むりがく   作:kzm

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校則その14『相手のことを知ろうとしましょう』・2●

 

 次の休日、李亜はひとりで研究所前に向かった。

 寮から出る直前、沙羅はベッドでうつ伏せになっていた。寝ているのか、それとも寝たふりをしているのか。見ただけではよくわからない。

 まぁ、寝たふりだろうね、と李亜は口に出さずに心の中でつぶやいた。

 

「あー、じゃあ、僕行ってくるね」

「…………」

 

 返事はなかった。李亜はそのまま部屋の扉を閉めて寮を出た。

 休日だからバスで移動して妖精に見つかっても問題はない。

 今日の李亜は薄ピンクのシャツにふわりと広がるジャンパースカートというとてもかわいらしい姿だ。やや子供っぽいデザインではあるが、スタイルのいい李亜が着ているせいで胸も、腰の細さも強調されている。おそらく沙羅が着れば、小学生に見えてしまっただろう。

 普段の李亜は中性的な格好を好んだ。

 常に無地のトレーナーとジーンズのズボンという格好だ。寮の部屋にいるときは楽だからという理由で常にジャージを着ている。

 だから今日の年頃の少女らしい姿はとても珍しかった。

 バスから降りて研究所前まで行くと、そこには俊介が立っていた。平日に会ったときは白衣を着ていたが、今はラフにシャツとズボンだけの姿だ。

 

「やぁ、三塚さん。おはよう」

「おはようございます、結城さん」

「俺と話がしたいんだよね」

「そうです」

「じゃあ部屋の中でいい? コーヒーくらいしか出せないけど」

「いえ、せっかくの休日ですし、外を出歩きましょう。なんなら僕のこと写真に撮ってもいいですよ。写真撮影が趣味なんでしょう?」

「あー、それは……今日はやめとく」

「なんでです? 今日の僕、かわいいでしょう? ほらほら」

 

 ジャンパースカートを軽く持ち上げながら李亜は微笑んだ。

 

「え、いや、たしかに今日の三塚さんはおしゃれしてるなって思うけど……ごめん、今日はそういう気分じゃないから。もともと人間以外を撮るのが主だし」

 

 俊介は頭をぽりぽりとかき、困ったようにつぶやいた。

 

「沙羅ならいいんですか?」

「ぶっ」

 

 いきなりの李亜の言葉に俊介は噴き出した。

 

「……まぁ、そうだね。正直に言うなら」

「ふーん。やっぱりそうですか」

 

 李亜はじとりと俊介をにらみつけ、俊介は居心地悪そうに視線をそらした。

 

 

■□■

 

 

 李亜と俊介のふたりはしばらく外を出歩いた。

『沙羅と一緒に行ったところに行ってみたいです』という李亜の希望により、以前に俊介が沙羅と一緒に行った港や公園を一緒に歩いた。

 しかし特にふたりのあいだに会話というものはなかった。

 どうしたものか、と俊介が思い悩んでいるとき、時間は昼前になろうとしていた。

 目の前にあるのはサンドイッチを専門に出している店だ。

 

「あ、そろそろ腹減らないか? このあいだも松風さんと一緒に入ったんだ」

「そうですね。そろそろゆっくりしたいです」

 

 俊介はこっそりと安堵のため息を吐いた。

 そしてふたりは店へと入った。沙羅と入ったときに座った席はすでに埋まっていて、ふたりは店の奥のほうにある席に座った。観葉植物の鉢が近くに置かれたその席は、入り口から見るとわかりにくく、また込み入った話をするのに向いていそうだった。

 適当に頼んだランチのセットが届くのを待ち、俊介は口を開いた。

 

「三塚さんって松風さんと寮で同室の子なんだろ」

「そうですけど。沙羅から聞いたんですか?」

「聞いたって言うか、実は……きみが松風さんに告白したこと、聞いちゃったんだ」

「…………」

「松風さんに悪気はないよ。その、彼女鈍感だからさ。ついぽろっと言ってしまった感じ」

「ああ、わかります。鈍感ですよね」

「きみのこと、友人だと思ってるって言ってた。そしてきみも松風さんのことを友人だと思ってるだろうって」

 

 そのことについてならすでに沙羅とは理解しあったあとだ。

 さすがに李亜がそこまで説明する義理はない。

 

「つまり、話したいことって、これ以上松風さんには手を出すな、とか?」

「僕にそんな権利はありませんよ。言いたくてたまりませんけどね。沙羅が誰とつき合うかは沙羅が決めることです。……単にどんなひとか知りたかっただけです」

「きみから見て、俺ってどんなひと?」

 

 俊介はまっすぐに李亜のことを見ながら聞く。

 そこに李亜をからかったり、また照れたりするような素振りはない。

 ただただ真面目に質問しているだけだ。

 そんな俊介を見て李亜は自分がはっきりと嫉妬しているのを感じた。

 

「……正直に言うなら、とても魅力的なひとだと思います」

 

 いっそ滅茶苦茶にけなすか、褒め殺して調子に乗らせて沙羅に嫌われるように誘導しようか迷った。

 が、結局やめた。

 そんなことをすれば目の前の男と自分のあいだにもっと劣等感を覚えるだけだ。

 

「だ、だからと言って沙羅が好きになっても当然だなんて思いませんからね! あ、あいつ魔王アシュメデやってたときはすっごい女好きだったんですよ! そ、それに結構下品だし、男なんて好きになるわけ……」

「好きになるかもしれないと思ったから俺と話に来たんだろ? 三塚さん、自分の気持ちに素直になりなさい」

「~~~~~~っっ!」

 

 まったくそのとおりだ。

 沙羅が好きになるはずがないと本当に思っているのなら構う必要もない。

 すべてを見透かされたうえで、優しく諭されてしまい、李亜は言葉を失った。

 

「結城さんは、沙羅のことが好きなんですよね。好きじゃなきゃ自分とつき合うかなんて言い出しませんよね」

「まぁ、ね……」

「聞いてるはずですけど、沙羅は本当は男ですよ。いまは小柄な長い黒髪の女の子にしか見えませんが、本当は筋肉ムキムキのごっつい男です」

「うーん、それは知ってるんだけど、うまく想像ができないっていうか。そもそもきみたちの話も俺にとってはよくわからないところが多いんだよね……あ、信用してないってわけじゃないんだけど。きみたちが本当にそう思ってるならそうなんだろうさ」

 

 俊介に異世界から来たなんらかの証拠を出すことはできない、それは李亜もよくわかっていた。

 むしろ自分たちが口裏を合わせて俊介をからかっていると思われてもしょうがないのに、俊介はよくつき合ってくれると思っている。

 信用できないからとバカにすることもせず、かと言って言ってることすべてを丸っきり信用しているわけじゃない。

 真面目に沙羅や李亜と向き合っているだけだ。

 

「俺はね、自分の目に見えるものがすべてだと思うし、きみも松風さんもそれでいいと思うよ。すべてを理解する必要はない。自分が知らないことも世の中にはたくさんあるとだけわかっていればいい」

 

 俊介の言葉は李亜が散々思い悩んできた末に至った結論でもあった。

 思い悩んでいた答えをあっさりと、口にされた。

 

「っっ!!」

 

 ガタンッ!

 不意に李亜は席を立った。

 そして少し遠くにある席に座っていた人物へと抱きついた。

 

「うわぁああああんっっ! 僕このひとには勝てないよぉ~~! 僕と比べて大人すぎるよー!」

「うわあああっ!? ど、どうして私がここにいるのがわかった!」

「そんなの簡単に予想できるよー! 絶対ついてくるって思ってたよー」

 

 李亜が抱きついたのは沙羅だった。

 深く帽子を被って目立たないように行動してるつもりだったが李亜にはすっかりバレていたらしい。

 そして俊介もまったく意外に思っていないのか、小さく苦笑しながら沙羅のそばにやってきた。

 沙羅はそんな俊介をじろりとにらんだ。

 

「よくわからんが李亜を泣かせるな」

「ごめん、ごめん」

「まったく……」

 

 沙羅は抱きついてべそべそと泣いている李亜の背中をぽんぽんと叩いた。

 周囲にいる客や店員がなにごとかと好奇の視線を向けてくる。

 さすがにまずいかもしれないと沙羅が思ったときだ。

 

「あらあらどうしたんですか結城先生。学生を泣かせて」

 

 ちょうど店に入ってきたひとりの女性が沙羅や李亜、俊介のそばへとやってきた。

 研究所で何度か顔を合わせている受付の女性、雅だった。

 

「い、いやぁ……ちょっと進路相談を受けててぇ……」

「違うぞ」

 

 慌てて俊介が言い訳を並べようとするが、その言葉を沙羅はさえぎった。

 そしていまだに抱きついている李亜から手を離した。

 

「私とこいつはつき合うことにしたんだ。いわゆる彼氏と彼女というやつだ」

「「!!!??」」

 

 突然の沙羅の宣言に李亜と俊介のふたりがぎょっとし、沙羅を見つめた。

 

「ま、ま、松風さんっ! そ、その話はいまここではちょっと……!」

「うわああぁああぁああんっっ!!」

 

 慌てる俊介に、泣きながら店から出ていく李亜。

 この場はすっかり修羅場と化していた。

 客はサンドイッチを食べるのをやめ、店員さえも持っていたパンを取り落としながら沙羅たちの成り行きを興味津々に見守っていた。

 え? ふたまた? もしかして浮気?

 そんなささやき声が聞こえ、俊介はストレス性の頭痛を感じた。

 

「あらあらよくわからないけど、複雑そうねぇ」

「はははは……」

「ああ、大丈夫ですよ、結城先生。ちゃんと内緒にしておきますから、ね」

「……助かります」

 

 くすくすと笑う雅に俊介は頭を下げることしかできなかった。

 そして。

 

「……ふ……」

 

 誰にも見えない場所で、沙羅はにやりと笑みを浮かべた。

 

 ……本当に誰にも見えていなかったのか、それは沙羅自身も違うとわかっていたが。

 

 


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