「はーはっはっはー! 自分を呼んだのは貴様かー!」
「よく来たなしらはまちゃん! 歓迎してやろう!」
寮の部屋が一気にうるさくなった。
ベッドに寝転んでテレビを見ていた李亜は眉間にしわを寄せた。
――あれから。
沙羅が俊介とつき合うと宣言して李亜がその場から逃げ出してしまってから。
結局どこにも逃げることができない李亜は寮に戻り、夕飯どきに戻ってきた沙羅と顔を合わせることになった。
突然の爆弾発言をしたというのに沙羅はなにごともなかったかのような顔をして
「腹が減ったな。そろそろ食堂に行くぞ」
と言った。
そんな沙羅のある意味そっけない態度はある程度予想していたとはいえ、どんな対応をすればいいのか悩んでいた李亜はため息を吐いた。
夕食も終わったあと、沙羅は風呂に入らずしらはまちゃんを呼び出したというわけだ。
「自分はそう簡単に動かんぞ! それ相応のものを用意してもらわないとなー!」
「なに、それはぬかりがないぞ。ポテトチップスにチョコスティック、クッキーにせんべいまで用意している! もちろん炭酸のジュースもあるんだからな!」
「やっほー!」
夕飯を食べたばかりだというのにしらはまちゃんは用意されたお菓子に飛びついた。沙羅もジュースの缶を開けてぐびぐびと飲み始めた。
あー、たしかこういうの女子会って言うんだっけー。
などと李亜は横で見ながら思っていた。もちろん沙羅が怒りそうだから言わないが。
「それで貴様は自分になにをしてほしいんだ?」
「簡単なことだ。しらはまちゃんが持ってる漫画を貸してほしい。できるなら男女がカップルとやらをやっているものが好ましい」
「わかった。少し待ってろ」
チョコスティックをぽりぽりとかじりながらしらはまちゃんは部屋から出て行った。
しらはまちゃんが消えただけで、部屋の中には沈黙が訪れた。
構わずお菓子を食べ続ける沙羅に向かって李亜は呆れたような口を開いた。
「まさか本当に結城さんとつき合うなんて言い出すとは思わなかったよ」
「そんなに意外か?」
「ねぇ、今更かもしれないけど僕とつき合わない?」
「お前とつき合っても意味はない」
「あっそ」
ベッドから降りた李亜は並べられているポテトチップスに勝手に手を伸ばし、ぽりぽりと食べ始めた。
「……少しは察しろ、バカが」
「え?」
「なんでもない」
沙羅が李亜から顔をぷいっとそむけたときだ。
「漫画いっぱい持ってきたぞー!!」
漫画の入った紙袋を両手にたくさん持ったしらはまちゃんが部屋へと飛び込んできた。
しばらく3人は菓子を食べながら漫画についての感想を言い合った。
■□■
さっそく、というわけでもないが。
沙羅は授業が終わるとまっすぐにバスに乗り、俊介がいる研究所に向かった。沙羅としては授業を抜け出してもよかったのだが、そんなことをすれば俊介に優しく諭されてしまうのは見えている。
上から目線で押さえつけるでもなく、目線を合わせて淡々と説得されるのはどうにも沙羅は苦手だ。
研究所に入ると雅でない女性が受付に立っていた。
が、沙羅が俊介に会いたいというとあっさり通してくれた。
すでに行き慣れた廊下を進んで沙羅は俊介の部屋へとノックもせずに入った。
「うわっ、松風さん?」
机の上で書類と奮闘していた俊介は驚きつつも沙羅を迎えた。
俊介はちょうど休憩するところだったと言ってから、沙羅のためにカフェオレを入れ始めた。
「…………」
甘く、温かく、そしてほろ苦いカフェオレの味は沙羅は嫌いではない。
俊介は自分のぶんのコーヒーを入れると沙羅の向かい側にあるソファに座った。
「そっちじゃないだろ」
「え?」
「……私とお前はその、つき合っているのだから隣同士になるべきだろう。漫画で読んだ」
「あっ、そ、そうだねっ!」
沙羅に言われた俊介は慌てて沙羅の隣に座った。
そして気まずそうにコーヒーをすすった。
「お前は、なんの考えもなしに私とつき合おうなんて言ったわけじゃないんだろう。私が元の世界に戻る以外の選択を見つけられる手伝いがしたいと言ったはずだ。お前は私になにをしてくれるつもりなんだ?」
「それなんだけど、とりあえずはいろんなところを一緒に見て回ろうと思ってたんだ。きみは異世界から来たんだろ? だからこの世界にあるものを俺が彼氏として説明してやろうと思って。……教師と生徒だと、なにか違うような気がしてさ」
「ふむ……」
それはそれで面白そうだと思った。
街の説明は元クラスメイトである黒樹彩人に受けたことがある。
しかし結果的には彩人は沙羅を襲って弥栄彩音へと姿を変えられた。彼は沙羅と同じく異世界から来た存在だった。
それにあのころはまだ学園都市に来たばかりで、周囲にはなじみたくないと考えていた。
だから改めて街の説明を受ければ新たな発見もあるだろう。
しかし沙羅は首を横に振った。
「私は……お前の話が聞きたい」
「俺の?」
「私はこの学園都市の外のことを知らない。私にとってこの世界は島の中だけだ。だから島の外にあるものの話が聞きたい」
「俺の話か……でもそんなに面白くないと思うよ。そんなに変わった人生を送ったわけでもないし」
「いい。面白いかそうでないかは私が判断する」
「……そうか……なら」
俊介は少し考え込んだ。
そしてぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
子供のころのこと、通った学校のこと、趣味のカメラを始めた理由、家族のこと、友人のこと。
それは順不同で、バラバラで、思いついた先から話していて、まったくまとまりというものがなかったが。
沙羅は魔王アシュメデとは比べようもない幸福で平坦な人生を歩んだ俊介に嫉妬した。
そして同時に心地いいと感じた。
まるで少し苦味のあるカフェオレのようだと沙羅は思った。