むりがく   作:kzm

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再開です。終了までそんなに長くならなさそう


校則その12『大浴場で騒がない、走らない』・1

 

「おい、聞いたぞ! ここには大浴場というでかい風呂が存在するそうじゃないか!!」

「……げ」

 

 ついにこの魔王はその事実を知ってしまった。

 李亜はどうしたものかと頭を抱えた。

 寮の個々の部屋にはひとりかふたりが入れるくらいの小さな風呂がある。

 しかしそれとはべつに寮の人間なら誰でも使うことができる大浴場が存在する。

 つまり、その風呂は沙羅と李亜以外の誰かと一緒に入浴することになる。

 だからこそ李亜はその事実を隠し続けた。

 強欲の魔王と言われた存在が、大勢の女体を楽しめる空間を知っていったいどんな反応をするのか。李亜は嫌な予感しかしなかった。

 ……が。

 

「でかい風呂か、楽しみだな! どのくらい広いんだろうか」

「え、い、いや、それだけ? もっと他にいうことないの? ……その、魔王として」

「でかいのはいいことだな。魔王にふさわしい」

「ええと、そうじゃなく。……他の人も入るってこともちゃんと聞いた?」

「らしいな。だが風呂は部屋にもついているからな。普段は混むこともないと聞いたぞ。充分に広い風呂は味わえるらしい」

「だ、だからっ! ……お、女の人の裸をたくさん見ることになるんだよ……?」

「そうなるな」

「ま、魔王として喜ぶとこじゃないの?」

 

 沙羅は少し考え込んだ。

 

「触っていいのか?」

「ダメに決まってるだろ!?」

「だろうな。それくらいは私にもわかる。下手をすれば反省室行きだ」

 

 まだ納得がいかないと言った顔をしている李亜の顔を見て、沙羅は深々とため息を吐いた。

 

「あのなぁ、女の裸を見たくらいで今更喜ばんぞ。触れることもできないのなら意味はない。突っ込むものも持ってないしな。この体になってからたまるものもたまらないから、突っ込みたくもならないようだ」

「…………」

 

 沙羅の言葉を聞いた李亜の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。李亜が性的な話題に慣れがないということは沙羅はすでに知っている。

 そんな李亜の反応を見て、沙羅は眉間にしわを寄せた。

 

「大浴場には私ひとりで行く」

「なんでだよ! そんな危ないことできるわけないだろ!」

「私よりお前のほうが危険だ。女の裸を見て喜ぶのは勇者トビア、お前のほうだろうが」

「なっ、なっ、なーーっ!?」

 

 もはやなにも言えずに口をぱくぱく動かす李亜。

 しかし、今まで沙羅が他の女子生徒に対してよからぬことをする心配ばかりしていて、李亜自身が他の生徒の裸を見ることに関してはまったく頭になかった。

 他の女性の体を見てもいいのだろうか?

 李亜の心の悪魔が『今は三塚李亜っていう立派な女の子なんだから見てもいいじゃないの!』とささやき、心の天使が『やめなよ、僕は男で勇者なんだからそんな女性に対して失礼なことできるわけないじゃないか!』と叫んだ。

 黙ってぷるぷると震えていた李亜はやがてさけんだ。

 

「行くよ! 君が行くなら僕も絶対に行く!」

「わかった。私のいないところでお前ひとりを向かわせるわけにはいかないからな。私も共に行こう」

「いやいやいやいや!? なんで僕が心配される側になってるのさ! それっておかしくない!? 大浴場に行くって言ったのは君のほうだよ!? ねぇ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、結局ふたりは大浴場に行く準備をしたのだった。

 

 

■□■

 

 

 夕食前に行くことにしたのは、いつもふたりは夕食後に風呂に入っているからだ。だからきっと他の生徒も同じようなものだと思っていた。きっと夕食前ならばそこまで生徒がいないはずだと考えてのことだが……。

 

「……結構いるみたいだね」

 

 利用時間が始まったばかりの大浴場の入り口周辺では、複数の女子生徒が固まって談笑していた。

 何人もの生徒が沙羅たちの目の前を通り過ぎ、浴場の中へと入っていく。

 

「や、やっぱりやめよう! みんなが入ったあとにしよう!」

「嫌だぞ私は。大勢の人間が入れば湯もにごるだろう?」

「そりゃそうだけどさぁ……!」

 

 などとふたりが入り口前でもめているとき。

 

「あ、松風さんと三塚さんだー、やっぱりいると思ったよー」

 

 横からのほほんと声をかけられた。

 聞き覚えのある声に李亜が振り向くと、そこにはいつものつぐみと小織という二人組がいた。

 

「大浴場のこと教えたらすっごい喜んでたもんね。だから今日はいると思ったよー」

 

 うんうんと満足そうにうなずくつぐみ。どうやら沙羅に大浴場のことを教えたのはつぐみらしい。

 よくも余計なことを、と李亜は思ったが間違っても口に出せることではない。

 

「あれ、どうしたの三塚さん。すっごい顔してるよ。もしかして具合悪い? 具合悪いときは無理してお風呂入らないほうがいいんだよー」

「いやいやいや! そんなことできるわけないよ! 元気だよ、超元気だよ! げんきげんきー!! お風呂楽しみー!!」

「……本当に大丈夫? なんだかいつもとテンション違うわよ?」

 

 片手をぶんぶんと振り回しながら自分の元気を主張する李亜に、小織が心の底から心配そうな顔を見せた。

 沙羅はしかたないと言った顔を見せながらも口を開いた。

 

「私もこいつも大浴場に入るのは初めてでな」

「ああ、なるほどねー。つまり三塚さんは、大勢の人と一緒に入るのが恥ずかしいってわけね」

 

 詳しくも説明していないうちに小織が状況を把握する。

 

「ひにゃっ!? べべべ、べつに、女の子同士だから恥ずかしいとかないですしー!」

「あら大丈夫よ、三塚さん。恥ずかしいなら恥ずかしいって言っちゃっても。なにを恥ずかしいと思うかは人それぞれよ。たとえ同性でも他人に裸を見せたくないって人はいるわ。まぁ、こういうのは慣れもあるわよねー。私も最初はちょっと恥ずかしかったもの」

「ええー! あたしは無料で女の子の裸を見放題な空間が存在するなんてって歓喜に震えたよ!!」

「……それ、こんなところで大声で言うことじゃないわよね、つぐみん」

「こーりんの視線がこわーい!」

 

 つぐみと小織のいつもの漫才に李亜も苦笑を浮かべるしかない。

 そんな沙羅に向かって小織はにこりと笑いかけた。

 

「じゃ、こんなところで立ち話しててもなんだし、お風呂行きましょうか?」

 

 が、事態は変わらないどころか李亜にとっては悪化していた。

 まさか普段から交流がある小織やつぐみと入浴することになるなんて。

 

「まったくだな、先に行くぞ」

「あー、松風さん、あたしも行くよー! 手とり足とり腰とりいろいろ教えてあげるからね、うひひひひっ」

 

 しかも沙羅とつぐみはすでに大浴場の中へと入ってしまった。

 もはやこの場から逃げることはできそうになかった。

 

「あ、そうだ。三塚さん。恥ずかしくても、タオル巻いて浴槽に入るのはダメだからね」

 

 な、なんだってーーーー!!!

 声にならない叫びが李亜の心中に響いた。

 

 

■□■

 

 

 脱衣所を散らかしすぎてはいけないこと。

 脱いだ服はロッカーを使い、鍵は浴場まで持っていくこと。

 そしてタオルなどを巻いたまま浴槽に入ってはいけない。

 

 そんなことを教えてもらいながら、沙羅と李亜は服を脱いだ。

 李亜はできるだけ周囲を見ないようにしながら着替え、タオルを体に巻いた。

 

「おい、タオルを巻いて浴槽に入ってはいけないんだぞ」

 

 それを見た沙羅は李亜に突っ込んだ。

 

「そ、そんなことはわかってるよ! よ、浴槽に入るまでだよ! そ、それより君こそなにか隠すとかしなよ……そんな堂々と」

 

 沙羅は服も下着も脱いだ状態で腕を組んでいた。

 つまり、下半身を隠すものは何もない。

 

「なぜ隠す必要がある。胸は小さいが、この体は美しいものだぞ。恥じる必要などどこにある」

「いや、裸ってのはそれだけで普通恥ずかしいもので」

「お前の普通など知らん。行くぞ」

 

 そしてふたりは湯気の立ち込める浴場へと足を踏み入れた。

 湯気のせいでで視界にもやがかかっているとはいえ、いつもと違う広々とした空間だ。

 どうやら浴槽は何種類かあるらしい。

 沙羅たちの目の前を全裸の女子生徒が数人、談笑しながら通り過ぎ、李亜は慌てて視線を床に向けた。

 

「前を見て歩け。出ないと無様に転ぶぞ」

「あ、足元だけ見てればいいだろ!」

 

 そんなことを話していると、ふたりが出てきたばかりの脱衣所への出入り口の扉が思い切り、ガラッと開いた。

 

「おっふろーーーー!!!! 風呂だああああああっ」

 

 いきなり叫びながらのしらはまちゃん(全裸)の登場。

 しらはまちゃんは『浴槽に入る前に体を洗ってください』と書かれたポスターの横を走って通り過ぎ、そのまま浴槽へ飛び込もうとした。

 が、その足元に石鹸が落ちていた。

 

 ずるびたべしゃーーーんっっ!!!!

 

 激しい音を立てながらしらはまちゃんは転び、頭から床にぐきりと落ちた。

 そしていきなりその体にノイズが走り、しらはまちゃんは浴場から、消えた。

 

「あんなふうにな」

「あわわわわわわ……!」

 

 李亜は目の前で起きた惨劇に顔を青ざめさせた。

 しらはまちゃんがあんなに大きな音を立てながら浴場から消えたというのに、他の学生たちは“何事もなかったかのように”入浴を続けていた。

 きっと、彼女らにとっては本当に何もなかったのだろう。

 

「なるほど。自殺するとあんなふうになるのか。予想どおり誰にも気づかれないわけだ。ならばここで妙な反応をし続けるわけにもいかないな。私たちも早く中に入ろう」

「あ、ちょ、ま、待ってよ!」

 

 以前李亜は、風呂に入る前には体を洗うと沙羅に教えた。

 沙羅はまっすぐに蛇口やシャワーが並んでいる場所に歩き、プラスチック製の椅子に腰かけた。

 

「さぁ、洗え」

「自分でやれっ!」

 

 李亜はずいぶんと久しぶりに沙羅に向かってスポンジを投げつけた。

 

 


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