むりがく   作:kzm

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校則その10『他人の気持ちを考えよう』・2

 

 再びバスに乗り、ふたりは商業エリアへと向かった。

 この世界に来て何度も乗った乗り物だが、やはり動く景色を目で追うのは楽しい。

 気持ちいいくらいに真っ青な空。整備されたレンガの道。デザインが均一化されている建物が次から次へと後ろへ流れていく。

 体に伝わる小さな振動が心地いい。

 窓枠にしがみついている沙羅を俊介は優しく見守っていた。

 やがてバスは商業エリアを抜け、港近くにあるモノレールの駅前に止まった。

 バスから降りた沙羅はくぅっと背伸びをした。

 

「で、どこに行くつもりだ。海や公園を背景にしたいと言っていたが」

「それなんだけど、これから撮るなんて言って被写体に強く意識させると、不自然な感じになってしまうことが多いんだ。それはそれで記念写真みたいで面白いんだけど……。だから今日は松風さんが行きたいところに行って、俺が撮りたいと思った瞬間に勝手に撮ってこうと思ってるんだけど、ダメかな?」

「……よくわからんが、まぁいいだろう。勝手にしろ」

「ありがとう。撮られたくなかったって思ったらちゃんと言ってくれよ。すぐ消すから」

 

 俊介はデジタルカメラを軽く掲げながら言った。

 

「どこか行きたいところはあるか? 松風さん、普段どんなふうに休日を過ごしてるんだ?」

「…………」

 

 沙羅は思わず眉をひそめた。

 休日、沙羅はひとりで学園都市をあちこちと歩き回っている。しかしそれは脱出の手がかりがないか調べるためだ。

 最近はそれも飽きてしまい、部屋の中でジャージを着て李亜と一緒に菓子を食べながらごろごろしていることが多い。

 テレビを見ていると『普通の女子高生』とやらは、放課後や休日は友達と遊びに行くことが普通らしい。

 李亜のほうはつぐみや小織に誘われて出かけることもあるが。……沙羅のほうも一緒に誘われるが寝たふりをしてごまかしている。

 そんな様子を正直に伝えてしまえばどんなことを言われてしまうか。

 

「もしかして松風さん」

「…………」

「松風さんもここに来たばかりとか?」

「……まぁ、な」

 

 そろそろ二ヶ月がすぎようとしているが来たばかりと言ってもいいものか。

 

「うーん、そっかー。ついでに松風さんに案内してもらおうかな、なんてことも考えてたんだけど無理っぽいな。それじゃ、そうだな。まずは適当にうろうろしようか。最初からカメラ向けてたんじゃ緊張するだろうから、まずは俺に慣れてほしいな」

 

 にこりと俊介は微笑んだ。

 邪気も下心もまったく見えない笑み。

 

「…………」

 

 沙羅は思わず視線をそらしてしまった。

 にやにや笑ってばかりで気持ち悪いやつだ、と少し前なら思ったはずなのに。

 沙羅の胸の中にあるのはもやもやした何かだった。

 

 

■□■

 

 

 しばらく本当に街の中をうろついた。

 元クラス委員長に案内されたこともあるが、それはブティックと喫茶店と雑貨屋だけだ。

 脱出の手がかりを探すために街をうろついてはいたが純粋にうろついたことはまだ一度もなかった。

 ブティックや雑貨屋はひとつではないし、本屋や運動をするための道具を売る店もある。

 モノレールに乗れば水族館や遊園地という場所にも行けるらしい。

 以前に沙羅は彩人に言った。欲しいものなんてここには存在しないと。

 力で争うことなく誰にも平等に手に入れることができるものなんて意味がないと思っていた。デザインに工夫なんて施してもただの子供騙しだと。

 

「……いろいろ見てまわるのも楽しいかもしれんな」

 

 ショーウィンドウに飾られたワンピースを見ながら沙羅は呟いた。

 やがて正午も近づき、沙羅は空腹を感じ始めた。

 沙羅と俊介はサンドイッチを専門に出してくれる店へと入った。

 

「今日は行くなと言われたんだ」

「誰に?」

 

 席に座ってサンドイッチを両手に持ちながら、沙羅は不意に呟いた。俊介は聞き逃すことなく沙羅に問い返した。

 沙羅は少し考えた。どう説明すればいいものか。

 

「……寮で同じ部屋に住んでいるやつに」

「行くなって、どうして? もしかして他の約束があった?」

「約束などしていないし理由はわからん。……そのあと、好きだとも言われた」

 

 俊介はぽかんと口を開き、沙羅を驚愕の視線で見つめた。

 

「あ……え? ちょ、ちょっと待って、同室の子ってことは、お、女の子、だよな?」

「一応、そうなるな」

 

 この世界の中では、の話ではあるが。それは沙羅も同様なので深くは説明しない。

 俊介はあー、だの、うー、だのうめいたあと、腕を組んで天井を見上げた。

 

「……やっぱりこれってデートに見られるのか……?」

 

 しかし俊介は直後に「あとで考えよう」と呟き、沙羅へと視線を向けてきた。じ、と見つめる黒目には真剣さが宿っている。本当に教師のような。

 沙羅はこの視線を見るたびにどんな反応をすればいいのかわからなくなってしまう。

 誰かに何かを教えられるなんてことは一度もなかったから。

 

「君はその女の子のこと、どう思ってるんだ?」

「どうと言われてもだな」

「あー、たとえば、好きか嫌いか」

「……まぁ、嫌いではないな」

「それは、友達として?」

「む……」

 

 沙羅は軽く周囲を見渡した。

 李亜が尾行している気配は今のところ感じられない。

 

「……私は今まで友と呼べるものがいなかった。友というものについてはまだ、よくわからない。……おそらくそういうものではないかと思う」

 

 李亜がこの場にいないからこそ言える沙羅の本心だ。

 

「おそらく向こうも同じように思っているはずだ。向こうは私とは違って今までにも仲間がいたようだがな」

「ああ、それは……同情するな」

「?」

 

 どうして俊介が同情する必要があるのか。同情する何が李亜にあるというのか。

 沙羅にはまったくわからず首を傾げることしかできない。

 

「今から言うことは、まだ君には理解できないかもしれないが……もし、その子の気持ちが思っていたものと違ったとしても、君は逃げずにその子と向き合ってあげるべきだ」

「向き合う?」

「その子の本当の気持ちに対して自分がどう思うか、ちゃんと答えるんだ。いいにしても悪いにしても。逃げるのはきっと一番残酷なことだと思うから」

「……本当によくわからんな」

「うん。だからわかったときでいい」

 

 俊介が言っていることは沙羅にとってはよくわからないことばかりだ。

 わかるときなんて本当に来るんだろうか、と沙羅は思った。

 

 


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