べつに沙羅は単に俊介に色仕掛けを試しに来ただけではない。
それは手段のひとつとして考えているだけで、考えていることは――どうやって情報を引き出すか。
俊介自身がこの世界の重要なことについて知っているとは思えない。つぐみや小織と一緒だ。
ただ、つぐみや小織や俊介はフェリーを使ってこの学園都市に来たことになっている。それならば、この街以外の世界のことを知っていて当然だ。
つぐみや小織に今まで聞かなかったのは、変に突っ込んだことを聞いて妙に思われ、関係性を壊したくないからだ。
転入生として、もしくは友人として接してもらうことは、悪くない。
日常生活を送るうえでいろいろと助かる面が多い。……からわかれてしまうことも多いが。
だが、もうそろそろ新たな情報は欲しい。
とくに毎日顔を合わせる必要がない俊介ならば、その相手にふさわしいような気がした。
俊介の部屋に案内された沙羅はソファーに座らされた。
そして砂糖とミルクを入れてあるコーヒーが沙羅の前に置かれた。
自分の前にもブラックコーヒーを置き、俊介は沙羅の真向いに座った。
「このあいだのことなんだけど……」
先に話し出したのは俊介だった。
「とりあえず……ごめん!!」
俊介は沙羅に向かって頭を下げ、沙羅は俊介のいきなりの行動に目を丸くした。
いきなり謝られる理由がまったくわからない。
「どうして君があのとき怒ってたのかわからないけど、いや、わかってないまま謝られるのも不愉快かもしれないけど! でも、ごめん! わかってなくて、ごめん!」
「あのとき? 怒る? 何が?」
「このあいだ、俺の趣味につき合ってもらってたときの話だけど……ほら、君、いきなり写真を見せたあとにいきなり不機嫌になって帰っちゃったから……」
「ああ、そのことか……」
写真という、自分の姿を客観的に知ることができるものを見せつけられ、沙羅は俊介を放置して寮へと戻った。あのとき重要だったのは自分自身のことだったので、正直沙羅は今、この瞬間俊介に謝罪されるまでそのことは忘れていた。
「あのときは、なんだ、たしかに怒っていたが、それはお前のことじゃないし、……お前のほうが不愉快だと思ったのなら、謝る」
もごもごと自分自身も謝罪の言葉を口にして、沙羅はハッと気づいた。
(って、どうして私は謝罪なんかしてるんだ!? こいつが不愉快になろうが私には関係ないはずなのに!)
本当に?
本当に俊介が不愉快な気持ちになってもどうでもいいというのか。
正確にいえば、自分の行動のせいで俊介が悲しんだり、怒ったりすることは、なにやら居心地が悪いことのように思えた。それはまるでつぐみや小織、そして李亜が不愉快だと思ったことと同じように。
「そうか、私は俊介のことが好きなんだ」
沙羅の口からぽろっとこぼれた言葉に、俊介は口をぽかんと開けた。そして沙羅自身も、自分が言ってしまった言葉の意味を改めて思い返した。
俊介を、好き?
「ちちちち違うぞ!? い、今のは思っていたことがつい口に出ただけで! このタイミングで言おうと思ってたわけじゃないんだからな!」
「……つまり、君が思ってることなのは間違いないんだ?」
「あ、ああ。…………ん?」
「そ、そうなのか……」
顔を赤くして黙り込んでしまった俊介を見て、沙羅はもう一度、言葉の意味を考えた。
「ちちちち違う! わ、わ、私はお前のことなんて好きじゃない、嫌いだ! 大っ嫌いだ!!」
だがしかしその瞬間に、ここには色仕掛けをしにきたことを沙羅は思い出した。
嫌いだと言ってしまえば色仕掛けをしても意味がなくなってしまう。
「いやいやいや、そうでもなく! 嫌いじゃなく、す、好きでもなく! いや、好きだけど嫌いで!!」
「お、お、落ち着いて松風さん!? コーヒーでも飲んで!」
完全にパニックに陥ってる沙羅に俊介はコーヒーを勧めた。
沙羅はすっかり冷めてしまったカフェオレをこくこくと飲んだ。
しばらくたち、沙羅はぽつりとつぶやいた。
「……勘違いするな。私は本当は男なんだからな」
「えっ、松風さん、実は女装……!? どうりで胸が」
「胸がないのは関係ないだろう!? 服の上からじゃわからんかもしれんが、脱げば乳房の形がわかるくらいにはあるんだ! 見るか!? 触るか!?」
「い、いや、いい! そういうのは本当にいいから!」
脱ぎかけた沙羅を俊介は慌てて止めた。
沙羅は上げかけた腰をソファに落とし、ため息を吐いた。
「この体はちゃんとした女だ。そういうことじゃないんだ」
沙羅は俊介から少しだけ視線をそらし、そして黙り込んだ。
だがやがて決心がついたのか、顔を上げて話し始めた。
「今から話すことはお前にとって信じられないかもしれない。しかし、私にとってはまぎれもない事実だ――」