 

 

「……それにしても来たばっかりで出ていくことになるなんて……俺、まずいことしたかな……。いや、心当たりがないわけじゃないんだが……」

 

 などと缶コーヒーを手に持ちながらの俊介のつぶやきに沙羅は我に返った。

 ぼんやりと、ここ2週間ほどの知り合いとの別れについて考え込んでしまった。

 

「まぁ、そういうな。次の仕事先も紹介してもらっているのだろう? 私のように」

 

 この世界から出たあとの沙羅の処遇はどうなるか。

 次に行く学校の手配や住居の確保などは“この世界を造った存在”に関わるものがやってくれた。

 しかし、他人を殺しても自分を殺しても反省室に入るだけでやり直しができる世界から出ることになる。

 これから先、沙羅の行動の責任を取るのは沙羅自身。

 

「いや、まさか松風さんの保護者になるとは思わなかったんだけど……。松風さん、なにかやった?」

「ふふふ、なにをやったのだろうな。おそらくお前は知らないほうがいいことだ」

「……気になる言いかただなぁ」

 

 俊介がぼやいた直後、フェリーが汽笛を鳴らした。

 もうすぐ出航するから揺れに気を付けるようにという放送が甲板にも響き渡る。

 やがてフェリーはゆっくりと海の上を走り出した。

 以前に沙羅がフェリーに忍び込んだときは、途中で視界にノイズが走り、反省室へと送られていた。

 

「…………」

 

 思わず沙羅は甲板の端をぎゅうっとつかんでいた。

 その手にふわりと大きな手が重なる。

 隣にいた俊介が手を重ねていた。

 

 瞬間、大きな風が吹いて沙羅は立ちくらみを覚えた。

 

「おっと」

 

 傾きそうになる沙羅の身体を俊介は支えた。

 沙羅は思わず両手を広げて自分の体を眺め下ろした。

 いまのいままで借り物の体という意識がどこかにあったが、この瞬間、沙羅はこの体こそが自分の体だと思えるようになった。

 

「大丈夫? 松風さん?」

「あ、ああ。大丈夫だ。……大丈夫だからお前はそんなにベタベタとくっつくな、暑苦しい!」

 

 せっかく支えてくれたというのに沙羅は俊介の手を振り払った。そんな沙羅に俊介は苦笑する。

 

「まったく……」

 

 学園の外に出たからといって、反省室に戻されることはなかった。

 フェリーは青い海原を白い小波を作りながら駆けていく。海の風は少し冷たく、潮の匂いを含んでいる。

 

「さて、これからどうしようか」

 

 かつての魔王アシュメデと呼ばれた少女はぽつりとつぶやいた。

 

 

■□■

 

 

 沙羅もいなくなって広くなった寮の部屋。

 李亜は広い窓を開けてベランダの外に出た。海から吹く、潮を含んだ風が李亜の髪と頬を撫でた。

 

 勇者は待つ。

 いつか訪れるであろう、更生が必要な異世界からの追放者を。もしかしたらその存在はこの部屋を与えられるかもしれない。

 そのときは時に優しく、時に厳しくこの世界のことを教えてやろうと思う。

 そしてできるなら、

 

「さて、これからどうしようかな」

 

 日も沈みかけ橙色になった空の下で、李亜はくぅっと背伸びをした。

 

 




終章付近がちょっと駆け足だったような気もしますが終わりましたー。
ここまでつき合ってくださったかた、お気に入りや評価を入れてくださったかた、ありがとうございます。
機会があったら改稿したりとかしたいです。

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