次の日、さっそくだが沙羅と李亜は研究所へと向かった。
昨日の沙羅と同じようにふたりはバスを使わず、歩いて研究所の前にたどり着いた。
「さて、これからどうしようか。裏口とかあるの?」
「あるかどうかは知らないが、探す必要もない。正面から入るぞ」
「ま、待ってよ! さすがにそれはどうかと思うよ! だって僕たちは学校をサボってるわけじゃないか! み、見つかって連絡されたら反省室に送られたりとか、するんじゃないの?」
堂々と正面の入り口から入ろうとする沙羅を李亜は慌てて止めた。
「それはない」
「なんで言い切れるのさ」
「……そのほうが面白いからだ」
「は?」
「確認したいこともある」
「???」
李亜はまったくわけがわからないと言った顔をしたが、沙羅はそんな李亜には構わずに研究所の自動ドアを開けた。李亜も慌ててそれを追いかけた。
「あら、松風さん。おはよう」
受付には昨日も顔を見せた雅が立っていた。
にこりと笑みを浮かべる姿は一分の隙もなく整っていて美しい。同じ年頃の女性ならばみかどという存在がいるが、みかどならばここまで完璧な笑いかたはできないだろう。
「松風さん、今日も忘れ物かしら?」
「そうだ」
堂々と言い放つ沙羅に李亜はあわあわと動揺する。
そんな李亜にも雅はにこりと笑いかけ、李亜は慌てて頭を下げた。
「あらあらしょうがないわねぇ。結城先生の部屋の位置はわかるわよね。もう結城先生来ているから直接行っても構わないわよ」
「わかった。行くぞ、李亜」
「あっ、待ってよ、沙羅!」
ロビーの奥に向かって歩く沙羅を李亜は慌てて追いかける。
そんなふたりを雅は微笑みながら見送った。
「やっぱりな」
俊介の部屋へと向かう途中、沙羅はぽつりとつぶやいた。
「? なにが?」
「お前には言わない」
「ケチ」
どういう考えを持っているのかまったく説明しようとしない沙羅に李亜は唇をとがらせた。
そんな会話をしているあいだに沙羅は俊介の部屋の前までたどり着いた。
沙羅はノックもしないで部屋の扉を開いた。
「え? 誰ですか? ……って松風さん!?」
机の前に座っていた俊介は突然の来訪者に目を丸くした。
■□■
ソファに並んで座った沙羅と李亜に俊介はコーヒーを出した。もちろん砂糖とミルク入りだ。
沙羅はさっそくとばかりにコップに口をつけたが、李亜はにらむように俊介を見つめた。
「あ、えっと、初めまして。俺は結城俊介って言うんだ。君の名前は?」
「勇者トビア」
「ぶほっ!?」
李亜の言葉に沙羅は飲んでいたカフェオレを軽く噴き出した。
「なんだよ、この人には異世界から来たこと説明したって言ったじゃないか」
「い、言ったが! いきなり名乗るとは思わなかったぞ!」
「ああー、なるほど。きみが松風さんが言ってた勇者くんかぁー。よろしく」
「……でもここでは三塚李亜という名前なので、三塚と呼んでください。結城さん」
「よろしく、三塚さん」
俊介は李亜に向かってにこにこと笑いかけるが、李亜は不機嫌な表情のままだ。
「ところで結城さん」
「ま、待て、李亜! その前にだ」
なにかを話し出そうとする李亜をさえぎり、沙羅は持ってきた紙袋を俊介に向かって差し出した。
「まずはこれを返そう」
「え? なに? なんか貸してたっけ?」
受け取った俊介が紙袋の中身を確かめると、そこにはトレーナーが入っていた。
「これ、俺の……」
「ふん。いつまでも部屋の中に置いておく必要なんてないからな。お前のものだろう」
それは沙羅が俊介と初めて出会ったとき、俊介が沙羅に貸したものだ。
洗濯などした覚えはないが、トレーナーはいつの間にやらきれいになっていた。なんとなく捨てる気にもなれず、今まで部屋の片隅に畳んで置いていたものだ。
「ああ、持ってたんだ。捨ててもよかったのに。わざわざありがとう、松風さん」
「……本当、捨ててもよかったよね」
俊介の言葉に李亜がとげとげしい言葉をぽつりとつぶやく。
李亜のつぶやきを耳にした沙羅はむぅとうなった。
「お前、いちいちなんなんだ。この部屋に入ってきてからちょっとおかしいぞ」
「そりゃそうだろ。だって僕、きみのことが好きなんだから。そしてこのひとはきみにつき合ってほしいとか言ってるわけでしょ。不機嫌にもなるよ」
「げほっ!?」
再び沙羅は噴き出した。コーヒーを飲む前でよかったと沙羅は思った。
げほげほとむせながら沙羅は李亜をにらみつけた。
「君さぁ、こういうことに関して鈍感だからはっきり言わないとわかんないんだよね」
「ぶっ、あははははは。なるほど、なるほどねぇー。それにしても君たち本当に仲がいいね」
「そんなことはないぞ!」
くすくすと笑う俊介に沙羅はすかさず否定の言葉を入れる。が。
「そうですよ。沙羅と一番仲がいいのは僕なんですよ」
「こっ、この……!」
沙羅は歯をぎりと噛みしめながら顔を真っ赤に染めた。
連れてくるんじゃなかったと心の底から思った。
「ところで結城さん。今日は僕があなたに用事があるんです」
「俺に? なんの?」
「できるなら沙羅がいないところでふたりで話したいんですが」
「む……」
まさか自分抜きで話をしたいと言い出すとは思わず、沙羅は眉間にしわを寄せた。
俊介は少し考える素振りを見せて、そして。
「……いいよ。でも本当ならきみたち、学校だろ。だから話すのは次の休日でいいかな。きみたち、もう学校に行きなさい。学生は学校に行くものだから。この世界の本当の目的が悪人を更生させるためになるのなら、学校に行かないのはまずいんじゃないのかい?」
「…………そうですね」
俊介の言うことはまったくもって正しい。正論だ。
反論することもできずに、今日のふたりはおとなしく学校に行くことにした。